<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
薬草を育てよう
「……ねぇ、実は聞いてほしい事があるのよ」
そう突然、エスメラルダが声を掛けてきた。
こちらがその訳を訊ねると、彼女は何か思い出したように、少し待ってて、とだけ言い残し、そのまま店の裏手へと姿を消した。
次に戻って来た時には、大量の麻袋を抱え込んだ姿だった。
その麻袋に視線を落としつつ
「実はこれ、全部中に色々な薬草の種が入ってるの。お客さんから突然頂いたのよ。でも、実際かなり持て余していたところなのよね」
と、エスメラルダは少々困惑気味にそう言う。
「一応このままでも食べられるらしいけど、それだと味がおいしくないらしいし、何よりもらった相手にも悪いから、やっぱりここはちゃんと育てるべきだと思って……それに育てればかなりの高価なものにもなるらしいわ」
だから、これもらってくれない……? 土地は空いているところを知っているから、そこで育てられるから……と、それが、エスメラルダの最初の言葉だった。
「……で、その問題の土地がここなんですね」
昨晩のエスメラルダの申し出を受け、案内された場所に辿りつき、アイラス・サーリアスは、まずそう呟いた。
手の中の紙片に、もう一度確認するように視線を落とす。
どうやら、その中にある記述と、間違い無いらしい事を改めて確認する。
「そうらしいね〜」
キャプテン・ユーリが、そんなアイラスの手元を横から覗き込みざまに、背後から現れつつ、そう言った。
その時、そんなふたりの前には風が吹きつけ、ユーリのつばの広い帽子がそのまま風に煽られ、飛ばされたかけた。
「あっ、わわっ……おっとと……」
ユーリはどうにか風を諌めつつ、上空を指差して言葉を続けた。
「ま……でも、見た感じ天気はいいし、一応はよかったよねー。これも全体的には気持ちのいい風だけど……でも、ちょっと心なしか強いかな。種蒔きには問題ありかもね〜、種飛ばされたりしない? でも、どうせだから服を脱ごうかな、ま……元々そのつもりだったんだけどね」
そう言いつつ、ユーリは吹き付ける風から帽子を抑えつつ、羽織っていた海賊の一目で分かる上着を脱ぐと、それを掛けるべくして、側にあった手近な木へと歩み寄っていった。
「風は……そうですね。確かに強いかもしれませんね。今、ちょうど僕もそう思っていたところですよ、ユーリさん」
アイラスが頷きつつ、今や身に付けていた上着を脱いだ姿の、ユーリの言葉にそう答える。
そんな中、ユーリとアイラスの二人は、背後から耳に届いた、重い車輪が回転する音に思わず振り返った。
「大丈夫でしょう」
ルーン・シードヴィルが背後から、麻袋の山を荷車に乗せた姿で、こちらに近づいてくるのが見える。その荷車を目にして、それまで、その付近の路上で遊んでいた何人かの子供達が興味深げに集まってきた。
「おや、ルーンさん、持ってきて下さったんですか。それ随分重かったでしょうに、すみませんでした、ろくなお手伝いもせずにいて……」
「大丈夫ですよ、この程度なら平気ですからね。それにしても、エスメラルダさんに貰った時には、余り考えていなかったのですが、この中の種子は、随分と貴重なものも一部に混じっているようですね……彼女にこれを渡した客って一体何者だったんでしょうと、少し考えあぐねたりしていたんですが」
ルーンの言葉に、アイラスは少々苦笑して見せた。
「……どうなんでしょう、確かに謎ですね」
それから続けざまに、アイラスは再び口を開く。
「それにしても、種を一見しただけで見抜くとは、ルーンさんは、よくご存知なんですね。僕は一応分からないままではまずいと、参考になりそうな文献を一応は読み漁ってきたことはきたんですが、どうにも……実践と文献だけを読むのとはやはり違いますからねぇ」
アイラスとルーンが、そんな言葉を交わすところへ、ユーリが歩み寄っていった。
「やぁ、ルーンさん……ですね〜? 僕ぁ海賊のキャプテン・ユーリ……で、こっちが……」
ユーリがそう口にすると、ひょっこりと、前述の赤いドラゴン、たまきちがひょいと顔を覗かせた。
「ドラゴンですか、とてもかわいいですね」
ルーンはかがみ込むと、優しげな微笑を受かべつつ、たまきちを撫で始めた。
「ありがと。そ〜、こいつ、たまきちって言うんだ、よろしくね〜。そっちのは羊……に似てるみたいだけど、ひょっとして違うのかな〜? 」
「ああ、これですか……? これはバロメッツなんです。名前はシーピーと言いますが……」
ルーンは何時も自分が連れている従順な、羊に酷似した姿のシーピーに目をやりながらそう言った。
シーピーは自らが敬愛以上の最大限の愛を傾ける、要するに好きで好きで堪らないというご主人に紹介された事が、既に嬉しくて仕方が無いのか、全くもって感無量という感じだ。その証拠に、慌てた様子であたふたしながら、丸い身体を更に丸く見せつつ、ルーンに近づいてくる。
「そっか〜、シーピーって言うのかー」
ユーリもそう言って、近づいてきたシーピーを撫でやった。
「おお、すごく柔らかいんだね〜! 」
ユーリはシーピーの、もこもこの毛が面白いのか、何度も何度も触る事を繰り返して喜んでいた。
一方のたまきちは、逆にルーンに撫でなれた事が余程嬉しいのか、まだルーンの方へとうっとりと身体を傾けたままでいる。それをルーンに紹介されたばかりの彼の背後にいる、バロメッツのシーピーが、自分のご主人に撫でられた姿のたまきちを、うらやましげな嫉妬の混じった眼差しで、じっと見つめているという具合だった。
「私はルーン……ルーン・シードヴィル、この通り、宣教師をしている者ですよ」
そう言って、ルーンは自らの纏った、闇の色彩の聖衣を広げて見せた。
そんな調子で、ユーリとルーンが、お互いのドラゴンとバロメッツという、身内自慢対決……とは大袈裟であるし、多少意味合いが違ったが、いずれにしろふたりがそんな紹介を繰り広げている間、傍らで一人、それを見守るアイラスは、目の前で繰り広げられているその様子を、微笑みながら見つめたままだった。
そんなアイラスは、唐突に自らの服の裾の一部分が、何者かに引っ張られるような感覚を覚え、反射的にそちらの方へと目を向けた。
すると、そこあったのは、つい今しがたルーンが引いて来たばかりの荷車を、ちらちらと見やりながら、少し躊躇いがちな表情を見せる子供達の姿だった。彼等は一様に、アイラスの服をつまんで見上げた姿で、何か言いたげな表情でこちらを見つめている。
「どうしたんですか? あなた方は……僕に何か? 」
アイラスは子供達に、やんわりとそう告げた。
「……ねぇ……ねえ、あれには一体、何が入ってるの? 教えてよ」
子供達の無邪気な問い掛けに、アイラスが答える。
「薬草の種ですよ」
そんな中、ユーリが子供達の方へと大股で近づいてきた。
「そうだよ〜、種が入ってるんだよ〜」
巨人族の血を引くらしい、という理由からなのか、はっきりした事実関係は曖昧なままで分からぬが、現実のユーリの身長は高い事には間違い無い。
それは世間にいる一般的な男のものよりも……という事だ。そうして、その事が、僅かながらでも、子供達には威圧感を与えてしまうという事に、おのずと繋がってしまうらしい。一瞬、子供達はアイラスの背後へと逃げるように回り込むと、おずおずとユーリの顔をそこから窺った。
子供達の様子から察するに、縁取りされた大きめの眼鏡の奥に、人の心にすっと入り込むような、そんな穏やかな眼差しを宿したアイラスは、この三人の中では最も近づきやすい人物だったという事なのかもしれない。
同様に、にこやかな笑みを絶やさない、宣教師たる人物が、その場にはもう一人いたのも確かだったが、子供達は何故かアイラスの方へと近寄っていく事を、何故か自然に選んでいたようだった。
それは天性の幼い子供ながらの直感と言うべきか、全くもって謎のままだが、あえてその事にも、何か意味があったのかもしれない。だが、もちろんそれもあくまで仮の……推測の域を出ない話だったわけだが……。
一方、先程からユーリに多少の警戒心を抱いていた子供達だったが、それもほんの僅かの間の事、ユーリ自身のにっこりした笑顔を目にするや否や、それまで抱いていた一抹の警戒心も消え去っていったらしかった。
自然に子供達の表情がほころんでゆく。
ユーリはそれを知ってか、知らずか、もう一度子供達に笑顔を見せた。
「じゃあ、これを育てるんだよね! 」
子供達の言葉に、アイラスが頷いて見せた。
「ええ……とは、言っても僕もこれから勉強させてもらわなくては全然分からないので、困っていたところなんですけどね……大前提として、とりあえず、これを蒔かなくては始まりませんから。あの方が、それには僕よりもあの方が詳しいはずですので……」
そう言いつつ、アイラスはルーンの方を見やった。
「いえ……そんな……でも、こんな私でも尽力させて頂ければ、それが何よりですけれども」
ルーンは穏やかな笑みを浮かべつつ、アイラスにそう答えた。
「確かに、ルーンさんなら頼りになりそうだもんね〜」
ユーリもうんうんと、いかにもな顔をして頷いて見せた。ユーリの肩に乗ったままの、小さなドラゴンのたまきちも、もっともだというように頷く。その一人と一匹の見せた様子が、余程おかしかったのか、アイラスは思わず吹き出してしまった。
それから、改めて三人は自分達の目の前に広がった土地を見つめた。
一見して、何も無い場所だった。
そう、広さに関しては申し分無いだろう、それは間違いない。
だが、畑とは到底言えそうにも場所。広い平地なのだ。所々緑の草の色が見えてはいるものの、ざっと見てみるだけでも、大小様々な石がそこいら中にごろごろとしているではないか。
とりあえず、この目の前の土を掘り起さなくては、種を蒔くどころの話では無いだろうに、とアイラスとユーリは余り知識に自信があったわけではなかったものの、何となく内心そう思わずにはいられなかった。
「この土をまず、とりあえずは、掘り起さなければどうにもなりませんね」
予感敵中とばかりに、自分が抱いていた思いと、寸分変わらぬ言葉を口にしたルーンを、アイラスは見やった。
「……やはりそうなりますか、これは」
ルーンはええ、と端的に答えてから、更に言葉を続けた。
「ただ、この辺りの土壌は元々、薬草の栽培に関しては適しているはずなので、問題としては大した話では無いはずです。とりあえず今はその為の下準備、という所でしょうか」
「ふ〜ん、そうなんだ。でも、いいんじゃな〜い、あれを見る限り、人海戦術もいけそうな雰囲気だよ〜? 僕達よりもやる気あるかもよ〜あの子達の方がねー」
ユーリが冗談混じりに、子供達の方を顎で指し示して、そう言った。
それに対して、ルーンとアイラスも納得したように頷いて見せる。
三人の視線の先には、子供達が先を争うようにして、好奇心いっぱいの表情で、荷車に積み込まれたままの麻袋の中身を、かわるがわるに覗き込んでいた。
「もしよければですが……手伝ってくれませんか? 」
アイラスが掛けたその言葉に、子供達の表情がぱっと輝いた。
本当に? とまるで、確認するかのように、少し躊躇うような思いが、そこからは直に伝わってくるかのようだった。
すると、子供達はお互いに顔を見合わせてから、ひそひそと何かを囁きあい始めた。
そんな子供達の相談を横目で見ながら、アイラスとユーリとルーンの三人は手分けして、麻袋を荷車から下ろし始めた。
半分ほどに山が低くなり、麻袋の幾つかが地上に下ろされた頃には、子供達の間にあった相談事もようやく纏まったらしく、何人かがそのまま三人の方へと近づいてきた。
「ねぇ……本当に一緒にやってもいいの? 」
おずおずと、子供達の一人がアイラスにそう問い掛けた。それは、当初アイラスが考えていた以上に、随分と遠慮がちな態度に見えた。
アイラスは当然とばかりに、直ぐに再度頷いて見せた。
「もちろんだよ〜」
「そうですね。そうして下さると本当に助かりますから」
ユーリとルーンも、殆ど同時にそう言った。
「じゃあ、やるっ!……やるよ。絶対やるからねっ! 」
叫ぶようにそう言うと、子供達は皆、ぱっと顔を輝かせた。
そう言って、子供達はお互いに先を争うかのように、嬉しさを全開というのを如実に表現しつつ、そのまま転がるようにして、麻袋がまだ残ったままの荷車の方へと走っていった。
「子供は無邪気でかわいいね〜」
そんな子供達の姿を目にしながら、ユーリはただそう呟いた。
「それでは……まずは、小石の撤去ですね」
かくして、ルーンの指示を受けながら、アイラスとユーリ、そして子供達が幾つかの割り当てられた区域に別れて、土を掘りながら邪魔になる石を拾い集めていった。
そんな中、今やすっかり息投合したきらいのある、たまきちとシーピーは、少し離れた場所に並んでいて、まるで座るような格好で、大勢の人間達の様子を見物している。
しかもそこには、彼等自身のお互いの種族は全く違えど、両者は何らかの意志の疎通をはかる術を、既に兼ね備えているらしく、何か話しているようにも見えた。
そんな訳で、すっかり打ち解けたらしい、ドラゴンとバロメッツの並んだ姿は、非常にほほえましく、思わずそこにいる人間達の微笑みを誘ってしまう存在と化している。
今や、薬草の為にせっせと働く事になったこの場所に、非常に和やかな雰囲気を与えていた。
これからはもう一度土を掘り起して……と、ルーンは持ってきた手帳に書き記された内容を、今一度読み返しながら、反芻するように今後の算段を頭の中で練り上げていた時だった。
ふと、ルーンが横を見やると、アイラスが何かに気が付いたかのように、手を止めて子供達の方を見つめている。
その視線に気が付くと、目を通していた手帳から顔を上げてから、ルーンはアイラスと同様に、『ある事』に気が付いていた。
ふと顔を上げると、子供達が増えている……ような気がしたのだ。
いや、どうやらルーンとアイラスだけが感じた、単なる見間違いでは無いらしい。
既に今大まかに数えただけでも十人近くの人間がいるのだ。
「何だかやけに増えてるね〜子供の数」
ユーリの言葉に、アイラスはそちらに目を移す。
「ですよねぇ、僕のつい今しがた気が付いたところなんですけど」
―しかも……。
「あれ……? 」
アイラスは思わず声を上げていた。
一人の少女がにこやかに笑いながら、その場に立っているではないか。しかもその顔には明らかに見覚えがあった。
「……孤児院から来たんですか? 」
そう、その少女に出会ったのは、少し前の話だ。
あれは確か夕闇に包まれかけたベルファ通りの、片隅でまるでうずくまるようにして、自分の小さな肩を、更に小さくするようにして座り込んでいた少女……。
淋しい表情のまま、涙をこぼすまいとして、必死に唇を噛み締めていた表情が蘇る。
あの夜の事は、勿論今も忘れてなどいない……忘れる事などない。
少女があの時、こぼした涙をすくいあげたのは、確かに自分だったのだから。
そうして、その少女はにこやかに笑って頷くと、麻袋を抱えて下ろそうとしている、他の子供を手伝っているらしかった。あの頃の、影は今見る限り、何処にも垣間見られない。
アイラスは、その事に改めて安堵した。
「あははは〜、みんな、あれ見てよー」
そんな中、ユーリの笑い声が響いた。
ルーンとアイラスが顔を上げると、ユーリがある場所を指し示しながら笑い転げている。
「あぁ……シーピー」
ルーンが思わず、自分のバロメッツの名を口にした。
そこは先程まで仲むつまじく、ドラゴンとバロメッツが座っていた辺りだった。そうして、その場所には今、更に数人の子供達の姿が見えた。
「メェェ〜」
シーピーの、ひどく悲しげな声が響く。
「あの、もこもこ加減は、ある意味、罪だからね〜確かに分かるよ」
うんうんと納得するように、ユーリが頷きつつそう言った。
子供達がシーピーの毛を触りまくっていた。しかも子供というのは、本当に恐ろしい存在だ。
何故なら、大人のような手加減が、一切無い。
かくして、子供達にふわふわの身体が災いして、シーピーはいじくり回されるような羽目になってしまっている。種族を超越して、思いが通じた……らしい、シーピーに対する、
たまきちの加勢も無いわけでは無かったが、成長途中の子供達の体力や腕力にはどうにも出来ずに手こずっているらしかった。
「あれは流石に、助けてあげた方がいいよね〜? たまきちも、この上ない程に同情してるみたいだしね〜」
ルーンの方を向いて、ユーリはそう問い掛けた。
ユーリの言葉とほぼ同時に、シーピーが自分の大大大好きな主人の方を見やって、もう一度同情を煽るような悲しい声で鳴いた。途切れそうなかすれかけた声だ。
ルーンはそんなシーピーに、にっこりとしてから穏やかな眼差しを送りつつ、
「……いえ、ほっときましょう」
ぼそっと、ルーンが呟いたその言葉は、再び吹いてきた強い風に流されるようにして、かき消えた。
その呟きを、風下に立っていた為に、唯一、耳にする事が出来たアイラスは、思わず失笑の余りにむせ返った。
「随分ときれいになりましたねぇ」
一見して畑と分かる場所と化した、目の前の地面を眺めつつ、アイラスが感慨深げにそう言った。
土を指でほんの少しだけ触れてみると、柔らかな感触と、ルーンの指摘で先程蒔いたばかりの、堆肥の特有の匂いが再び鼻をつくようにわきあがってくる。
「ほんとにね〜」
ようやく役目を終えた荷車を片付けて歩いてきたユーリも、たまきちを肩に乗せた姿で、改めて目の前の畑をぐるりと見回した。
ルーンの連れているシーピーの毛ほど……では無いが、柔らかく起こされた土が、夕暮れの日差しの中で照らし出されていた。
もう蒔かれた種は、この土の中で今、静かに息づいている。
あれほど多く集まっていた子供達は、日暮れの太陽と共に、無邪気な笑顔を見せたまま泥だらけの姿で帰っていった。
「発芽までは、種子の種類によっては、かなり差が出るでしょうけど……何にせよ、楽しみですね……この気候が続いてくれれば、収穫も期待が持てそうですね」
そう言ったルーンの腕の中には、今や疲労こんぱいで深い眠りについている、シーピーが抱かれていた。
「本当に楽しみですよねぇ」
アイラスもそれまで土の加減をしゃがみ込んで眺めていたが、思いきってそこから立ちあがると、ぐいと手の甲で頬に付いた土を拭った。
「では、喉も乾いた事ですし、このまま黒山羊亭でも行きましょうか。エスメラルダさんに、この報告も兼ねて、ですが……一応もらった手前もありますしね」
アイラスの提案に、ユーリもすかさず賛同する。
「あ、それ、僕も賛成だよ〜」
ルーンも頷くと、三人はベルファ通りへ向けて歩き始めた。
……で、後日談の収穫際にて。
見事発芽した薬草が、その後、どうなったかと言うと……。
「うわぁぁ―――! 」
その場には、突然数人の絶叫が響き渡った。
「あ、やっぱり、そこに蒔いたの、マンドラゴラだったんですね。まさかとは思っていたんですけど……」
穏やかそのもの、と言った印象の声の主であるルーンが、その騒ぎを目にしてそう呟いた。
「これじゃあ食べられないじゃないか〜?! 」
ユーリが自分がついさっき、誤って引き抜きかけたマンドラゴラを、大慌てて土に埋め戻そうとして躍起になっている。
「僕にも手伝わせて下さい。そうですね……これはちょっと……」
アイラスがマンドラゴラを目にして、冷や汗をたらしつつ、ユーリを手伝っていた。そうして、その問題のマンドラゴラを何とか収め、ユーリとアイラスがお互いに心底ほっとしたような表情を見せ合った後……。そうしてから、更にアイラスは周りを見回しつつ、もう一度口を開いた。
「でも、まだ考えてみればよかったですよね。ここの部分以外は普通の薬草が育ってくれたようですから……」
しかもアイラスは何気なく背後を振り返り、更に愕然としていた。
「うん、そうだねぇ、結果的には食べられないのもあったけど、これも面白かったしな〜」
アイラスの表情の変化に気がつかないままのユーリは、のんびりとした調子でそう言った。
しかし直ぐさま、傍らのアイラスの強張った表情に気が付いたらしく、何気ないままに深い意味合いも無く、そちらを見やった。その次の瞬間、ユーリの表情はアイラス同様、みるみる血の気が引いてゆくようなそれへと変化してゆく。
「……ルーンさん、それって」
「ええ、ユーリさんの言う通りです。そ……それは、ルーンさん、それは一体……」
アイラスがそう言いつつ指し示した方向に、ルーンが視線を移す。
「……やはり、またこうなってしまうんですね……」
その先にあったものを目にした、ルーンの少し困ったような声が響く。
それはある意味、絶望の淵へ落ちてゆく序曲とも言うべき、その場所への引きがねのような、そんな一言となった。
ルーンの視線の先……そこにはつい今しがたまで、小さな薬草……の蔓科の植物に見えたものがあった筈だった。
だが、今は……。
「うぁぁ――っ! マンドラゴラより、こっちの方が絶対怖いじゃないか〜! 何で巨大化してるんだよ〜! 」
ユーリの絶叫にも似た叫びが上がるのが、ほぼ同時だった。
「何故か私は、何時も愛を込めて育てれば育てるだけ、巨大化を……全くもって不思議ですね。何故、こんな形になってしまうのか」
「えぇ?! 」
そのルーンの言葉に、流石にそれを耳にした二人はそんな事は聞いていない、とばかりに、思わず言葉と言う言葉を完全に失った。
その最早、魔物と呼ぶべき以外、何の形容も見出せないその『存在』は、そこに武器防具が無縁のまま……要するに、無防備な姿で立っていた三人を目掛けて、容赦無く襲いかかってきた。
再び、数人の男達の絶叫が響き渡ったのは言うまでも無い……。
更にその後日談。
その後、三人が薬草の種を蒔いた畑に近い一本の道に、ある立て札が立った。そこに書かれていた文字は……。
『危険、この先立ち入り禁止』
おわり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/ PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
【1649/ アイラス・サーリアス / 男 / 19 / 軽戦士】
【1893 / キャプテン・ユーリ / 男 / 24 / 海賊船長】
【1364 / ルーン・シードヴィル/ 男 / 21 / 神父】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、桔京双葉です。
何時もお世話になっております。
本当に本当にありがとうございます。
感謝のし通しです。それに色々と感想も下さって、何時も参考にさせて頂いております。
今回もとても楽しく書かせて頂く事が出来ました。
最初にお会いして以来、アイラスさんにはずっと癒されてばかりです。
本当にありがとうございました。
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