<東京怪談ノベル(シングル)>


踊る石像


「まあ、不思議な石像ね。」
 エルファリアはメイドを連れてソーンを巡回していたさなか、古物商のウィンドウで気になるものを見つけた。
 それは女性の像で、不思議な格好をしている。どうやら踊っているらしい。ひらひらとした衣装を身に着けており、腕を伸ばし、足を上げている。
 表情はどこか哀しげで、今にも動き出しそうなリアルさを持っていた。
 エルファリアがまじまじと眺めているので、主が寄ってきて、説明を始める。
「これは最近入荷しましたもので、伝説の傾国の踊り子を象った代物ですよ。」
「伝説の傾国の踊り子?」
「数百年前に神懸かった舞で国を滅ぼしたという伝説を持つ踊り子のことです。知りませんか?」
「さあ、私は聞いたことがありませんけれど。」
「その舞は老若男女はおろか、精霊や聖獣、神さえも惹き付けてやまないと謳われたそうですよ。各地でその姿が目撃されているようですが、他の国は滅ぼしていませんけどね。」
「まあ、それはすごいですね。」
 主の言葉を聞きながら、エルファリアはもう一度、その石像を見上げた。
 何かを伝えようとするかのような鬼気迫るものを感じる。
 かなり腕のいい彫刻家の作だろうと思われた。
「本当に不思議な石像……。」
 どうしてここまで見事な舞を披露していながら、哀しそうなのだろう。
 国を滅ぼしたから、だろうか。
 しかし、彼女の哀しみは、そのようなものだとは、エルファリアには思えなかった。
「……これを頂こうかしら。」
 エルファリアは踊り子の石像を購入し、別荘の自室へと持ち帰った。



 それから数日後、メイドの間で、おかしな噂が囁かれるようになった。それに伴い、何故か夜の仕事を嫌がるメイドが増えた。
「どうかしたのですか?」
 そわそわと落ち着きのないメイドたちを怪訝に思って、エルファリアが尋ねた。
「夜な夜なエルファリア様のお部屋の近くで踊り子の幽霊が出るみたいなんです。」
 エルファリアと1番仲のよいメイドが答えてくれた。彼女は実際に見たことはないらしく、怯えているメイドがいることに頭を痛めていた。
「まあ、それは本当なんですか?」
 困ったようにエルファリアは眉を顰めた。迷惑をかけているのなら、放っておくわけには行かない。
「踊り子の幽霊ってことはあの石像と関係があるのでしょうか。」
 最近買った踊り子の石像を思い浮かべ、エルファリアは哀しい気分になった。
 あの辛そうな表情の彼女は何を思って化けて出たりするのだろう。
 訴えたいことでもあるのだろうか。
「調べてみましょう。」
「エルファリア様、大丈夫ですから!」
「いえ、私に責任がありますから。」
 メイドが慌ててエルファリアを止めようと言葉を尽くすが、頑として譲らなかった。
 毅然とした態度に、数人のメイドが付き合うことで合意した。



 日没の少し前から、噂の場所で待つこと数時間、エルファリアとメイドたちは驚くべき事実を知った。
「まあ……。」
 呟いたっきり、エルファリアは絶句してしまう。
 全員で石像を見張っていた。
 どこに現れるのか正確な位置が分からなかったので、きょろきょろとその周囲に視線を移したりもした。
 だが、日没と同時に、石像が消えてしまったのだ。
 しかも、その代わりに現れたのは、石像そっくりで、青い髪に青い瞳の美しい生身の女性だった。
「こんばんは! あたしはレピア・浮桜。あんたは?」
 驚愕も覚めやらぬうちに、声をかけられ、エルファリアははっと我に返った。
「……私は王女、エルファリアです。」
「エルファリアか〜。可愛い名前だね。」
「あのう、レピアさんはどうしてこんなところにいらっしゃるのですか?」
 メイドたちは未だに驚き固まっている。
 恐る恐る尋ねたのだが、レピアは朗らかに笑った。哀しそうな表情はすっかり消え去り、明るく人懐っこい様子が露わになる。
「レピアでいいって。って、ここはどこなわけ?」
「え? 知らないのですか?」
「あたし、呪いを掛けられてて、昼間の間は石化してるんだ。夜になったら解けるから踊れるようになるんだよ。どこか知らないけど、夜は短いからね。そんなことを考えている暇があったら、踊っている方がよっぽど有意義なのさ。」
「まあ。」
 あっけらかんとしたレピアに、エルファリアはきょとんと目を丸くするしかなかった。
 おおらかと言えば聞こえはいいが、あまりにも気にしなさ過ぎではないだろうか。
「あたしは踊っていられれば幸せなんだよ。さてと、今日も踊るか。」
 レピアはくるりと身体を回し、準備運動を始める。
「ちょっと待ってください。」
 エルファリアはその気分屋さに呆れと憧れを感じた。もっと話がしたいと自然に思った。
「ここがどこだか知りたくありませんか?」
「そうだね。折角話し相手が出来たことだしね。聞かせてくれる?」
「ここは聖獣界ソーン。夢と幻想の世界です。」
 楽しんでもらおうと、エルファリアは必死に身振り手振りを加えて話をする。
 レピアはよく笑い、絶妙な相槌を打ってくれた。
 どんどんヒートアップし、レピアはやがて自分の身の上を話し始めた。
「あたしはね、無実の罪を着せられて咎人の烙印を押されちゃったんだ。呪縛を解きたいと思っているんだけどね……。」
 ふっとレピアの表情が曇り、エルファリアは胸を突かれた。



 これは石化していたときのレピアの顔だった。
 レピアがどれほど踊りを愛しているか理解した今なら分かる。
 彼女は、国を滅ぼして哀しいのではない。
 踊りが踊れないのが哀しいのだ。
 夜の間だけでは足りない。
 もっともっと踊っていたい。
 日が昇り、固まっていく己の身体を感じて、レピアは哀しむのだろう。
 それが見る人の心を打つのだ。



 エルファリアはしょんぼりと肩を竦めた。
「……ごめんなさい、私にも分かりません。でも、ここの図書館には沢山の蔵書がありますから、もしかしたら、その呪いについての本があるかもしれません。」
「あるといいな。」
「私が探してみますね。レピアは踊っていてください。」
「うん!! ありがとう!」
 最後には、2人はすっかり意気投合してしまっていた。



「レピア・浮桜さんです。私の専属の踊り子です。」
 ようやく我に返ったメイドたちにエルファリアはにっこりと紹介した。



 * END *