<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


【用心棒万歳】
「ひどいですねえ。農作物があってこそルディアたちもお店をやっていけるんですから、他人事じゃありませんよ」
「そうだろう?」
 畑から作物を強奪していく賊を追っ払える強いヤツはいないか――白山羊亭にやってきたその男は、何の注文も取らずルディアにそう聞いた。
「報酬はその……こっちは貧乏なんで大して用意は出来ない。せいぜい活きのいい作物をちょこっとってくらいだ。それでもいいって義にあふれる人はいないもんかな。相手は結構な数だからなるべく多く……いや、虫のいい話とはわかっちゃあいるが」
「大丈夫ですよー、今ここで声をかけてみましょうか」
 ルディアはパンパンと掌を打ち合わせると、大声を張り上げた。
「どなたかこの農夫さんの用心棒をしてくださる方、いらっしゃいませんかー? ……ほら、手を上げてくれる人がいますよ!」

 名乗りをあげる人がいてくれるとは、ほとんど期待していなかった。農夫は喜びのあまり泣きそうになりながら白山羊亭を出た。彼の後に続く用心棒は三人。そのひとりである海賊キャプテン・ユーリに、
「泣くのは無事に賊を追っ払えたあとにしてくれないかい、おじさん」
 笑いながらこんなことを言われて、農夫は顔を拭った。
「ああ、そうだなぁ。しかしよく引き受けてくれた。感謝するよ」
「なぁに、報酬の作物ってのは嬉しい。な、たまきち」
 ユーリの肩に乗ったお供の小さなドラゴンは同意を示すように鳴いた。
「それに、彼女が手を上げたのを見て、女性に危ないことをさせるのはいけないと思ってね」
「キミ、それは杞憂だ」
 颯爽とした着物姿の習志野茉莉は表情を変えず歩く。
「年季が違う。危ないことなど、キミ以上に経験してきたつもりだ」
「それは失礼を。麗しき侍殿」
 ユーリは恭しく頭を垂れた。
「僕は心底お手伝いをしたいと思ったからですよ」
 三人目の用心棒アイラス・サーリアスは毅然とした口調で言った。
「作物ひとつにどれだけの労力が込められているか、僕はわかっているつもりです。それを盗むなんて許せませんから」

 用心棒たちは農夫の家に着くと、道中の話し合いでリーダーと決まった茉莉を中心として、さっそく作戦会議を開くことにした。
「まずは敵のことを知らなければならない」
 茉莉の第一声に、ユーリもアイラスも頷いた。
「数、行動パターン、手口……出来るだけ詳しくお願いします」
 アイラスがメモを取り出す。
「賊は八人。手口も何も……文字通り強奪だからな。俺たち家族がどれだけ抵抗しようと力づくで奪って去っていく。女房はぶっ叩かれて腕にひどい打撲をした」
「女性に暴力を働くとは、嫌な連中だ」
 ユーリは眉間に皺を寄せた。
「私としては、賊の動機が一番気になる。農作物は相当重く運ぶのに手間がかかる。換金するにしても採算が合うとは考えにくい。ならば自家消費目的……いや、誰かから恨みを買うような覚えは?」
 茉莉が事務的に聞く。農夫は勢いよく首を横に振った。
「俺は真面目に農業だけをやってきた。誰かを困らせたことはない」
「動機については直接聞くしかない、か。では具体的にどう迎え撃つか。それとも遊ばせておいて追跡し、アジトを急襲するか。……いずれにせよ、正面きってやりあうのは得策ではなさそうだ」
「八対三、確かに真正面からは無謀かな」
 残念そうに言うユーリ。
「ああ、八人ていうのが厄介だ。引き受けてもらってこんなことは言いたくないが……あんたたちの腕っぷしはどうだかわからないけど、三人じゃとてもきついと思う」
 やはりダメかもしれないと呟き、農夫は頭を抱えた。
「あと、リーダー格の兄弟がいてな。子分に指示を出しながら自分たちはしっかり馬の前で見張りをしていやがる。やつらの足を潰すのも無理だ」
「となるとやはり、追跡してアジトを奇襲するのがいいと思う。作物は盗ませることになってしまうが、どうだろう」
 茉莉の提案に、一同は口をつぐんだ。
「待って。親分と子分は分かれるわけですね」
 考えが浮かんだと言いたげに、アイラスは眼鏡を指で持ち上げた。
「数でかなわないなら、頭を使わなきゃ。僕の提案を聞いてくれますか?」
「アイラス君、もう勝利を確信している顔だね」
 アイラスとユーリは互いに笑った。話してばかりだった茉莉も黙って耳を傾けることにした。

 畑は獣害を防止するために、周囲を網目状のフェンスで巡らせている。入り口はたったひとつしかない。つまり、連中は必ずそこに来るということだ。
 しんと静まり返る満月の深夜。アイラス、ユーリ(たまきちは家に置いてきた)、茉莉の三人は畑の入り口を良く見渡せる物陰に隠れて、少しの音も立てず息をひそめた。
 そうすること三十分。静寂を切る蹄の音が聞こえた。
 アイラスが眼鏡を布で磨く。ユーリがロング・レピアに、茉莉が刀に手をかける。
 蹄の音はすぐ近くで止まった。農夫の言うリーダー格だろうか、ランプを持ったふたりの男が見えた。灯りに映し出されるその顔は粗野そのものだ。そして、その後ろの男たちも、誰も一目で頑強とわかる。なるほど一切小細工なしの武闘派らしい。
「今日は家のやつら、誰も待ち構えちゃいないようだな、兄貴」
「抵抗は無駄だと悟ったのだろう。好都合だ」
「前回は叩きのめしてやりましたからねぇ」
 賊たちは下品な笑い声を上げる。同情の余地のない会話に、用心棒たちは歯ぎしりをした。
「ではかかるか」
「今日もいただいてこい」
 リーダー兄弟が静かに告げると、六人の屈強な賊たちが一斉に入り口に雪崩れ込んだ。それは強欲の波。力で彼らを止めるなど容易ではないだろう。
 だがそこで、彼らは止まった。――いや、消えた。
「うわああああああああ!」
 悲鳴をあげ、賊たちは瞬く間に、まさにその姿を消した。やがて、痛いだの早くどけだのと呻き声が聞こえてきた。
「な……落とし穴だと?」
 弟の方がランプを地面に叩きつけた。アイラス、ユーリ、茉莉はニッと笑い握り拳を合わせた。
「よっし、成功ですよ」
「ものの見事にはまってくれたな、こりゃ愉快だ」
「連中、頭は良くないようだな。今回が初めてではないのだから罠の用心はするべきだろうに」
 出してくれ、出してくれという声が合唱となって聞こえてくる。とても自力で出られるような作りではないのだ。
「あ、兄貴!」
「ちぃ、この大きさは一体何だ!」
 彼らが狼狽するのも無理はない。その穴は、あまりにも巨大だった。とても一朝一夕で出来るものではないほど幅広で深い。
 これはユーリ率いる海賊船「スリーピング・ドラゴン」の乗組員たちが総出で掘ったものだ。アイラスの的確な指示もあり、血気盛んな海賊たちの作業時間は一時間もなかったのだ。無論彼らは船長たちの成功を信じて船に引き上げている。
「ど、どうしよう兄貴」
「戻るぞ! もうここはダメだ、あいつらは放っておけ!」
「ふん、ずいぶんと仲間思いのないリーダーだな」
 振り向けば、目の前に出現しているのはロング・レピアを構えたキャプテン・ユーリ。何でこんなところに海賊が? 兄弟の狼狽はいよいよ極まった。
「お前の仕業か!」
 兄が叫ぶ。もはやその声に動揺は隠せない。
「お前じゃないな、お前たちだ」
 ユーリの声に従い、細身の少年と着物姿の女性が続いて姿を見せた。
「もうわかってるかもしれないが、僕たちはここの農夫さんに雇われた用心棒だ。盗みは良くないな」
「聞きたいことはたくさんある。洗いざらい喋ってもらおう。無理に抵抗すれば怪我をする」
 刃のように鋭い茉莉の声に、兄弟はじりじりと後ずさった。
「く、くそ! お前、あいつらを食い止めろ!」
 兄はそそくさと馬に駆け寄り、またがって腹を蹴った。
「兄貴? そんな、待ってくれよ!」
 弟の制止もむなしく、蹄の音は遠くなっていく。やれやれ、とユーリは肩をすくめた。
「仲間どころか弟思いでもないのか。この分だと連中の統率力は大したことなさそうですね」
 ユーリの問いかけに茉莉は頷いた。
「アジトのありかも簡単に吐きそうだな」
「じゃあ、穴に落ちた連中は僕が引き受けます。おふたりはあいつをよろしくお願いしますね」
「いや、僕がひとりでやろう。せっかく一対一の機会に恵まれたんだ。正々堂々と勝負したい」
 ユーリが一歩前へ出る。言葉は潔癖だが、表情は憎らしいまでに余裕そのものだ。
「ふたりでひとりと戦うなんて恥だし、かといって女性に負けるのも彼にとっちゃ恥だろう。だったら僕がやるしかないじゃないか」
 茉莉は何か言いたげだったが、結局は任せたと告げて一歩下がった。
「では、君は黙ってキャプテン・ユーリの華麗なる剣技の前に散るがいい」
 まあ殺しはしないさ、と彼は一言付け加えた。
「ち、ちくしょう、舐めやがって!」
 哀れな弟盗賊はナイフを片手に突進する。ユーリは闘牛士さながらにそれを紙一重で交わす――。
「ま、参った!」
 勝負は一瞬というよりはあっけなかった。ユーリのロング・レピアは変幻自在に間合いを走った。最初は額、二番目に喉元、三番目に胸。相手がどのように動いてもピッタリ急所に当てられた。実力の違いを見せ付けられた弟盗賊は観念し、ナイフを捨てて膝を地についた。
「さあ、アジトはどこかな。あと盗む目的とキミたちの親玉のことも教えてもらおう」
 ユーリはナイフを拾うと敗者の目に突きつけ、冷ややかな笑みを浮かべた。

 アイラスにその場の見張りを任せ、ユーリと茉莉は馬を走らせた。ほどなくして目的地が見えてきた。意外に近かったな、とふたりとも思った。
「立派なログハウスだ。連中にはもったいないな」
「ここからは私ひとりでいい。あそこにいるのはさっきの男の他には頭領ひとりらしいからな」
 森を開拓した平地にある農作物強奪団のアジトにたどり着くと、茉莉は一緒に行こうとするユーリを制した。
「頭領はやたら肥えていて戦闘能力はないって言っていましたからね。じゃあお任せしましょうか」
「すぐ戻る」
 茉莉がアジトのドアを開ける。そして、出迎えに来た先程の男を出会い頭にガツンと一発食らわした。誰かも確認せず、あまりに油断しすぎている。どうやら追跡されていようとは夢にも思っていなかったようだ。
「確かにすぐ終わりそうだな」
 ユーリはひとりごち、月を見上げた。
 それにしても華麗な女性だ。ぜひうちの船員に欲しい――そこまで思ってくだらない考えを捨てた。彼女に海賊など到底似合うまい。
 やがて、建物に入った時と同じように茉莉が戻ってきた。
「早いですね。さっきから五分経っていない」
「峰打ち一発で事足りた。奴らはしっかり縛っておいたから、これで用心棒は終わりだ」
 海賊と侍は握手を交わした。

■エピローグ■

「結局、その人たちの目的って何だったんですか?」
 夜が明け、白山羊亭に帰ってきた用心棒たちに、ルディアは尋ねた。
「頭領をはじめ、野菜健康法にはまっていたそうです。野菜が足りなくて買う金も足りなくなったからそれじゃあ盗もう――って」
「盗賊と海賊、似た者同士だから場合によっちゃあ情けをかけようと思ったけど。盗む理由が貧弱すぎる」
「忘れたいな、あの連中は」
 三者三様のあきれようを見て、ルディアは微笑んだ。
「でも一件落着してよかったですね。きっとあの農夫さん、喜んでいるでしょうね」
「それよりルディアさん、ちょっとここのベッドを貸していただけますか? 眠くて眠くて」
 アイラスもユーリも茉莉もまぶたが落ちそうになっている。放っておけば店内で眠ってしまいそうだ。
「ええ、いいですよ。起きたらお持ちになった野菜で美味しいものをお作りしますから。さ、ゆっくりお休みくださいね。お疲れ様でした」

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/軽戦士】
【1893/キャプテン・ユーリ/男性/24歳/海賊船長】
【1771/習志野茉莉/女性/37歳/侍】

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■         ライター通信          ■
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silfluです。今回が祝・ソーン初仕事となりました。

「罠を仕掛ける」というアイラスさん、「正面きって戦う」
というユーリさん、「密かに追跡」という茉莉さん、実に
三者三様のプレイングでしたが、このようになりました。
うまくまとめるのに一苦労……。いかがでしたでしょうか。

それでは今後ともよろしくお願いします。

from silflu