<PCクエストノベル(1人)>


クレモナーラ村〜歌姫を護れ!〜
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【冒険者一覧】
 *整理番号 / 名前 / クラス*
 *1771 / 習志野茉莉 / 侍*

【その他登場人物】
:歌姫:
 :クレモナーラ音楽祭コンテスト主催委員:
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 茉莉:やれやれ、二日目にしてこれか。
男:どうかそのような事を仰らず、お願い致します!
茉莉:観光のつもりで来たのだがな…。
茉莉は窓の外をちらりと見て、前の男に視線を戻した。
茉莉:本当に、人の命が懸かっているのだな?
男:嘘など申しません!これをご覧下さい。
差し出された二通の封書。そのどちらにも簡潔に、且つ堂々と熟語が踊っていた。
『警告』
――二日以内に音楽祭コンテストの歌姫の降板を発表せよ。さもなくば歌姫がステージに上がる前に、彼女の喉は旋律ではなく命の終わりを告げる悲鳴を発するだろう。
もう一通も開いた。
――クレモナーラ音楽祭のコンテストを中止せよ。警告を無視すれば必ず後悔する事になる。
どちらもご丁寧に文字を切り貼りしてある。
茉莉:なるほど、一通目は直接的な書き方だな。この歌姫の安全を考えるなら交代させるべきだろうが…。
男:それはあんまりというものです。百人の候補の中から漸く勝ち残ったのですよ!
茉莉:そうか。それならば恐らく別の歌姫にしたところでまた同じ様な警告が届くだけだな。
主催者の男の悲鳴に似た声にも冷静に呟いて、茉莉は顎に手を当てた。
茉莉:しかし、もう一通のコンテスト自体を中止しろという警告の方だが…。
男:コンテストはこの村以外の観光客の方々も楽しみにしているのです。中止する訳には参りません。
茉莉:それでは多くの人を危険に巻き込む。
男:ですから只今、総力を挙げて犯人を捜索中なのです。
茉莉はむうと唸る。男が席を立った。
男:先日、下手人を捕らえた所を拝見致しました。どうかお願い致します!
床に頭を擦り付けそうな勢いに、黒い瞳が困ったように揺れる。
茉莉:分かった。それで、私は何をすれば良い?
男:明日の音楽祭終了まで、歌姫の護衛をよろしくお願いします。
きらきらと輝きだした男の顔に苦笑が浮かぶ。どうやら“のんびり観光”は本格的にお預けになりそうだった。

 リハーサルも兼ねてステージへ下見に行く事になった。引き合わされた歌姫は、背丈は小柄な茉莉と同じくらい。年は十代半ばだというが、顔には幼さが残っている。
歌姫:よろしくお願い致します。
茉莉:こちらこそ、よろしく頼む。
茉莉は主催者の男達と共に歌姫を囲うようにしてステージへ向った。
 しばらく行って路地を曲がり、歩きながら茉莉はちらりと背後に目をやった。
男:どうかしましたか?
茉莉:もうしばらくこのまま進んでくれ。止まれと言ったら、止まって欲しい。
こっそりと尋ねた男は、茉莉の言葉に表情を強張らせて頷く。あくまで悟られないように路地を曲がって大通りに出た。
茉莉:止まれ!
その言葉に合わせて男達が止まり、一斉に振り向く。茉莉は今来た道を逆走していた。と、一人の青年が明らかに狼狽して飛び上がる。
男:何者だ!?
男:まさか、お前が…。
主催者達が声を上げる。青年は驚いて腰を抜かし、その場に尻餅を付いた。しかし、茉莉はその青年の横を通り過ぎてしまった。
男:な!?
驚愕に目を見張る男達。青年もぽかんと口を開ける。姿が消えた路地から、間もなく悲鳴が聞こえた。そして姿を現した茉莉が片手で引きずっていたのは、いかにも胡散臭い覆面を付けた男だった。
茉莉:その青年は恐らく脅迫状とは無関係だ。大方歌姫のファンといったところだろう?
図星を指されたようで、青年は首まで赤くなった。男達は何とも言えない顔で顔を見合わせる。それから覆面へ視線を注いだ。
茉莉:こちらは無関係とはいかないと思うがな。
茉莉の言葉に、男達が覆面に手を掛ける。剥がそうとすると覆面男は抵抗して暴れたが、流石に三人に抑え込まれると抵抗も虚しいものに終わった。しかし、覆面の下から現れた顔に、男達は一様に絶句した。
男:お、お前は!?
茉莉:知り合いなのか?
主催者の男は視線を逸らしている黒ずくめから顔を上げて、小さく頷いた。
男:知り合いなんてもんじゃありません!…主催委員の一人です。
眉を顰めて黒ずくめを見やる。黒ずくめはぐっと唇を噛み締めて主催者の男を睨みつけた。
黒ずくめ:馬鹿馬鹿しいじゃないか!たかだか素人のコンテストに高額の賞金を懸けるなんて!
茉莉:ほう、それではお前がコンテストを中止しろと脅迫文を送ったのだな。念のために聞くが、歌姫に対する脅迫文を送ったのもお前か?
この問いに腰を浮かせる。
黒ずくめ:違う!脅迫状が二通来たって聞いて、俺だって驚いてるんだ!!
主催者の男がふんと鼻を鳴らした。
男:いいか、音楽祭もコンテストも楽しみにしているのは村人だけじゃない。多くの観光客が訪れる事で、村の収入にもなる。それをお前は台無しにしようとしたのだぞ!詳しい話は事務所でゆっくりする。連れて行け。
両脇を抱えられて黒ずくめが連れて行かれる。茉莉は嘆息しながら見送って、ハッと振り返った。
茉莉:待て!
連行しようとしていた主催者と黒ずくめが振り返るが、茉莉が止めたのは別の男だった。
男:歌姫の降板を発表せよ。
男は荷物を持つように歌姫を小脇に抱えて、脱兎の如く走り始める。勿論黙って見ている訳が無い。茉莉はその男を追いかけた。素早く男の前に回り込むと、剣に手を掛ける。
茉莉:大人しく、彼女を放すんだ。
男:道を開けなければ、傷付けるぞ。
茉莉:妙な動きをする前に私がお前を斬る。
後ろから漸く追い付いた主催者達は、息を飲んで立ち止まった。歌姫を抱えた男が茉莉と睨み合う。男の手が動くのと、茉莉が剣を抜くのは同時だった。
茉莉:斬ると警告した筈だ。次は無いぞ。
男の手から弾き飛ばされた短剣がくるくる回りながら落ちて、主催者達の足元に突き刺さった。ひぃっと悲鳴が上がる。
茉莉:彼女を放すんだ。
男がギリとほぞを噛んで、それでも腕を緩めた。歌姫が地面に下ろされる。ぺったりと座り込んだ彼女に主催者が駆け寄ろうとするが、手を伸ばすより先に揃ってひっくり返った。
茉莉:そんな事だろうと思った。
歌姫に向って振り下ろされた刃は、茉莉がすんでの所で止めていた。男の顔に苦汁が滲む。茉莉は刀を返して歌姫との間に入った。
男:何故邪魔をする?
茉莉:危ない目に遭っている女性を助けるのに理由がいるのか?
男が短刀を捨て、腰の剣を抜く。動き出したのは二人同時だった。がぎぃっと金属が擦れ、不快な音を立てる。体格でも、腕力でも男の方が有利だ。しかし、茉莉の方が素早かった。
斬り合いはほぼ互角。しかし、茉莉は剣を受け流しながら微妙な遅れを見逃さなかった。
男:ぐぅぅぅ!?
懐に入った茉莉の刀の柄が男の腹にめり込む。堪らず、男は蹲った。すかさずその手から剣を奪って遠くへ蹴り飛ばし、腕をねじり挙げた。
 わぁぁぁぁ!!
いつの間にかできていたギャラリーから歓声が沸き起こる。男の背に膝を乗せて、尋ねた。
茉莉:一体誰に頼まれたのだ?
男:言うと思うのか。
茉莉:見上げた忠誠心だが、後ろに居るのが歌姫の座を奪えなかった誰かだという事はもう分かっているぞ。
男の表情が一瞬変わった。茉莉はニヤリと笑う。
茉莉:やはり妬みのようだ。あとはキミ達に任せる。
捩じ上げた腕を引き受けながら主催者は深く頭を下げた。
男:こんなにも早く事件が解決するとは、全て茉莉さんのお陰です。
男:有り難うございます。
ひらひらと手を振って踵を返すと、座り込んで震えている歌姫の側には、事の成り行きに動転しながらも必死の表情で歌姫に手を差し伸べている青年の姿があった。ふと泣き出しそうな顔で青年を見上げていた歌姫の顔が赤く染まった。おずおずと差し出された手を掴んで立ち上がる。そんな二人を微笑ましくい思いながら、茉莉は声を掛ける。
茉莉:今日は部屋に帰った方が良い。まだ犯人が全員捕まったとも限らないからな。
歌姫の顔が引き攣る。警戒を解かないまま、一向は宿へと引き揚げた。

 翌日、ファンファーレと共に音楽祭が始まった。村中から楽器の音が聞こえる。深夜まで歌姫の警護を勤めていた茉莉は、もうしばらくベットに入って居たかったが、ノックで起こされた。
男:改めて御礼をしたいのです。どうかステージへお越し下さい。
茉莉:分かった、行こう。
昨日の騒ぎは収まったとはいえ懸念は拭い去れないのに、随分逞しい村人達である。昨日は辿り着けなかったステージへ案内されると、そこには溢れんばかりの観客が居た。ステージの袖に通される。
歌姫:茉莉さん、昨日は有り難うございました!
出迎えたのは真っ白な衣装に身を包んだ歌姫であった。
茉莉:驚いた。歌えるのか?
歌姫:ええ。今こそ歌いたいんです。護って頂いた御礼を込めて。
満面の笑顔に、茉莉は口の端を持ち上げた。
茉莉:楽しみにしていよう。
主催者が歌姫を呼んだ。出番かと思えば、歌姫は木作りの箱を携えて戻って来た。
歌姫:これ、村からの感謝の印です。
茉莉:謝礼なら、十分すぎるほど貰ったが?
歌姫:気持ちですから。もしお気に召さなかったらお返し下さって結構ですが。
歌姫から受け取った箱を開けて、茉莉は驚愕に目を見開いた。
茉莉:こ、これは“見返り美人ゴールドラベル”!
この世界にたった三本しか無いと言われる銘酒。感嘆の声を聞いて、歌姫は嬉しそうに手を合わせた。
歌姫:喜んでいただけて、何よりです。
主催者の男がコップを持ってやって来る。
男:さぁ、どうぞお召し上がり下さい。
売ればどれだけの金になるか分からない価値の代物だ。空けてしまうのは少し勿体ないような気がする。しかし……
茉莉:有り難く頂こう。
美味いと味わってこそ、酒の価値が生きるというものだ。それに、これほどの酒に巡り合える幸運はそう無い。
 歌姫がステージに上がる。拍手をしている観客の中に、昨日彼女を付けて来た青年の姿もあった。空気を伝う澄んだ声が、凛と響いた。九十九人をさし措いて選ばれた理由が素人肌にも分かる、力のこもった美しい声だ。手には銘酒。
茉莉:来年こそはのんびりと観光したいものだ。
呟いてみて、茉莉は喉を揺らして小さく笑った。


*ライター通信*
 発注有り難う御座いました。クールな茉莉さんを目指しました。
 気に入って頂ければ幸いです。 :鈴拝