<PCクエストノベル(1人)>


『フィルケリアの骨』

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1771/習志野茉莉 (ならしの・まり)/侍】

【助力探求者】
【キャビィ・エグゼイン/盗賊】

【その他登場人物】
【盗賊団/アセシナート軍の残党?】

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それは樹の墓場だった。かつては果樹園であったと思われるその広大な敷地は、幹の途中から砲弾か爆薬で無残に折れ曲げられたような、樹の屍たちで埋め尽くされていた。
茉莉は、草履のそばに落ちた枯れ枝に手を伸ばした。それはささくれて、カラカラに渇き切って、握ると掌が軽く痛んだ。
フィルケリア・アプル。旨い果実酒だったのに。もう作られることは無いのだ。
 舌の上に渋みが蘇る。果実酒の中でも、深みはあるが甘すぎない、好きな酒の一つだった。
 茉莉は『フィルケリアの村人と交易したいので、彼らを探して欲しい』と言う商人の依頼で、キャビィ・エグゼインと共に、まずはこのフィルケリア村を訪れた。噂ではここに幾つかのお宝が隠され、村人だけに通じる暗号が記されているという。商人の目的が本当に交易なのか、宝物のヒントを欲しがっているのか、茉莉にも真意はわからなかった。
この村は数年前にエルザードとアセシナートとの戦場になった。収入源であった畑や果樹園が崩壊し、村人達は集団で近郊を流浪しているという話だが。どのあたりを流れているのか、村に何か手がかりが残っていないか調べるつもりだった。村の入り口でキャビィとは二手に別れ、茉莉の受持ちは南側の探索となった。
 小高い丘の上にあり、東には深い森を抱く村だった。殆どの家が農家なのだろう。敷地内に畑だったらしい荒れた広い土地を持つ家が多い。車輪の取れた荷車が置き去りにされた庭。割れたガラスがまるで悪魔の紋章のような柄を作る窓。蝶番も外れ、風が吹くたび泣き声を上げるドア。
 どの家も空っぽで、村人はメモ一枚どころか感傷さえ残していなかった。この見切りのつけ方は見事と言うしかない。
茉莉:「この枝の束は何だ?」
 探索中、薪とも呼べぬ木の枝をロープでくくって積んである家に当たった。女性の腕ほどの太さの枝、長さも小柄な茉莉の身長ほどだろうか、そんなたくさんの枝が一カ所にまとめられて、屋根ほどの高さになっていた。
 その理由は、先を調べてわかった。
茉莉:「こっちは、人間の墓場か」
 村の西側にかかり、足が止まった。枝を交差させてロープで縛っただけの無骨な十字架が、何十本も地面に突き刺さっていた。地はもぐらが遊んだ跡のようで、丁寧に均(なら)したとは言い難かった。
どちらかの兵士のものなのか、村人のものなのか。誰かが、屍を弔ってやったらしい。さっきの枝達は、十字架にする為の材料だったのだ。
 そして、その作業は中断されたようだ。時間切れか、それとも心が押し潰されて、作業に耐えられなくなったのか。
 十字の群れの横には、元は池かと思うほどの穴があり、何体もの骸骨が重なり合っていた。自分の墓を掘って貰えなかった者達だ。螺旋の肋骨の群れ、壺のような頭部たち。眼球の無い空洞は、恨みがましく青い空を見据えていた。半分ほど土はかかっているものの、地面から突き出した黄色じみた枝は、肘か膝の骨のどちらかだろう。風雨で土が流れて露わになったのだろうか。いや、初めから半端にしか土をかけて貰えなかったのかもしれない。
 茉莉は、両の掌を合わせ目を閉じると、頭(こうべ)を垂れた。
 その時。
声:「エルザードの者だな?」
茉莉:<不覚っ。後ろを取られるなど!>
茉莉は瞬時に振り向き刀を構えた。心の中で歯噛みする。たくさんの髑髏(しゃれこうべ)に茫然として、奴らの気配に気づかなかった。
茉莉:「そんな言い方をするというのは、アセシナートの軍崩れか?」
 私服で、武器もまちまちの男達だった。元傭兵の盗賊というところだろうか。洋剣が一人、斧が二人。棍が一人いるのが厄介だ。日本刀だと闘いづらい。
茉莉:<と言うより、一対四だしな。マトモに闘うのは得策ではないかもしれん。何とか逃げる機会があるといいが>
 柄を握る手が汗ばむ。
洋剣の男:「さあ、この村で手に入れたものを出してもらおう」
 なるほど。殺されたくなければ、策はある。
茉莉:「この村の某所に隠した。私の依頼主の倍の報酬を払うなら、寝返ってもいいが?」
 こう告げておけば、即座に叩き殺す真似はしないだろう。ただし、彼らが探しているものが何かは見当もつかなかったが。
洋剣の男:「ふざけるな!」
 リーダー格らしい洋剣の男が斬りかかってきた。茉莉は右によけた。左には棍使いがいたからだ。相手が一斉に陣形を動かした。斧が左右から襲いかかる。前から棍の一突き。茉莉はひらりと棍の男を飛び越え、新たに四人との間合いを計った。
 盗賊達は隊として機能していた。攻め込む順序も動きもよく計算されている。
 じりじりと、茉莉は後ろへ下がらざるを得なかった。さっきの農家の前まで追い詰められた。
洋剣の男:「命が惜しかったら、隠し場所を吐け」
 再び男が斬り込んで来た。同じように右に動いたが、棍使いに読まれていた。左肩を激痛が襲った。棍の突端が茉莉の肩に直撃したのだ。
茉莉:「つ!」
洋剣の男:「ここまでだな。女に拷問はしたくない。早く言っちまいな」
 茉莉は肩の痛みに屈み込んだ。脱臼か、下手をすると肩の骨が砕けたか。背には剣の切っ先を感じていた。冷えた先端の気配に、背を一筋氷のような汗が流れた。
キャビィ:「マリさん!飛んで!」
 家の前にあった枝の山が崩れ落ちて来た。屋根で隠れて見ていたのだろうか、キャビィがロープを切ったらしい。茉莉は横っ飛びで雪崩から逃れた。盗賊達は悲鳴を上げた。ガラガラと崩れる太い枝の下敷きになりながら、茉莉の居場所を見失った。
キャビィ:「マリさん、こっち!」
 素早く屋根から飛び下りたキャビィは、茉莉を先導した。
茉莉:「かたじけない、キャビィ君」
茉莉も刀を鞘に納め、左肩を庇いながら走った。
 体勢を立て直した奴らが、後を追って来る声が聞こえた。このままではすぐに追いつかれてしまうが・・・。
キャビィ:「マリさん、左に曲がって!次の家の門は右!」
 短時間見回っただけで、キャビィはこの村のマップを完全に把握したらしい。細かい路地を駈け巡り、二人は盗賊達に背中を見つけられることは無かった。だが、壁のすぐ向こうからは、奴らの「どこへ行った?!」という怒声が聞こえ、決して安堵できる状態ではない。
 二人は、さっきの墓地の前へ出た。
茉莉:「ここはまずい。隠れる建物が無い」
キャビィ:「ううん。ちょっと待って」
 墓地へと進む道だけが、石畳になっていた。それも、テーブル大の平たい石ばかりが敷き詰められている。
 キャビィは踵で一つの石をトンと蹴った。
キャビィ:「これだ!」
 敷石の一枚を、キャビィは軽々とめくりあげた。それは地下へ降りる隠し扉になっていた。彼女はするりと中に飛び込み、片手で扉を持ち上げながら、茉莉を手招きした。
茉莉:「こんな壕があるとは驚きだな」
キャビィ:「さっき通った時、一個だけ音がヘンな石があったんだ。やっぱりねって感じ」
 暫く息を詰めていたが、奴らは追って来なかった。近くにももう気配は無い。茉莉の言葉に騙されて、鬼ごっこは止めて宝探しを始めたのかもしれない。
 キャビィはナップザックから携帯ランタンを取り出し、掲げた。穴はかなり先まで続き、壕というより隠し通路のようだった。
キャビィ:「天井を見て。この地下通路は、かなり安全だね。落盤は無さそうだよ」
 茉莉は言葉に促され、痛みをこらえて首を上にもたげた。フィルケリア・アプルの根が天井を覆っていた。ここはあの果樹園の真下のようだ。
 力強い太い根たちが、絡み合い、手をつなぎ合い、土の天井を支えていた。実の成る樹としてはもう力尽きた彼らだが、今でも精一杯、仕事をしていたのだ。ごつごつした粘土質の天井を這う、体の筋のような、血管のような曲線たち。いや、この根の強さは、もっと違う何かに似ている。
キャビィ:「この村の『骨』って感じだね」
 屍の肉が削げたもの、という意味でなく、『礎となるもの』の意味での言葉だろう。茉莉も「そうだな」と頷いた。
 中腰になりつつ通路を進み、二人は無事に東の森に出た。森の方の地下入り口には、一本だけ木の十字架の目印が立ててあった。その前に一枚敷石が置いてあり、そこが扉になっているのだ。村が戦場になった危機感から造った抜け道なのか、数々の秘宝を持つという彼らの知恵だったのか。彼らを捜し当てて訊ねる迄は、答えは知りようがない。
 二人は森を出て聖都へ向かった。やがて月の作る影が淡くなり、近づいてきた聖都の夜の灯りにまぎれる。
茉莉:「やれやれ。結局何もわからなかった。今回は冒険損、怪我のし損か」
キャビィ:「あいつら、何を探してたんだろうね。でもまあ、命が無事なのが何よりだよ」
茉莉:「面目無い。お礼がてら、一杯おごろう。奮発して、希少価値のフィルケリア・アプルの果実酒でも」
キャビィ:「マリさん〜。その前にちゃんと肩の治療に行こうね。まあ、酒呑む元気があるなら、怪我も心配するほどじゃないんだろうけど」
 確かに、と茉莉は苦笑した。

 今夜は、あの樹たちに杯を捧げてやりたかった。そして、ほろ酔いの床の中で、白い花の夢を見よう。果樹園の樹という樹を、枝が見えぬほどに埋め尽くし葉をも凌駕するほど咲き乱れ、風に揺れる・・・甘い香りの白い花の夢を。
<END>

【ライターより】
発注ありがとうございました。私も酒呑みなので、茉莉さんは書いていて楽しかったです。