<東京怪談ノベル(シングル)>
紅の道化師、嘲笑う
――我らが紅の王子。
紅き閃光の剣技、聡明さ、右に出る物なし。
何人も寄せ付けぬ気高さ。
誰より孤高のその資質。
………………それこそがもっとも必要とされるもの。
――純血なりし王位継承者。
紅の王子の兄王子。
青の髪、高い魔力、誰より勝る。
皆が親しむ優しさ。
純血故の正当さ。
………………それこそが何より不可欠とされるもの。
両者は言う。
――――――『貴方こそが次代の王』と。
■■■
…戴冠式が近付いているが故。
莫迦莫迦しい騒ぎがここのところ続いている。
………………ふたりの王子、冠を戴くのは何れか。
つまらない話。
彼女さえ絡む事がなければ、ただ純粋に楽しむ事が出来たのにね。
…自分でも意外だけど、少し本気になりそうだ。
彼女が兄王子の正式な王妃になるのは戴冠式と同じ時。
戴冠式と共に行われる披露宴の席での事で。
それまでは、妃であって妃じゃない。
…まだ彼女は、あの男のものって訳じゃない。
付け入る隙なら山程あるよ。
だってあの男はね。
…王の器じゃ無いからだ。
彼女だけを愛すると誰憚る事無く言い切る姿。
何も無いならそれでも構わないんだろうけどね。…まぁ、俺は聞くだけでもはらわたが煮え繰り返るが。
それだけが問題って訳でもない。
俺だけじゃなく、宮廷の連中からだって不満が噴出しているのさ。
ああ、程よく腐った心地良い追い風だよ。
…『王の器』の話をしよう。
何が不満か問題かって、あの男は弱過ぎるんだ。
優しいなんて褒め言葉じゃない。
王族としては、否定される条件だ。
それに、後継者の問題があるんだよ。
特にこの王家には。
世継ぎに対し、必ず降り掛かる災いがある。
まぁ元々、恨まれて当然って家柄ではあるがね。
それ故に、子が必要になる訳さ。
出来ないなんて問題外。だが出来たとしたって…ひとりじゃ何も意味が無い。
最低ふたり。…望むなら上限は無い。
あの男は幸運にも逃れ得た。妹王女を使い捨ててね。
わからないかな?
世継ぎの身代わりは、出来る限り必要、ってね。
ずっとそうだったからこそ、今ここに俺も居る。
ただのひとつの駒としてね。
…お前はそんなこの王家の常識、違える心積もりのようだ。
後継者なんて考えてないだろう?
なんて都合が良い話。
お前はわざわざ俺に機会をくれる。
付け入り易い弱点を曝す。
酷なようでも、それらすべてを彼女ひとりでこなせるとは到底思えないよ。
へらへらと甘ったるい綺麗事を並べて、他ならぬ彼女に、そんな重荷を背負わせる気か?
俺は、許さないよ?
愛する人はひとりと決めて。
他の女を娶る気は無く。
妾の存在など端から考えてもいない。
…そう、不満を抱く多くの者が。
俺の存在を思い出す。
………………今までずっと忘れていたのにね?
まったく、現金な連中だ。
■■■
回廊で、さりげなく掛けられる言葉。
裏側にある期待の色。
…こちらで仕掛けるまでも無い。
紅の王子は家老たちに微笑みかける。
「俺で適うと言うのなら、王位を継ぐ事を否定する気はありません」
異端の髪色、魔力は皆無。
けれど紅の王子こそ。
正当な王位継承者とされる、あの王子よりも余程――相応しいのでは無いか?
思う奴らは何処にでも居る。
あの男のやり方に疑念は湧く。
紅の王子の兄王子、本来の王位継承者。
…ではあるのだが。
そのあまりの違和感に。
宮廷人は疑念を抱く。
…お前は王には向かないよ。
だからお前が彼女を本当に手に入れる資格は無い。
俺こそが、その器。
「皆が、兄上に不安が残ると言うのなら…その時、誰が正当な王位継承者であるかは俺が判断する事ではありません。すべて、父上がお決めになる事。紅の王子は父上の御判断に従いましょう」
今、この時の為にずっと『よく出来た弟王子』を――従順を装って来た訳で。
自分から崩れていくあの男の代わりに。
俺は周囲を手懐ける。
…難しい事は何も無い。
ただ、彼らの期待に乗ればいい。
従順なフリをしたまま、巧妙に。それでいて本性を――王族らしさを端々に見せ付けて。
彼らの『期待』の底上げを。
表向きはあくまで消極的に、だが彼らの期待を裏切らぬよう、気を付けて。
望まれたならば約束を。…俺が王になった暁には。押し付けるでもなく、極力自然に取り入ろう。
裏で表で、細やかに連中の相手をしよう。
………………俺を推す声が真実、大きくなるまでは。
「それ程までに期待なさって下さるのなら、紅の王子は憚りながらも名乗りを上げましょう」
そこまで来れば最早こちらのもの。
陰から日向に躍り出るまで後少し。
積年の想いを果たすまでも、後、僅か。
■■■
次期王には相応しいのは我らが紅の王子。
脆弱なる兄王子は王の務めを果たせまい。
いやいや、誰がそんな異端の子を。
…正当なる王位継承者は疾うに決まっておろうに。
そこかしこで聞こえる叫び声。
声の大きさはそろそろ変わらない。
裏で表で罵り合っている。
上品を偽る仮面の下で、ひどく醜い争いを。
………………『無貌の』道化師と何処が違うと言うのかな?
横合いから少し衝いたら真っ赤な血膿が出そうな、人々の高らかに叫ぶ声。
その誇らしげな、如何にも正義だと言うようなその裏で、きみたちはいったい何をして来たのかな?
持ち上げる駒の人格などどうでも良い事。ただ、その立場と身分だけがすべて。
状況次第で蒼にも紅にも平気で流れる。
どちらがより後に有利になるか、それだけが流れる理由。
…冷静に立ち返ればどれ程のものかと思うがね。
富と名声、それを得たい理由。
ただの欲望。
つまらない話。
愚かだね。
………………『紅の』道化師は嘲笑う。
すべては遊戯に過ぎないさ。…すべてに復讐しすべてを得る為のね。
きみたちの醜い姿もこの遊戯のちょっとした彩りに過ぎない。
…ああ、莫迦莫迦しい騒ぎだよ。
至上の『景品』はどちらの手に渡るかな?
それは無論、俺でなければならないがね。
彼女だけはどうあっても渡さない。
それ以上はどうでも良い事。
…俺を虐げて来た連中を、思い知らせる事が出来るなら。
豊かな富も名声も、ただの『おまけ』に過ぎないよ。
そんな彼の心を誰が知る。
誰もが上辺を見るのみで。
聡明で、兄王子よりも余程王族らしい弟王子のその姿を。
異端の色彩と言う枷さえ無ければ疾うに立場は入れ替わっていたかも知れない。
…そう思わせる程の大きな声が彼を推す。
王の資質。ならば紅の王子の方が余程相応しかろうと声が上がる。
だが、正当性ならば揺らぐ事は無いもうひとりの王位継承者の存在。
最早どちらが王位に着くか、誰にも予測は付かぬ程。
ふたりを推す声の大きさは変わらなくなっている。
鮮血の道化師ブラッドは、ひどく遠くで――ただ、紅と蒼の姿を見続ける。
そう、『己』すらも――醜悪に過ぎる膿み爛れた愚劣な遊戯の、ひとつの駒であるだけと。
疾うの昔に自覚している。
それ故に。
【了】
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