＜聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記＞
雨音の吐息
------＜オープニング＞--------------------------------------
「嫌な雨ねぇ…」
そう言いながらエスメラルダは小さな溜息を吐く。
ここ数日ずっと雨続きで店の客入りも悪い。
「まぁ、雨が降らないと実るものも実りません。恵みの雨…とも言いますしね」
くすり、とエスメラルダの隣で笑う銀髪の青年。
あちこちの酒場に出没する吟遊詩人のジークフリートだ。しかし一番の出現率を誇るのはやはり黒山羊亭らしい。エスメラルダの踊りと相性が良いようで、記憶が戻ってからはまたよく二人で観客を沸かせている。
はぁ、ともう一度ため息を吐いてエスメラルダは窓から外を眺め呟いた。
「でもねぇ、なんかおかしいと思わない？この時期にこんな長雨が続くだなんて。それに豪雨ってワケじゃなくてずーっとしとしとと同じ速度で降ってる感じ」
うーん、と低く唸ってジークフリートは窓に近づく。
そして酒場の喧騒が少しだけ収まるその位置でジークフリートは瞳を閉じ、聞こえてくる雨の音に集中した。
一定のリズムを刻んでいるようで、実はその音とは全く別の音を放つ雨。
普通に聞こえてくる音とは別にもう一つの雨音が重なっている。
「確かに少し妙な感じはしますね。２種類の雨音が聞こえるような気がします。そんなことあるワケないと思いますけど」
その時、ふいに外を眺めていたエスメラルダが声を上げた。
「ちょっと、ジーク！後ろ……」
エスメラルダが指した窓はジークフリートが背を向けて立っている場所。
ジークフリートは慌てて振り返って外を眺める。
そこにはしとしとと降る雨の中、ぽつりと佇む人影があった。
真っ黒な髪が顔に張り付いていてその表情は窺えないが、背格好で判断すると１５歳くらいの少年のようだ。
しかしその少年の現れたタイミングは、まるでジークフリートが不思議な雨音に気が付いた為その場に現れたようでエスメラルダは柄にもなく身震いする。
確かに異質な雨音は少年から発せられているようだった。
それを気にせず先に動いたのはジークフリートで、雨の中に飛び出していって少年を黒山羊亭へと招き入れる。
どう考えても厄介事なのに、それを自ら進んで背負うジークフリートに呆れ顔のエスメラルダ。しかしそういうところがジークフリートの良いところなのだと無理矢理自分に言い聞かせ、エスメラルダはタオルを持ってきて少年とジークフリートに渡す。
「とりあえず頭拭きなさい。風邪引くわよ」
反発でもしてくると思ったが、少年は素直に頷いてタオルで頭を拭きだした。髪を拭いて顔を上げた少年の顔は整っていて黒目がちな瞳が印象的だ。
しかし依然として少年から聞こえてくる雨音は消えない。外で降り続ける雨音と少年の発する雨音。その少年の発する音はむしろ近くに寄ったことで大きくなっている気がする。
「で、この雨っていうか雨音はなんなんだろうねぇ」
エスメラルダの声に少年は再び俯き、ジークはそんな少年を一度見つめ、しとしとと降り続ける外へと視線を移した。
------＜雨音＞--------------------------------------
「いやー、ほんと凄い雨だね」
そんな声と共に音を立てて黒山羊亭の扉が開く。
しかしその言葉に悲観的な響きはなく、緑色の髪に雨の滴をまとわりつかせた少女がパンパンと雫を振り払っている姿があった。
隣に立っている青年もフードを取り、服に付いた雨の滴を払っている。
緑色のショートカットの快活そうな少女の名はシノン・ルースティン。普段は孤児院で元気に子供達と遊んでいる姿を見ることが出来る。そして隣にいる青年もよく孤児院で姿を見ることが出来るスラッシュだった。
適当に雫を振り払いシノンは俯いていた顔を、ひょい、とあげた。そしてすぐにその顔に笑みが浮かぶ。
「あっ、ジークだっ！エスメラルダも久しぶりっ」
手を振って少女と青年はジークフリートたちの居る席へと向かう。
「あぁ、久しぶりだねぇ。スラッシュ、アンタも元気そうじゃないか」
「こんばんは、お二人とも」
エスメラルダもジークフリートもやってきた二人を歓迎する。
「もうイヤになっちゃう。最近雨続きでもう大変……って、あんたどうしたのこんなびしょ濡れで」
目ざとくシノンがずぶ濡れで椅子に腰掛けた少年を見つけて声をかける。
「あぁっ！もうこんな濡れちゃったら風邪引くじゃない」
ほら貸してっ、と駆け寄ったシノンは少年が持っていたタオルでわしゃわしゃと少年の頭を拭き始めた。放っておけない質なのだ。
少年は大人しくシノンに頭を拭いて貰っている。
そんなシノンと少年の様子を眺めながらスラッシュが尋ねた。
「この子は？」
それが…、とジークフリートが事の次第を話すとシノンが、よしっ！と声を上げる。
「こんな風に長雨が続くと、孤児院の子たちも外じゃ遊べないからさ。あたしも協力するよっ！」
元気にそう告げるシノンの隣でスラッシュも小さく頷いた。
「この長雨には…違和感を感じていたから、な……その子と…何か関係があるんだろう？シノンも乗り気のようだしな…俺も協力しよう」
「ありがとうございます」
嬉しそうに礼を述べたジークフリートの脇で、よしよし、とエスメラルダも頷いている。
「……って言ってもあたしじゃ話を聞くことしか出来ないと思うけど」
苦笑気味にシノンはそう言って少年と瞳を合わせて笑う。
誰もがその笑みで温かい気持ちになる。しかしそんな明るい雰囲気の中でも少年の表情は硬い。
シノンは少年の顔に笑顔を取り戻してやりたいと思う。
自分に出来ること。
それは決して多くはないけれど、その時出来ることを少しずつしていきたいと思う。
そのことで小さな笑顔を取り戻すことが出来るなら。
心から笑えるそんな日が誰にでも必ずやってくると思うから。
「でもやっぱり話して楽になることもあると思うし。人の心に暖かな春風を渡して…"傷"を癒すこともウルギ神官としての仕事だからねっ！任せてよっ♪」
渇き始めた少年の髪を優しく撫で、シノンは立ち上がった。
「本当にシノンさんのその明るさがあれば雨雲もどこかに行ってしまいそうですけどね」
微笑んでジークフリートがそう言うと、全くだよ、とエスメラルダも笑う。
「で、どうしよっか」
くるり、とジークフリート達を振り返ったシノンは隣のスラッシュを見上げて尋ねると、スラッシュは既に考えてあったのか自分のこれからの行動を述べる。
「多分、雨が降り始めた時に…何かあったと思うし……俺はそれを調べてみようと思う」
「じゃ、そっちは任せるね。こっちはあたしに任せてよ」
ぽんっ、と軽く胸を叩いてシノンは笑った。
「あぁ、こっちも任せてくれ」
そう言ってスラッシュはまたフードを被り直し黒山羊亭を後にしようと歩き出した。
その時、コロコロ、と床を何かが転がる音が聞こえてシノンは少年を振り返る。
少年の足下に小さな煌めく欠片が数個あった。
「ちょっと待ったー！兄貴、ちょっと！」
シノンは大声で歩き始めたスラッシュを呼びとめる。スラッシュはすぐにシノンの元へ駆け寄ってきた。
シノンは小さな欠片を拾ってそれをスラッシュにそっと手渡す。
欠片のように見えるがそれは雫のような形をしている透明な物体だった。
ぱっと見ただけだとガラスのようにも見える。
「これこれ。なんだと思う？」
首を傾げたシノンにスラッシュは告げる。
「分からないが……少年が持っていたのなら関係は必ずあると思う」
借りていっても良いか？、とスラッシュが少年に尋ねると、それまで無反応だった少年は小さく頷いた。
「借りていって良いって。良かったね、兄貴」
ぽん、とシノンはスラッシュの背を軽く叩いて言う。
「あぁ」
スラッシュはその欠片を大事そうに胸元へしまい込むと、今度こそ黒山羊亭を後にした。
------＜特製？？？＞--------------------------------------
「さてと。エスメラルダ、ちょっと厨房借りても良いかな？」
スラッシュを見送ったシノンは小首を傾げつつエスメラルダに尋ねる。
「…厨房？あたしは良いけど。料理長にはあたしが良いって言ったって伝えて貰えれば構わないよ」
一体何に使うんだい？、というエスメラルダの問いに、ニカッと笑顔を浮かべてシノンは告げた。
「内緒！でも任せてっ！これには自信あるんだ」
ありがと、と笑顔で手を振ってシノンはホールを後にする。
ふふーん、と機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら。
料理長から許可を貰ったシノンは、手にしていたカバンの中から数種類の薬草を取り出した。
「やっぱり体を温めなきゃねー。あとやっぱりリラックスして貰いたいし……」
ブツブツとそんな事を言いながらシノンは、広げた薬草の中から更に何種類かの薬草を選んで脇に置く。
「ま、こんなもんかな」
残った薬草は再びカバンの中に戻し、鍋に山羊の乳を入れる。
そして少し温かくなった所へ薬草を細かくしたものをいれて混ぜ合わせた。
「よしっ。あとはこのまま暫く待つ……と」
鼻歌を歌いながらくるくると匙を回す。
沸騰させてしまわずに弱火でことことと煮込むこと数分。
そこへ最後の仕上げとしてハチミツをいれる。
そうして鍋の中に乳褐色の飲み物が出来上がった。
それを濾しながらカップに注いでシノンはホールへと戻る。
「お待たせー！」
「おや、何作ってきたんだい？」
くんくん、とシノンが運んできたカップから漂う香りを嗅ぐエスメラルダ。
同じようにジークフリートも香りを嗅いでいたが、あぁ、と声を上げた。
「……チャイ…ですか？」
「あったりー！…はい、暖まるから飲んで」
にっこりと微笑んだシノンはまずは少年にカップを差し出す。
恐る恐るだが少年はそのカップを受け取って立ち上る香りを嗅いでいた。
「熱いから気をつけてね」
少年にそう告げると、ジークフリートとエスメラルダにもカップを手渡した。
「ありがとうございます」
ジークフリートは、ふーっ、と息を吹きかけながらカップに口を付ける。
それを見ていた少年は自分も息を吹きかけ冷ましながら、そっとカップを口に運んだ。
こくり、と少年の喉が鳴る。
「どう？」
味に自信はあったがやはりそれが相手の口にあったかどうかは気になるところで。
シノンの問いかけに少年は初めて口を開いた。
「美味しい」
「本当？よかったー」
ほっとした表情を浮かべてシノンも自分の分のチャイに口を付ける。
「ん、美味しい」
満足そうに笑みを浮かべたシノンは何かを思いついたのか、あのさ、とジークフリートに声をかける。
「うちの孤児院の子達もジークの歌聞くとすっごい喜ぶんだ。楽しくなれるって。だからさ、ジークの歌聞かせてよ」
「えぇ、喜んで」
ほわん、と笑ったジークフリートは暫く何を歌うのか考えていたようだが、軽く足で拍子を取って歌い出す。
軽やかなメロディは酒場の雰囲気には馴染まないように思われたが、酒場のあちこちで拍子を取る音が聞こえその輪は店内に広がっていく。
きょろきょろと盛り上がる店内を少年は不思議そうに眺め、それから隣に座るシノンを見上げた。
そんな少年の視線を柔らかく受け止めながらシノンは尋ねる。
「そろそろ教えて欲しいな。あんたの名前。呼ぶ時に困るから」
いつまでも『あんた』じゃイヤなんだ、あたし、とシノンが少年に告げると少年は小さく頷いて口を開いた。
「ルービア」
その時、一瞬少年から聞こえる雨音が途切れたような感じがして、ぴくり、とシノンは動きを止める。
しかしすぐにその雨音は聞こえてきた為、気のせいかと少年へと意識を戻す。
「それじゃルービア、何があったのか教えて？」
シノンの問いかけにルービアは言いにくそうにしていたがやがてぽつりぽつりと話し出した。
「ボクは……ちょっと前に山の中で変な壺を見つけたんだ。ただ普通に落ちてたから何だろうって思ってそれを開けてみたんだ。そしたら大きな壺だったのに小さな欠片が四つしか入ってなくて。つまんないの、と思ってボクはその欠片を一つ放り投げたんだ」
「ちょっと待って！さっき欠片三つあったよね。あれ、本当は四つ？」
「うん。四つ。投げたらそれは湖の中に落ちちゃって。ぽちゃんって音が聞こえてボクは振り向いたんだ。そしたら、その瞬間、どんっ、て音がして湖からものすごい水の柱があがって。ボク怖くなって逃げ出したんだ」
「それって何時のこと…？」
シノンは、まさか一週間前？、と尋ねる。
するとルービアは、こくん、と頷いた。
「それからボクの中でずっと雨の音が響いていて。外もずっと雨だし。ボクどうして良いか分からなくて……」
しゅん、と俯いてしまった少年にシノンは言う。
「その壺の中とかに何か入ってなかった？」
「わかんない。次の日行ってみたけどなかったんだ」
「そっか……兄貴大丈夫かなぁ」
少年の話を聞きながらシノンはスラッシュのことを考える。
その時どこかで、ぱりん、と音が聞こえた。
「えっ……？」
辺りを見渡すシノンだったが、自分以外の誰もその音を聞いていなかったらしい。
そして少年から聞こえていた雨音が次の瞬間止んでいることに気が付いた。
「ルービア…雨の音聞こえないよね？」
シノンの言葉にルービアは、あっ、と声を上げる。
そして嬉しそうにシノンに抱きついてきた。
「お姉ちゃんっ！雨の音が消えたっ！」
「うん、消えたね。兄貴上手くやったみたい」
良かった、とシノンは笑う。
少年の顔にも笑顔が浮かんでいる。
外の雨は少しずつ止んできているようだった。
------＜笑顔＞--------------------------------------
外でシノン達はスラッシュの帰りを待っていた。
空には雨の気配は消え、青空が広がっている。
遠くにスラッシュの姿を見つけ、シノンは大きく手を振った。
少年がスラッシュの元へと駆け寄っていく。
「お兄ちゃん、ありがとう！」
「おかえりっ！兄貴、あのね、あの欠片……」
シノンは少年から僅かに遅れてスラッシュの元へと辿り着くと、少年から聞いた話をしようとした。しかしそれを珍しく小さな笑みを浮かべたスラッシュに遮られる。
「四大元素だそうだ」
「えっ？四大元素？」
首を傾げるシノンにスラッシュは自分が見てきたことを話す。
「へー、なんかその子凄いね」
四大元素がなんなのかは知っていたが、その欠片を持っている人物がいるなんて話は聞いたことがなかった。ただただ凄い、としか言いようがない。
スラッシュは少年の頭に手を乗せると告げる。
「これからは勝手に落ちてるものを開けたり捨てたりするんじゃないぞ」
「うんっ！絶対しない。ボクもう雨の音が聞こえるのはイヤだもん」
少年のそんな言葉を聞きながらシノンは微笑む。
人々の顔に笑顔が溢れていることがこんなにも嬉しい。少しでも役に立ったのなら余計にだ。
「ま、いいじゃないっ。ほら空はこんなに青いし、天気は良いし」
お洗濯日和だねっ、とシノンは笑って空を仰いだ。
それにつられてスラッシュも空を見上げる。
久しぶりに振り仰いだ空は人々の世界に優しさをもたらしているようだった。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号／ＰＣ名／性別／年齢／職業】
●1805／スラッシュ／男性／20歳／探索士
●1854／シノン・ルースティーン／女性／17歳／神官見習い
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■ ライター通信 ■
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初めまして、こんにちは。夕凪沙久夜です。
この度はご参加いただきアリガトウございます。
スラッシュさんとのお申し込みありがとうございました。
シノンさんの明るさと元気さに引き込まれてしまいました。
今回はお留守番という感じでしたが、チャイを作ったり色々と頑張って頂きましたが楽しんで頂けましたでしょうか。
シノンさんは愛すべきキャラという感じで一緒にいると本当に元気が出てきそうですね。
とても楽しく書かせて頂きました。
またお会いできることをお祈りしております。
明るく元気なシノンさんがソーンでたくさんの人に笑顔を与えていく所を見守らせて頂きたいと思います。
今回は本当にありがとうございました。
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