<東京怪談ノベル(シングル)>
絆の証明−後編−
どこからか、声が聞こえてきたような気がする。
それは初めて聞くものなのに、よく知っているようであり、ひどく懐かしさを覚えてしまう。
まるで自分を手招くように。まるで自分の背を押すように。
そして。
声は耳から聞こえているのではなく、むしろその身の内から――。
◇
「出ろ」
むさ苦しい男達に無理矢理引っ張り出され、少年の身体が無造作に地面に転がった。
湖泉遼介(こいずみ・きょうすけ)。現在、ソーンの冒険者として様々な依頼を受け、それを解決へと導いている。
今回も、山賊団の捕縛を某組織より依頼され、意気揚々とアジトへと向かったのだが、思わぬ油断から罠にかかってしまい、囚われの身となってしまった。
悔しげに顔を上げると、目の前で一際大きな体躯をした男が楽しげにこっちを眺めていた。纏う雰囲気からして、どうやら盗賊達の親分のようだ。
思わずキッと睨んでやれば、ますます笑みを深める。
何を考えているのか。そう思った時。
「ガッハッハ。なんとも強気なボウズだな。このアジトにも単独で仕掛けてくる度胸といい‥‥気に入ったぜ」
唐突に起きた笑い声。狭い洞窟内で奇妙にこだまし、遼介の耳を打つ。
「な、何言ってんだよ!」
囚われの状況だというのに、遼介はあくまでも屈伏しなかった。元々の向こう気の強さが、劣勢の状態の中でますます意固地になっている。
「ボウズ、なんてぇ名前だ?」
「あんたらみたいな山賊に名乗る名前なんかないね!」
「んだと、コラァ!」
「よせ」
反抗的な少年に、周りの何人かが思わず怒鳴るが、親分の方は頓着しない。むしろ、その心構えが気に入ったようだ。
ニヤリ、と唇の端を歪め、男はこう言い放った。
「ボウズのような度胸あるヤツは、見込みがあるぜ。どうだ、俺らの仲間にならねえか?」
「‥‥はぁ?」
男の勧誘に、遼介は思わず素っ頓狂な声を上げた。
◇
最初にそのカードを手にした時。
不思議な感覚が、心の内から沸き起こった。
単なる『力』だけではない、流れ込んでくる思念と呼べばいいのだろうか。それは、巡り巡って自分のところに訪れるべくして訪れたのだ、と。
――少年は、本能的に確信した。
◇
「や、やめろー!?」
ジタバタと。
身動き取れない身体を、それでも懸命に動かそうとする遼介に、山賊達は笑いの渦を起こす。ゲラゲラと下卑た野次を飛ばす者、からかい混じりに面白がる者と様々だ。
勧誘を断った後、遼介の身に起きたのは徹底したいたぶりだった。
束縛されているのをいいことに、問答無用で痛めつける。勿論、それは本気ではなく、それがいっそう遼介のプライドをうち砕く。
あるいは、全身を猫じゃらしのような物で擽られ、息も絶え絶えに彼は叫ぶ。
「や、やめ‥‥ひゃぁっ‥‥あ――ッ!」
「どうだ、これでも嫌か?」
理不尽な責めに、思わず屈伏しそうにもなりながら、遼介は懸命に耐えた。
こんな事で挫けてたまるか、その気の強さだけが今の彼を支えている。
今、ここに遼介がいる事は、依頼主以外は誰も知らない。助けが来ることも、万に一つ期待出来ない。自力で脱出するしかないわけだが、今の彼ではそれも難しい。
そんな責め苦がどれだけ経過したか。
もはや麻痺した感覚で、開けた唇はヒクヒクと痙攣するばかり。
(もう‥‥ダメか‥‥)
挫けかけた、まさにその時。
――声が、響いた。
◇
『なんでえ、だらしねえよな〜』
――誰、だ‥‥。
‥‥頭の中に染み入るように聞こえてきた声。
自分と同年代らしき声は、どこかお調子者といった感じの口調だ。どこかワクワクした感じで、ガキ大将とかの悪戯っ子を連想させる。
(そういえば、俺の友達にもこんなヤツがいたっけな‥‥)
かつていた東洋の世界を思い出し、遼介は思わず苦笑した。
『こんなヤツラ相手にとっ捕まるなんて、らしくないじゃん』
――だから、お前誰だよ?
『オレ? なんだよ、忘れちゃったのかよ。いつも一緒にいたじゃねえか』
――いつも、一緒? ‥‥まさか、お前。
『解ってんじゃん。そうそ、その手に持ってるヤツがオレだよ』
――ヴィジョン、なのか?
驚く遼介に、声――ヴィジョンは得意気に答えた。まるでなんでもない事のように。
が、遼介の記憶の中で、ヴィジョンに自我が生まれたなんて聞いたことがない。なんで、と思うよりも先に、ヴィジョンがある提案をしてきた。
『さっさとコイツらとっ捕まえて、早く帰ろうぜ』
――え、でも‥‥。
『力、貸してやっからさ。オレと遼介、二人の力でこいつら見返そうぜ!』
――‥‥いいのか?
『あったり前じゃん。オレの主は遼介、お前だけなんだから』
――サンキュー。で、お前の事はなんて呼べばいいんだ?
『ん? 一緒だぜ。いつも呼んでんじゃんか』
――ああ、了解だ。
意識が――光に重なる。
◇
「――――来い、ティアマット!!」
それは、唐突だった。
そろそろ落ちかけていた遼介の姿。その様子に満足げな笑みを浮かべていた山賊達。そろそろ心が挫ける頃だ、ともう一度問い掛けようとした時。
凛とした声が、遼介の口から発される。
ほぼ同時に、その少年の体から青い光が飛び出したのだ。
「な、なんだぁ――ッ!?」
「う、うわぁ!」
「うぎゃあ! り、龍だぁぁぁっ!!?」
光――すなわち巨大な青龍が、洞窟の中を埋め尽くすように宙を舞う。そして、大きく開いた巨大な口から見える白く並ぶ牙。
叫び、慌て、逃げ惑う山賊達を、その黒い顎が一呑みに喰らい尽くす。後にはもはや断末魔の叫びすら届かなかった。
やがて。
その場所に命ある存在は、遼介だけになっていた‥‥かに見えた、が。
「‥‥へえ、幻術ってワケか」
感心したように遼介は呟く。
見渡した地面には、白目を剥いて泡を吹く男達で累々と埋め尽くされていた。よく見れば、誰一人血を流してはいない。ただ単に気絶しているだけだ。
遼介自身、何が起きたのか端から見ていてよく分からなかったが、束縛を解いてもらったヴィジョンに聞き、ようやく納得した。山賊達は皆、『龍に喰われた』という幻覚を見て、その恐怖で気を失ったのだった。
「すげえじゃんか。こんな強烈な幻覚って見たことないぜ」
『ま、当然さ。自我を得た事で、オレも進化したんだぜ。まあ、その分戦闘能力が下がっちゃったけどな』
得意気に話すヴィジョン。
まさかこんな風に対面で喋れるとは思っていなかったが、これはこれでなんとなく楽しかった。今朝のモヤモヤした気分なんか一気に吹っ飛んでしまった。
『でさぁ、こいつらどうするんだ?』
「えー? そりゃあもう、この俺にあんだけ散々な事してくれたんだ。それなりの礼はしないとな」
お互いに分かり切った事を確認する。遼介の思考はそのままダイレクトにヴィジョンに伝わり、ヴィジョンの感情も遼介の方にすぐ解る。
まるで互いに顔を見合わせたように、二人はニンマリと悪戯っ子の笑みを浮かべた。
◇
街道沿いの街路樹は、春は桜、夏は緑、秋は紅葉と季節によって様々な光景を行き交う人々に演出する。
だが、その日の街道を歩いた者達は、目にした光景に一人残らず悲鳴を上げた。
そこにあったもの。それは、身包みをすっかり剥かれた素っ裸の男達が、街路樹の一本一本に逆さまで釣り下げられた光景だったのだ。
普段平和な街道が、一転阿鼻叫喚の叫びで埋め尽くされた一日であった。
呑気に歩く遼介は、手にした報酬を持ってかなりご満悦だ。彼の耳に、遠くから聞こえるであろう叫びは届いていなかった。
ほくほくした顔で、彼はその手に持つ一枚のカードを日の光に翳した。
「今回は助かったぜ。これからも‥‥まぁ、よろしくな!」
『――こっちこそ、な』
頭に響く声に満足げに微笑みながら、遼介はカードを再びポケットに入れ直すのであった。
【END】
●ライター通信
葉月です。またしてもお待たせいたしました。
シチュエーションノベル、前後編をようやくお届けいたします。如何だったでしょうか。
今回、遼介君を色々と好き勝手に動かしてしまいましたが、どうでしょう‥‥構成も含めて、かなり試行錯誤しましたが、自分的にはかなり気に入りなんですが(苦笑)。ちなみに盗賊からのいたぶりは‥‥許容範囲がどこまでかわからなかったのでかなり暈かしてたりします。報復の形からしてご想像にお任せを(ぇぇ)。
何かご意見等ありましたら、テラコンなどからお送り下さい。
それではまた、どこかでお会い出来る事を願って。
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