<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
スイリュウ
■ プロローグ
聖都の北――そこに広がる巨大な湖、通称『水流湖』はその名の通り湖でありながら水の流れがある。しかも、変則的で天候によってその流れが大きく変化する。
その湖の中央にあるのが『水竜洞穴』だ。洞穴の深層に水竜が住んでいるといわれている。スイリュウには二つ――『流』と『竜』が掛けてあるのだ。
「水竜は最近発見された伝承によると、水の源と呼ばれる秘宝を持っているらしいわ。この伝承が発見される以前、水竜は財宝を守護しているものと考えられていて冒険者も避けてたんだけど、伝承には『挑戦』という文字があったわ。つまり、水竜は守護しているのではなく、秘宝を手にするに相応しい人間を待っている、というわけよ」
エスメラルダはそう得意げに解説すると酒場に集まった冒険者たちを一瞥した。
今回の依頼は王直々の願いだ。依頼レベルはS――最高難易度と言ってよい。すでに火の源は先日発見されていて、残る四大秘宝は三つ――水、風、地である。
「誰か挑戦する冒険者はいないの? 依頼を達成すれば英雄よ? もちろん、報酬の額も並じゃないわよ――」
エスメラルダが依頼書に書かれた報酬金額を発表すると黒山羊亭が大きく轟いた。
そして、冒険者が名乗り出た。
■ 到着
その村に辿り着く頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。
「……面倒をかけたわね」
レピア・浮桜(れぴあ・ふおう)――彼女は不老不死の体なのだが、昼間は石化している。呪いから解放されたい……彼女がこの依頼に参加した理由でもある。
「なにやら、夜だというのに、村の方が明るくありませんか?」
アイラス・サーリアス(あいらす・さーりあす)が眼鏡のズレを直し、村の様子を窺った。焚き火のせいか村は赤い光で満ちていた。
「ふむ、祭りかなにかを催しているのではないか?」
後方で腕を組んで立っているのはシェアラウィーセ・オーキッド(しぇあらうぃーせ・おーきっど)だ。彼女はことあって、シェアラと名乗っている。
村は躁狂に満ちており、非常に騒がしかったが、寂れた村よりはマシかもしれない。
「好機だな」
一番後ろを歩いていた習志野茉莉(ならしの・まり)が意味ありげに呟いた。
「どういうこと?」
レピアが訊く。
「人は酒を飲むと口が軽くなる。村の人間が旅人に好意的ならばなおさら有利に働くだろう」
「なるほど……レピアさんのこともありますし、さっそく情報を仕入れることにしましょうか」
アイラスの提案に三人が頷いた。
「おお、いいぞ!」
村人たちがそこに集まり始めたのは、レピアが踊りを披露しているからである。国宝級の踊り子であるレピアだからそれも当然のことだ。
「あんたたちも運がよかったな。祭りは年に一度のことだからなぁ」
レピアが踊っている間に、他の三人が聞き込みを行なった。茉莉の思惑通り、村人は酒のためか口数が多く、情報収集は面白いように進んでいった。
水流湖――その側にあるこの村は湖の魚を獲って生活をしている種族。
また、水竜洞穴に住んでいる水竜のことを『水の化身』と呼び、神に近い存在であると信じているようだが、信仰心というよりは単に恐れているだけのようだった。
洞穴にさえ近づかなければ湖はいたって安全な場所であるらしい。
ただ、水の流れが不規則なのは昔からのことで、こればかりはどうしようもないようだ。
今宵の祭りは水竜を讃えるものではなく、湖に対する敬意を意味するもので、年に一度だけ行なわれる盛大なものらしい。
毎年、漁獲量は一定で無闇に魚を捕らえるようなことはしないようだ。
「ほう……王の勅令による調査ですか……」
村の長老が杖で体を支えながら湖の方を仰ぎ見た。冒険者として迎え入れられた四人に挨拶をするためにやってきたのだ。
「洞穴へ行くために船が必要なんだが、どうにかできないものか?」
シェアラがそう頼むと、長老を渋い表情で首を傾けた。
「水竜様は秘宝を掴み取る人間を待っていると……そういう解釈なのじゃな?」
「はい、学者たちはそう言っているようです」
アイラスがさらに細かく説明していく。
「……神の逆鱗に触れるような行為ではないのかね?」
他の村人たちは軽薄だったが、どうやら長老だけは違うらしい。さすがにこの村の人間を束ねる長だ。
「それはまずありえないだろう。水竜は秘宝を守護しているわけではない。むしろ人間が来るのを待ちわびているはずだ。大方、退屈を持て余しているだろう」
茉莉が息をつかずにそう捲し立てると、長老が突然、笑い出した。
「ほっほっほっ、そうじゃのお。おぬしらの言う通りかもしれん。気に入ったぞ、おぬしらの力になろうではないか。実は、この村では夜釣りが盛んでな……明日の夕方に船を出すものが何人かおるはずじゃから、わしから頼んでおこう。では、冒険者たちよ、祭を存分に楽しみなさい。英気を養うのもまた重要なことじゃからな」
長老は上機嫌に去っていった。
「ふふ、なんとか誤魔化せたな」
シェアラが微笑みながら呟くと茉莉が、
「嘘も方便だ。あながち嘘とも言えないが」
と、珍しく彼女の表情も綻んだ。
「で、成果はどうだったの?」
レピアが踊りを中断し戻ってきた。見れば、レピアの周囲には村の男たちが群がっていた。当のレピアは鬱陶しそうにしているが。
「船を貸していただけるそうです。長老さんに気に入られてしまったようですから」
アイラスがレピアに説明を促す。
「じゃあ、あとは洞穴を目指すだけね」
その後、レピアは再び踊り、他の三人も祭りを存分に楽しんだ。
■ 出発
「俺たちも流れを完全に読めるわけじゃない。それに、洞穴には魔物がいるから、うちの村人であそこへ行こうとする酔狂な奴はいないよ」
船を漕ぎながら若者が笑った。
「けど、長老様の頼みだからな、ちゃんと洞穴へあんたたちを運ぶぜ。ところで、あんなところへ行って、どうするつもりだ?」
「調査だ」
茉莉が一言呟いた。調査と言ってしまえば、それ以上の言及も届かない。便利な言い回しである。
「……では、二人は火の源を?」
シェアラが感心したように言った。
「まあ、確かに見つけはしたんですけど」
「偶然見つけたようなものだ。それに、今回の調査には何の参考にもならない。ただ、同じ秘宝の一つというだけで」
アイラスと茉莉は『火の源』の発見者であった。正確には三人だ。
「何か気になることでも?」
レピアがシェアラに尋ねる。
「……どうして、今になって秘宝なのかと思ってね。集めて、それで、何が起きるのかも気になる」
「私は、呪いが解ける何かの足がかりになればと思ったんだけど……」
レピアが溜息をつく。
どうやら、皆それぞれに思惑があるようだ。
「……あれ? 船が……?」
突如の静止――つまり、水の流れが存在しない場所へ迷い込んだのだ。
「ここから先は俺も流れが読めない。さーて、どうしたもんかね」
どうやら、村の漁師も知らない領域らしい。
「私が水中を調べよう」
茉莉が突然、服を脱ぎ始めた。と、思ったら水着――水中詮索は彼女の十八番である。さらに茉莉は、水中呼吸薬とふやけ防止の塗り薬を準備していた。
――ザパーン!
茉莉が潜水を開始する。
船の上は多少の揺れはあるものの、静かだった。
同様に、水面下も動きがない。
「……まだ、出てきませんね」
アイラスが水中を見つめる。そろそろ二分が経過する。
「薬を使っているとはいえ……」
五分――シェアラもだんだん心配になってきたようだ。
「長いわね……」
レピアも水中を覗き見た。
何分経ったかも忘れた頃になって、茉莉は浮かんできた。
「……ふう」
「どうでしたか?」
アイラスが訊く。
「まずは、このまま直進だ。その後、流れに乗るはずだ」
茉莉の言うとおり流れに乗った船は徐々に洞穴へ近づいていった。
「流れが読めるなんて、あんたすごいな」
若者も感心している。
「どうして、流れが分かるの?」
レピアが不思議そうに尋ねる。
「どうやら、湖底に無数の穴があるようなんだ。おそらく、あれが水の流れが生じる原因になっている……だが、流れが読めないわけではない」
茉莉の先導で洞穴へ到着――空には三日月が浮かんでいた。
「帰りはどうする? ここで待っていてもいいが……」
「いや、帰りは私が移転の魔法を使うから問題ない」
シェアラが若者に言った。
彼女は元々、高等魔導師で、現在も腕は磨いているのでその程度ならば朝飯前である。
若者が見送る中、四人は洞穴内へと足を踏み入れた。
■ 内部
滑りやすい洞穴を身軽なステップで進んでいくのはレピアだ。足腰は十分に鍛えてあるし、たとえ足を取られても躓くような真似はしない。
洞穴内は気温が低く、足場は濡れていた。
「ここからは足場が安定しているわ」
先頭はレピアが務め、足場を彼女が確認する。一番後方ではアイラスがバランスを崩した者を後方支援する。アイラスは雪山へ赴くような格好をしていた。
一時間ほどで洞穴内は氷柱が見られるようになってきた。
足場も凍っている場所が増えてきた。
そこで坂を下る場合は、剣などで地面をある程度ほぐし足場を作りながら進むことにした。
「寒いな」
アオザイ姿だったシェアラがその上に外套――オーバーコートを着込んだ。それに合わせて皆、準備していた防寒具を着用することにした。
――グォォォォォォッ!!!
突如現れた魔物――純白の熊であった。
ホワイトベアと呼ばれている、凶暴な魔物である。
「任せて!」
レピアが前に出た。
彼女の生み出す幻覚によってホワイトベアが突然、動きを止め――そして――その場で足踏みを始めた。
その隙に、強烈な蹴りを叩き込む。
――グォォォォォォッ!!!
ホワイトベアは幻覚も作用してか気絶してしまった。
先へ進むと次々に魔物の群れが襲いかかってきた。しかし、役割分担がしっかりしていた四人にとってそれを捌くのは造作もないことだった。もっとも、この調査を一人で行なうのは不可能だったに違いない。
それだけ調査内容は過酷だった。
道幅が広くなる。
魔物の気配が消える。
巨大な氷柱の出現。
そして――その氷柱よりも巨大な水竜の出現により四人は言葉を失った。
■ 対面
<“よく来たな。人の子よ”>
「竜が喋った?」
アイラスが驚く。
<“人の言葉ぐらい知っておる。伊達に歳は食っておらんよ”>
水竜が大きな目を細めた。
<“水の源を探しに来たのだろう。それならば我が所持しているこのクリスタルであろう”>
水竜が手を差し出す。その上には水晶――だが、普通の水晶ではなくダイヤモンドのような輝きと、きめ細かさがあった。
「質問がある」
シェアラが水竜に向かって叫んだ。水竜の顔は地面から数十メートルの高さにあった。
<“なんだ? つまらない質問ならば我は答えぬぞ”>
「四つの源には一体、どんな意味があるんだ? 口伝での歴史が皆無な点、そして伝承の記された書物がこの時期になって発見された点……作為を感じずにはいられない」
<“……我がここにいるのは偶然が重なった結果なのだ。そもそも、我がここへ住み着いた時、すでに水の源は存在したのだからな。伝承に我の存在が書いてあるのかも知れぬが、我の存在は伝承にとって重要な意味を持たない”>
「つまり、あなたは何もしらない……と?」
アイラスが遠慮がちに言うと、水竜が声を轟かせた。どうやら、笑っているようだ。
<“見かけだおしとは我のことだな。さあ、これを持ち帰るがいい”>
水竜がクリスタルを差し出す。遠目ではそれほど大きなものには見えなかったが、近くで見ると幅が五十センチ以上はありそうだった。重さも――それに比例して壮絶なものだった。
「……これは、かなり重いな」
茉莉がクリスタルを持ち上げ唸った。
<“案ずるな。我が外まで送り出してやろう。せっかく来た、客人だからな”>
水竜は鼻を鳴らし、上機嫌に笑った。
■ エピローグ
四つの秘宝――火、水、風、地。これで王都に保管された秘宝は『火の源』『水の源』の二つ。残りは『風の源』と『地の源』である。
王都が求めている四つの秘宝の存在意義とは何なのか。それは最重要機密であり、だからこそ盗賊などに奪われる前に、莫大な賞金をかけて冒険者たちに探させているのだろう。
「レピアさん、どうでしたか?」
王宮から出てきたレピアにアイラスが尋ねる。彼女は呪いの件について王と交渉していたのだ。
「約束はしてもらえたけど、秘法が呪いを解く効果を持っているかどうかは保障できないと言われたわ」
「……うむ、秘宝は単体では効果がないらしいからな」
茉莉がそう言うと、
「じゃあ、四つ集まらないと意味がないわね。ああ、残念だわ」
レピアは天を仰ぎ見た。
「秘法に関しては謎が多いようだな。しかし、ともあれ調査は成功したんだ」
シェアラが先に歩き出す。
四人は黒山羊亭へと向かった。
秘宝を発見した冒険者ということで黒山羊亭へ足を踏み入れると盛大な歓迎を受けた。
エスメラルダも上機嫌のようだ。
秘宝は残り半分……。
まだまだ得体の知れない伝承と秘宝――それでもその日ばかりは黒山羊亭も大いに盛り上がった。
<終>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1649/アイラス・サーリアス/男/19歳/軽戦士】
【1856/レピア・浮桜/女/23歳/傾国の踊り子】
【1514/シェアラウィーセ・オーキッド/男/184歳/織物師】
【1771/習志野茉莉/女/37歳/侍】
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■ ライター通信 ■
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この「スイリュウ」は前回の「灼熱」に続く続編です。基本的に王道、そして単体でも楽しめるような作りを目指して作成しています。
どうも、挨拶が遅れました担当ライターの周防ツカサです。続き物ということで何となく腑に落ちない印象を抱くかもしれませんが、そこはご了承くださいませ。
さて、今回は女性陣が華やかでクールな方が多かったので、中身もクールに仕上がったのではないでしょうか。水の源だけに(笑うところです)。
……えー、役回りと言いますか、それぞれに活躍する場面を作ろうとして試行錯誤した結果、このような形に仕上がりました。楽しんでいただければ幸いです。
このシリーズの続編ですが――
風の源:五月(ゴールデンウィーク明け頃)
地の源:六月(詳細は未定)
という感じになっております。
それでは、またの機会にお会い致しましょう。
Writer name:Tsukasa suo
Personal room:http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=0141
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