<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


材料を求めて



■ オープニング

「ちょっと頼みたいことがあるのだけれど」
「あ、はい」
 凛とした声――ルディアは振り返りその声の主を見やった。
「私の名前はミリアよ。よろしくね。で、さっそくだけど、この二つを見つけて欲しいのよ」
 蒼白な顔立ち、すらりとした体系なのに胸元は異様に強調されている。露出度の高い服装も相成って亭内の注目を浴びていた。
「……えっと、これは一体どこにあるんですか?」
 メモ用紙には『赤蝙蝠の牙』『輝草』と記されていた。
「ええ、聖都の北東に広がるエル山脈にどちらもあるわ。赤蝙蝠は山脈の洞穴の中に稀に存在する赤い牙を持つ蝙蝠、輝草っていう赤蝙蝠の生息する洞穴と似たような環境に生える変わった草なんだけど……。まあ、この草に関してはそちらで調べてくれないかしら。実は、私も詳しいこと知らないの」
「エル山脈って……あの道幅が狭い山脈ですよね? しかも、鳥系の魔物が生息するっていう……」
「そうよ。とにかく、この二つを見つけて私の家まで届けて欲しいのよ。えーっと私の家はエル山脈の麓にあるわ。依頼を引き受けてくれる人が見つかったら、まず私の家に来てもらえるように伝えておいてくれるかしら?」
「はい、分かりました」
「じゃあ、そういうわけで、よろしくねぇー」
 ミリアと名乗った女性は片目を瞑り、軽く手を振りながら去って行った――。



■ 山脈の麓

 調査へ同行することになった三人は依頼主――ミリアの自宅を訪れるためにエル山脈の麓へ訪れていた。
「この山、一体何メートルあるんだい?」
 キャプテン・ユーリが先を歩く二人に訊く。
「……さあな」
 スラッシュは歩調を緩めず、憮然とした態度でそう答えた。
「えっと、確か二千メートル級の山脈じゃなかったかなー?」
 スラッシュの代わりにシノン――シノン・ルースティーンがショートカットを揺らしながら聳える山を見上げて呟いた。シノンはスラッシュと肩を並べて歩いている。
「これは骨が折れそうだねぇ。それにしても――」
 一向は薄っぺらな地図を頼りにミリアの自宅へ向かっていた。その地図にはこう書かれていた。
 
         えるさんみゃく
 
          わたしのいえ

          えるざーど

「……アバウトすぎだ」
「そのまんまだよね」
 スラッシュとシノンが頼りない地図にツッコミを入れる。
「あ、でも、見えてきましたよ?」
 ユーリが指差す方向に一軒の小屋が遠目にだが確認できた。煙突から黒い煙が出ている。どうやら在宅のようだ。三人は足を速め小屋へと向かった。

「あら、あなた達が例の?」
「お初にお目にかかります、ミリアさん。あなたのような美しい方のご依頼とあれば不肖キャプテン・ユーリはどこへでも赴きます」
 ユーリがミリアの手をとって頭を下げた。彼は微妙にナンパ癖があった。
「依頼を達成するまでは、私は信用しないわよ? まあ座ってちょうだい、お茶でも出すから」
 ミリアはユーリを軽くあしらうと三人を居間へと案内した。
 黒い液体を目の前に出され、戸惑う三人にミリアは悠長な口調で喋り出す。
「最近さぁ、山脈に魔物が増えちゃって面倒なのよ。たまにこの小屋にも魔物が迷い込んでくるし……それで私は考えたわけよ」
「今回、調達する材料が関係あるんですよね?」
 ユーリが訊くと、
「そうそう、赤蝙蝠の牙と輝草を使って、ある魔術を完成させようと思っているの」
 ミリアは笑顔で黒い液体を飲み干した。
「魔術……だと?」
「そうよ。私、プロの魔術師ですもの」
 そう言ってミリアは指をパチンと鳴らした。すると、奥のドアが自動的に開き、そこから一冊の本が宙を浮いて移動――そして、ミリアの手元に落ちた。
「この本よ」
 ミリアはページを中ほどまでめくってテーブルの上に広げて見せた。
「セーフガーディング……? これって結界魔術なんですか?」
 シノンが訊く。
「そそ。魔物が増えてるからさぁ、小屋の周りに結界でも張ろうと思って。それから、仕事の依頼でもそういうのが多くてね。やっぱ、一時的に襲来を防いでも、二次的な被害や、それ以降に生じるゴタゴタの方が面倒らしくてね。結界魔術を使えば鉄壁の防御になるってわけよ。そういうわけで、材料の調達、お願いするわね? 私も他の材料を準備しないといけないから……」
「あのー、輝草なんですけど、誰に訊けば分かります?」
「そうね、輝草に関しては、エルザードにある古文書屋の爺さんに訊けば分かるかもしれないわ。私は、あの爺さんにとことん嫌われてるからさぁ。私も今からエルザードに行くから一緒に行きましょうか?」
「……また戻るのか」
 長い道のり――調査を含めれば二往復しなければならない。
「安心して、私の魔術を使えばエルザードの近くまで一気に飛べるわよ」
「さすが、ミリアさん。優秀な魔術師なんですね」
「その通りよ」
 照れもせずミリアは椅子から立ち上がった。魔術師を名乗る彼女の風貌は地味とは程遠い派手な格好であった。



■ 輝草について

 ミリアと分かれた三人は、言われたとおりにエルザードの古びた通りにある古文書屋へと訪れていた。いかにも古ぼけた店の構えだった。
 店主の老人はシノンを見るなり機嫌よく話し出した。どうやら、若い娘に弱いらしい。あとで聞いたところによるとミリアは対象外らしい。つまり若い娘とは文字通り若くなければダメらしい。ミリアが聞いたら怒り出しそうだったので三人は心の中で留めておいた。
「輝草はな、赤蝙蝠の好物なんじゃよ。つまり、赤蝙蝠を探せば自ずと見つかるはずじゃ」
「なるほどぉ」
 シノンがこくこくと頷く。
「ところで、お前さん方、輝草という名の由来を知っておるかな?」
「……さあな」
「輝いているからですか?」
「草の色が黄系統だからとか?」
 三者三様の答え――スラッシュは答えていないが。
「ふぉふぉふぉ、はずれじゃ。輝草は……洞穴の隙間から差し込む太陽の光を浴びて成長する草。洞穴内の特殊な環境と太陽の光……そうして輝草は育つのじゃ。ある冒険者がこの草を発見した時、ちょうど太陽の光が差し込んでいての、草が光っているように見えたらしいんじゃよ」
「なるほどぉ、それが由来なんだー」
 シノンが感心したように何度も頷いていた。



■ エル山脈

 険しい山道はこの一帯でも屈指の難所であった。
「……シノン、引っ張るな。落ちるぞ」
「だって、バランスがぁ……。わわわ!」
「危ない!」
 ユーリが叫ぶ。
 寸でのところでスラッシュがシノンの腕を掴んでいた。
 肩幅程度しかない山道は足を踏み外しやすい。スラッシュは万が一のために命綱をシノンの体に巻きつけておいた。
「ミリアさんの話によると、このあたりに大きな洞穴があるらしいんだけど……」
 先頭を歩くユーリが辺りを見渡す。
「……あれか?」
 スラッシュが指差す。
「ほんとだ、あれみたいだねぇ」
「やっと、この狭い道から開放されるんだね! さぁ、早く行こう!」
 急に元気になったシノンが先頭を歩くユーリを急かす。
「……また落ちるぞ」
 そんなシノンの様子を危惧したスラッシュが深い溜息をついた。

「っと、滑るみたいだから二人とも気をつけて」
 ユーリが足場を確認しながら緩慢な歩調で歩く。あまり足を上げずにすり足で移動した方がよさそうだった。
「……暗いな」
 スラッシュは準備してきたカンテラに火を灯した。奥に進むに従って洞窟はその光の量を落としていくようだった。
「分かれ道だよー。どうする?」
 シノンが立ち止まり皆に訊く。
「輝草って光が差し込む場所にあるわけだから、明るい方へ進めばいいんじゃないのかい?」
「……ならば、そうしよう」
 スラッシュが頷き歩き出す。
「うんうん、そうしよう」
 シノンがスラッシュの真似をしながらユーリに同意した。
 洞穴はさほど広いわけではなかったが、滑りやすいことがネックになり進歩速度は思わしくなかった。それでも数十分ほど進むと光が見えてきた。
「あそこ、光が差し込んでるね」
「……シノン、後ろだ!」
「え? なに!?」
 はばたく音――赤蝙蝠のお出ましだ。
 人間に対して襲い掛かる性質のある赤蝙蝠は一番後ろにいたシノンに向かって飛び掛ってきた。
「――たぁ!」
 狭い洞窟内――天井ギリギリまで飛翔するシノン。間一髪のところで攻撃をかわしたシノンはお返しにと言わんばかりに風の刃――ウィンドスラッシュで攻撃した。
 ――ギャァァァァァ!!
 赤蝙蝠は耳障りな悲鳴を洞窟内に反響させた。
「今のうちに!」
 降り立ったシノンが二人に言う。
「……ああ」
「早いとこ、牙を頂いてしまおう」
 ユーリが気絶している赤蝙蝠の牙をナイフで削ぎ落とした。それをスラッシュが用意しておいた袋に入れる。
「でも、牙って取っちゃっても大丈夫かなぁ?」
 二人に駆け寄ったシノンが心配そうに言う。
「大丈夫、トカゲの尻尾きりと同じ……赤蝙蝠の牙はすぐに再生するのよ――と、ミリアさんが言ってましたよ」
 ユーリがにやりと笑う。
「なら、安心だね」
「……これが輝草か?」
 スラッシュが光輝く草に触れながら、古文書屋の店主からもらった輝草の描かれている絵と見比べていた。
「間違いなさそうだね」
「ほんと、光ってるように見えるね……」
 三人は根元から掘り起こさず丁寧に輝草を採取すると洞窟をあとにした。



■ エピローグ

「ありがとう、礼を言うわ。じゃあ、さっそく魔術を完成させようと思うんだけど、最後まで見ていく?」
「是非、後学のために……。あ、何か手伝えることがあったら言ってください」
「じゃあ、お願いしようかしら」
 ユーリがミリアの助手を務め、魔術生成が開始された。
 スラッシュとシノンが傍らでそれを見守る。
 巨大なツボの中にユーリは材料を放り込み、それをかき混ぜる。ミリアは怪しげな呪文を唱え始めた。
 しばらくするとミリアの足元に光り輝く複雑な形をした魔方陣が浮かび上がってきた。そして――光が弾けた。
「完成よ。結界魔術――セーフガーディング。高位魔術に位置する最強の補助魔術のうちの一つよ」
 ツボの中身は蒸発してしまい何も残っていなかった。
「改めて礼を言わせて貰うわ。ありがとう」
 ミリアは珍しく殊勝な態度で三人に頭を下げた。
「……仕事だからな」
「ミリアさんもお仕事頑張ってくださいね!」
「またご用があれば何なりと僕にお申し受けください」
「ええ、あなた達になら、喜んでお願いするわ」
 魔術師――ミリアは笑顔でそう答えた。



<終>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1893/キャプテン・ユーリ/男/24歳/海賊船長】
【1805/スラッシュ/男/20歳/探索士】
【1854/シノン・ルースティーン/女/17歳/神官見習い】

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■         ライター通信          ■
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この度は白山羊亭冒険記「材料を求めて」にご参加くださいまして、ありがとうございます。
もう少し戦闘シーンが増えるかと思ったんですが、ミリアとのやり取りが若干長くなりました。
白山羊亭の方では初めて書かせていただいたのですが、とても新鮮でしたし、皆様のキャラクターも個性があってとても楽しく書かせていただきました。
それではまたお会い致しましょう。最後になりましたが納品が遅くなりまして申し訳ございませんでした。それでは失礼させていただきます。

 担当ライター 周防ツカサ