<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


【ハッピーバースディ、ルディア!】
 夜も更けて、白山羊亭は閉店を迎えた。店内は今日も大勢の客により散らかされ、マスターとルディアは掃除におおわらわだ。
「明日は誕生日だね」
 マスターがテーブル拭きに没頭しているルディアに言った。彼女は目をパチクリさせた。
「あー……そういやそうですねっ。忘れてましたよ。あはは」
「そこでだ。明日はちょっと店をお休みして、ルディアの誕生日会を開こうと思うんだ」
「へ? ここでですか?」
 ルディアはすぐに苦笑いした。
「嬉しいですけど、気を使ってもらわなくていいですよ。祝ってくれる人がマスターだけじゃあ、しょうがないですし」
「そのことなら心配はないさ。ルディアは冒険者たちにもよく知られているし、ちょっと告知しておけば何人かは簡単に集まってくれるだろう」
 マスターがウィンクする。ルディアは途端に泣きそうになった。
「あ……ありがとうございますマスター。そのお話、お受けしますね!」

 白山羊亭を閉店してルディアの誕生会を開く旨の張り紙は、翌日の早朝のうちに出された。何人かは簡単に集まるとマスターは言うが、告知期間、準備期間ともに一日もないということになる。さすがの元気娘ルディアも気が気でなかった。
 そうして朝が過ぎ昼が過ぎ、あっという間に夜を迎えた。ルディアは自宅で待機していた。準備が出来次第、マスターが呼びに来てくれることになっている。
 どれくらい集まってくれるのだろう。そればかりが頭の中をよぎる。
「おーい、ルディア!」
 マスターの声が聞こえてきた。いよいよだ。ルディアは腹を決めた。
「あの、どれくらい集まってくれたんですか?」
 白山羊亭への道すがら、ルディアは一日中思っていたことそのものをマスターに聞いてみた。マスターは、
「内緒」
 と言うだけだ。こんなに不安な誕生日は初めてだ、とルディアは思った。
 ふたりは白山羊亭へ着いた。マスターがモジモジしているルディアの背中を押した。
「それじゃ、入って」
「……はい」
 意を決して白山羊亭へと足を踏み入れるルディア。彼女を迎えたのは――。
「ルーディアー!」
 そんな合唱と一緒に、軽快なクラッカーの音がパンパンパンと鳴り響いた。次に目に入ったのは、お手製らしい色紙の花吹雪。そして、拍手喝采だった。
「わー、すごいです! ひいふうみい……」
 店内の幾人もの人影を見て、不安など杞憂に過ぎなかったとルディアは力を抜いた。
「食べ物も飲み物もたくさん用意しましたよ。朝まで騒げるほど」
 と、アイラス・サーリアスが穏やかに言い、
「昨日マスターから聞いて初めて知ったのよ。誕生日おめでとう、ルディア」
 と、レピア・浮桜が羨ましそうに微笑み、
「ほらほら、早くこっちに座って! 楽しみにしてたんだから!」
 と、リース・エルーシアが肩に乗せた羽兎と一緒に、自分のことのようにはしゃいでいる。
「ありがとうございます。それにしても――」
 ルディアの視線が、黒衣の美女へと移る。
「エスメラルダさん、お店はどうしたんですか?」
「お休みさせてもらったわ。一年に一回の機会ですもの。これくらいはバチは当たらないでしょう」
 と、黒山羊亭のエスメラルダは何でもないように言った。
「こっちも早く店じまいしてね、用意手伝ったりしたんだよ」
 白山羊亭と同じくアルマ通りに店を構えるシェリル・ロックウッドもまた、ルディアを祝うべく駆けつけていた。
 その時。
「ごめんください。――あ、今始まったところですか」
「カレンさん!」
 ルディアが嬉しい悲鳴を上げる。その女性は、古風な衣服に身を包み腕には竪琴を抱えている。エルザードで知らぬ者はない吟遊詩人、カレン・ヴイオルドだ。
「私にも、ぜひルディアさんを祝わせてほしいと思いまして」
「もちろん大歓迎ですよ。さあ、これで揃ったことだし、始めるとしよう!」
 全員が用意されたグラスを手に取る。ルディアはまだ酒が飲めないので、中身はジュースだ。
「ルディア、いつもありがとう。そして、誕生日おめでとう! 乾杯!」
「かんぱーい!」

 ルディアは職業柄、誰かの食べ物や飲み物が切れたのを見つけると色々と世話をしたがった。すると、
「今日は何もしなくていいから」
 何度となくマスターにそう言われるのだった。おとなしくしているのは性に合わないので、常に誰かとおしゃべりをしていた。
「この料理、アイラスさんが作ったんですか? 器用なんですね」
 ルディアが感心して聞いた。マスターのお手伝いをしただけですよ、とアイラスは柔らかく返した。
 と、アイラスは何かを思い出したようにジュースを一気にあおると、
「忘れないうちに渡さないと。これ、僕から誕生日プレゼントです」
 傍らに置いていた赤いリボンを結んだ白い紙袋を差し出した。
「エプロンです。何が一番かなって考えたんですけど、やっぱりこれかなって」
「わー、助かります。何枚あってもいいものですから」
 ルディアは嬉しそうに紙袋を抱きしめた。
「それと、もうひとつプレゼントというわけじゃないですが、ここらで華やかな楽器演奏などいかがですか」
 腰につけた皮袋に手を入れると、銀色の横笛を取り出すアイラス。
「何でも屋さんなんですねー」
「アイラスは楽器の名人だから。ルディア、うっとりしちゃうよ?」
 と、リースが友人に太鼓判を押す。
「以前作曲したまま題名をつけていないのがあったんですが、それをやります。……そうですね、この際だから『アルマの白百合』という題名にしましょう。では」
 アイラスが横笛に口をつけると、皆は食事の手を止めて聞き入った。
 聖都エルザード。その道端に咲く瑞々しい白百合を想像させる、優しく麗しい旋律だった。
 演奏は余韻を残しながら終了した。瞬くほどの時間だと全員が感じた。
「いかがでしたか、ルディアさん」
「心が洗われるって言うのかなこういうの。とにかく素敵でした。でも、照れるなあ。ルディア、そんなにお上品じゃないですよー」
 こんな素晴らしい曲のテーマが自分であるということに、ルディアは頭を掻いた。
「じゃあ、次はあたしね。カレン!」
 リースに名を呼ばれた吟遊詩人は何でしょうと目を瞬かせる。
「ねえカレン、この前教えてもらったアレを歌いたいんだけど、伴奏してくれないかな」
「ああ、あの異国の歌だね」
「異国の歌?」 
 ルディアが興味深げに聞いた。
「その国で誰かの誕生日を祝う際には、必ず歌われる歌だそうです。以前私も、旅の吟遊詩人さんから教えていたただいたんです」
 カレンが竪琴をポロンポロンと爪弾きながら説明する。
「へーえ、題名は何ていうの」
 シェリルが聞いた。リースがニッと笑って答える。
「ハッピーバースディ、よ」



   ハッピーバースディ トゥーユー
   ハッピーバースディ トゥーユー
   ハッピーバースディ ディア ルディア
   ハッピーバースディ トゥーユー!



 リースの歌声と竪琴の音色が静かに消えてゆく。間もなく全員から暖かい拍手が起こった。
「ハッピーバースディ、ルディア! ここであたしからプレゼントだよ! ハート型ピンクトルマリンのネックレスと、心を込めたバースディカード! それとね、みるくからもあるんだ!」
 リースが可愛いピンクの包みを差し出すと同時に、羽兎のみるくが小さな花束をくわえて、ルディアに近づいた。
「ハッピーバースディ……いい響きです。もう大満足です」
 素晴らしいプレゼントを受け取ると、ルディアは緩んだ表情でため息を漏らした。
「あら、まだ満足するには早いわよ?」
 歌の次はやっぱり踊りよねと言って、レピアがステージへと移動した。
「私の踊りをもって、あなたへのプレゼントとしたいわ」
「それなら私にも手伝わせて」
 エスメラルダがレピアの隣に立った。美しい青と黒の花が咲いているようだ。
 舞姫ふたりの思わぬ共演である。マスターは思わず口笛を鳴らした。
「――うわ、すごいすごい。ルディア感激です」
 レピアが飛ぶように全身を躍らせれば、エスメラルダが滑るように四肢を動かす。一方が引けば、一方が押す。ふたりの息は長年のパートナーのようにピッタリだ。
 ふと、レピアが微笑んでルディアを見る。
「ルディア、あなたも踊りましょう」
「え、え?」
 レピアが慌てるルディアの手を引いて、ステージへ連れ込む。
「大丈夫、今からやるのは簡単なやつだから」
 レピアがゆっくりと前後左右にステップを踏む。
「え、えーと、こうですか?」
 ルディアは見よう見まねでレピアと同じ動きをする。
「そう、上手よルディア」
 そうしてしばらくレピアの真似をしていたルディアは、
「あ……あはは! 踊りって楽しいですね! よーし」
 ステージから降りると、今度は適当なテーブルの上に乗って、自由自在に踊りだした。いつものウェイトレスのような元気さで。
「ああもう、こうなったら私も踊るぞ!」
 マスターが別のテーブルに乗り、奇妙な動きをしだした。
「へへー、んじゃ、あたしも!」
「では私も失礼して」
 シェリルもカレンもレピアたちに混じっていく。
「んーっと、これは」
「うん」
 アイラスとリースが見つめあう。
「もちろん、あたしたちもよね!」
「そうですね! こんな日は踊らなきゃ」
 まだまだ盛り上がるのはこれからだと、彼らの笑顔は言っている。
 笑い声が絶えることなく、白山羊亭の楽しい夜は更けていった。

■エピローグ■

 それからどうなったかというと。
「すいません皆さん。手伝わせちゃって」
 マスターが申し訳なさそうに言う。夜通し騒いでいた一同は、いざ朝が近づくと見事なまでに散らかり放題の店内の片付けに追われた。
「リースさんは寝ちゃってますねー。どうします?」
 ルディアが聞くと、そっとしといてあげましょう、とアイラス。
「あと……レピアさん、何か石になっちゃったんですけど」
「朝になるとこうなるらしいの。彼女の家はエルファリア王女の別荘だから、あとで協力して運んであげましょ」
 と、訳知り顔のエスメラルダ。
「あはは、大変ですね」
 あくまでルディアは楽しそうだった。

 そうしてすべての掃除が終わる頃。
 窓からは眩しい陽が差し込む。一日限りのお祭りは終わって、いつも通りの白山羊亭が始まる。
「マスター、そして集まってくれたみなさん」
 唐突にルディアが声を張り上げた。
「もう一回言わせてください。――本当にありがとうございました!」
 元気よく、深々と頭を下げた。



 ――また、一年後に集まりましょう。

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/軽戦士】
【1926/レピア・浮桜/女性/23歳/傾国の踊り子】
【1125/リース・エルーシア/女性/17歳/言霊師】

NPC一覧
【0465/ルディア・カナーズ/女性/18歳/ウェイトレスです。】
【????/エスメラルダ/女性/??歳/踊り子】
【????/シェリル・ロックウッド/女性/??歳/店長】
【????/カレン・ヴイオルド/女性/28歳/吟遊詩人】

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■         ライター通信          ■
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 silfluです。このたびはご依頼ありがとうございました。
 さすがにPCだけでは人数が足りないので、NPCにも
 お手伝い的に出演していただきました。実に賑やか。
 
 自分自身、ルディアにはお世話になっていますので、
 これからも白山羊亭を大切にしていきたいと思います。
 
 from silflu