<PCクエストノベル(3人)>
カリガネが飛ぶ空
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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】
【 1962 / ティアリアス・ガイラスト / 王女兼剣士 】
【 1805 / スラッシュ / 探索士 】
【 1882 / 倉梯・葵 / 元・軍人/学者
&ウォッカ 】
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36の聖獣に守られし世界、ソーン。
故に一見この世界は調和と安定の名の下に人々は平和に暮らしているように想われるが、しかしソーンにおいても異形のモノが住み、人が近づけぬ魔境が存在した。
その魔境の中のひとつに【クーガ湿地帯】という物が存在する。
そこは500年も生きている大蜘蛛の住処であった。それらは大変に凶暴なるモノたちなれど、彼らの創る糸は結界魔方陣に組み込むと結界の力を増幅する事ができ、また服に編み込めば伝説の魔法武具とまではいかぬまでも受けた魔法攻撃の効果を半減できる防御力を得る事も出来る。
故にその糸は高価な値で取引されるために、【クーガ湿地帯】に入り込み、大蜘蛛に勝負を挑む冒険者たちの数は耐えなかった。
そして今、そのクーガ湿地帯において鮮烈なる三重奏が奏でられようとしていた。
第一楽章 神殿の戦い
場所は神殿の廃虚。
崩れた天井の一角にある穴から差し込んだ月光が神殿の奥に置かれていた像を照らした。その瞬間、飽和しきれぬ緊張を孕んだ空気と刺すように冷たい夜気が脈打った。
スラッシュ:「……この感じ…ティア、葵、気をつけろ…対侵入者用のトラップが…発動した、ようだ」
ティアリス:「え、ちょっと待ってよ。対侵入者用のトラップって? 何が起こると言うの?」
スラッシュ:「……それは…わからない………だが…経験に裏打ちされた俺の感覚がそう告げている」
神殿の廃虚の奥深く。そこには何があると言うのだろうか?
スラッシュはどんどん濃密になっていく緊張の中で体を戦慄させた。それは探索士としてこれまで様々な神殿や遺跡などを冒険してきた彼の経験が無意識にそうさせているのだ。
ティアリスは腰に帯びた鞘から静かに細剣を鞘走らせる。奏でられた金属の冷たい音色に情熱という言葉を持つルビーかのような赤い瞳が金糸のような前髪の奥で不敵に輝いた。
葵:「スラッシュ、探索士の勘、俺も信じるぜ。確かにいくつもの修羅場を越えた者にしかたどり着けぬ感覚ってのはあるからな」
リボルバーをホルスターから抜き払うと共に葵が言う。
だがその声はどこかひょうひょうとしていた。しかしそれは言葉とは逆にスラッシュの言葉を信じていないという事ではない、それが彼の性だからだ。葵は死を恐れない。死に対する感覚が麻痺していると言っても良いのかもしれない。
スラッシュはそんな葵とそしてどこか危なげない無邪気な子どものようにこれから起こることに上気して肌をほんのりと紅潮とさせているティアリスとを見ながら、ダガーを構えた。
スラッシュ:「……おまえらは…俺が死なせない」
せいひつなる夜の空気。
だがその夜のしじまは突然に壊された。
何も無い空間に突然に火の玉が浮んだのだ。火炎系魔法・ファイア・ボール。膨れ上がっていくそれはおもむろに弾け飛んだ。極小ながらも充分の破壊力を持つ火の粉が三人の頭上に降り注ぐ。
ティアリス:「きゃぁー」
葵:「ちぃ」
三人の中には防御系の技を持つ者がいない。それでも三人はかなりの戦闘能力を有する。なんとか降り注ぐ火の粉の雨をかわせると想われた。だが、かなりの剣の能力を持つティアリスにも天敵がいる。それが……
スラッシュ:「……幻覚魔法も…発動して、いる?」
ならばスラッシュにも彼の心を揺さぶる何かが映っているのであろうか?
ティアリスの場合は虫であった。ムカデ、ミミズ、蛾、蜂、何やらわからぬ奇怪な虫たちが足下のほとんど風化した石畳や周りの空間にいて、ティアリスの美しい足を陵辱するように大群で駆け上がり始めたのだ。
葵にも何が見えているのであろうか? 降り注ぐ火の粉には構わずに地団太を踏むようにその場で我を無くして暴れるティアリスを葵は押し倒した。そして転瞬前までティアリスがいた場所には弾けた火の粉の中でも一際大きな火の玉が落ちて、石畳にクレーターを作り上げていた。もしもそれがティアリスの頭を直撃していたら、今頃はそこに頭部の無いティアリスの骸が転がっていたはずだ。
ティアリス:「あ、あれ、私?」
葵:「正気に戻ったかよ、ティア」
葵は真下にあるティアリスの顔に皮肉げな微笑を浮かべて見せた。
だがティアリスにはわかっている。それが葵の優しさである事が。
ティアリスは実は王女だ。故にこういう場合、自分が葵にどういう態度を取れば良いのかわからなかった。それがひどく物悲しくって、ティアリスは薄く形の良い下唇を噛み締めた。
スラッシュは立ち上がる二人が無事な事を確認すると、素早く周りを見回した。
彼は探索士だ。故にどのような文化価値が無くっても、伝説などが語り継がれていなくってもそれでも遺跡になどに入る時にはすべての感覚にスイッチが入り、どのような変化も見逃さない、という事を無意識にやってのける。だが彼の耳には何かの仕掛けが入った音は聞こえなかったし、または肌がざわめくような感じも受けなかった。だったらこれは仕掛けの類ではなく……
スラッシュ:「……守護者もしくはただ単に襲撃者がいるという事か」
スラッシュの乱暴に切りそろえられた銀髪がざわっと逆立った。そして鋭い刃を想わせる様な光りがその銀色の瞳に宿る。スラッシュの能力『ベルク・マッシェのアミュレット』が発動した。視覚で見るのではない。触覚で感知するのではない。魂で感じるのだ。
スラッシュ:「…葵、おまえの4時の方向に敵がいる」
葵:「あいよ」
ガウゥーン。焦げたような匂いを濃密に孕んだ空気を震わせて、咆哮が神殿の廃虚に響き渡った。
牙を剥くように白い硝煙が立ち昇るリボルバーの銃口の先で夜の帳がめくりあがったように、ひとりの女が浮き上がる。
葵がものすごく嫌そうな顔をしたのは敵とは言え自分が女を撃ってしまったからか。
スラッシュは機敏な動作で二人に合流。使い込まれた短剣を構えて、ティアリスと共に葵の前に陣取る。二人とも葵がフェミニストである事は承知している。敵であるとは言え女と葵を戦わせるのは忍びない。それが友情だ。
ティアリス:「スラッシュさん、葵さん。援護よろしく頼むわね」
スラッシュ:「…待て、ティア……相手が…魔法使いである以上…迂闊な攻撃は危険だ」
忠告するスラッシュにため息を吐く葵。
葵:「こいつが聞くかよ」
ティアリス:「あら、失礼ね、葵さん。あなたの中のティアリス・ガイラストって一体どんな女の子なのか今度ぜひとも時間を設けてゆっくりと聞かせてもらいたいわ」
葵:「はっ。だったらこれを片したら、ゆっくりと聞かせてやるよ」
憎憎しげな光を宿す瞳でこちらを睨む女を真っ直ぐに見据えながらティアリスはにこりと口元に笑みを浮かべた。
スラッシュも軽く肩をすくめる。
葵の台詞はだから死ぬなよ、という意味。本当に素直じゃない。優しいくせに憎まれ口叩いてさ。
ここに来た彼の目的だって……
ティアリス:「じゃあ、あとでじっくりと聞かせてもらうわね、葵さん」
スラッシュ:「…俺も楽しみだ…援護は任せろ、ティア」
ティアリス:「ええ、任せました、スラッシュさん」
葵:「やれやれ」
しなやかな動きで石畳を蹴って、ティアリスは美しい金の髪を後方にたなびかせながら女に肉薄する。
女は新たな魔法攻撃をせんとルーンを唱え始めた。
召喚されたのはコウモリだ。
だがそれらは立て続けにすっかりとすくみあがっている夜気を震わせて咆哮をあげた葵のリボルバーから吐き出された銃弾によって撃ち落されている。
しかもその女が召喚魔法で使っていた魔方陣はいつの間に動いたのかスラッシュによって打ち消されていた。もはや女は召喚魔法は使えない。
両目を驚いたように見開いた女はその後に舌打ちする。
ティアリス:「頼りなる王子様たちでほんとに助かるわ」
にこりと笑うティアリス。
剣と魔法。正面きって戦えば剣の方が戦い方にもよるが不利であることは確かだ。だがティアリスには仲間がいた。それが勝敗を分けるのだ。
レイピアを水平に構えて突っ込んでくるティアリス。
ダガーを構える女は新たなルーンを唱える。
その女の前方に浮んだ魔方陣から放たれる火の玉。直径一メートル。
女は嗜虐的に唇の片端を吊り上げ、ティアリスはわずかに赤い瞳を見開かせるが、しかしそこに絶望とか諦めは無かった。彼女もまた薄く形のいい唇の片端を吊り上げる。そして体の前で両腕を交差させて、火の玉に自分から突っ込んだ。
女:「馬鹿な、何を考えている??? 傷つくのが怖くないのか」
葵:「上手い。両腕を体の前で交差させて、ガードを作り出し、ダメージを受ける部分を最小限に押さえたわけだ。それでも…」
スラッシュ:「……ああ…熱気が体力を奪う……これで…決められなきゃ…ティアは負ける」
防御よりも攻撃。攻撃こそが最大の防御なり。炎の玉を飛び出したティアリスは石畳を蹴って、そして女の前に軽やかに降り立つと、ダンスを踊るように優雅に一回転してその勢いのままに横薙ぎの一撃を女の持つダガーに叩き込む。
ぶつかった鋼と鋼。その澄んだ音色を奏でたレイピアの切っ先は優雅な曲線を描いて女の首に突きつけられる。女の首を飾る血のビーズ。
女は歯軋りした。ダガーはもはやティアリスの横薙ぎの一撃によって明後日の方向に弾かれている。いや、もしも女の手にダガーがあったとしても、魔法使いにとってダガーとは儀式の道具であって、武器ではないから、何の役にも立たぬだろう。一方ティアリスは王女ながらも幼い頃から城の剣術師範役の者から剣技を叩き込まれているから、その腕は一流。剣士であるティアリスに懐にもぐりこまれた時点でもはや女の負けは決まっていた。
威嚇として女の首を軽くレイピアの先で突きながらティアリスはゆっくりと問う。詰問口調ではなくあくまで優しく穏やかに。
ティアリス:「どうしてわたしたちを襲ったの?」
女:「どうして? って……おまえら賞金稼ぎではないのか……」
ティアリス:「はぁ? 賞金稼ぎって、わたしたちは……」
ティアリスが呆気に取られた瞬間、神殿の天井に空いた穴から真っ白な何かがしなやかに舞い降りてきた。そして「にゃぁー」とひと鳴き。
女:「猫?」
ティアリス:「そうよ。ウォッカ。わたしたちはこの神殿の廃虚に迷い込んだこの子を探しに来ただけよ。何を勘違いしてるんだか。自意識過剰すぎるんじゃなくて?」
女:「………じゃあ、見逃してくれる?」
上目遣いにそう訊く彼女にティアリスはにこりと微笑んだ。
ティアリス:「ダメ。わたしの自慢の髪を焦がしてくれたのですもの。しっかりとあなたの賞金で美容院に行かせてもらうわ♪」
女:「それは……」
ティアリス:「あなたも女ならわかるでしょう。髪は女の命、だって。自慢のふわふわの金髪なんだからきっちりと払ってもらうわよ…って、やだ。あなた、男じゃない!!!」
女…男:「し、失敬な。身体が男でも心は女だ」
ティアリス:「これはもう、同情の余地は無いわね。男ならばなお更、女の髪や肌を傷つける行為は許されないわ」
男:「そ、そんな……」
葵:「哀れな奴。怒らせた相手が悪かったな」
スラッシュ:「……まあ…運が無かったのは…確か、かな」
ふふんとご機嫌そうなティアリスに、肩をすくめながらぼそっと呟く葵、そしてスラッシュも苦笑いを浮かべた。
へなへなとその場に座り込んだ男を白仔猫はつぶらな瞳でじっと見据えている。そんな仔猫をティアリスは優しく抱き上げた。
ティアリス:「こら、ウォッカ。好奇心は猫を殺す、っていう言葉を知ってる? あんまり葵に心配をかけちゃダメよ」
葵:「ちょっと待て。俺は…別に心配なんか……って、ティアもスラッシュも何だよ、その笑みは?」
ティアリス:「いいえ、別に。ねぇー、スラッシュさん」
スラッシュ:「……ああ、別に、だ」
葵:「ちぃ」
にこにこと意味ありげに笑うティアリスに、優しげな微笑を浮かべるスラッシュ。葵は前髪を掻きあげながら舌打ちした。そしてティアリスの腕の中で真っ直ぐにこちらを見つめるウォッカを見つめ返して、大きくため息を吐いた。
ウォッカ:「にゃぁー」
第二楽章 廃虚の片隅で。
スラッシュ:「……これで処置は終わりだ、葵。他に痛い所は?」
葵:「いや大丈夫だ」
ティアリス:「あ、あの、葵」
葵:「ん?」
ティアリス:「さっきは助けてくれて、ありがとう」
葵:「……気にするな」
ウォッカを両腕でぎゅっと抱きしめたティアリスは自分のよりも高い場所にある葵の顔を見上げながら、そう言った。その言葉は先ほど傷の手当てをしているスラッシュにあの時、自分が葵になんて言えば、どんな態度を取ればいいのかわからなかった、と寂しそうな顔をしながら言ったら、優しく笑った彼が教えてくれた言葉だった。ただ素直にありがとう、という言葉を告げればいいのだと。
そしてそう葵に今胸にある想いを言葉に紡いで音声化したティアリスに、葵はわずかに両目を見開き、その後にほんとは優しいくせにだけどその優しさを必死に押し隠す天邪鬼な兄のようにくしゃっとティアリスの金髪を撫でたのだった。
三人と一匹はあの神殿の遺跡にいた。
ちなみにあの男はスラッシュと葵に体を差し出してもいいから見逃してくれと泣いて懇願するので、スラッシュは優しさで、葵は優しさ兼面倒臭くなるのが嫌で、渋るティアリスを宥めて解放してやった。ティアリスに言わせれば、これだから男って奴は!!!
もう夜も深い。ならば下手に動くのは危険だとスラッシュ。
探索士として多くの経験を積んだスラッシュのその言葉に二人も素直に従った。
爆ぜる焚き火を囲んで座る三人は、携帯用の保存食を食べながら、先ほどの戦いについて話していた。
葵:「ティア、あんたはもう少し防御の事も考えた方がいい。あの戦い方は危険だ」
ティアリス:「嫌よ。攻撃こそが最大の防御なんだから。それに一度攻撃を中断すると、それまでのリズムが崩れるし」
スラッシュ:「…だったら防具品を整えたら…どうだ? 魔法武具を身に着ければ…少しは防御力も、高まる」
ティアリス:「うーん、でもお洒落じゃないし」
神殿に転がっていた皿に注がれたウォッカを飲んでいる白仔猫の背を撫でながらそうぼそりと呟いたティアリスに助言したスラッシュはわずかながらに目を見開いた。そして葵は肩をすくめる。
そんな女心をわかってくれぬ男どもにティアリスは不機嫌そうに眉根を寄せた。
葵はそんな彼女の表情は食堂で頼んだミルクを皿に注いで出してやった時のウォッカの表情そっくりだと想って苦笑いを浮かべた。
スラッシュはただ無表情で小さくため息を吐く。
ティアリス:「とにかくイヤ。あーいうのってお洒落じゃないもの。それにかさばる物を着込んだら今度は動きが鈍くなる。それは致命的だわ。この服だって剣を振るうためにノースリーブにしてるし、敏捷性を殺さぬためにスカートにもスリットをいれているのよ」
スラッシュ:「……確かにティアの剣技はスピード主体のものだから…スピードを殺してしまうような真似は…いただけないな……」
ティアリス:「そうでしょう♪ さすがはスラッシュさん」
葵:「だったらやっぱり防御を考えた戦闘スタイルを身につけるんだな」
乾し肉を食い千切りながら話を戻した葵。
ティアリスはため息を吐く。
スラッシュは顎に手をやりながら、何かを考えている。そして彼はおもむろにそれを口にした。
スラッシュ:「…大蜘蛛の糸…がいいかもな」
ティアリス:「大蜘蛛の糸? それってあのクーガ湿地帯の?」
スラッシュ:「…ああ、そうだ…あの大蜘蛛の糸…を手に入れられれば」
ティアリス:「だったら行ってみる、クーガ湿地帯? このパーティーならなんとかなりそうだし♪」
嬉しそうに胸の前でぱんと両手を叩いたティアリスと頷くスラッシュの間では話が成立しても、まだソーンに来て間もない葵には話がわからない。爆ぜる炎の音を聞きながら怪訝そうに眉根を寄せる彼に二人はクーガ湿地帯に住む大蜘蛛について説明をした。
そして案の定、葵はひどく面倒臭いといった表情をその美貌に浮かべた。
ティアリス:「何よ、葵さん。その嫌そうな顔は?」
葵:「いや、別に嫌そうな顔はしていないよ。面倒臭そうな顔をしてるだけ」
スラッシュ「……ぷっ」
しれっとそう言って舌を出した葵。ティアリスは脳裏でその舌を引き抜く自分を想像しながらかわいらしい葵に笑みを浮かべてやる。スラッシュはくっくっくと喉を鳴らした。
スラッシュ:「……だが冗談抜きで…あの大蜘蛛の糸ならば…服に縫いこむだけで、魔法に対する防御力を高める事ができるから…ティアには助かるアイテムだ…」
ティアリス:「そうよ。うん。すごく助かる」
葵:「だから別に防御を考えればいいだけだろう」
ティアリス:「………」
スラッシュは苦笑いを浮かべる。話が進まない。
ティアリスは乾し肉を酒で喉の奥に流し込む葵ににこりと微笑んだ。
ティアリス:「ウォッカを一緒に探してあげたじゃない」
葵:「……それを持ち出すか? まあ、いいさ。別に一緒に行ってやる」
ティアリス:「あら、素直ね。意外だわ。だけど嬉しいわ、葵さん」
葵:「まあ、このソーンの生態系には常々興味があったからな。それだったら乗らせてもらった方が俺にも得がある。そうだろう? あわよくばサンプルが得られるかもしれない」
ティアリス:「はぁー。あのね、葵さん。どうしてわたしのために、って言えないのかしら? そう言ってもらえたらすごく嬉しいのに。ほんとに女心がわからないんだから」
葵:「言えるか。スラッシュなら言えるか?」
スラッシュ:「………」
苦笑いを浮かべてそう話をふってきた葵にスラッシュは曖昧な笑みを浮かべた。そんな男二人を半目で見つめながらティアリスは大きくため息を吐いた。ほんとに女心がわかっていない。ウォッカの美しい白の毛を撫でながらもう片方の手で焦げた自慢の金髪を指先で弄いながらもう一度大きくティアリスはげんなりとしたため息を吐いた。
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すやすやと無防備な寝顔を見せながら眠るティアリスの横で丸くなっていたウォッカが顔をあげた。つぶらな瞳が見つめるのは脱いだ上着をティアリスにかける葵だ。
そうして彼は消えかけていた焚き火に新たな枯れ木を入れて、火の勢いを増させると、くしゃくしゃの煙草の箱から取り出した煙草を口にくわえて、それの先に枯れ木に燃え移った火を近づけて、煙草を点けた。
そうして焚き火から…ティアリスから少し離れた場所に移動して、神殿の廃虚に背を預けながら紫煙を吐き出した。
ふと目を覚ましたスラッシュが見たのは夜闇に浮ぶ火の点。
彼は立ち上がると、そちらへと移動した。
スラッシュ:「……葵。どうした…寝れないのか?」
葵:「いや、別に。おまえこそ、寝ないのか?」
スラッシュ:「……星が輝きすぎて、な……さっきなんか流れ星を見たよ」
葵:「願い事を唱えた? 3回」
スラッシュ:「……葵がいた世界の、風習?」
冗談で言った言葉に返された葵の意外な言葉。
そう訊ねたスラッシュに葵はにこりと笑った。だがその瞳はスラッシュを見ているようでだけどそこにはいない誰かタイセツナヒトを見ているようでもあり。スラッシュはそんな葵を労わるように目をかすかに細めた。
スラッシュ:「……大丈夫、か?」
葵:「傷ならもう痛まない」
スラッシュ:「…そっちじゃなくって、こっちが」
スラッシュは軽く握った拳を葵の左胸にトントンと打ち込んだ。葵はわずかに目を見開き、そして笑みを浮かべる。ものすごく透明なそんな笑みを。どこか寒気すら感じさせる笑みを。
葵:「痛くは無いよ、そこはもう、ずっとあの時から」
スラッシュ:「………」
聞きようによってはどうとでも取れる言葉。スラッシュは何も言えない。訊きたいが、しかしそれは訊いてはいけない事なのだと想う。そう、人の心が抱える傷は誰にも聞く事はできるが、しかしほんとの意味で理解してあげる事は誰にもできないのだから。そしてそういう傷…聖痕のようなモノはスラッシュにもある。彼が探し求めるモノは、彼の友人が探し求めていたモノだ。
言葉もなく葵はただ首から下げたドッグタッグを弄っている。スラッシュがちらりと見たその横顔には表情は無かった。
そしてスラッシュも銀色の前髪を掻きあげながら、頭上に広がる星空を見つめる。
彼の先ほどの大丈夫か? は、実は彼も大丈夫じゃないから言った言葉。あの魔法使いが見せた幻影は人の心が恐怖する幻影を見せる魔法。葵はあの時、本気であの魔法使いを今にも殺すような目をしていた。現実に殺せていた。もしもあの時点でティアリスが危険に晒されていなければ彼の持つ拳銃から吐き出された銃弾は間違いなく、あの女…いや、男の眉間を穿っていただろう。
そしてスラッシュも見ていた。葵と同じく怒りすらも通り越して殺意を抱くような幻影を…過去の光景を。それがスラッシュの心にあった傷を開かせて、また新にそこからじくじくと染み出す血は、彼の心を真紅に染めるのだ。それが痛くない訳が無かった。
そしてそれは葵も一緒だと想って、それで彼はひとり煙草を吸う葵に声をかけたのだ。いや、お互いの傷を舐めあうためじゃない。もしもそんな想いを抱いていたのなら葵はきっと自分を無視していたであろう事をスラッシュは知っている。彼はただ純粋に葵を心配したのだ。それが彼の性。それは戦闘時に垣間見れる彼の戦闘スタイルにも如実に現れていると言っていい。
葵:「スラッシュ。おまえも吸う?」
スラッシュ:「…いや、いい…ありがとう」
葵:「あっそ」
スラッシュ:「……吸いすぎには…注意しろよ………探し出すまでは…生きてなきゃならんだろう…」
葵:「やれやれ」
男二人はただそれぞれの想いを抱きながら、そこにいた。
そしてもうひとり、タヌキ寝入りをしていたティアリスも、遠くの方から風に乗って聞こえてくる男達の会話を聞きながら切なげに赤い双眸を細めた。
最初に彼女を襲ったのは実は虫の幻影ではなかった。彼女が見たのは過去にいた恋人の幻影。だけど彼女はそれを見たくなかった。その姿が見えた瞬間に心は悲鳴をあげて。鋭く鋭く。高く高く。それは紙で指先を切った時かのように鋭い傷をティアリスの心につけた。そして心は無理やりに魔法の効果を捻じ曲げた。彼女が見たくないモノの次を彼女に見せた。それほどまでに彼女の心はそれを拒否した。拒絶した。嫌だと想った。
ソウシナケレバ、カンゼンニ、コワレテイタ、ココロガ。
赤い瞳から一筋の涙が零れ落ちて、ティアリスの白い肌を伝って、石畳に落ちて染みこんだ。
彼女の唇が何かを囁き、そしてそれを聞いた風はただ哀しげにティアリスの涙に濡れた頬を撫でていく。
夜空に輝く蒼銀色の月はそんな三人を労わるように、優しい光でティアリス、スラッシュ、葵を照らした。慈母が深い慈愛の感情の篭った手で、子どもを抱きしめるように、光で包み込まんとするように。
ただ月だけが心に傷を背負う三人に優しく、そうしてその夜は過ぎていった。
そして夜が明けた。
かけられていた葵の上着を丁寧に折りたたんで、何だかんだと言いながらしっかりと胸の上にウォッカを乗せて仲良く寝ている葵の頭の横にそれを置くと、ティアリスは指を組んだ両腕を真上に伸ばして、うーんと伸びをした。
ティア:「あー、今日もいい朝ね。生きてるって、ほんとに素晴らしいわね」
寝ていた時間は正味3,4時間程度。しかも石畳の上に直に。だがティアリスの体からはすっかりと疲労は消えていた。大蜘蛛がいる【クーガ湿地帯】に乗り込むには万全のコンディションだ。
スラッシュ:「……おはよう…ティア」
ティアリス:「おはよう。スラッシュさん」
葵:「ちぃ。どうも夢見が悪いと想ったら、こいつ、人の上で寝やがって」
ティアリス:「あら、中々に微笑ましい光景だったわよ、葵さん♪」
スラッシュ:「…確かに、な」
葵:「やめてくれ。何の陰謀だ」
首根っこを持って胸から脇にウォッカをどかして上半身をおこした葵。ぼやいた彼にティアリスとスラッシュはくすくすと笑い、葵はものすごく不満そうな顔をしながら頭を掻いてそっぽを向いた。舌打ちも忘れない。そんな彼にさらにティアリスとスラッシュは笑い声を高くした。
みなの顔には疲れは無い。コンディションは最高のようだ。そうして舞台は【クーガ湿地帯】に移るのであった。
第三楽章 クーガ湿地帯
【クーガ湿地帯】。伝説の大蜘蛛が住むこの場所はそれらが創り出す糸を目的とした冒険者たちが踏み込んでくるだけの地である。大蜘蛛の戦闘力は危険度ほぼSS級。普通の者ではまず太刀打ちできない。
だからこそ【クーガ湿地帯】は美しい景観が保たれていた。そこにある大きな湖ではソーンの世界を季節に合わせて移動する渡り鳥たちが羽を休めるし、また野生動物や希少動物たちにとっても貴重な飲み水の場所である。そこを泳ぐ魚がそれらの餌にもなる。
このソーンに来て間もない葵は瞳を大きく見開いた。科学者でもある彼の知識は半端ではない。瞳を大きく見開く葵の視線の先には彼が元いた世界ではとっくの昔に絶滅しているはずの渡り鳥や水辺の植物たちがちゃんと現存しているのだ。考えてみれば自分もこうしてソーンという異世界に来ているのだ。ならば野鳥たちがこのソーンに来ていても不思議ではない。そしてその野鳥たちが水辺の植物たちの種子を運ぶのも。
葵:「すごいな。ここにある風景は俺がいた世界ではとっくの昔に消え去ったモノだ。まさかここでお目にかかれるとは」
ティアリス:「わたしだってそうよ。凶暴な大蜘蛛が住む【クーガ湿地帯】だって言うのだもの。それはおどろおどろしい場所だって想っていたのだけど、本当に美しいわね」
ティアリスも仲良く二匹連なって飛んでいくハッチョウトンボを子どものような瞳で見つめながらうっとりとした声を出す。
葵とティアリス、二人を見ながらスラッシュは優しく微笑する。
スラッシュ:「……そうだな…ここには俺も初めてきたが、まさか…こんなにも美しい場所だとは想いも寄らなかった…」
葵:「ソーンにある湿地帯はみなどれもこんな感じなのか?」
スラッシュ:「……いや…こういう場所もあるし…そしてソーンと言えども環境が壊れた場所は…ある…」
ティアリス:「環境が、壊れたって、どんな風なんですか、スラッシュさん?」
スラッシュ:「…………俺が前に見た中で…最悪な状態だった湿地帯は……アオミドロが発生し…それが悪臭を放っていた…湖が埋められてしまった事が原因らしいんだが…」
ティアリス:「微妙なバランスで保たれていた自然が壊されてしまったのね」
葵:「おそらく湖が埋め立てられたために清流の循環を止められて、湿地帯の水がよどみ、有機物が増え、それが藻が大量に繁殖した原因なんだろう。あちらの世界でそれと同じような事例を載せた文献を読んだ事がある」
ティアリス:「じゃあ、ここも湖が埋められたら、そしたら……」
葵:「湿地帯独自の生態系は大きく崩れる。したがってそれに適応できない生物はことごとく死に絶えるだろうな。だけどそれも自然の摂理だ。この世は弱肉強食。弱い奴は、みな死ぬ」
言い切った葵にティアリスは何かを言いたそうに口を2、3開きかけるが、結局は何も言えずに唇をつぐんだ。
立てた右手の人差し指の先にハッチョウトンボをとまらせていたスラッシュは軽く手に上にふって、それを飛び立たせると、同行者たちを平等に見た。
スラッシュ:「……で、どうする…お二人さん?」
葵:「どうするって?」
スラッシュ:「………すくなくともこの【クーガ湿地帯】の景観が保たれているのは…大蜘蛛のおかげ…だ…それを一匹でも狩るというのは……どうなんだろうな?」
葵:「俺は別にどちらでもいいさ。サンプルは残念だが、それでもいい物を見せてもらった。来ただけの価値はある」
そう言った葵の横顔はどこか優しかった。スラッシュは見た。葵の唇が何かを囁いたのを。スラッシュはふっと微笑を浮かべるとそれを見逃してやる。
そして彼はもうひとりの同行者を見た。
スラッシュ:「…ティアは?」
ティアリス:「わたしも別に。傷はすぐに治るけど、ここの自然は壊されたらお終いでしょう。違う方法を探すわ。葵さん同様にこの景色を見られただけで満足だしね。スラッシュさんは?」
にこりと笑ってそう訊くティアリスにスラッシュも微笑した。
スラッシュ:「ああ、ここまで来た価値はあるよ」
ティアリス:「そうよね」
葵:「じゃあ、帰るか?」
ティアリス:「あら、白山羊亭に置いてきたウォッカが心配なの?」
葵:「……違う」
スラッシュ:「…もう少し…見ていかないか?」
ティアリス:「スラッシュさんが平気なら」
スラッシュ:「……ああ…大丈夫だ…ありがとう、ティア」
ティアリス:「どういたしまして」
三人が並んでいると、突然に湖で羽を休めていた野鳥たちが飛びだった。
視線を向けると、そこにはユニコーン六頭が見えた。どうやらそれらは荷台を引っ張っているようだ。
スラッシュはそのユニコーンたちの一頭…先頭のユニコーンに乗る男が持つ旗に刺繍されている模様を見て、眉根を寄せた。
葵:「どうした、スラッシュ?」
スラッシュ:「……先ほど俺が…言った死んだ湿地帯……その原因を作った奴らだ、あれは…」
ティアリス:「どういう事?」
葵:「面倒臭い事になるかもという事」
ティアリス:「そんな……」
スラッシュ:「…どうやら奴ら、俺達に気がついた……」
そして三人の前にユニコーンたちが舞い降りた。それらに乗る奴らは誰もが三人をすごく嫌な眼で見る。葵は鋭く眼を飛ばすし、ティアリスも想いっきり不快だ、という感情をあらわに赤い瞳で彼らを睨んだ。スラッシュはいつもの静かな雰囲気を崩さず感情の無い顔で、銀色の瞳で彼らのリーダーらしい男を見据えていた。
ティアリス:「あなたたち、ここに何をしに来たのかしら?」
リーダー:「樹を植えに来たのさ」
ティアリス:「樹?」
荷台に積んだ大量の樹に顎をしゃくった男。
だったら良い人? ティアリスは小首を傾げるが、葵は鼻を鳴らした。
葵:「木を植える事で起こる弊害もこの世には存在する。水をたくさん吸収する特性を持つ木を植えれば、湿地帯は乾燥する」
スラッシュ:「……ああ…確かに…死んだ湿地帯で……これと同じ樹を見た……」
ティアリス:「じゃあ、やっぱり、あなた方、【クーガ湿地帯】をどうにかしに来たのね」
リーダー:「ふん。【クーガ湿地帯】を埋め立てれば環境が崩れ、それにともなって大蜘蛛は弱る。そこを狩れば、楽に奴らが創り出す糸が手に入る。どうだ、中々に良い手だと想わないか?」
ティアリス:「何がよ? あなた、最低ね」
葵:「なるほど。まわりくどい手だが、確かに有効かもな」
ティアリス:「ちょっと、葵さん!!!」
責めるような赤い瞳に葵は軽く肩をすくめる。そして次に極々自然な動きでホルスターからリボルバーを抜き払い、リーダーに銃口を照準した。そしてにやりと不敵に笑って言い放つ。
葵:「だが、利口な手ではない」
ティアリス:「葵さん」
スラッシュ:「……残念だが…ここからは…手を引いてもらう…大蜘蛛の創り出す糸が…欲しいのなら……他の冒険者同様に彼らに正面きって戦いを挑むべきだな」
ティアリス:「そうよ。【クーガ湿地帯】はあなた方の好きにはさせないわ」
スラッシュは短剣を構え、ティアリスも鞘走る鋼が奏でる澄んだ音色にあわせて詠うように言った。
そしてそれに引き続いて鋼が鞘走る音が奏でられる。
六人が剣を抜いた。
ユニコーンと荷台とを繋いでいたロープが解かれて、自由になったユニコーンが空中に浮ぶ。
残虐的な笑みを浮かべる六人。なるほど。その思考はどうやら根っから腐っているらしい。
ティアリスは一際自分のスカートにいれられたスリットから覗く魅力的な足を眺める奴らの視線が下卑ている事を敏感に感じ取り、鳥肌を浮かべた。
ティアリス:「美しいってのはほんとにいい事ばかりじゃないわね。変なのばかりがその美しさにつられてやってくる。そのくせ好きな人にはそっぽを向かれてさ」
葵:「普通言うか、自分で美しいって?」
ティアリス:「あら、事実じゃない。違って?」
スラッシュ:「……その議論は…これを終わらせてからにしようか、二人とも…」
ティア・葵:「了解」
葵:「奴らなかなかにやれそうだ。大丈夫か、ティア?」
ティアリス:「あら、知らなかった、葵さん? 綺麗な花には棘があるのよ」
葵:「はん。上等」
スラッシュ:「…では、行こうか」
はんと鼻を鳴らす葵は六人の中で一番後方にいた男に素早く照準をずらして、トリガーを引いた。そのリボルバーはダブルアクション・リボルバーだ。故に連射が可能。一撃目で男が左手で密かにティアリスに放った棒手裏剣を撃ち落し、二撃目でスラッシュの頭上から踊りかかろうとしたユニコーンの上に乗る男の剣を叩き折った。三撃目は更にその男の手綱を持つ方の腕を。
スラッシュは軽やかに跳躍している。そして予想外の葵の射撃スキルに恐慌する男にスラッシュは踊りかかった。左手で男の顔面を鷲掴みしてそのまま男をユニコーンから落とす。男はそのまま受身も取れずに大地に背中から叩き落された。
ティアリスはその隙にユニコーンに飛び乗る。王女ゆえに乗馬も得意だ。
葵:「スラッシュ。右に転がれ」
叫ぶ葵。その時にはその声に銃声が重なっている。
スラッシュの首を斬らんとユニコーンで突っ込んできた男は、しかしその横薙ぎに振るおうとした剣を銃弾で叩き折られた。
だがその男は折れた剣を捨てると、葵にそのまま突っ込んでくる。
一方、スラッシュは?
男:「きゃはははは。おまえ、死んだぜぇー」
それは葵がスラッシュに右に転がれと叫んだ瞬間に動いた男の叫びだ。
馬鹿な奴、とその男は笑った。
次なる動きがわかっていればしとめるのは簡単だ。
だが、その男が見た場所にスラッシュはいない。
そして男は数秒前にスラッシュに叫んだ葵を見た。
にぃーっと不敵に小馬鹿にするように吊りあがる葵の唇の片端。
次なる動きがわかっていれば、しとめるのは簡単、それは最前その男が想っていた事で、そしてそれは当然…
ガウゥーン。葵のリボルバーが奏でた銃声。その音色に合わせて踊るようにユニコーンから男が落ちて、乗り手を失ったユニコーンはそのままどこかへ走り去った。
男:「えーい、やってくれる」
それは葵に真っ直ぐに突っ込む男の台詞。仲間の醜態を視界の端で捉えたその男は舌打ちして気付く。
スラッシュと葵は通じ合っていた。だったら、その葵に自分が突っ込む今、いるべき場所にいなかったスラッシュは?
そう想った男は前方の葵にではなく自分の後方に視線を走らせて、
スラッシュ:「……残念だったな…俺と葵のチームワークの方が…おまえらよりも上であったようだ」
後方から踊りかかってきたスラッシュは、大きく口を開いて何かを叫ぼうとした男にその手にした白刃を一閃させた。
スラッシュはそのままそのユニコーンを駆る。
だがそのスラッシュが目を大きく見開いたのは…
スラッシュ:「葵!!!」
葵の後方から棒手裏剣が飛来する。
素早く振り返った葵は最後の弾丸で、それを撃ち落すも更に棒手裏剣が葵に飛来する。そのひとつは葵の手から拳銃を…。
だが、スラッシュはユニコーンを走らせて、葵の前に陣取ると、更に迫るそれらを短剣で弾き落とした。
そしてスラッシュはそのユニコーンを前に走らせて飛来する棒手裏剣をすべて短剣で弾き落し、擦れ違い様にその男の腹部に短剣の柄を叩き込んだ。男は体をくの字に曲げてユニコーンから落ち、葵は自分の横を通り抜けようとしたユニコーンに飛び移り手綱を手に取る。
そしてスラッシュと葵もティアリアスに合流した。
三方向を塞がれたリーダー。しかし・・・
リーダー:「やれやれ。どいつもこいつも役に立たん」
リーダーはそう言いながらもまったくもって怖気づいた様子は無い。それはつまり自分独りでもやれるという事だ。
ティアリスはレイピアを構えなおした。
乗馬しながらの戦いは前にやった事はあるがそれでも自分はふりだ。それは肌を突き刺すような敵の殺気に充分すぎるぐらいに気付かされる。
だったらどうすればいい?
ティアリス:「まずはあいつをユニコーンから引きずり降ろす」
ティアリスは唇を舐めた。情熱という言葉を持つルビーかのような瞳が不敵に輝く。彼女はユニコーンを走らせた。攻撃こそが最大の防御。それが彼女の弁。
リーダーも走らせる。
交差する瞬間に打ち合わされた剣撃。まずはティアリスの力負け。だがレイピアは根性で落とさなかった。手が痺れているが大丈夫だ。
左手で手綱を操り、ユニコーンを翻らせる。
そして彼女は手綱を操り、ユニコーンを走らせる。
それは同時。
リーダーも剣を水平に構え、今度こそティアリスをしとめんと肉薄する。
だがティアリスは恐れずにユニコーンを全速力で走らせた。
凄まじい風にティアリスの金髪が後方に遊ぶ。それはどこか金色のマントをつけているようであった。マントとは古代では勇者の証とされた。
ならばティアリスのその金糸のような髪がマントに見えるのは許されるのではなかろうか? なぜなら彼女はこの【クーガ湿地帯】を守る女勇者なのだから。
そしてそんな彼女に天も味方したのだろうか?
偶然に大地に突き刺さる棒手裏剣が太陽の陽光を反射させて、リーダーの視力をほんの一瞬奪った。
そしてそれはティアリスには充分な時間であった。
彼女はユニコーンの走る勢いを乗せた横薙ぎの一撃をリーダーの腹部を守る鎧に叩き込んだ。鎧には罅が入る。凄まじい衝撃がティアリスの細い腕を襲うが、しかし彼女は構わない。そのまま剣を振りぬいた。
ティアリス:「てぇいやぁーーーー」
リーダー:「くそぉ」
ティアリスの一撃はリーダーをユニコーンから落馬させた。
そしてティアリスもひらりと地上に舞い降りる。それが彼女の騎士道精神だ。
あらためて対峙するティアリスとリーダー。
リーダーはティアリスの金髪に縁取られた美貌、そして美しい肢体を眺めた後に問う。
リーダー:「女、おまえ、名は?」
ティアリス:「ティアリス・ガイラスト」
リーダー:「気に入った。おまえは俺の女にするぜ。おまえのようないい女と出会いたかったんだ」
ティアリス:「いいわ。わたしが負けたら、わたしの体をあなたの好きなようにしてくれていい。ただし、負けた時はもう二度とこの【クーガ湿地帯】には手を出さないと誓ってもらうわよ」
リーダー:「ふん。いいだろう」
そしてティアリスは大地を蹴る。
虚空に舞う舞姫は美しき金髪を舞わせる女。その演目は剣舞。
軽やかな上段からの一閃はしかし、リーダーが手にするロングバスタードに弾かれる。だが後方に泳ぎそうになるその体で、ティアリスはしかし、その勢いに逆らわなかった。自分からそれを利用して後方に飛び、バランスを崩したティアリスに叩き込まんとしていたリーダーの一撃を紙一重にかわし、
そして後方に着地したティアリスは、しなやかな動きで全身をまるめるとそのまま足首、膝のバネを使って前方に真っ直ぐに突っ込む。両手でレイピアを握りしめて、両腕を後方に引く。
リーダーもそのティアリスを迎え打たんと、剣を引いて、
そして真っ直ぐに突っ込んでくるティアリスはリーダーが手にするロングバスタードの間合いに踏み込んでしまった。
リーダーは全身のバネを使った突きをティアリスに放つ。
リーダー:「やった。ティアリス。これでおまえは俺の女…」
だがリーダーの言葉は途中で止まった。彼の剣が穿ったのはティアリスの残像だ。
スピードに乗ったティアリスはしかし、そのスピードを殺さぬままにしなやかな足の動きだけで道を蹴って横に移動している。葵ならば知ってるだろう。彼がいた世界での有名なラグビーチームのウイングの選手が得意としたカット走法だ。
リーダー:「ティアリスぅーーーーー」
ティアリスはそのまま必殺の突きをリーダーの鎧に先ほど自分が作った亀裂に放った。それはそのままリーダーの体を貫く。そしてリーダーの懐にいるティアリスはゆっくりと男の胸を左手で押した。
倒れていくリーダーにティアリスは言う。
ティアリス:「ごめんね。あなたはわたしの趣味じゃないのよ。だけどいい女って言ってもらえたのは嬉しかったよ」
ティアリスは顔を振った。さっと空間を舞う金糸の髪。
これですべては終わった。彼女はそう想った。しかし、その瞬間に彼女は誰かの殺気を感じて、そして…
ティアリス:「あっ・・・」
そちらを見た彼女は小さく悲鳴をあげた。
なぜなら巨大な火の玉が彼女に真っ直ぐに迫ってきていたからだ。しかも顔目掛けて。直撃する……ティアリスは目をつぶった。くそぉ。顔は女の命。せっかく綺麗な顔で生まれたのに!!!
だがティアリスが予想していた衝撃はいつまで経っても襲ってはこなかった。そして彼女は閉じていた瞼を開いて…そして……それを見た。
ティアリス:「きゃぁーーーー。いやぁーーーー」
自分がその攻撃を受けた以上の悲鳴を迸らせた…。
最終楽章 カルガリが飛ぶ空
ティアリス:「きゃぁーーーー。いやぁーーーー」
葵:「スラッシュ!!! ちぃ」
ティアリスの前ではスラッシュが紅蓮の炎に包まれていた。
葵は火の玉が飛んできた方に視線を走らせた。そこにいたのは昨夜の魔法使いだ。どうやら自分たちをストーキングしていたらしい。
魔法使いは葵にダガーの切っ先を向けた。まずは先に葵をやるつもりだ。
そいつは見ていた。葵の拳銃が棒手裏剣で弾かれたのを。もはや彼には武器は無い。そう踏んでいた。
だが…
魔法使い:「馬鹿な…」
彼は口から血塊を吐き出しながら自分の左胸に視線を落とし、そこに信じられぬモノを見た時かのように両目を見開いた。そこには深々とナイフが突き刺さっていたのだ。
葵:「俺が得意とするのは銃だけじゃない」
魔法使い:「そんな…」
倒れた魔法使いを絶対零度の光を宿す瞳で一瞥しただけでもはや葵は興味を失ったかのように視線を逸らした。
そしてティアリスとスラッシュの方に走る。
ティアリス:「葵さん、スラッシュさんがぁ!!!」
葵:「落ち着け。ちぃ」
葵は自分の着ていた上着を脱いでスラッシュの身体を包み込む炎を消さんと、それを叩き付けた。
そしてティアリスも泣きながら両手ですくった土をスラッシュの身体にかけている。
だがそれではスラッシュの身体を燃やす炎を消す事はできない。それは魔法の炎だ。しかも事態をさらに深刻にするのは無慈悲に空の真ん中でぎらつく太陽だ。その陽光は容赦なくアルビノであるスラッシュの身体を蝕む。アルビノである場合メラニンが無いために常人であるなら何でもない紫外線もしかし、天敵なのだ。スラッシュの身体にはひどい火傷が広がっていく。
スラッシュはその身体を魔法の炎と、そして紫外線とによって、まさに焼かれていくのだ。
スラッシュ:「くぅおぉ」
ティアリス:「スラッシュさん!!!」
葵:「くそぉ。どうしようもできないのか???」
喉の奥で押し殺したような悲鳴をあげるスラッシュ。
泣きながら悲鳴をあげるティアリス。
無力な自分を恨む声を漏らす葵。自分が傷つくのには何も感じないが…しかし……。
だがその時・・・
???:「心配する事はありません。【クーガ湿地帯】を心無き者たちから守らんとしてくれた心優しき者たちよ」
その声は空気を震わせて耳朶に届いたモノではなかった。脳裏に直接響いた声で、そして…
葵:「マジかよ?」
ティアリス:「こんな事って…」
奇跡は起こった。
スラッシュ:「…俺、は?」
ティアリス:「あ、気がつきましたか、スラッシュさん?」
後頭部に柔らかで心地良い弾力と優しい温もりを感じながら目を覚ましたスラッシュが瞼を開いて最初に見たモノは頬に泣いた跡を残すティアリスの顔であった。
そして彼はどうやら自分が彼女に膝枕をされている事に気がついて、慌てる。
スラッシュ:「…痛ぅ」
ティアリス:「あ、ダメですよ、スラッシュさん。まだ、動いては」
全身を襲った激痛にスラッシュは歯を食い走り、そしてそれによってぼやけていた思考がはっきりとした。
スラッシュ:「…どうして……俺、は生きて…いる?」
ティアリス:「それはですね、大蜘蛛が助けてくれたからです」
スラッシュ:「…大蜘蛛が?」
葵:「ああ、驚くかもしれないがそれは本当だ。今回だけのサービスであんたを助けてくれたんだとよ」
袋に湖の水を汲んできた葵は、スラッシュに軽く手をあげた。
スラッシュはゆっくりと葵が汲んできた水を喉に流してから、問う。
スラッシュ:「…それは…本当なのか?」
ティアリス:「ええ、本当です。彼らは糸を吐き出して、その糸でスラッシュさんを包んでくれて助けてくれたのです」
葵:「この湿地帯のために戦った俺たちをどうやら認めてくれたものらしい。それでももう二度とこの湿地帯に近づくなと釘を刺されたし、今度は容赦なく殺すだとさ」
葵は肩をすくめて笑った。
そしてスラッシュはティアリスを見る。ここに来た目的を彼女は果たしたのだろうか? と、気になったのだ。
ティアリスはそれをわかって、涙で汚れた顔に笑みを浮かべた。
ティアリス:「ちゃんと糸は手に入れました。もちろん、葵さんもちゃんと自分の分を手に入れています」
葵:「当たり前だ」
スラッシュ:「…そうか。それはよかった……」
笑いあう三人。優しい橙色の夕方の空を飛んでいくカリガネ。
それはティアリス、スラッシュ、葵が【クーガ湿地帯】を守ったからこそある風景であった。
三人の顔は実に清々しかった。
そしてその後に王女ティアリス・ガイラストのサインが書かれた書類が、ソーンの重要な自然を守る事を責務とする部署に提出された。
それには学者である倉梯・葵の詳細なる【クーガ湿地帯】の調査結果が記されていて、そこがいかに重要なる地域である事かがわかりやすく証明されていた。
またそれを持ってきた探索士・スラッシュによって多くの湿地帯の惨状も報告されて、同部署は【クーガ湿地帯】並びに多くの湿地帯の調査・保護を執り行う事を決めた。
― fin ―
**ライターより**
こんにちは、はじめまして、ティアリス・ガイラストさま。
こんにちは、はじめまして、スラッシュさま。
こんにちは、いつもありがとうございます。倉梯・葵さま。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
今回の物語、きっと良い意味で皆様の期待や予想を裏切れているだろうと、ほくそ笑んでいます。^^
天邪鬼もいいところで普通に想像されるようなストーリーではないストーリーを書かせていただきました。
くそ、やられた、と想っていただけていたら幸いです。
普通は大蜘蛛が敵ですよね。^^
これが何分にもクエスト初めての作品ですので、見苦しい点も多々あると想いますがその場合はご容赦してくださると嬉しいですし、
注文・感想・苦情など何かありましたらこれからの作品作りのため、そして草摩一護自身のスタイル作りのために聞かせていただけると嬉しいです。
ただ草摩本人はとても楽しく書けました。^^
このパーティーさまは本当に理想の面子でしたね。
まずはパーティーの華であり、ムードメーカであり、物語の動機付け役をしてくださったティアリスさん。
本当に書くのが楽しい女の子で、描写も面白かったです。
やっぱりどのような物語も動機付けってのは大切で、それがちゃんとしていないと気持ち悪いです。
ですから、ティアリスさんという【クーガ湿地帯】へ行くための動機があって本当に良かったな、と想いますし、
やっぱり物語には華が無いですとね。^^
そして戦闘シーンも女性ならではの描写ができるようにと心がけました。
PLさまのイメージするティアリス・ガイラストの剣技のイメージ作りに役に立てていれたら嬉しい限りです。
本当にありがとうございました。
そしてスラッシュさん。
ラストの描写はどうもすみません。
少々、スラッシュさんをいじめてしまいました。PLさま、ご了承してくださいませ。
しかし、スラッシュさんは話が脱線しそうになるたびに、話の筋を本線に戻してくださるありがたいPCさまで、
本当に助かりました。^^
そして今回はなんとなく参謀役でもあり、パーティーの優しいお兄さんという役もやっていただきました。
草摩自身も本当に物語を進めていくうえで助かりました。
あ、でも、スラッシュさんは実は一番年下さんなのですよね。^^;
本当にありがとうございました。
そして葵さん。
葵さんはティアリスさんが物語に華をつけてくれるPCさまなら、物語にシリアスな雰囲気を持ち込んでくれる嬉しいPCさまです。
そしてスラッシュさん同様にさりげない優しさとか暖かさも添えてくれます。
クールでカッコよい倉梯・葵、そして時折見せる脆い一面を持つ倉梯・葵。
倉梯・葵というモノがストーリーにつけてくれた雰囲気は本当に僕自身も大好きな感じなので、嬉しいPCさまでした。
前回シチュノベでは描写できていなかった感じも今回は書けたので、それが本当に嬉しいです。
そしてどうだったですか? 白仔猫のウォッカとの触れ合いは?
個人的にはウォッカを胸に乗せて眠る葵さんはツボなのですが?
本当にありがとうございました。
それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
またよろしければ書かせてくださいませね。
本当にありがとうございました。
失礼します。
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