<PCクエストノベル(2人)>


ネクロバンパイアとの戦い

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【 1528/ 刀伯・塵/ 剣匠】
【 1869/ 一之瀬 麦/ 無鉄砲喧嘩師(本業:学生)】

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 ネクロバンパイア――女性の上位バンパイアで、日の元をも歩ける力を持つ。



 世の中晴天の日ばかりとは限らない。雨の日もあれば曇りの日もある。嵐の日もあれば、雪の日もある。それらが入り混じる日もあるし、勿論晴天の日だってちゃんとある。
 そして、雷の日も、ある。それが落ちることもまた、あるのである。



 澄み渡る空に手を伸ばしても雲は掴めない。そもそもその日の天には掴むべき雲の姿さえない。
 からっと晴天。すがすがしいばかりに青空の広がる、実に天気のいい日だった。
 そしてその掴むものとてない青空に手を伸ばした一之瀬 麦(いちのせ むぎ)は雲どころか空さえ掴み取るんだというばかりの勢いでぐぐっと拳を握り締める。
「行楽日和のいい天気やなぁ!」
 さわやか笑顔はご機嫌色。まるでその日の空のように晴れやかだった。
「……そーかい」
 その傍らから見事に対照的な声がした。
 じめっと曇天。色々と諦めているような声である。
「なんやにーさん! 辛気臭い顔せんといて!」
「人生が現れてるだけだからあまり気にするな」
「こんないい天気になんでそんな人生暗いん?」
「お前が俺に言うかそれを」
 なんやの? と小首を傾げる麦に、曇天は深く、それはそれはもう深く息を吐き出した。この曇天名を刀伯・塵(とうはく・じん)という。
 さすらいのよろず厄介ごと引受業者――ではなく、何の因果か前世の業か、この地に迷い込んでしまった元は中つ国のサムライ。現は前述したとおりさすらいのよろず厄介ごと引受業者――もどきである。当人に言えば人生かけて否定するのだろうが、現実にはそうとしかいえない状況に陥っている。
 本日は、やはりなんの因果かこの地へと迷い込んでしまったという立場の麦の観光ガイド。
 溜まった洗濯物を片付けて、その白と空の青の二色を楽しみつつ縁側お茶のみ日向ぼっこという素敵プランは見事に水の泡と相成った。
「……もういい」
「何自己完結してん?」
「だからもーいい……何処へいきてえんだ?」
「それがわからんから案内してゆうてんやん?」
 そうか全部自分におんぶに抱っこか、そうかそうなのか。塵は思わず拳を握り締めたがそれに麦が気付くことはなく、爪が手の皮に食い込んで痛いだけだった。

 さて、街を引きずりまわされること幾ばくか。
 小さな、小さな声ではあった。正確には音だった。しかしその音は麦の鼓膜を振るわせるだけの音量は保持していた。
 ――というか。
 その手の声や音は小さかろうが大きかろうがそんなことには関わりなく伝わるし、そもそも伝える意思があって初めて使用される種類のものでもある。
「くす」
 という笑い声は。
 麦はその笑い声に思わず立ち止まり耳をそばだてた。
「なあにアレ。ダサいわねえ」
 続いたその言葉に、麦は首どころか体ごとぐりゅんの振り返った。しかしその先にあるものは、行く手に合ったものと同じく雑踏。言うまでもなくそこには(とりあえず言語で意思疎通が可能であるという限りにおいては)人、人、人。人ばっかりである。
 しかし麦はそこで諦めはしなかった。慌てもしなかった。
「なんやとコラぁ?」
 周囲を見渡し総員に向かって低く唸る。要するに特定せずに全員に喧嘩を売った。いや麦にしてみれば売られた喧嘩を買った格好になるから、無理やり売られた事にして商品とつりを要求しようとした、とでも言うべきか。
 さて驚いたのは市中引き回しの刑受刑者――もとい塵である。上機嫌で塵の腕を掴んで刑に服させて――もとい市内を引っ張りまわしていた相手が行き成り足を止めた上に、低い、それはそれは低い声で周囲の威嚇を始めたのだから。
「おい、どうした?」
「にーさんは黙っとき」
 低っ。
 思わず塵は心中そう呟いた。声に出さなかったのは人生苦労の果てに身についた処世術である。そんなものが発動されてしまうほどには低い声だった。それ以前に身についているところがそこはかとなく悲しい。
 女の声のトーンは明白に機嫌を映し出す。高低は人によって異なるし、全ての女性がその例に当てはまるとは限らないが。麦は例外ではない方らしい。低気圧オーラがその本当に低い声に十分以上にこもってしまっている。
「はい」
 おとなしく塵は引き下がった。そして麦は勿論引き下がらない。
「なんやとコラっつったんが聞こえんのかい? ああ? もういっぺん言ってみい!」
 訳すと『なんですってっていったのが聞こえないの? もう一回言って御覧なさい』となる。なんだろうかこの迫力の差は。
 まあそんな些細じゃないが些細なことはさておき、この二度目の威嚇には答えが合った。
 ――塵としては切実にしないで欲しかった。
「あらあ? 聞こえなかったの?」
 衆目を一身に浴びつつ進み出たのは、実に妖艶な女だった。小作りの顔は唇だけがやや厚い。そこに注された口紅は見事なまでの赤。額に落ちかかる黒髪はそのまま背に流れて体の優雅な曲線を飾っている。見事な曲線を描く身体は小娘には到底出せない本物の色香を漂わせていた。その身が纏う衣装も決して布地が少ないわけではないのだが随所に大胆に入れられた切れ込みがその肢体を更に艶かしく見せている。日の光の下その肌は透けるほどに白い。日陰に、夜の闇にこそ咲き誇るだろう。そんな風情のまごうこと無き大輪の花だ。
 はっきり言おう。こんな美女に登場されれば普通ひるむ。塵でさえもって枯れている筈のどこかに何かが確かに流れ込むのを感じた程である。
 その美女は視線の多くを見事に受け流し、悠然と髪をかきあげた。
「よくもまあ、そんなみっともない格好で外を歩けるわねえ。恥はないの?」
「なんやと?」
 本日の麦の服装は、クリームイエローの七部袖のカットソーに黒のハーフパンツ。現代日本の女の子らしいアレンジである。しかし現代日本ではないここエルザードでは完全に好みの物は入手適わず、吊るし売りの既製服を手ずから手直しした力作だった。
 ひくっと頬を引きつらせた麦は、胡乱どころではすまない目つきで女を上から下まで眺め回した。
 現代日本では間違ってもまかり通らない激しい服装である。舞台かはたまたパーティか、少なくとも麦の意識では真昼間に往来でしていい格好では断じてない。――いくら乳尻太ももぱっつんぱっつんに見事で特に乳は負けまくりだろうとも、負け惜しみではないのだ。
「おばはんこそなんやそのカッコ。いくら見せつけたっておばはんはおばはんやろ。みっともないで真昼間っから往来でおばはんが発情しとんのは」
 ピシ。
 音まで立てて空気が張り詰める。女は口元から真っ白な犬歯を除かせ、下目使いに麦を見下ろした。
「乳臭い上にダサい小娘が言ってくれるわねえ。身の程をしったら?」
「おばはんこそまず年考えーや!」
 ビュウウウウウウウウ。ゴォオオオオオオオオオオ。
 その背後を吹雪が吹きすさび、またその背後から陽炎が立ち昇る。そしてやや麦よりの位置に立っていた塵は逃げ場を失った。周囲には雪や炎の影響を受けないだけの距離をとって人垣が出来てしまっている。その肉の壁以前の問題として、一歩でも動けば殺される、絶対に殺されるに違いないという根拠も何もないが恐らく限りなく正解に近いだろう予感がしていたのである。
「ふっふっふっふっふ」
「へっへっへっへっへ」
 二匹の――もとい二人のメス――もとい女性はそれぞれにオーラを背負って対峙した。



 ネクロバンパイア――女性の上位バンパイアで、日の元をも歩ける力を持つ。そしてその多くは……



「あーもう話しにならんわ!」
 麦は怒鳴って手にしていた(そこらの民家から殆ど無理矢理に徴発してきた)鉈を投げ捨てた。すぽーんととんだそれは哀れな見物客の服の襟をがっしりと街路樹に縫いとめてくれたがそんなことに麦はかまわない――正確には気付かない。
 既に戦いは口から手を経て、そして死闘へと華麗に変転を遂げていた。物は飛ぶ、手足は出る、人は巻き込む、凶器攻撃上等。すっかり街は二人のためのリング状態。
 不毛だ。それをメス二匹――もとい女性二人が悟ったのは最早不毛どころの騒ぎではなくなった後のことではあったが。
「あー、もうグダグダ言うたかて決まれへんやん! ちょい、おっちゃん! ココはガツンとおっちゃんが決めたり!」
「名案ね」
 ぜいぜい息を吐きつつ女が同意する。が、行き成り矛先を向けられた塵がはいそーですかだったらといけるわけがない。かなりの距離を飛び退り、胸の前へと手のひらを突き出す。
「なんでそうなる!?」
「阿呆。女のミリキの話してんやんか・男の意見が一番丸うおさまんじゃい」
「そうよ大体なんでこの私がこんな小便くさい小娘ごときに喧嘩売らなきゃならなかったと思うのよ! そこのところ聞かせ……」
 女は途中ではっと口を噤む。麦は目をまん丸に見開いて女を見た。――犬歯のある女を。
 女は――しつこいようだが犬歯のあるその女は真っ赤になって視線を逸らしつつやけくそのように答えた。
「……一目惚れよ」
 言葉と共に上げられた視線はまっすぐに塵へと向けられている。潤んだ熱っぽい視線は。
「は?」
 塵は間の抜けた声を上げた。ちょっと状況についていけていないらしい。
「おばはん……」
「こんな小娘連れてるなんて……そこらの女なら私の魅力でどうとでもなったでしょうけど趣味がロリコンじゃ手も足も出ないじゃないの! ……それで思わず……」
 下唇を噛んで恥じ入るそれは何処からどー見ても恋する女のしぐさであり態度だった。
 麦は胸の奥から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
「おばはん……それならそーゆーてくれたら!」
「……小娘」
「なにいうてんねん! そりゃおっちゃんは好きやけどそういうんとちゃうし! いうてくれれば、いくらでも協力したわ!」
「こ、小娘!」
「人の恋路は邪魔したらあかんもんや、おばはん!」
 がしっと二人は手を握り締めあう。その友情の芽生える場面に周囲の人垣からは拍手と歓声が沸き起こった。

「え? え? え?」
「まあおっちゃんあんじょうきばっときー!」
「ああ……この腕……浅黒い肌の枯れっぷりもなんて私の理想どおり」
 そしてあっさり塵は売られた。
 いまいち状況が理解できぬままに。


 ネクロバンパイア――女性の上位バンパイアで、日の元をも歩ける力を持つ。そしてその多くは若い男性の生き血を好むとされる。
 その女がそれの中ではちょっと趣味が渋い一例であることを、塵は恐怖と共に知ることとなる。



「やーエエ事した後は気分ええなあ!」
「エエ事じゃないっ!」