<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


最初の遭遇

 ――‥‥、‥‥ィ、‥‥ティ‥‥

 誰かの声が聞こえる。
 遠くなっていく意識の隅で、パフティ・リーフはぼんやりとそう思う。深く沈む微睡みに漂う意識は、それを少しだけ鬱陶しげに感じつつ、何か奇妙な違和感を覚えた。
(もう‥‥もう、少しだけ寝させてよ‥‥)
 もう少しだけ安らぎの中に。
 そう願った次の瞬間。

『――パフティ、どこ行っちゃったんだよ!!』

 子供が起こす癇癪にも似た叫び。
 頭の中に直撃したその声に、彼女はハッと飛び起きた。
 途端、後頭部に走る激痛を自覚し、また踞ろうとして‥‥自分にかけられた縄に手足の自由が利かない事に気付いた。そして口には猿轡が。
(な、なに?)
 咄嗟に周囲の状況を確認しようと首を捻ったところ、目の前に自分と同じように縛られた状態の女性を見つける。そして、彼女を押さえつけるような盗賊風の男達が数人。
『パフティ、今どこにいるんだよ? なんだかどんどん離れてっちゃうみたいだよ!』
 頭に飛び込む声――自分の愛車、自律行動マシンのモラヴィだ。かなり焦ってる様子の声に、パフティはようやく思い出した。
『‥‥モラヴィ、落ち着いて』
『パフティ! ねえ、今どこなんだよ! だんだん反応が遠くなっちゃうよ〜』
『落ち着きなさい。いいこと、今すぐ停止状態を解除、すぐに私を追い――』
『うん、わかっ』
 ガタン、と地面が揺れる。その拍子に肩をしたたか打ち付けた。
 ほぼ同時に、モラヴィとの通信が切れる。
「んっ」
 思わず発した呻き声に男達が気付く。
「おい、こっちの嬢ちゃんは目を覚ましたようだぜ」
「へへっ、あのまま気絶してた方がマシだったのによお」
 下卑た嘲笑が彼らの中に生まれる。パフティ自身、旅慣れた身の上故、特に男達を怖れるという事はない。今も冷静にこの状況を分析しているところだ。
 床は固い木の板。どうやら荷台のようだ、と気付く。
 ただ一つ気がかりなのは、通信が切れたモラヴィの事。解除命令が果たして間に合ったかどうか。
(‥‥無茶をしなければいいのだけれど)
 それは、きかん気の子供を心配する母親のそれとよく似ていた。



 異世界ソーン。
 混乱の時空に巻き込まれ、訪れたその世界は見るもの聞くものが目新しいものだった。
 その日もパフティは、愛機モラヴィと共に旅をしていたのだが‥‥。

『もう、パフティったら。すっかり迷子になっちゃったじゃないかー』
「しょうがないでしょう。初めての場所だったのだから」
『なに言ってんだよ、ちゃんと地図とか見て確かめればこんな事にはならなかったんだよ』
「はいはい。‥‥主人に意見するマシンなんて初めてよ」
『なんだよー、俺はパフティの為に』
「わかってるわよ、だからそう‥‥あら?」
 人気のない森の中。
 獣道とも言える山道に迷い込んだ二人――一人と一台――は、木々の間に幌馬車が止まっているのを発見した。よく見れば、何人か男達の姿もある。
 モラヴィから降り、パフティは彼に停止命令を出す。
「ちょっとここで待っててね。あの人達に道を聞いてくるから」
『はいはーい、ちゃんと俺でも理解出来るように聞いてよね。パフティの説明って解りずらくってさ』
「あーもう、わかりました」
(‥‥まったく生意気なんだから)
 バイクの減らず口に思わず苦笑し、パフティはその幌馬車へと近付く。
 まるで周囲から隠れるように、木と木の入り組んだ場所にそれはいた。少し奇妙に思いつつも、彼女はゆっくりと男達に近付いて、
「あのぅ、すいません。ちょっといいですか? 私、道に迷ってしまいまして‥‥もしよろしければ街までの道を教えていただけないかと――」
 途端。
 後頭部に激痛が走り、パフティはそのまま地面へ倒れた。
「‥‥馬鹿なヤツだ」
「運が悪かったな」
「おい、どうする?」
「しれた事。こんな上玉、見逃す手はねぇってことよ」
 微かに聞こえる男達の会話を耳にしながら、彼女は緩やかに意識を失っていった。



 森の中。
 一台のバイクが疾走する。
 が、そこに搭乗するべき存在はない。
『ったく、パフティったら。ホントにしょうがないよなー。俺がついててやらなきゃ、全然ダメじゃん』
 世にも珍しいバイクの独り言。もっとも外部に声が洩れているワケではないので、厳密には独り言とは言わないのだが。
 そんな彼(?)――モラヴィは、途切れてしまった電波を懸命に追い掛けていた。
 おおよその位置を推測して、その場所へと移動する。そしてまた、位置を推測する、といった形で徐々に誤差を縮めていく。
『だいたいパフティもパフティだよ、もうちょっと用心深さってのが足りないよな』
 言ってる事はいっぱしの大人のようだが、さっきまでパフティとの連絡が取れなくなってアタフタしていたのはどこの誰だったか。
 やがて、自身のレーダー圏内に弱々しい光が明滅を始めた。それこそが彼の探し求めていたもの。
『――――いたッ!』



 ガタン、と大きな音と共に、パフティの身体は床に押さえ付けられた。逃げようにも男達の力に敵うはずもなく、ただ無意味に肩を揺らすだけ。
「ちょっと! どこ触るんですか!」
 声を荒げて叫んでも、彼らはまるで意に介さない。
 獲物を得たケダモノのように、その目は好色にギラついていた。
「へっ、あっちの女は極上の金ズルだからな。丁寧に扱わなきゃならねえが、お前ぇさんは別さ」
「あーんなところで道に迷ったのを不運に思うんだな」
「ま、大人しくしてりゃあ天国を見させてやるよ」
 ギャハハと下品な笑いが幌の中に響く。伸びてきた腕が身体に触れ、思わずゾッとした。
 嫌そうに顔を背けた先。
 目いっぱいに涙を溜めた少女が、こっちをすまなそうに見ている。捕らえられ、身動きできずともこっちの事を心配する優しさ‥‥伝わってくるそれに、内心で溜息を吐いた。
 自分一人ならまだしも、彼女も助けるにはさすがに手が足りない。
(‥‥あぁもう、モラヴィはまだかしら)
 自身の愛機、その名前を呟いた途端。
『――パフティ!』
「モラヴィ!」
 届いた通信。
 思わず名前を叫んでしまったが、山賊達が気にする事はなかった。むしろ、別の男の名を呼んだと思い、その事が彼らをより興奮させる。
「なんだ、嬢ちゃん。愛しい奴の名前か?」
「心配すんな。ここにゃあ、誰も助けになんか来やしねえぜ」
 笑い声をどこか遠くで聞きながら、パフティの方は回復した精神感応通信でモラヴィとやりとりをしていた。
『‥‥で、どうする?』
『馬車の足止めをお願い。一瞬だけ気が逸れれば、なんとかなるでしょう。その間にあなたは屋根から突入して私達を』
『私達? ねえパフティ、他に誰かいるの?』
『山賊連中がどっからか攫ってきたどこかのお嬢様よ』
『お嬢様? よっし、俺頑張るぞー!』
 その間、約十秒程度。
 精神でのやり取りは、ただ言葉をイメージするだけでいい。それで全てが向こうに伝わる。
 ほぼ直後。

 ――ガタタッ!!

「な、なにごとだ?!」
 激しい振動と同時に幌馬車が止まる。衝撃の反動で押さえていた力が緩み、パフティの身体が床を転がった。
「お頭! なにか変なバイクが前方に!」
「くそっ、なんだこいつ!?」
 外で始まった騒ぎに、幌馬車の中も次第に騒然となる。
 とっさに体勢を立て直したパフティは、連中がこちらに気付くより早く縛られていた縄から抜けた。全身の力を弛緩し、素早く結び目を解く。
「て、てめえ」
 男の一人が気付いたが、既に彼女の身体は自由を取り戻していた。咄嗟に脚を振り上げて、盗賊を幌馬車から蹴り落とす。
 そのまま少女を押さえていた男に向かう。まさかの反撃に男は為す術もなくパフティの手で跳ね飛ばされた。
「大丈夫ですか?」
「‥‥は、はい」
 その時点で、ようやく他の連中も彼女に気付いた。
 一連の騒動。
 それを誰が起こしたのかを。
「貴様、まさか‥‥」
 言い切るより先に、パフティは叫んだ。
「モラヴィ、こっちよ!」
『はーい!』
 幌が轟音を立てて壊されていく。突っ込んできたのは、タイヤのついていない飛行バイクだ。この世界の住人である彼らにとって、おそらく初めて目にするような代物だろう。
 まして――二本の腕が生えている走行車、などというものは。
 その伸びた腕が、二人はゆっくりと抱きかかえる。怯える少女に、パフティはにっこりと笑みを浮かべて安心させようとした。
「大丈夫。これは私のマシンだから心配しないで下さい」
 言葉に、ただ頷くだけ。
 しっかりと二人を掴んだことを確認すると、モラヴィは再び浮上した。
『いっくよー』
「安全圏までお願いね、モラヴィ」
『りょーかい〜♪』
 言葉が、言い終わらぬうちに浮上するバイクは一気に疾走した。
 盗賊連中の怒鳴り声を遥か後方に残して。



「――――王女様?!」
「はい」
 聞かされた身分の高さに、思わず目を白黒させるパフティ。対照的に少女――エルファリアと名乗ったこの国の王女は、助けられた事への感謝からか満面の笑みを浮かべていた。
「へえ、王女様なんだーすっげえや〜」
 パフティの隣で感嘆の声を上げるのは、身長2メートルの大男。どこか子供っぽい顔立ちを持つ彼こそ、この世界で人型に変身したモラヴィの姿だった。
 溜息をつく彼女の横で、彼はすげぇすげぇを連発する。
「この度は助けて頂き、本当にありがとうございました」
 エルファリアの話では、お城を抜け出してこっそりお忍びの外出をしていたところ、いきなり背後から襲われて、気が付けばこんな森の中にいた、ということだ。盗賊の連中は、どうやら彼女の身柄と引き替えに莫大な身代金を戴くつもりだったらしい。
「身代金ね、あんな連中の考えそうなことね。それで、これからどうしますか、エルファリア王女」
「そうですね。さすがにここから王都へは遠そうですね‥‥あの、もしご迷惑でなければ‥‥その」
 彼女の言いたいことにパフティはピンとくる。
 さすがにここで否とは言えない。チラリと横を見れば、モラヴィも期待の眼差しをこちらに向けていた。
「いいですわ。さすがに一人で歩くには、この辺りは物騒でしょうから、ボディガード代わりに一緒に行きましょう」
「よろしいんですか?」
「乗りかかった船ね」
「やったー、王女様と一緒だー!」
 喜ぶモラヴィに苦笑しながら、恐縮するエルファリアにパフティは軽くウィンクをした。
「とりあえず‥‥アセシナート軍がいるところまででいいかしら?」
「ええ。あの、本当にありがとうございます」
 丁寧にお辞儀する彼女。育ちの良さが滲み出るような所作だ。
 さすがにそこまでされると照れ臭い。
 パフティは、それを誤魔化すようにパッと踵を返した。見上げれば広がる青い空。
 そして一声上げた。

「さあ、行きましょうか」


【END】


●ライター通信
 葉月です。お待たせいたしました。
 今回のシチュエーションノベル、いかがだったでしょうか? モラヴィ君の元気っぽさがうまくでているかどうか、少々不安です。こういう子供っぽいキャラは好きなので、あまりやりすぎると個人的趣向も入ってしまうので、今回は少し抑えめにしてみました。
 何かご意見等ありましたら、テラコンなどからお送り下さい。
 それではまた、どこかでお会い出来る事を願って。