<PCクエストノベル(1人)>


『怨鎖の檻の舞姫』
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【冒険者一覧】
 ☆1926 / レピア・浮桜 / 傾国の踊り子

【助力探求者】
 ☆エルファリア / 王女

【その他登場人物】
 ☆戦乙女の旅団[女剣士と魔導師]
 ☆ケルヴァン・マクマラフ / 世界の伝承を集める好事家
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●傾国の踊り子
 舞台が与えられれば、それで幸せ。
 望んだのは拍手と喝采、披露した舞いへの正当な賞賛――

 くれると言ったのは、王様。
 あたしが強請ったわけじゃない。
 ――献上した舞踊への対価、褒賞として受け取っただけ。

 金貨、宝石、高価で煌びやかな装身具。
 大理石で建てられた豪勢な舞踏場に、踊り疲れた身体を労わる贅を凝らした広い邸宅。
 衣装に使う極上の絹と紗で作られた軽い沓‥‥

 数年続きの凶作に民は貧困に喘ぎ、疫病が蔓延していたとか。
 王の享楽に愛想を付かした王妃が、列強と呼ばれる隣国の生家に戻ってしまったという風の噂も――
 そんなコト、あたしには何の関係もないでしょう?

 だって‥‥、
 ――あたしはただの踊り子なんだもの‥


●逢魔ヶ刻の覚醒
 塒<ねどこ>に向かう羽ばたきが、ひそやかに夜を手招く。
 地平に沈む太陽が投げた茜色の残照は石造りの街をどこか物悲しげな黄昏の懐に包み、家路を急ぐ人々の心にほのかな感傷を広げていった。
 家々の窓に暖かな火が灯り、歓楽街を彩る提灯が仕事帰りの男を誘う。街はゆっくりと夜の顔へとその表情を移ろわせ――
 美貌の旅長<たびおさ>に率いられた旅団も、郊外の小さな空き地
にこの日の逗留を決め、荷解きの慌しさに追われていた。
 肩を寄せ合うように並んだ天幕を金色に染める夕映えにその輪郭をけぶらせた戸幕にちらりと視線を投げて時刻を測り、娘は改めて傍らの石像に目を向ける。
 ゆるやかに波打つ長い金髪に、物腰のやわらかな。いかにも、育ちの良さげな優麗な顔立ちをした娘の名は、エルファリア。――この聖都エルザードの王「聖獣王」の娘だ。
 周囲に人気のないことを確認し、エルファリアは静かに目の前の彫像に向かって口を開く。
エルフィリア:「旅長には妾<わたくし>から訳をお話してあります。――貴方が旅団に加わることを許してくださるそうですわ」
 まるで彫像が聞く耳を持つ人であるかのように。
 エルフィリアは像に向かって微笑みかける。優しげな美貌に揺蕩うのは聖女の慈しみにも似て‥‥。
 見上げる娘の視線の先で、見慣れぬ異国の衣装をその身に纏った踊り子は冷たい石の表に静かな沈黙を湛え、王女の言葉に無言で応えた。
エルフィリア:「ごめんなさいね。でも、旅団が王都に留まっている間はともかく、妾もそう頻繁に出歩くことはできないのです」
 理解ってくださいね、と。王女は困った風に眉尻を下げ、艶やかな朱唇に苦笑を乗せる。
 公人として重要な地位にある者は、とかく時間に囚われるものだ。それを蔑ろにして、首を刎ねられた者は悠久なる刻の流れの中に数暇ない。
エルフィリア:「ああ、それから‥‥」
 今度は朗報なのだろう。
 娘はその穏やかな美貌を少し嬉しげに崩した。そうやって笑うと凛とした王女の気品の中に、年相応の娘らしい少し砕けた雰囲気が顔を覗かせる。
エルフィリア:「貴方がその特技を活かせる場所も、用意していただけるそうですよ。――貴方の踊りが拝見する機会があるなんて‥‥妾も楽しみにしておりますわ」
 妾に参加する機会があるかどうかは、時の精霊の気分次第ですけれど、と。王女は少し残念そうに吐息を落とした。
 そろそろ、城に戻らねば‥‥。
 今日のお忍びは仲良しの侍女にも内緒。今頃はきっと、帰らぬ主の行方を思い、気を揉んでいるに違いないから。
 日没とともに急速に支配を広げる夜の気配に、明かりのない天幕の裡はひどく薄暗く頼りない。穏やかな沈黙の中に、わずかに人の気が揺れる。
 そして、
????:「ありがとう、感謝するわ」
 涼やかな女の声は、物言わぬはずの彫像が発したものだった。


●伝説の踊り子
 その夜、歌姫は遥か異国の恋唄を歌った。
 引いては寄せる漣のように繰り返し紡がれる切なく単調な旋律が、聞く者を心地よい夢幻の世界へ誘う。
 そして、いまひとり。
 歌い手の調べに合わせ妙なる神韻を紡ぐのは、見慣れぬ異郷の衣に身を包んだ踊り子だった。
 しなやかに、艶やかに――
 不思議な形に結い上げた紺青の髪も、深く澄んだ碧玉色の眸も。
 美しく整った顔立ちやどこか神秘的な雰囲気からも、彼女がこの国の者ではない。
 けだるい揺蕩う旋律をその豊満な身体に纏って舞うその姿は、神話に謳われる舞踊の女神そのままで‥‥。
 街外れの旅団に降臨した舞姫の評判は日を追って聖都を賑わす都雀の口端に上り、ちょっとした時事の話題となった。
 さすがは戦乙女の旅団だと、感心する者もあり。また、古い伝承を思い出し、不吉だと眉を顰める者もある。――耳聡い貴族の誰かが、お忍びで旅団を訪れた、など。嘘か真か。この手の噂は後を断たないもので。
レピア:「では、あたしがその噂の舞い手だと?」
 旅団の踊り子――レピア・浮桜(−・ふおう)は、鮮やかな朱唇にくすりと妖艶な笑みを刷いた。
女剣士:「さぁ、どうだろうねぇ」
 燃えるような赤毛の女剣士は、曖昧に肩をすくめてレピアが差し出した杯を受ける。
女剣士:「大昔の話だと聞いたけど。――あんたがその傾国の魔女なら、ずいぶん長生きしたもんだね」
 既に酒が入っているのか、剣士の口調は闊達で。
 尤もだがいささか信憑性に欠けた評に、レピアも苦笑に近い表情で同意をしめした。
女剣士:「ああ、それに。伝説だと王を惑わし国を傾けた魔女は、心優しい王妃の祈りによって石像に変えられたって話だしね」
 アンタは、どう見ても石像には見えないし。
 そう言って豪快に杯を乾した女剣士から目を逸らし、レピアはほんのわずか眉を動かす。かすかに苦く、不快げに。
レピア:「‥‥ええ、そうね‥」
 今、目の前にいる踊り子が、間違いなくその伝説の人物だと知ったなら‥‥この剣士はどんな顔をするだろう。
レピア:(――真実からはずいぶんかけ離れてるケド‥)

 国が滅んだのは、事実。
 でも、それはあたしのせいじゃない――

魔導師:「あら、その話なら私も知ってるわ」
 割り込んできたのは、丈の長い魔導師のローブを纏った少女であった。――旅長が妙齢の女性だということもあり、旅団のメンバーはそのほとんどが女である。
魔導師:「こんばんわ、レピアさん。顔を合わせるのは何故だかいつも夜になっちゃうわね。――街は今、貴方の踊りの噂で持ちきりよ」
レピア:「ありがとう」
 大きな眸に利発そうな光を湛え屈託のない笑みを浮かべて声を掛けてきた少女に、レピアは曖昧に頷いた。
魔導師:「久しぶりに家に戻ったら、もうみんな大騒ぎ」
 歓迎されるのも疲れるわよね。などと、けろりと笑って暖かい飲み物を頼んだ少女に、女剣士は少し焦れたようにそのわき腹を指でせっつく。
女剣士:「そんなことより、アンタの知ってる話しを聞かせろよ」
魔導師:「え? あら、なんの話しをしていたかしら?」
 くるりと眸を動かした少女に、レピアはくすりとやわらかに笑んみ、助け舟を出した。――たとえ不快な噂でも。そこに、呪縛を解く鍵が隠されているかもしれない。
レピア:「石像にされた踊り子の話よ」
女剣士:「魔女だろ?」
 まぜっかえした女剣士を優しく睨み、レピアは少女を促す。そそっかしく移り気だが、魔導師としての彼女の知識は確かなものだ。
レピア:「ええ‥魔女、だったわ‥ね。石像になったって話だけど、元に戻ったりはしないのかしら?」
 さりげなさを装って。話題を提起したレピアに、魔導師の少女は少し訝るように双眸を細める
レピア:「ああ、ほら。もし、魔女が蘇ったら‥‥あたしの方が何倍も上手に踊れることを皆に証明できるでしょう」

 どちらも、あたし。
 ――今なら、きっとあの頃より何倍も上手に踊れるわ‥。

魔導師:「そうねぇ」
 強気な言葉に尻上がりの口笛を吹いた女剣士の隣で、魔導師は頬に手を当て可愛らしく小首をかしげた。
魔導師:「王妃の呪<まじな>いは、たぶん咎人に与える神罰<ギアス>だと思うのね。これは、普通の方法じゃ解けないわ」
 さすがに専門分野だけはある。――だが、呪いの解除は絶望的だと、諦めるわけにはいかない。
レピア「神罰を解く方法はないのかしら?」
魔導師:「難しいわね。なにせ昔話だし、正確な内容が判らないから」
 あっさりとレピアの期待を裏切って、少女は運ばれてきたエールのグラスに手を伸ばした。そして、ふと思いついたように、レピアへと目を向けた。
魔導師:「ああ、そういえば」
 世界各地の伝説や伝承について、いろいろ研究してる人がいたわよ。と、記憶の底を探るように眸を細め、少女はと聖都に住むとある人物の名を挙げた。


●賢者の書斎
 2日後の夜。
 街外れにある豪商ケルヴァン・マクマラフは、屋敷を訪れたふたりの客に驚愕の目を向けた。
エルファリア:「このような時間に申し訳ありませんわ」
 出迎えた当主ケルヴァンに、エルファリアは少し申し訳なさそうに長い睫を伏せる。王女の後ろで冷めた視線を向ける美女は、今、都で話題の踊り子だ。
――ケルヴァン自身はその手の享楽に興味を持つ人物ではなかったが、もちろん、噂は聞いている。
 彼のコレクションには、戦乙女の旅団を通じて手に入れた物も多い。
 通された応接間にて恭しい接待を受けながら、レピアは小さな吐息を落した。
レピア:(‥まったく、わずらわしいわね‥‥)
 高貴な人物というのはとかく回りくどい。
 呪いの効果が消えるのは、陽が地平の彼方に消える夜の時間だけ。――1000冊を超えるというこの男のコレクションから、目的のものを捜し出すに時間だと思えば1秒だって無駄にはできないというのに。
 得意の蹴りでも食らわせ、四の五の言わせず先に進みたいところだが、王女の随行として訪れている以上、そうもいかない。
 のんびりとお茶などいただきながら述べられる口上に、にこやかな笑顔を向けるエルファリアに、焦燥を隠し切れないレピアだった。
エルファリア:「――それで、ケルヴァン殿のコレクションの中には異国の物も多いとか」
 ようやくそれを切り出して、王女は苛々しながらふたりの会話を聞いていたレピアへと話しを向ける。
エルファリア:「ここにいるレピア・浮桜は、踊り子なのですけども」
 そう言って、エルファリアは手際よく目の前の男に、訪問の目的を告げた。
 もちろん、レピアの秘密は上手に伏せて。己の芸を磨くことに熱心なレピアが、伝承に残る古の踊り手の記録を知りたがっている‥と、だけ。
エルファリア:「‥‥と、言うわけで。こういった伝え語りに造詣の深いケルヴァン殿なら、詳しい資料をお持ちではないかと――」
 上手に持ち上げられて気をよくしたのだろう。
 男は自ら席を立ち、やがて、何冊かの古い文献を持ってふたりの元へと戻ってきた。
マクマラフ:「わたしのコレクションで該当しそうなものは、これくらいでしょうか‥‥」
エルファリア:「少し拝見してもよろしいですか?」
 返事を待たず、レピアは詰まれた書物に手を伸ばす。
 長い放浪生活で多くの国の言語に精通しているレピアにとって、書かれている内容を読み取るのは造作もない作業であった。
 残念ながら、内容は概ね酒場で語られる物語を踏襲したものが多い。――もちろん、年代により多少の違いは見られるが。
 そして、ときおり、思い出したように現れるという放浪の踊り子の記述。記憶にあるものも、ないものも。おそらく、レピアの放浪の軌跡と重なるのだろう。
 半ば諦めかけた時、それに気付いた。
 さして多くない書物の中に、ひとつだけ。――黄ばんでボロボロになった羊皮紙を綴った薄い冊子。そこに記された不思議な文字は、レピアにとっても初めて見るものだった。
レピア:「これは‥‥」
エルファリア:「――何と書いてありますの‥?」
 小首をかしげたエルファリアに、学者然とした初老の男は苦笑を浮かべて首をふる。
マクマラフ:「ここに記されているのは、遥か昔に滅びた国の神象文字でしてな」
 細く鋭角的に刻まれるその文字は、神に仕える神官たちの間でだけ使われていたものらしい。――ごく限られた場所でのみ使われるものであったせいで、レピアにも触れる機会がなかったのだ。
 そして、記されている内容は、エルファリアはもちろん、マクマラフにも解読不能であるという。
エルファリア:「‥‥‥‥‥」
レピア:「‥‥‥‥‥」
 ふたりの娘はうかがうように互いの顔を見合わせた。そして、レピアの視線に軽く頷いて了解を伝え、エルファリアは穏やかな視線を目の前の好事家へと向ける。
エルファリア:「この書物をお借りできないかしら?」
 貴重なコレクションの一部を手放すのは、あるいは、熱心なコレクターにとっては不承であったかもしれないが。
 王女の頼みに、結局、マクマラフはその本を手放すことを承諾した。


エルファリア:「呪い、解けると良いですわね」
 ふうわりと人の良い笑みを浮かべた王女に、レピアは微かに苦笑を零す。
レピア:「そのためにはコレを解読しなきゃダメなんだけどね」
 それでも、希望は見えた。
 忌まわしい呪縛の眠りに落ちるその瞬間も、いつもよりほんの少しだけ満たされた気分で目を閉じよう。
 ――そんなことを、ちらりと思った。


【ライター通信】
 初冒険でいきなり呪いが解けてしまうのも、せっかく考えられた設定に厚みがなくなるかと思いましたので、とりあえず、呪いを解くひとつ目の鍵(情報)です。
 じっくりとソーン世界を見聞しつつ、情報を集め、呪いを解く過程もお楽しみください。
 伝説や伝承は残した者の都合の良いように事実を歪めて伝わるものです。真実はPCさまがご存知なのですから、そんなものだと笑い飛ばして先へお進みくださいませ。
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