<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


【エルザード芸術祭】
 エルザードきっての大騎士レーヴェが白山羊亭に現れると、客たちはギョッとなった。ただ食事に来たのか、それとも別の理由があるのか。皆、興味津々に視線を送っては逸らした。そんな中、ウェイトレスのルディアは普段どおりに注文を取りに行った。
「レーヴェさんいらっしゃいませ。今日はおいしいワインが入りましたけど、いかがですか」
「すまんが、酒を飲みに来たわけではないのだ。人材を探している」
「ははあ、どこかで魔物でも出たんですね? 最近はお城も人手が足りないそうで」
「いや、戦士を求めているのではない」
 レーヴェは目を伏せ、やや間を置いてから口を開いた。
「……実は遠方の某国から使者が来る。エルザードと交友関係を結びたいということでな。だからこちらとしてはただ迎えるだけというわけにはいくまい? 最大限の努力を持って先方を楽しませよというのが王の命令なのだ」
「ということは、何か芸を披露するんですか」
「そうだ。だが人を楽しませるための芸など、城では覚えさせないからな。いっそのこと外部でその手の達人に頼もうということになったのだ。ここならばそういうのが好きなのが集まりそうだと思ってな」
 レーヴェのその言葉に反応する客を、ルディアは見逃さなかった。
「ふふ、やってくれそうな人、さっそく見つかりそうですよ?」

 レーヴェの代役をしていた門番は、レーヴェのあまりに早い帰りとその後ろについている人影に驚いた。彼らが近づいたところで、門番は一礼した。
「その方たちが? もう見つかったのですね」
「そうだ。これから説明があるのでな、今しばらくここを頼む」
 レーヴェたちはいくつかの豪華な部屋と絢爛な廊下を経て大ホールへ移動した。城一番の広さ、ここが祭りの舞台である。その中央まで来るとレーヴェは咳払いをして、心ある志望者に向き直った。
「早速だが、自己紹介をしよう。名前と、自分は何が出来るのか。……ああ、まずは私からだな。レーヴェ・ヴォルラス、このたびの『エルザード芸術祭』責任役を王から仰せつかっている」
 言い終えると、何やら全身がキラキラしている痩せぎすで長身の男が前へ出た。
「狂歌です。やるのは歌。しびれさせてみせますよ」
 次いで、おとなしそうな眼鏡の少年が進み出た。
「アイラス・サーリアスです。弾き語りをします。僕も歌なわけですが、奇遇ですね」
 同じ心得を持つ者は自然と距離が近くなる。狂歌とアイラスは微笑みと握手を交わした。
「歌を嫌うものなどこの世にはいないからな。問題なく皆を楽しませることが出来るだろう」
「レーヴェ、ここにいたのですか」
 唐突な柔らかい声に一同振り向く。優雅な雰囲気を伴ってやってきたのは、王女エルファリア。とっさに片膝を突くレーヴェ。狂歌もアイラスもそれに倣った。
「どうされたのですエルファリア様。今日はもうお休みになられたはず」
「その方々が芸術祭に出られるのでしょう。私も適任者を連れてきたの。レピア・浮桜、私と親しい踊り子よ。さあ、来て」
 男三人は、柱の影から現れた女性を見上げ、思わず唾を飲んだ。
 着衣も薄い半裸の白い肢体は艶かしいとしか言いようがなく、腰まである青い髪は清流のごとく体にかかり、得も言われぬ雅さがある。とびっきりの美女である。
「祭りがあると教えてあげたら、いても立ってもいられなくなったらしいの。ぜひ出させてくれって言われて」
「願ってもないことです、エルファリア様。踊りもまた、万人が楽しめるもの」
 すぐに冷静に戻ってレーヴェが言うと、踊り子レピアは笑みを浮かべた。
「あたしも参加OKね? じゃー、エルファリアは戻っていいよ」
「ええ、頑張って」
 レピアの一言でエルファリアはその場を離れた。王女を呼び捨てにさせているとはますます只者ではないとレーヴェは思った。
 それから芸者三人は芸術祭の概要など諸説明を受けた。使者団の前で芸を披露するのは夕食会の直前ということだった。
「最高の前菜というわけだ」
 と、嬉しそうな狂歌。
「そうだな。では、最後にこれを渡そう」
 レーヴェはカードを取り出した。流麗な筆跡のエルザード王のサインが書かれている。
「これは城への通行許可証だ。当日までの間、自由に出入りして城の雰囲気をつかむなり練習するなりしてかまわない。では私は王に報告に赴くので失礼」

 翌日の夜。狂歌、アイラス、レピアの三人は大ホールで顔を合わせると順々に力量を見せ合った。
「アイラスクン、相当の美声だね。竪琴もいい。即興演奏が可能とは只事じゃないな」
「狂歌さんこそ、素晴らしく澄み切った歌声ですね。レピアさんの踊りは類を絶しています。きっとあちこちで絶賛を受けているんでしょう」
「まーね。ところでさ、アイラスの楽器をバックにして踊りたいな。ジプシーってわかる? そんな感じでちょっとやってみたいんだけど」
「ええ、大丈夫ですよ」
 アイラスは持参したいくつかの楽器の中からギターを取り出し、ジプシーの音階をかき鳴らした。途端、レピアは何かが乗り移ったように体を舞わせた。彫像のように美しい静。縦横無尽にかけめぐる炎のような動。まさしく神がかり的な体技でその場を支配した。
「……ふう」
 三十秒もない即興のコラボレーションを終えると、周囲は拍手に包まれた。通りすがった兵士や女中たちが足を止めていたのだ。
「はは、皆さんいつの間に」
 見れば観客は数十人。もちろん、当日はこの何倍もの人が集まるだろう。
「アイラスクン、俺が歌う時も伴奏を頼めるかい?」
「はい、任せてください」
「我ながらすごいと思う。あたしたち、最強じゃない?」
 三人とも、すでに成功を確信している顔だった。
 
 そして、当日。
 剣やら槍やら携えて豪勢な鎧で礼装した男たちが、皆が皆、生真面目な顔つきで城下を練り歩き、そのままエルザード城へと入った。その様子に大人たちは面食らい、子供たちは興味の視線を送った。
 相当の気の入れようだ。門の守り手であるレーヴェは行列を見ながら思った。同時に一抹の不安を抱えた。使者団たちは交友交渉に本気なのだ。それだけにこちらが何か間違いをすれば一気に破綻してしまうおそれもある。
「あの三人は気押されしないだろうか」
 レーヴェは城内で待機している狂歌たちを心配した。練習は重ねていたようだが、やはり本番は違うものだ、と幾度となく思った。
 そして、エルザード国と使者団との会談が開始した。
 会談は滞りなく進んだ。順調と言っていい。空が夕闇を迎えたところで一区切りすると、エルザード王はにこやかに使者団に笑いかけた。
「今宵は芸術祭と称したちょっとした興を用意してあるのだ。存分に楽しんでいかれるように」
「それはそれは結構ですね。私どもも、芸の類には目がありません」
 年若い使者団長もまた、会談の確かな手ごたえから気をよくしていた。この国とはいい関係が築けると思った。
 つまりこの時点で、会談の完全成功は、芸術祭演者らの双肩にかかっていた。
 数十分後、大ホールに人の壁が出来た。無論、城内からすべての人間が集まったのである。ホールの奥には使者団の座る特等席が設けられた。大ホール全体を見渡せる階上のスペースには、王とエルファリア王女が座っている。
 ざわめきの中、進行役のレーヴェがホール中央まで歩き、張りのいい声を上げた。
「これより、三人の若者による『エルザード芸術祭』を開催する。一番手、出ませい!」
 その男が出場すると、ため息が流れた。
 百割が宝石で出来ているのではないかと錯覚するほど派手に輝く衣装。王の前という大舞台とあって、当然いつもより気合を入れた狂歌の姿は、背中の大きな羽根も相まって、老若男女問わず卒倒するほどの華やかさだった。その後ろからはギターを手にした質素なアイラスがついてくる。
「……よし、やるか」
 アイラスに目で伴奏開始の合図をする。アルペジオが流れると、狂歌は胸に手を当てて歌い始めた。



   昼は眩しい太陽と歩いた
   夜は輝く星々と休んだ
   僕たちは移りゆく景色の中
   優しい誰かに会いに行く
   
   涙が出るほど嬉しいのは
   街が安らぎに溢れているから
   綺麗な笑顔を見せてくれた
   あなたを記憶にとどめよう



 観衆の脳裏に、見たこともないはずの異国の情景が浮かぶ。その郷愁さえ溢れる景色にある者は涙し、ある者は人の暖かさを再確認することとなった。
 やがて歌い終えた楽師の全身を歓声が包んだ。エルザード王、エルファリア王女、使者団もまた惜しみない拍手喝采を寄せた。
「感動したー!」
「ステキー!」
「あとでサイン頂戴ー!」
 鳴り止まない黄色い声。狂歌は両腕を掲げて彼らに応えながら退場してゆく。ひとり残されたアイラスは苦笑した。
 これの後じゃあ、プレッシャーあるな。そんなことを言いつつも、控えていた兵士にギターを預けて竪琴を受け取る。
「二番手、アイラス・サーリアス!」
 レーヴェが始まりを宣言する。あまり気張らずに、自分は自分の歌を歌えばいい。アイラスはそう考えた。
「僕はこの竪琴で弾き語りをさせていただきます。では、お聞きください」



   冒険者集うエルザード
   勇気の剣と友情の魔法
   人と人とを繋げてく
   わたしの国は夢の国

   太陽追いかけ子供が駆ける
   愛をさえずる小鳥が舞う
   豊かな草原と広い空
   あなたの国は大自然の国

   ふたつを結ぶ道筋には
   綺麗な虹がかかるでしょう



 アイラスの歌声は風だった。何よりも自然に耳に入る。体全体に浸透していき、心をくすぐられる。そんな心地よさがあった。
 竪琴が余韻を残して響きを終えた。間もなく、狂歌の時と同じく、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。
「団長、彼は我々の国を調べていたんですね。素晴らしい自然の国だと」
「ああ、私は泣きそうになったよ」
 使者団たちは、アイラスが自分の国を確かに歌にしてくれたことに感心した。
 いよいよ盛り上がりは最高潮に達している。次はどんな芸者が出るのか。皆、今か今かと待ち構えている。
「最後は、踊り子のレピア・浮桜!」
「大トリ、頼むよ」
「任しといて」
 狂歌に見送られ、レピアは観衆の前に堂々と出て行った。
 あまりに輝かしい美女に、男は目をクラクラさせ、女は羨望の声を漏らした。使者団長などは、
「……欲しい」
 そう呟いていた。
 レピアは王と使者団の席に向き直ると、少し身を引いて一礼した。軽い動作であったが天使の羽が舞い降りるような優雅さだった。
 場が静まる。アイラスがギターの表面板を指で四回叩いてリズムを取ると、勢いよく弦をストロークさせた。

 ――この世に桃源郷というものがあれば、今この空間はまさしくそれだろう。

 青い髪をたなびかせ、肉体を艶やかに乱舞させる。腕と脚はそれ自体が生命を持っているかのように動いた。目の前のすべてを引き込む力を持った表情を振りまき、視線を投げかけた。
 情熱的。扇情的。蠱惑的。神秘的。レピアの踊りには、人の心を揺り動かすあらゆる要素が秘められている。神が降臨していると言って過言ではない。
 瞬きをするのも惜しい。時を止めて、永遠に見てみたい。誰もがそう思った。
 それでも時は無情で、彼女の踊りにもいつしか終止符が打たれた。皆、どこか遠い所に心を飛ばしていたかのようにボウッとしていたが、レピアが終局の一礼をすると、
「お……おおおおお!」
 城が震え、外まで聞こえるほどの歓声が起こった。
「もう一回、もう一回踊ってくれ!」
「あと歌もだー!」
 使者団からはアンコールを求める大合唱が生まれた。おそらくは希望が叶えられるまで止むまい。
「これ、どうするんです?」
 まだ夢心地にいるレーヴェのもとに狂歌がやってきた。
「俺も歌い足りないし望むところだけど……予定と違うかもしれませんが?」
「う……うむ、思う存分やるがいい。王もお喜びになるだろう!」

■エピローグ■

「なんだ、君もいらないと言うのか」
「君もって?」
 宴も終息しようという頃。城内の者に次々と捕まっては即興で歌を披露していた狂歌もさすがに疲れを感じ、引き上げようとした。そこをレーヴェに呼び止められたのだった。
「レピア・浮桜は気がついた時にはいなくなっていたし、アイラス・サーリアスは他の芸を見られただけで十分と言って、何も受け取らず帰ってしまった。君もそういうことか」
「俺の場合は違いますね。楽師にとっての褒美は、歓声なのさ。褒美というなら、すでに受け取っているわけですよ、騎士殿」
「フ、うまいことを言う」
 レーヴェはくっくと笑った。
「まったく、今宵は欲のない連中が揃ったものだな」
「じゃあ、ひとつくらいは欲らしい欲を聞いてもらいましょうかね。……正式に交友関係を築けてまた祭りをやる時には、俺専用のステージを用意してください。今夜以上の最高のヴォイスをお聞かせしますよ」
 不敵に笑う狂歌の申し出。了解したと、レーヴェはまっすぐ頷いた。

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1910/狂歌/男性/22歳/楽師】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/軽戦士】
【1926/レピア・浮桜/女性/23歳/傾国の踊り子】

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■         ライター通信          ■
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 silfluです。このたびはご依頼ありがとうございました。

 歌に踊りと、相性のいい芸者たちが集まってくれたので
 楽器が弾けるアイラスさんには頑張ってもらいました。
 歌詞の部分は、プレイングを反映させつつ、歌として
 そぐわない単語などが出ないようアレンジしました。
 ご満足いただけたなら幸いです。
 
 それではまたお会いしましょう。
 
 from silflu