<東京怪談ノベル(シングル)>


 『bird cage』

 幸せってなに?

 鳥篭の中の鳥。

 あなたは幸せ?

 鳥篭の鳥は、

 飼い主の寵愛と、

 決まった寝床に、

 規則正しい餌の時間の代わりに、

 青い空を飛ぶ自由を失った。

 その翼はもはや飾り。

 羽ばたく意味を持たない。

 鳥は見つめる青い空を、

 そこを飛ぶ仲間を。

 だけど空を飛ぶ鳥は果たして幸せ?


 ――――――――――――――――――――

 夜。それはほとんどの生き物が眠り、今日の疲れを癒し、明日を夢見る時間。だけど咎人という名の無実の罪の果てに呪われたあたしにとっては24時間という時間のうちで己の意志を持ち動けるのはその時間だけ。
 ――――そう、そんなすべての生き物が眠る夜と言う時間が咎人のあたしが虚無と言う名の世界から解放される、待ち焦がれる時間。


 虚無の時より目覚めるあたし。
 瞼を開き、そうしてその一瞬後に?の海に溺れながら彼女をまず最初に探す。
 こんなのはこのエルファリアの別荘に来て、久方ぶり…彼女があたしの秘密を知って、初めての事。そう、いつもあたしが目覚めるたびに極上の笑みを浮かべて「おはよう」と言ってくれる彼女はいなかった。
 それを認識した瞬間に胸が苦しくなる。
 だってそれはもう一つの呪いをあたしに思いしらしめるから。


『レピア・浮桜を国を滅ぼした忌むべき魔女とし、咎人と処す』
『待って。無実よ!!! あたしは何も悪い事はしてないわ!!!!』
『何を言うか、レピアよ。妾はおまえが我が愛すべき夫をたらしこもうとし、それが叶わぬと知ると、魔性の舞を踊り、我が国を滅ぼした事を知っておるのだぞ。それでも白をきるか!!!』
『そんな……嘘よ。だってあたしは踊りさえできればそれでいいんだもの。国なんか望んだ事なんて一度も無い』
『レピア・浮桜を咎人とし、その咎の代償は昼間の世界からと終わりある時よりの追放と処す』
 背負わされた罪。
 ――――それは身に覚えの無い罪。
 ――――――――嫉妬言う名の感情の衣はあたしの体に勝手に纏わりつき、あたしから昼間の世界と終わりある時、と言うモノを奪い去った……。


 昼間がくればあたしは石化する。
 だからもうあの太陽の暖かい光も、
 昼間の街の活気も、
 光りの中を生きる皆の顔も、
 遊びまわる子どもらの笑い声も、
 もう遠い記憶の彼方で、
 思い出せずにいる。


 だからあたしは探した。
 ――――この呪縛を解く方法を。
 それはいったいなんたる皮肉だろうか?
 昼間という時間を失ったあたし。
 だけどあたしは永遠の時を得た。
 不老不死。それは永遠の時。
 最初はわからなかった。
 それがなぜ、一番処罰の中でも重いとされるのか?
 それがわかったのは、友が死んだ時…。老衰で。
 それで初めてあたしは狂おしいほどに怖くなった。孤独を思い知った。
 歳を取らぬこの身。
 進みゆく時から切り離されたこの身。
 それは自分の知っている人たち、自分を知る人たち全員から置いていかれるということ。
 永遠に独りぼっちということ。
 繰り返される別れ。
 心が壊れそうだ。


 だからあたしは探した。
 必死に探した、元に戻れる方法を。


 様々な世界を旅し、
 何度も人と死に別れ、
 石化と不老不死に苦しみ嘆き、
 気の遠くなるような時を過ごしてきた……。


 心が壊れそうになる。
 あたしだって女。
 誰かに支えて欲しい。
 この肌に触れて欲しい。
 唇を重ねてもらいたい。
 人を愛したい。


 そう想う一方で、やっぱりあたしの心に深く深く突き刺さっている二つのロザリオ。


 その痛みがあたしに人に恋する事を躊躇わせた・・・。
 ――――だってどんなに好きになっても、あたしは置いていかれるから。あの気が壊れそうになる悲しみに何度も耐えられるほどあたしは強くない。


 あたしは踊っていられれば幸せなんだけどね。
 ――――それは本当にそう。
 ―――――――――心からそう想う。あたしは踊りが大好きだ。それはもうあたしの一部。大切なモノ。切っても切り離せぬモノ。踊りの最中だけは何もかも忘れられる。幸せを感じられる。不老不死にだって感謝できる。
 ふっ。ずいぶんと勝手な話。


 ――――――――――――だけど本当に、随分と勝手な話だけど、不老不死に感謝したい出会いがあった。
 それがエルファリアとの出会い。
 夜に踊り、昼間は石化してどっかに運ばれの根無し草の生活。そんな生活の果てに辿り付いたこの地であたしは彼女と出会う。


 優しい娘。
 とても。とても。とても。


 あれは彼女と出会ってすぐだった。
 一緒にお風呂に入った時にぽつりと漏らした本音…彼女に見せたあたしの弱さ。
『夜はこうして自我を持って動けるあたしだけど、昼になれば石化して、記憶が無くなる。あたしはそれが怖い。突然ぷつりと何の前触れも無く意識が切れて、それが夜になってまた強制的に繋がる。それは嬉しいというよりも怖いし、泣きたくなる。だって視界に映る世界はあたしにとっては瞬きした瞬間にまったく違っているのと同じなのだから。それに不老不死だって…置いていかれるのは………もう嫌だ』
 なぜそんな事を口にしたのかわからない。
 だけど彼女はそんな泣き言を口にしたあたしの顔をおもむろに立ち上がったかと思えば次の瞬間に優しく自分の湯に濡れて火照った胸の谷間に優しく包み込んでくれた。
 そして優しく言ってくれた。優しい慈母が、怖い夢を見たと言って泣く幼い子どもを宥めるように。
『大丈夫です。レピア。あなたはもうどこにも行きません。あなたが目覚める時はそこには私が必ずいます。だから大丈夫。私があなたを守ってあげます。これからはあなたの視界には朝日の中でまず最初に自分の部屋の天井が映るように、この私の部屋の風景が変わる事無く映るでしょう。そして朝を謳う唄を歌うすずめの囀りの代わりにこの私の声を聞くでしょう。それではお嫌かしら?』
 あたしは優しい聖母にすがる哀れな迷子の子どものように顔を横に振って、彼女の柔らかい胸の谷間に涙に濡れた顔を埋めた。
 そしてその言葉通りあの娘は、夜の帳が降りた時間にあたしが目覚めるたびに優しく微笑みながら、


『おはよう、レピア』


 と、言ってくれた。


 それが幸せ。
 とても。とても。とても。
 そう、それはあたしにとっては朝の日の光なのだ。
 人の体内時計は、日の光を浴びる事で初めて正確的に動き出す。
 あたしの時間はその笑みを見て、その声を聞いて、動き出す。
『おはよう、エルファリア』


 咎人となって、濡れ衣を着せられて、日の当たる世界と終わりある時間から切り離されて思い知ったこと・・・
 幸せと不幸は表裏一体。
 ――――石化と不老不死……あたしを哀しませ恐怖させるこの呪いが、だけどあたしとエルファリアを出逢わせてくれた。交わった道と道。
 だけどそう、幸せと不幸せは表裏一体。
 彼女と出会い、生きる喜びを再確認したあたし……しかし、一緒にいる時間は限られていて、そしてその後に待ってるのは永遠の別れ。


 それを考えると心が苦しくなる。痛さに呼吸ができなくなる。


 そうしてようやっとあたしの体の筋肉は石化の後遺症から脱した。
 あたしは口から飛び出しそうになるぐらいに早く脈打つ心臓と違って、もどかしいぐらいにゆっくりとしか動かない体に苛立ちながらテラスに出た。そこにずっと人の気配を感じていたから。
 ――――果たしてそこにいたのは・・・・


「エルファリアぁ」
 ――――なんて声・・・。


「あ、レピア、おはよう」
 ――――振り返った彼女はにこりと笑う。


 心から溢れ出す、二つの感情。
 ――――やっとはぐれた母親と出逢えた迷子の幼い子どもみたいにただ泣いてしまいたいぐらいまでの安堵感。
 ―――――――――――そして、あたしの想いなどつゆほども知らずに微笑む彼女への抱いてはいけない…抱きたくない怒り。


「どうしたの、レピア?」
「なんでもない」
 あたしは無意識に目を逸らしてしまった。そうしたのは、そのまま彼女にあたしの瞳を見つめられていたら、そうしたらあたしが心に抱く子どもっぽい身勝手な想いを気づかれそうで、恥ずかしかったから。
 そして行き場を失った視線は彼女の後ろにある鉢植えに行った。
 ――――あれはなに?
「ああ、これ?」
 花が咲いたような嬉しそうな声。
 あたしは気まずい想いをしながら視線をエルファリアの顔に向ける。彼女は思春期の素直になれない子どもに優しい母がそうするようにあたしに優しく微笑む。
 彼女は横に一歩どいて、その鉢植えがあたしの視界に入るようにする。その鉢植えで夜だと言うのにそれにもかかわらずに咲いていたのは白い美しい花。まるでエルファリアのように。
「月下美人?」
「うん、そう。月下美人」
 月下美人。それは夜に咲く、花。
 そしてあたしはもう一度、視線をエルファリアの顔に戻す。
 彼女は胸の前で手を合わせながら、夜空にある満月を見上げた。


「あのね、レピア。この月下美人は今日の昼間、うちのお城に出入りしている庭師の人が私に、って持ってきてくれたの。そしてこんな伝説も、聞かせてくれたの。


 満月の夜に咲く一輪の月下美人。その花が開く瞬間に祈りを捧げれば、その願いは花の精によって叶えられる。


 って」


「エルファリア……」
 ――――何を彼女が祈ってくれたのかは無意識にわかった。
 そしてそれをあたしがわかった事を彼女もわかっている。
 あたしたちは見合わせあった顔を微笑ませあう。
 そしてあたしは満月の明かりをスポットに舞を踊る。観客はエルファリアただひとり。だけどそれはこのあたしの長い生の中で一番の舞台。幸せな舞台。最高に楽しい至福の時。
 そしてあたしは彼女の手を取って、彼女と踊る。
 笑う彼女。その顔があたしに語りかける。
「ねえ、レピア」
「ん?」
「レピアの呪いは直に解けるわ。だって月下美人にそう祈ったのだから。そうしたら私、あなたと一緒にショッピングをして、アイスクリームを食べたい」
「うん。いいよ」
 そう笑顔で語り合って、あたしたちは抱き合い、軽く唇を重ねあう。
 頬を赤くした彼女に、あたしは伝えた。
「あたしの一番の望みはあなたと一緒に朝日を見つめること。いつかそうなればいいよね、本当に」
「うん」
 そうしてあたしは彼女を力いっぱい抱きしめた。


 幸せは表裏一体。
 この幸せにだっていつか終わりは来るし、何かしらのリバウンドはあるのだろう。だけどあたしはそれは今は見ないふりをする。
 前は踊りがそうさせてくれた。
 だけど今はエルファリアの温もりとやわらかみがあたしを優しさで包み込んでくれる。それがあたしを救ってくれる。永遠の孤独から。
 だからこそ、あたしは前に歩けるのだ。
 新たにエルファリアのためにもこのあたしの身を縛る呪いと戦いたいと望むのだ。
 溢れ出る願い…彼女と一緒に朝日を見たいというその願いを叶えるがために。エルファリアの願いを叶えるために。
 ―――――そう、だから今のあたしは本当にこの呪いを解く事ができる気がした。それを心から願ってくれる大切な人がいるから。
 うん、そう。だから一時期はモノクロームに見えていた夜の世界も、満月も、月下美人もあたしの目には泣きたいぐらいに優しく綺麗に見えるのだ。

 そんな幸せで優しい夜の世界であたしとエルファリアは満月と月下美人に見つめられながら額と額をくっつけて、お互いの目を見詰め合って、そうしていつまでもくすくすと笑いあっていた。


 ― fin ―



 **ライターより**

 こんにちは、レピア・浮桜さま。はじめまして。
 今回担当させていただいたライターの草摩一護です。


 今回はおまかせという事で、このようなお話を書かせていただきました。
 どうだったでしょうか? もしも満足していただけてましたら、作者冥利に尽きます。
 設定と指定してくださったノベルを何度も読んでイメージを膨らませたのですが、
 やっぱり物語としては、レピアさんとエルファリア王女との友情にスポットを置きたいと想い、レピアさんの心理描写を描きつつ、二人の優しい関係を描写しました。
 本当にこの二人がいつか一緒に朝日を浴びたり、昼間の街でショッピングを楽しんで、アイスクリームを食べれたらと想います。^^
 それは本当にお二人にとって、何よりもかけがいのない時となるのでしょうね。


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 本当にありがとうございました。
 またよろしければ書かせて下さい。
 失礼します。^^