＜東京怪談ノベル（シングル）＞
凶獣
聖獣たちに守られし世界、聖獣界ソーン。
だがソーンにも、やはり、聖獣たちの監視の目が届かぬ場所があった。
あるとき、一匹の獣が、誰にも知られることなくソーンの内部へと侵入した。
まるでヘビのような姿をした、漆黒のその獣は、名をコァトリといった。
コァトリが侵入したのを確認すると、さまざまな異形たちが、その穴からソーンの中へと侵入をはじめた。
ソーンは清らかな世界だ。
そして――彼らの敵である、ヴァンサーたちのいない世界。
聖獣たちが気がついて、穴をふさいだときには手遅れだった。既に何体もの獣たちが、平和な世界へと侵入をはたしてしまっていたのだ……。
だが、たったひとつ。
たったひとつだけ、希望があった。
それは、獣たちが侵入するのとほぼ同時期に、ヴァンサーがソーンへと訪れていたことだった。
＊
空を黒い雲がおおっている。
これは一雨きそうだと、空を見上げながらオーマ・シュヴァルツは思った。
早く村までたどりつかなければ、濡れねずみのまま野宿することになってしまう。オーマは足を早めた。
だがそのとき、オーマの目に、見慣れた黒い影が飛び込んできた。
「あれは……！？」
オーマは舌打ちした。
もしもオーマの目がたしかならば、あれは、コァトリ。オーマがもともといた世界に住まう凶獣だ。
「ちっ、アイツが人を襲ったら厄介なことになるな……」
オーマはいったん立ち止まり、愛用の銃を具現化させる。
オーマたちヴァンサーの精神力を具現化させたこの銃だけが、凶獣を傷つけることができるのだ。
オーマは獣を肩にのせると、コァトリに向かって照準をあわせた。
コァトリまではずいぶんと距離がある。
ここから撃って、届くだろうか。
オーマは一瞬ためらった。
だが、それも一瞬のこと。
自分がやらなければ、誰にもできないことなのだ。引鉄をひくしかない。
オーマはよく狙って引鉄をひいた。
乾いた音とともに、弾丸が空へと射出される。
キェェッ、と高い悲鳴が響いた。
どうやら、無事に弾はコァトリに命中したらしい。
だが、コァトリに致命傷を与えるまでにはいかなかったようだ。コァトリがオーマの方へと向かってくる。
オーマはコァトリに向けて手をかざした。
そして意識を集中させると、てのひらに赤い宝珠がうまれる。
宝珠はまるで血のような色の光を放つ。
コァトリは一直線にオーマに向かって飛んできて、そしてそのまま、宝珠の中へと吸い込まれていく。
オーマが一度手を握って、また開くと、赤い宝珠は消えていた。
凶獣は、こうやって、一度身体の中に封印するほかないのだ。
ただ殺しては、周囲を汚染してしまう。
ヴァンサーたちの身体の中で、長い時間をかけて、ゆっくりと浄化していくほかなかった。
「……だが、コァトリがいるってこたあ、他にもまだこっちに来てるってことか」
オーマはつぶやく。
コァトリは凶獣たちの中でも、比較的力の弱い部類に入る。
あれが侵入してきたということは、そのあとを追って、他にも凶獣がこちらの世界へと侵入してきている、ということなのだろう。
「早く他の仲間を見つけて、凶獣を狩っちまわねえとな」
これまでオーマは、他にこの世界へと訪れているはずの、仲間たちを探していた。
さほど急ぐものではなかったが、凶獣たちがソーンへ侵入してきているとなると話は別だ。
凶獣を狩ることができるのはヴァンサーのみ。
一刻も早く他の仲間たちを見つけて、ソーンから凶獣を駆逐してしまわなければならない。
もともと、あれはオーマの元いた世界の生きものであり、ソーンとはまったく関係のないものなのだ。
オーマは決意をあらたにしながら、ゆっくりと、歩きはじめた。
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