<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


奪われし魔刃【赤き刃】

●オープニング
 エルザード騎士団から、緊急の依頼だ。
 先刻、とある遺跡から発掘されたふたつの遺産を運搬していた輸送隊と護衛部隊が襲撃され、壊滅状態に陥った。
 襲撃者の数は、信じられない事に一名、強大な魔導の力を操る剣士である事が判明した。当初はアセシナート公国の手先と踏んでいたが、どうやら違うらしい。
 だが、だからといって指を銜えている訳にも行かない。
 我々は遺産を取り戻そうと奴を追ったが、全く歯が立たなかった。口惜しいが、我々の手に負える相手ではない。
 そこで、冒険者に遺産の奪還を依頼したい。
 是非とも、奴が持つ遺産を取り戻してくれ。もし、それが不可能な状況に陥ってしまった場合、破壊してほしい。
 どちらの場合にせよ、このような遺産は今後の事も考えて封印する必要がある。その為、我々の元に持ってきてくれ。
 宜しく頼む。


 天空を貫く巨大な塔・《封印の塔》。其の姿が否応にも目に入る草原を、馬を操って駆ける者が居た。
 灰色の髪にルビーの如く真紅の瞳を持つ青年。昼の世界には不釣合いな漆黒の戦闘服に身を包む彼の腰には、二振りの長剣が揺れている。
 其のとき、彼のすぐ傍で爆発が起こる。エネルギーは大地を抉り、飛沫にして衝撃波と共に青年と馬に降り注いだ。
「‥‥順調に行きたいところだったが、そうそう旨くはいかんか」
 彼は冷静に呟くと、馬の足を止めた。そして、赤き双眸を後方に向ける。視線の先には、白き軍馬に乗って草原を疾駆するひとりの戦乙女の姿があった。
「またも騎士団か‥‥」
 ゆっくりと馬から下り、青年は嘆息する。同時に戦乙女も地上に降り立ち、自らの丈を越える白銀のハルバードを構えた。
「我が名はエルレアーノ! 戦場で散りし我が兵と戦友の冥福の為に、汝に裁きを与えん!」
 戦乙女――エルレアーノは名乗り、裡に秘めた闘気を解放する。其れは闘気の域を脱しており、鬼気にも近しいものだった。鬼気は風のように唸って草原を薙ぎ、十メートル先の青年にも打ち付けられた。
(この女、只者ではない。異世界の戦士か‥‥)
 肌を突き刺す彼女の鬼気を受け、能力を瞬時に感じ取った青年は先まで無に等しい顔に微笑を刻んだ。
「では、私も名乗るとしよう。――ベネディクトだ」
 青年――ベネディクトは自らも名乗り、腰に差した二振りの長剣の内のひとつを抜き放つ。其の剣身は、白銀だ。
「いくぞ」
 ベネディクトのこの言葉が嚆矢となり、大地を蹴った。
 十メートルというふたりの距離を、彼は一足飛びで消失させる。だが、エルレアーノは然して驚きもせずにハルバードを横に薙いだ。刃は空を切り裂いてベネディクトへと迫るが、彼は身を屈めて回避し、身を持ち上げると共に下方から切っ先を送り込む。死角から頭部へと走る殺気――エルレアーノは其れに素早く反応し、首を傾げた。銀は彼女の白い頬を抉り、鮮血が噴き出す。
 エルレアーノは構わず、ハルバードを瞬時に引き戻して柄を振り抜く。しかし、其の進路にはベネディクトの姿は既になく、彼女の右手に移動していた。そして、斬撃を放つ。綺麗な弧を描く銀の刃はエルレアーノの肩口に流れるが、彼女は素早く身を捌いて其れを紙一重で避け、突きを繰り出した。速射砲の如き突きは、ベネディクトの肉体ではなく空間だけを貫く。彼は既に、大きく飛び退いていた。
 まるで羽毛のように、彼はゆっくりと地上に降り立つ。そして、
「中々だ。よく練り込まれている」
 と、賛辞を贈った。だが、彼女は複雑な表情をしている。実際、押されていたのはエルレアーノだ。手放しで喜べる筈も無いだろう。
 ベネディクトが再び踏み出そうとしたとき、ある音がふたりの耳朶を打った。
 それは、複数の馬の足音だ。
「大丈夫ですか!?」
 其の声は、アイラス・サーリアスのもの。彼の後ろにはニコラス・ジーニアン、チェリーのふたりの姿もある。彼等三人は黒山羊亭からの依頼を受け、騎士団から提供された馬に乗って駆け付けたのだ。エルレアーノは元より騎士団に其の身を預けている。其の為、依頼が黒山羊亭に提示される前にベネディクトを追ってきたのである。
 彼等は馬から降り、エルレアーノに駆け寄る。彼女の無事を確認できると、自然と安堵の吐息が出た。
「貴様の目的は何だ? 魔剣による破壊か?」
 問うたのは、ニコラスだ。其の問いに、ベネディクトは少々間を置いて答えた。
「‥‥そうだな、何れはそうなるだろうな」
「ならば、この場で打ち倒すのみ」
 彼の答えを聞いたニコラスは、自らが持つ刀を抜き、切っ先を彼へと向けた。其れを見たベネディクトは薄く笑い、
「この場合、こう言うのだろうな。――『やれるものならやってみろ』」
 手を彼等の翳し、招くように指を前後に揺らす。このベネディクトの言を受けると、戦士たちは自らの得物――アイラスは釵、チェリーは二振りの剣――を持って構え、戦意を解放した。
「じゃあ、早速やってあげよっか!」
 チェリーがそう意気込み、仲間と共に駆ける。
 ベネディクトの右手に素早く回った彼女は、自らが持つ双刃を一度に煌かせた。二方向から迫る刃を、彼はひとつは避け、ひとつは白銀で弾く。甲高い音が火花と共に飛び、チェリーの手は電撃が走ったように痺れ、彼女から離れた。
 次に飛んだのは、チェリーの身体だ。
 彼女の腹部はベネディクトの靴底がめり込み、チェリーを吹き飛ばす。だが、彼女は自らの身体が宙に浮かされながらも、残った片方の剣を投擲した。放たれた切っ先はベネディクトの顔面へと向かうが、首を僅かに傾げて避けられる。
 しかし、それは布石に過ぎない。
 其の隙に左手からアイラス、後方からニコラスが得物を片手に迫ってきたのだ。
「アイラス・サーリアス、いきます!」
「受けろ‥‥!」
 アイラスは釵の切っ先、ニコラスは銀に輝く刀身を、ほぼ同時に打ち込んだ。それ等は完璧と言える速度と角度で放たれ、ふたつの攻撃はベネディクトに接触し――そこで止まった。
「奇襲を仕掛けるのなら、黙して行動に移した方がいい。貴重な好機を逃す事になるからな」
 ベネディクトはふたりの攻撃を受けたにも拘らず、平然としていた。己の身体に大地の加護を得ている為に。
 《クレイアーマー》――。
 大地がそのまま鎧と化すこの魔法がベネディクトを守り、アイラスとニコラスの攻撃を防いだのである。
「これが、手本だ」
 彼はそう言うと、手を翳す。開かれた掌から眩い赤の光が溢れ、其処から烈火が生まれた。其れは砲弾となって至近距離から放たれ、ふたりの身を焼き、地に伏させる。
 だが、彼等さえも布石に過ぎなかった。
 エルレアーノは翼を持っているかのように高く跳躍し、ハルバードを振り翳している。ハルバードの穂先は黄金の光が放たれており、膨大な魔力が放出されていた。
 そして、雄叫びと共にハルバードが振り下ろされる。
 黄金の矛は空を裂き、大地を割る。其の証拠に彼女の上空に存在した雲は切り裂かれ、大地は大きく抉られていた。
 彼女が持つ最大奥義・《勝利すべき黄金の牙》である。一撃必殺であるこれは触れた者を灰燼と帰す事が出来るほどの凶悪さだが、一度使用すれば暫くの間は身動きが取れないほど力を消耗してしまう。其の為に、ベネディクトの隙ができる今まで温存していたのだ。
 だが、それでもベネディクトは健在だった。流石にクレイアーマーは完全に吹き飛び、身体中に多くの裂傷が付けられているが。何より、彼の得物である白銀の剣身が半ばから消滅していた。
「この剣も、中々の業物なのだがな‥‥」
 剣身の半ばから消滅した銀の長剣を残念そうに見つめ、名残惜しそうに鞘へと戻した。そして、自身に付けられた傷を魔法によって癒す。
(《クリムゾン・ファントム》を使いたいところだが、後の為に取っておく必要があるな‥‥)
 ベネディクトは奪った魔剣の柄を握ろうとするが、自らの目的の達成を最優先と考え、柄から手を離す。其の手は、前方に突き出された。
「中々楽しめた。続けたいが、私にも都合がある。此処は引かせてもらおう」
 そう言って、ベネディクトは出した手に魔力を集中させ、魔法を発動する。解放された魔力は薄い緑の翼となって、彼を空へと駆け上らせた。
「機会があれば又会おう、異世界の戦士たち‥‥」
 この言葉を残して、ベネディクトは虚空へと消えていった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1066 / エルレアーノ / 女性 / 23歳 / 騎士団階級『六の剣”ヴァルキリー”』】

【1649 / アイラス・サーリアス / 男性 / 19歳 / 軽戦士】

【1754 / ニコラス・ジーニアン / 男性 / 220歳 / 剣士】

【1829 / チェリー / 女性 / 15歳 / デュエリスト】

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■         ライター通信          ■
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 どうも、しんやです。
 やっぱり、シリアスシナリオはいいですね。性に合っているというか。でも、無茶苦茶なのは相変わらずですね。スイマセン(^^;
 次回、「奪われし魔刃【蒼き刃】」は約一ヵ月後に公開する予定です。色々忙しいので、又もやスイマセン。(;´Д`)人
 それにしても、一行プレイングは厳しいです…。(TωT)