<PCクエストノベル(1人)>


鼠と網と老人と

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1771/習志野茉莉(ならしの・まり)/侍】

【助力探求者】
【なし】

【その他登場人物】
【網作りの老人/職人】
【ネズミ/小型動物】

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<1:消えた網>
ルナザーム村の空気は潮の空気だ。
漁村なのだから当然のことだろうが、草の香りすら消してしまう海の匂いは強く、それがルナザーム村と海の関係を表していた。
茉莉は宿の窓を開き、海風に喉を焼かせた。
漁で生計をたてている村だけあって、ルナザーム村の魚料理は旨い。活きのいい魚をその場で調理できるから、場所によっては魚を生のまま捌いて出してくれるところもある。
美味い料理と美しい海、目立った観光スポットはないが、のんびりと体と心を休めることができる村だった。
そしてなにより、口伝えで聞いた地酒のことが、茉莉は楽しみだった。

茉莉:「魚がない?」

茉莉は思わず声を大きくして尋ねてしまった。
宿の主人がいかつい顔に困った表情を浮かべて頷いた。
漁村と記されるほどのルナザームで魚料理が出せないというのは、よほどの事だった。
茉莉が説明を求めると、主人は「俺たちも困っているんだ」と前置いて話し始めた。

一週間前、ルナザーム村に嵐が来た。
嵐自体それほど珍しいことではない。海に生きる人々は嵐をうまくやりすごし、時には恩恵を受けることもある。
今回の嵐もそれほどひどいものではなかった。異変が起こったのは嵐が去った後のことだった。

網が消えた

魚を獲るのに必要不可欠な網が、忽然と姿を消してしまったのだ。それも一軒だけではなく、複数の漁師の家から一斉に。
網がなければ漁はできない。釣竿で釣る事はもちろんできるが、それを売って生活の糧にできるほどの量はまかなえない。
漁師達が頭を抱える間にも、網は次々と姿を消していった。どれほど小屋の扉を頑丈に補強しても、鍵つきの倉庫にいれても、夜が明ける頃には網は消えていた。
犯人もわからないまま、一週間の間に次々と網は消えていった。そしてとうとう、村に網は一つだけになってしまった。

茉莉:「なるほど、そういうことか」

茉莉は野菜を炒めた料理をつまみ、頷いた。
ピリっとした香辛料で味付けされた野菜炒めだが、口に入れると野菜の甘さが広がる。辛さと甘さを絶妙なバランスで味わえる、見事な炒め具合だった。
海の近くにある村では、野菜の価値は魚よりも高い。潮風が野菜が育つのに優しくないためだ。
その野菜をふんだんに使った料理は、宿の主人からのサービスだった。おそらく茉莉が冒険者だということを知っているからだろう。
主人の真剣な表情と、野菜炒め。少々お人よしかもしれない、と思いながら茉莉は口を開いた。

茉莉:「私の力が必要ならば、協力しよう」

主人が安堵の笑みを漏らした。
茉莉はちらりと店の奥に置かれた、酒樽を見る。ここの地酒は、魚料理に一番良くあうのだ。



<2:老人と盗む者>
老人:「網はもうウチにしかねぇよ」

村にただ一つ残った網は、網作りの家にあった。
網作りの名人と言われている老人は、手を休めずぶっきらぼうに言った。
老人は山のように積まれた頑丈な糸を黙々と編み続けていた。その指先はあっというまに一つ、また一つと目を作り上げていく。その傍らには老人の孫らしき子供が、不慣れな手つきでそれを手伝っていた。

茉莉:「大変ですね」
老人:「早く網を作ってやらにゃ、飯が食えねぇからな」
茉莉:「今晩、ここで番をさせてもらってよろしいでしょうか」

老人は一度だけちらりと茉莉を見て、「好きにしろ」と呟いた。

村にただ一つの網は、無造作に小屋の隅に置かれていた。
茉莉は死角となる入り口の引き戸の陰に身を潜めた。小屋の中は湿っていて、磯の香りと木の香りが入り混じった、不思議と落ち着く匂いがした。
茉莉は目を閉じ、思考した。
網を盗んで得をする人物がいくつか浮かび上がる。しかしどれも決定的な理由は考え付かなかった。
嫌がらせにしては規模が大きすぎる。平穏な村とはいえ、海の男たち全てを敵に回すのは賢いやり方ではない。

何が目的か

茉莉は夜の空気に気を張り巡らせながら、答える者の来訪を待った。
小屋の外に気配を感じ、茉莉は目を開いた。気配は複数。
ガタリ、と引き戸が僅かに開く。
茉莉は木刀を握り、盗っ人に一太刀あびせる機会を待った。
10センチほど開かれた戸から、影がすべりこんできた。振りかぶった木刀を降ろそうとして、茉莉は面食らった。

小さい

あまりにも「それ」は小さかった。
ネズミのような形のそれは、子犬ほどの大きさをしていた。
短い手足をちょこちょこと動かし、七匹のネズミが一列になって行進する。そして重たい網の塊をよっこらしょ、と持ち上げ、来る時よりもふらついた足取りでえっちらおっちらと行進した。その姿は微笑ましくすらあったが、このまま見逃すわけにもいかない。
茉莉は呆れながら、つ、と足を出した。先頭を歩いていたそれが躓くと、見事なドミノ状に倒れていき、キィキィと網にからまって暴れる。
しばらく放って置くと、それらは自ら網の中にはまりこみ、ようやく茉莉の存在に気付き「ゴメンナチィ」と情けなく鳴いた。



<3:生きるための…>
ネズミ:「アラシ、イエ、コワレタ」

網にかかったネズミ達は、睨みつける海の男たちに向かって小さな手を振って一生懸命に片言の人語で説明しはじめた。
このネズミ達は岩場に巣をつくり、海に入って小魚を獲って生活している種だった。しかし、一週間前の嵐は岩場の巣を根こそぎ巻き上げていってしまったため、ネズミ達は夜の寒さをしのぐために、夜な夜な網を盗んでは巣を建て直していたのだった。
ネズミたちが運んだ岩場の巣には、岩場の隙間を塞ぐのにちょうどいい大きさにまで噛み千切られ、器用に巣が出来上がっていた。

ネズミ:「コドモ、ウマレル。イエ、ナイ、コマル」

茉莉:「仕事道具を駄目にされた怒りももっともだが、彼らにも生活がある。わかってやってはくれないだろうか」

ネズミたちの必死さに、血気盛んな海の男たちも、怒るに怒れない様子だった。

老人:「網を壊すのは許せねぇ、でも生きるためだってんなら…仕方ねぇな」

網作りの名人は、千切れて使い物にならない網をつまみあげた。
自分の作った網を壊され、あまりいい気分ではないだろう。茉莉はそう察し、ネズミたちを見た。

茉莉:「君達、罪を償う気はあるか?」

ネズミたちはこくこくと何度も頷いた。

茉莉:「彼らに網作りを手伝わせてあげてください。これだけ器用なのですから、きっと力になるでしょう」

老人はちらり、と茉莉とネズミたちを見て、「好きにしろ」と呟いた。



<4:終章 海の幸>
茉莉:「うむ!旨い!」

宿の主人が調理した、魚を生のまま一口大にスライスしたものを口にいれ、茉莉は唸った。
網も少しずつ出来上がり、漁師たちからは地酒を、ネズミ達からは新鮮な、しかもけっこうな大物の魚を貰っていた。チョコチョコと頭を下げて礼を言う姿を思い出し、茉莉の口元がゆるむ。
ネズミ達は思っていた以上によく働き、網作りにはげんでいると言う。漁村としての活気も戻る日も近いだろう。
よく考えると間の抜けた事件だったが、たまにはいいか。と茉莉は杯を傾けながら思った。
獲れたての刺身は筋も少なく、口のなかに入れるととろりと身がほどけるようにして溶ける。調味料もつけず、塩気だけの味付けだが「刺身」としては最高だ。
更に、辛口の地酒に刺身はよくあった。舌の上でピリっと響き、喉を滑ると焔が通る。
一瞬にしてその焔は消え去り、爽やかな後味につられてまた箸が魚の身をつまむ。



茉莉は宿の酒樽がなくなるまで、海の幸を満喫したのだった。

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【ライター通信】
こんにちは、初めまして尾高空夜と申します。ご注文ありがとうございました。
初めてのお仕事でとても緊張しました。
習志野茉莉さんはクールビューティーなイメージがありましたが、ちょっとその雰囲気にそぐわない、平穏な漁村らしい間の抜けたものを書いてみました。
観光中ということで、息抜きできる程度の単純な事件かつ漁村にとっては一大事、なものということでこんな話になりました。
地酒は日本酒っぽく書いてみました。少しでも気にいっていただければ幸いです。
ありがとうございました。