<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
黒髪の訪問者
夢に見るその面影は、何故こんなにも胸を騒がすのだろう、とレベッカは思う。
その日の朝も、あの夢を見た。
心地よいまどろみの中から目覚めて、まだぼーっとした意識の中、彼女は眠りの中で見たその風景、その出来事、そして――『彼』の姿を反芻する。
しかし、それを見ていたのはつい今しがたのこと――のように思える――なのに、たぐりよせられる記憶はとても淡く、儚いものだった。まるで、砂浜に打ち寄せた波に洗われて、崩れかけた砂のお城のように。
そんな、今にも消えてしまいそうな頼りなげな夢の中の面影は、思いだそうとするたびにレベッカの心の柔らかい部分を、奇妙に締めつけ、騒がせるのだった。
※ ※ ※
もし、この世のどこかに安息の地というものがあるのなら。
ふとそんなことを考えて、青年は口元を歪めた。自嘲の笑みに。
馬鹿げた話だ。……そんなもの、どこにもありはしない。
この街にたどりつくまでの道程は、呆れるほどに長い旅だった。だから自分でも気がつかないうちに、いつしかそんな弱音が出てくるほど、疲労に心を蝕まれていたのだろうか。
それとも――自分の中にはない『答え』を追い求めるこの旅自体に、うんざりし始めてきたのか。
街の様子はさほど変わっていなかった。
青年は人々や荷馬車の行き交う古い石畳の通りを歩きながら、遠い記憶を確かめるかのように、一軒一軒、その街並みを見まわしつつ、ゆっくりと歩いている。
彼がこの街に居たのはもう十年以上も前のことだ。
住んでいた――というよりは、滞在していた、と表現すべきか――その期間はわずか一年に満たない。だが彼は今でもその時のこの街の風景、そして関わった人々の面影をまるで心の中に絵として残してあるかのように、ありありと思い出すことができた。
人々の喧騒、露天に並べられた果物や香辛料の香り。何処ともなく通りに流れてくる陽気な歌声と弦の調べ、弾むような太鼓の響き。
そんないろんなものが、あのときと変わっていないことに、青年は不思議な安堵を覚えた。変わらないことは間違っていないのだと――決して自分だけが時の流れの中で足踏みをしていたわけではないのだと、そう思わせてくれるからかもしれなかった。
通りを抜け、中心地から離れた街の郊外までやってくると、探していた場所はすぐに見つかった。
――アリューゼル工房。
そこだけは、彼の記憶の中のその風景と、だいぶ異なっていた。
一番変わっていてほしくなかったその場所だけが。
青年は一瞬我が目を疑い――そして、裏切られたような、とりのこされたような気分になった。
昔は当たり前だったこんな気分を味わうのは、久しぶりのことだった。
※ ※ ※
開け放たれた南の窓から、工房に風が入り込んでくる。
4月の風は心地よく、やさしい。
いつものように一人きりの朝食を終え、工房技師としての仕事着に着替えたレベッカは、先日客から持ち込まれた品物の細工にとりかかっていた。
遥か遠い時代に造られたと思しき、儀礼用の短剣(クリス)。その短剣の鞘に施された精緻な金細工の修復が、客から依頼された仕事の内容だった。
作業台の上に横たわったその鞘を見つめながら、溜息をつくレベッカ。
短剣の鞘はなめし革を膠(にかわ)で煮込みその強度を増した、強化革鎧(キルボアール)と同じ材質のものだ。しかしいかに強化革とは言え温度差や湿度、そして時間の経過により次第にその表面は弱り、劣化してくる。
この短剣の鞘も、持ち込まれた時はひどいものだった。
黒ずんだその表面にはいくつもの細かいひびが走り、その歪みが表面に施された龍の金細工をも歪ませている。細工の一部は完全に欠けてしまっていた。布ほどではないにせよ、元々革は手入れが難しい材質なのだ。
彼女の技術であれば、劣化した革を元の形に復元するのはさほど難しいことではない。事実、今作業台の上に乗っている鞘からは、もう完全にひびは消え、下地からはまるで新品の革のような光沢さえ浮かんでいる。
問題はその後だった。一度、特殊な酸性の薬液で剥げた表面の細工を溶かして、新たに金細工を施すのだが、肝心の細工である金がうまく乗ってくれない。正確には元々残っていた細工の金と、新しく復元の為に乗せた金が、うまく同じ輝きを見せないのだ。
「こんなこと初めてだわ。……研磨剤を用いても同じような光沢が出ない……補修の跡がありありと判るような直し方じゃ意味がないわ……」
刷毛を小瓶に戻すと、その勢いで中の薬液が撥ねて作業台の上に落ちた。
「あっ!」
焦げたような音がして、木製の表面に黒い染みが出来上がる。
「……あぶないあぶない、油断してたわ」
高濃度の酸を含んだこの薬液は、ある特殊な成分だけを著しく分解させる、非常に取り扱いの難しいものだった。人肌に触れれば、酷い火傷を負うことになるだろう。
「こういう時は何をやってもダメね。少し気分を落ち着けないと……」
煮詰まったレベッカは、作業台を立ち、コーヒーを淹れるために工房奥の小さなキッチンへと向かった。
しばらくして。
レベッカがコーヒーを手に、キッチンから戻ってくると、工房の中、作業台のそばに見なれない青年が立っていた。
歳の頃は二十代の半ばといったところか。すらりとした長身を、黒い旅装束で包んでいる。髪の色も黒で、まるで鴉のような印象を与える男だった。
お客かしら、とレベッカは、カップをそばの椅子の上に置いて、前へと出ていく。
青年は無言だった。ただ端正なその貌に、唖然としたような、それでいて複雑な色の混じった表情を浮かべて、工房内を見まわしている。
「いらっしゃいませ、アリューゼル工房へ」
レベッカの声で、彼は振り向いた。ようやくレベッカの存在に気づいたらしい。
「この工房の主人に会わせてもらいたい」
低い声音、無遠慮な口調。
「私が、そうですが」
「――君が?」
青年は驚きの声を上げた。
この工房を訪れる客で、そういう反応を見せる者は少なくない。
しかし、歳の若さと女であることから、技師としての技量を疑われることは、レベッカにとって最も不愉快なことだった。
「技術なら、他所の工房には引けをとらないと自負してるつもりですけど」
「……いや、そういうつもりで言ったわけじゃないんだが」
戸惑うレベッカ。
青年は改めて工房内を見回し、ぼんやりと呟いた。
「ずいぶんと変わったな、この工房は」
その言葉には、多分に落胆の響きが混じっていた。
レベッカの表情から愛想笑いが消える。なんとなく、この青年が客として現れたのではないことを察知したせいか。
「あの、どういったご用件でしょうか?」
レベッカは多分に苛立ちの混じっている声で問い掛けた。ただでさえ厄介な仕事で頭を悩ませているこの時に、客でもないくせに無駄な時間をとらされるような訪問者はただの厄介者でしかない。
黒髪の青年はそれには答えず、ふと傍らの作業台から、無造作に短剣の鞘を取り上げた。それを見て、レベッカの表情がみるみる険しいものに変わってゆく。
「それに触らないで!」
しかし彼は意に介さず、まじまじとそれを見つめた。下地である強化革の加工とその表面に施された金細工、その補修の跡。
そして憤怒の形相で詰め寄ってきたレベッカに向き直ると、平然と言い放った。
「直し方を間違えてる。この表面に施されてるのは金じゃない」
「え……?」
「金によく似せてはあるが、これはおそらく黄鉄と真鍮を六対四で混ぜ合わせた模造金だ。金鉱の乏しい南部地方の古い遺跡からは、この手のにせ金細工を施した品がよく見つかるそうだ」
……なるほど、道理で本物の金がうまく乗らないはずだ。物質的に全く別のものなのだから、光沢が違ってくるのは当たり前だ。
うかつだった。よく調べもせずに、見た目を鵜呑みにして完全に金細工と思い込んでいたのだ。
それにしても、目の前に立つこの男は何者だろう? この手の装飾を見慣れている自分でさえ騙されたそのにせ金細工を、この男は軽く見ただけで見破ったのだ。
「名工の誉れ高かったアリューゼルの工房を継ぐには、まだ未熟なようだな」
あまりにも無遠慮な言葉に、その看板をたった一人で守りつづけてきた十七歳の少女は、あからさまにむっとした表情を浮かべた。
「――あなたは何者? ここに何の用なの?」
それを聞いた青年は、無言のまましばらくレベッカの顔を見つめると、鞘を静かに作業台に戻し、答えた。
「……俺の名はイクス。しがない旅の錬金技師さ。有名なアリューゼルの工房を見学させてもらいに来た。ただそれだけだ」
イクスと名乗った青年は無表情に、ただそう言って眼前の少女を見下ろしていた。
(何なのよ、あいつ……)
作業台で再び短剣の鞘の修復作業を再開しつつ、工房を歩き回るイクスを横目で盗み見るレベッカ。
客ではない以上、追い払ってもいいのだが、悩んでいた修復作業のヒントが得られた借りもあるし、その知識からも、錬金術師と名乗った身の上は嘘ではないだろう。
仕事の邪魔にならないのであれば、とレベッカは見学を許可した。しかし、ただでさえ狭い工房なのに、その中をよく知らない相手にうろうろされるのは、それはそれで気が散るものだ。
「見て回るのはいいけど、あまり歩き回らないで。作業に集中できないわ」
「そいつは悪いな。……だが、この程度で気を乱しているようじゃ、まだまだだな」
からかうようなイクスの言葉。レベッカはまたむっとして、何か言い返そうとするが、言葉を飲み込んで、修復作業に戻った。
一方イクスはというと、壁にかけられた工具や、棚に並べられた様々な薬品や材料、そして書物の類を手にとっては興味深そうに眺めている。
そしてふと、ぽつりと口にした。
「奇妙なものだな。……ずいぶんとみすぼらしくなっていて驚いたが、よく見るとあの頃とそんなに印象が変わっていない」
「……え?」
手を止めて、イクスの方を見るレベッカ。
イクスは彼女に背を向ける形で、奥にある小さなかまどに燃えている炎を見つめていた。
「俺の知っているアリューゼル工房は、こことは比べ物にならないほど広くて、立派だった。あの頃、三基あったかまどには昼夜問わず炎が燃えていたのを覚えてる」
イクスは遠い記憶をひとつひとつ確かめるように、工房の壁に、台に、そして置かれた様々なものに手を触れつつ、言葉を続ける。
「この棚は、東側の窓の隣にあった。この鏡は、その横に置かれていた」
そして古びた椅子の、黒ずんだ染みに触れて、
「……この椅子もまだ残っていたのか」
呟くその言葉は穏やかで、どこか哀しげだった。
「君の父上のお気に入りだったな、これは」
「知ってるの? 父さんのことを……父さんがいた昔の工房のことも」
思わず身を乗り出し、そう問うレベッカ。
彼女の表情にも、様々な想いの入り混じった、複雑な色が浮かんでいた。
それは、自分にとって大切な父を知る者と出会えた喜びであり、同時に自分の中で曖昧になりつつある思い出を今も抱き続けているイクスに対する嫉妬であり――そして同時に、父も、過去の時も、すでに戻っては来ないことを改めて思い知らされる悲しみでもあった。
「……知っているさ。君のことも、よく知っている」
※ ※ ※
思い返すと、この工房に来る前の自分はいつも飢えていたような気がする。
空腹だっただけではなく、心も、飢えて乾いていた。
薄汚れた野良犬のような少年。路地裏のかたすみにうずくまったイクスを見つけたのが、レベッカの父――名工と謳われた先代の錬金技師・アリューゼルだった。
『どこから来た、少年』
頭上から降ってきた静かな声に、虚ろな目で見上げると、眼鏡の奥の深い緑の瞳がイクスを見つめていた。
しかしイクスの目は眼前の男よりも、彼が抱えていた紙袋からのぞくパンの方に吸い寄せられていた。それに気づいた彼は、柔らかい表情を浮かべた。
『腹が減っているのか』
イクスは無言のまま。男は苦笑すると、言った。
『食いたいのなら、等価交換だ。私の仕事を手伝ってもらう。働く気があるなら、ついて来たまえ』
そうして、イクスは錬金技師アリューゼルの元、徒弟として工房で働くかたわら、その屋敷で共に暮らすこととなった。
技師としては厳しくもあったが、尊敬に値する師であり、同時に頼もしい保護者でもあったアリューゼルと、いつも暖かい微笑みを絶やさない、慈愛に満ちたその奥方。そしていつも物陰から彼を覗き見ていた、父譲りの深い緑の瞳と、母譲りの美しく豊かな栗色の髪をもった愛らしい少女――幼い日の、レベッカ。
彼らと共にする生活は、それまで孤独の中で生きてきたイクスにとって、何もかもが初めてのことだらけの日々だった。
喜びや悲しみ、たくさんの感情や思い出、同じ時間を共有する『家族』との生活。
『人間』として働き、学び、自分がそこに在ることを実感するその意味。
そんな時間が一年近く続いただろうか。
共に暮らすうちにすっかり家族の一員となり、レベッカとも兄妹同然のような間柄となっていたイクス。
アリューゼルの指導と、彼自身の天性の才能もあってか、その頃にはすでに、イクスはアリューゼルの片腕となり得るほどの技術と知識を身につけていた。
しかし、時と共にイクスの中で、ある疑念が生まれ、やがて大きく膨らんでいった。
《俺は何者なのか? どこから来て、どうしてここに来たのか?》
アリューゼルに出会う以前の記憶は、まるで霧がかかったかのようにひどく曖昧模糊としていて、断片的にしか思い出すことができなかったのだ。
そんなある日、工房で起こった事件をきっかけに、イクスはアリューゼルの元を去った。
この街から姿を消した彼が、遠方に住まう、さる高名な錬金術師の元を訪れ、その弟子となったのは、それからしばらくしてのことだ。
※ ※ ※
「そんな……!」
レベッカは言葉を失い、しばらくの沈黙の後、呟くように言った。
「……でも私……あなたのことなんて、覚えてない……」
「だろうな。……そうだろうと思った」
静かではあったが、少し棘のある口調で、イクスは答えた。
「まあそんなことは別にどうだっていい。十年以上も前のことだしな」
言葉を続けながらも、その低い声にはやはり落胆したような、裏切られたことに対する苛立ちのような響きが混じっている。
「それより、一体この工房はどういうことだ? あれから、何かがあったのか?」
まるで過去の風景が失われてしまったことを責めるように、強い声音でレベッカに問うイクス。
「そうだ、君のご両親は一体どうしたんだ、レベッカ――」
そう口にして、ふとレベッカの表情に気づき、イクスは沈黙した。
「父さんは――死んだわ。母さんと一緒に」
そう語るレベッカの瞳には、昏く哀しい陰が滲んでいた。
「あなたはここをみすぼらしい工房だって言った。でも、これが今の私にできる精一杯。父さんも母さんもいなくなって、たった一人、私ができる精一杯なのよ!」
レベッカの口調が次第に激しくなる。感情の昂ぶりとともに、彼女の瞳が鋭くイクスを睨みつけた。
「まだ未熟だってことはわかってる! でも私は守りたいの! 父さんと母さんが残してくれた、アリューゼルの技術と工房を守りたい! だから――!」
ああ、この目だ、とイクスは思う。あの泣き虫だったレベッカが、十年前にたった一度だけ見せたあの目と同じだ。
「……すまん」
イクスは一言だけ詫びると、その瞳から顔をそらした。
……そうだ。俺が君を責める理由は何もない。むしろ俺の方こそ――自分の都合で『家族』を捨てた俺の方こそ、責められて当然だ。
そして、その場から工房の出口の方へと、踵を返した。
「長居してしまったな。そろそろ失礼する」
「えっ……」
「君の仕事の邪魔をしてしまった。本当にすまない」
そして工房を立ち去ろうとするイクス。
ふと、その横顔にある面影を見出して、レベッカは表情を変えた。
幼い頃の遠すぎる記憶と、両親を失ったショック故に、忘却の彼方に追いやられていた記憶。そして夢の中で時折見る、遠ざかってゆくその面影。
「待って! イクス、貴方は――」
工房の扉に手をかけたところで、呼びとめるレベッカの声に振り向くイクス。
そのイクスの目に入ったのは、慌てるあまりに作業台の脚につまづいてよろめいたレベッカと、その上に落ちてこようとしている酸の薬液入りの小瓶だった――。
「――くッ!」
一瞬にして状況を理解したイクスは、驚くべき瞬発力でレベッカを抱きとめ、床の上に覆い被さって落ちてくる小瓶から彼女を守った。
そして次の瞬間――イクスの背中に、小瓶の中から撒き散らされた薬液が降りかかった!!
思わず悲鳴を上げるレベッカ。肉を焼く激しい音と白煙に、イクスの表情が苦悶に歪んだ。
「イクス!! イクス、しっかりして!!」
しゅうしゅうという音とともに、白煙を上げるイクスの背中。そこには赤黒くむごたらしい火傷を負っていた。しかし荒い息を吐きながらも、イクスはレベッカを押しのけた。
「離れていろ。これぐらいの傷、大したことはない」
苦しげにそう呟くイクス。
「そんな、だって、こんなに――!」
言いかけて、レベッカは目を見開いた。
煙がおさまるとともに、火傷の跡が驚くほどの速度で癒えてゆく。
「これが、俺が旅をしている理由だ」
まだ痛みが残るのか、額に汗を浮かべながら、イクスは語った。
そして、傍らに転がった椅子の、その黒い染みを横目に見た瞬間、レベッカは遠い忘却の彼方から、ある出来事を思い出した。
幼い頃、いつも彼女の面倒を見てくれた少年がいたこと。
ある日父と少年の目を盗んで工房で遊んでいた彼女が、同じようにあの薬液をこぼして浴びそうになったこと。その時に飛びこんできたその少年が、今と同じようにその身を呈して彼女を守ってくれたことを。
※ ※ ※
薬液を浴びたせいで台無しになった上衣を脱がされ、レベッカの手で、上半身に包帯を巻かれながら、イクスは呆れたように言った。
「別に手当てなど必要ないんだぞ。どうせ俺の身体は、怪我を負ってもすぐに治る。君だって見ただろう」
「ごちゃごちゃ言わない。せっかく手当てしてあげてるんだから、人の好意は素直に受けなさい」
誰のせいだ、と思いながらも口には出さずに、イクスは肩をすくめた。
「ねえ」
「……ん?」
「しばらくは、この街にいるつもりなの?」
「今のところ、あてもないからな。だが問題は、旅を続けるにも路銀が乏しいことだ。宿に泊まるにも金が要る。……仕事を、探さないとな」
どっと旅の疲れを滲ませた口調で、イクスが答えた。
「ふーん……」
「君こそ、俺に構ってばかりでいいのか。その短剣の細工、明日までに仕上げないとまずいんだろう」
「そうね。腕のいい助手でもいてくれれば、余裕で仕上がるんだけど」
そしてふと、何かに気づいたように、イクスに包帯を巻くレベッカの手が止まった。
「こんなちっぽけな工房でも、こう見えて結構繁盛してるから、一人で切り盛りしていくのは大変だし……」
二人は互いの言いたいことを察して、顔を見合わせた。
小さいながらもいい仕事をすると評判の、レベッカ・アリューゼルの工房に、黒髪の錬金術師が住み込みで働くようになったのは、それから間もなくのことだった。
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