<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


【バストアップ! 魅惑の果実を求めて】
「エスメラルダさん、いいネタがあるんだけどワイン10本で買わないかい」
 まだ開店したばかりの黒山羊亭。その男はカウンターに座るなり、そんなことを言った。
「へぇ、大きく出たわね」
 男は冒険者ではなかった。黒山羊亭のような冒険斡旋所に宝物の情報を売って生計を立てる『情報屋』である。このような人種は別段珍しいことではなかったが、ワイン10本は相当なふっかけようだ。それが逆にエスメラルダの関心を惹いた。
「いいわ。騙されたつもりでそのネタを買ってあげる」
 エスメラルダはカウンターとワイン倉を三回往復し、10本のワインを男の前に置いた。
「さあ、話してご覧なさい」
「胸が大きくなる果実だ」
「……は?」
 一瞬、エスメラルダは目を点にした。
「だから、豊胸の効果がある果実だよ。ここから一日ほど西へ行った草原にな、木が一列になって生えているところがあるんだ。その木に、そういう効果のある桃色の果実がワンサカと生っているんだよ」
「た……確かなんでしょうね、それは?」
 いきなりエスメラルダの語気が荒くなった。男はタジタジしながら説明する。
「知り合いの女剣士が西方へ冒険しに行った途中に、その果実を食べたんだよ。そしたら帰ってくる頃には何か鎧がきつくなってるとかでよ。脱いでみたらあらビックリってなわけ。どう?」
「感謝するわ。もう5本ワインおまけする」
 そう言って、エスメラルダは再びワイン倉へ入った。
「えーと、斡旋料として二割くらいお店にいただいて、でもってひとつくらいは私がいただいちゃって……」
 エスメラルダは久しぶりにこみ上げる笑いを抑えるのに必死になった。

 エスメラルダは店に集まり始めた客たちに声をかけた。若い男女がひとりずつ、名乗り出た。
「そりゃだって、多くの女性たちから大絶賛を受けるに間違いない。瞬く間にうちの……いや、エルザード一の目玉商品になる」
 エスメラルダに動機を聞かれると、ミリオーネ=ガルファは答えた。彼は居酒屋『お気楽亭』のコック。未知なる食材に、食指が動かないはずがなかった。
「ここのお客さんも、何割かは頂くぜ?」
「なるほどね。でも……あなたはいらないんじゃない?」
 エスメラルダは、レピア・浮桜の薄い踊り子の服から覗く、深く刻まれた胸の谷間をまじまじと見つめた。惚れ惚れするほどの美巨乳だ。
「どのくらいある?」
「Fカップオーバー。もちろん、あたしはその果実自体に興味はないわ」
「じゃあどうして」
「エスメラルダ、欲しいんでしょ? 斡旋料としてだけじゃなく、個人で。やけに目が輝いているわ」
「うん、まあ。よくわかったわね」
 黒山羊亭で初めて出会ってから、レピアはエスメラルダに友人以上の好意を持ち始めている。彼女の考えていることは大体わかるようになったし、だからこそ何かしてあげたいと思っている。
「その草原はここから一日ね。早速出かけましょう」
 レピアは身を翻し、出口へと向かった。
「ああ、夜じゃないといけない事情があったわね。ミリオーネさん、昼間はちょっとつらいかもよ?」
「うん?」
 ミリオーネは首を捻った。

 ミリオーネとレピアは黒山羊亭に近い馬屋で、長時間疾駆してもバテないという店長自慢の二頭の駿馬を借りた。それからふたりは黙々と、時折休憩を挟みつつ西へと馬を走らせた。
 最初の四時間は草木の乏しい荒野だったが、やがて水が豊富そうな草原に着いた。そのままずっと行けば目的地に辿り着くらしい。この間、魔物に遭遇しなかったのは相当の幸いだったろう。
 そうしてまた四時間が過ぎ、ふたりの背後から朝陽が上ってくる頃。
 レピアの馬が嘶いて止まった。ミリオーネが目をやると、
「あれ?」
「ゴメン、ちょっと迷惑かける」
 レピアの美脚が灰色になっていた。その灰色は彼女の体全体にあっという間に広まっていった。
 そうして彼女は石の彫像となり、微動だにしなくなった。一瞬の出来事だった。
 ミリオーネは無論知らないが、彼女の体には昼の間は石になるという永遠の呪いが刻まれている。
「ま、ちょうど休憩時だろうな」
 ミリオーネはレピアを馬から下ろすと、自分も地面に寝転がった。ミリオーネはすぐに深く眠った。
 寝ているミリオーネと石と化したレピアが時を感じるはずもなく、早々と正午となった。太陽が高い位置にあった。
 ミリオーネは目を覚ますと、水筒で喉を潤し携帯食をかじった。
「夕方まで、俺が背負うしかないか」
 美しく静止するレピアの石像を見て、ミリオーネは頬を叩いて気合を注入した。
 二頭の馬を引き、その上石像を背負って歩くなど、ずいぶんと難儀に違いない。だがそんなものはこの男にとって、未知の食材入手という大いなる目的の前のささやかな段差程度のものだ。
「さて、いっちょ踏ん張るか!」
 ミリオーネはレピアを背負い、手綱を二本持ち、再び西へと歩き出した。

 目的地に着いたのだとすぐにわかって、ミリオーネは安堵のため息をついた。
 夕焼けは薄く、すぐに夜の帳が落ちそうな何もない草原。前方に、濃緑の葉を茸のかさように巡らした低木が、確かに一列になって生えていた。その本数は20ほど。
「う……ん、いい香り」
 ミリオーネに背負われていたレピアが寝起きのように声を上げた。
「軽くなったと思ったら戻ったんだな」
「ゴメンね、すぐ降りる」
 レピアはミリオーネの背中から降りると、深呼吸をした。
「あれがそうなのね。ホント、いい香り」
「ああ、料理人の血が騒ぐ」
 甘くふくよかな香りが漂っていた。ミリオーネもレピアも、木全体に実りに実っている果実を想像した。
 ふたりは馬に乗って、勢いよく駆った。鼻腔をくすぐる香りが近づいてきた。
 だが、あと少しというところで、馬が急に脚を止めた。止まらざるをえなかった。
 木からひとつの影が落ちたかと思うと、ふたりに向かって疾走した。それ以上近づくなという風に、やや距離を置いて止まった。鋭い目つきで睨んできた。
 体色は黒く、体格は人間とほぼ同じ。だが、頭には二本の角があり、手の指には鋭い爪があり、背後からは尻尾が覗いている。小悪魔だった。
 ミリオーネとレピアは馬をなだめながら、地に下りた。
「先客ってやつかしら?」
「あれ、見てみなよ。果実の効果は本当らしい」
 ミリオーネが小悪魔を指差した。小悪魔は女だった。その胸はずいぶんと、魔の者には似つかわしくないと思えるほど美しくふくらんでいた。
「キィー! キィー!」
 とがった尻尾を立てて、乳房を揺らして唸る。女小悪魔は、明らかにふたりに敵意を向けていた。
「私が先に見つけたんだ、全部私のモンだ――って言ってるのかね」
「たぶん、果実に味を占めたんだわ。でも、これは早い者勝ちってものじゃないでしょ。天然のものなんだから」
「譲ってくれそうには見えないな」
「独り占めする気ね。そんなに胸を大きくしてどうしようって言うのかしら」
「女の胸がセックスアピールってのは、結構多くの種族に共通するってことだな」
「あんまり大きくても、肩が凝るわよ。男にはわからないでしょうけど」
 そんなことを言い合いながら、ふたりは物怖じせず小悪魔の方に踏み出した。
「ギギ……キャァー!」
 小悪魔は奇声を上げて飛びかってきた。
 ――が、決着はすぐについた。レピアに向けられた爪はことごとく彼女の神技の舞から生み出される幻をかすめるばかり。ならば男を先にとミリオーネに向かうが、刀で腕を一閃される。その間わずか10秒。2対1では分が悪かったのではなく、そもそも地力に違いがあった。
「まだやるかい? 魔物とはいえ女を傷つけたくはないが」
 ミリオーネが聞くと、小悪魔は泣きながら草原の彼方へ逃げていった。
「ちょっと可哀想だったかな」
「どうかしら」
 ともかく、これで邪魔はいなくなった。ふたりは心置きなく果実採取に励んだ。
 幸い低木なので、それほどの手間は掛からなかった。背伸びして手を伸ばせば大抵の場合届いた。
 リンゴより一回り小さい、桃色の実だった。固くもなく柔らかくもなく、何とも心地よい手触りだった。
「うん、まさに未知の素材だな。楽しみだ」
 職人・ミリオーネが思わず唸った。そんなことを言われると、レピアもほんの少しくらいなら食べてもいいかな、と思ったが、これ以上胸が大きくなっても困る。食欲を抑えるのに一苦労した。

 ふたりは夜明け前に黒山羊亭に帰り着いた。レピアが再び石像になってしまう前に馬には不眠不休で頑張ってもらったのだった。
「ん? もうとっくに店は閉まってるはずだけど、明かりがついてる」
「本当。掃除でもしてるのかしら」
 バストアップの実がたっぷりと入った籠を背負ったふたりは、窓からこぼれる灯りに目が留まった。
 ミリオーネが扉に手をかけた。鍵はかかっていない。
 扉を開けた。すると。
「お帰りなさい!」
 声の主はエスメラルダだった。誰もいない店内で、ひとりカウンターに座っていた。
「まさか……待ってたの?」
 レピアが聞くと、エスメラルダは頷いた。
「それほど心待ちにしていたってことか」
 ミリオーネが籠を下ろした。
「早速だけど、斡旋料として二割を渡そう。あとは俺と彼女で山分け――」
「いらないわ。全部あなたにあげる。お店の繁盛に役立てるのね」
 レピアは背負っていた籠をミリオーネの足元に置いた。
「いいのかい? じゃあ遠慮なく」
 ミリオーネは全体の二割をエスメラルダが用意した容器に移し替えた。容器は5つになった。
「よし、これで依頼は果たせたわけだ。帰るとしよう」
「ご苦労様。感謝するわ」
 エスメラルダはサービスと言ってワインを1本差し出した。それをありがたく受け取ったミリオーネは、籠をふたつ抱えて黒山羊亭を出た。

■エピローグ■

 店内にはエスメラルダとレピアふたりになった。ずっとこの時を待っていた。いざ一口頂こうと、エスメラルダはバストアップの実が入った容器に手を出そうとした。すると、
「どういうこと?」
 本当にこの実がいるのか? レピアはエスメラルダの背後に回ると、エスメラルダのバストを両手で優しく揉みながら、そう聞いた。出発の際は確かにエスメラルダのためにと言った彼女が、なぜ今になってそんなことを言うのか。さすがに懐疑の目を向けた。
「ちゃんと説明してくれなきゃ、わからないわ」
「簡単なことよ。今のままでもキレイな胸だもの、エスメラルダ」
「やん、ちょっと」
「Dはあるでしょ。それに左右のバランスも崩れていない。十分じゃない」
「十分? そうかしら」
 エスメラルダはバストを掴む手を優しく払いのけてレピアに向かい合った。そして、レピアのFカップバストを自分がされたより強く揉み返した。レピアにとっては予想外の行動だ。
「え……エスメラルダ?」
「あの実が欲しいって思った理由を教えてあげる。私はあなたみたいになりたいの」
 手を休めずにエスメラルダは続ける。
「何度か一緒に踊ったことあるわよね? するとね、お客さんがどっちを多く見ているかってのが気になってくるの。すぐにわかったわ。私が負けてるって」
「……」
「あなたの胸、男だけじゃなく女さえも虜にするくらい美しくて豊かで目立つから、無理ないわね。女の第一アピールポイントはやっぱここ。ほら、基本から負けてるんじゃ、ああいうのに頼るしかないじゃない」
 エスメラルダは女である。まして踊り子である。人に見られることを何よりの快感としている。だから、レピアが自分以上に注目を集めるかと思うと、いてもたってもいられなくなった。言わば、嫉妬だ。
 だが。
「そんなの、錯覚よ!」
 レピアは友人の思いを一言で否定した。
「あたしはエスメラルダ以上に見られているなんて思ったことは一度もないわ。むしろ危機感を感じていた。あたしを超えるかもしれない踊り子がここにいるんだって」
 その口調は激白と言ってよかった。思わぬ事態にエスメラルダは言葉が出ない。
「今まで生きてきて、あたしに迫る踊り子なんていなかった。……初めて一緒に演った時は、背筋がゾクッとしたんだから。でもね、ただの危機感じゃない。いいライバルに出会えたんだって思ってる」
「ライバル?」
 ここにきてまた予想外の単語が出てきて、エスメラルダは目を瞬いた。
「そう、だからエスメラルダも、自分と同等の踊り子に出会って、ほんのちょっと惑っただけよ」
 レピアはエスメラルダの手を握った。暖かさが伝わってきた。
 ――すると不思議なことに、エスメラルダもモヤモヤした気持ちが霧消していくのを感じた。
「そっか、ほんの気の迷い……そういうことなら、問題はないかな」
「そうよ。胸の大きさで踊り子の注目度が決まったりはしないわ、エスメラルダ」
 それを聞いて、エスメラルダは容器をすべてカウンター脇の棚にしまった。
「その実は他のお客さんのためにとっておくのがいいわ。その方がお店の評判も上がるでしょ。……どうしても胸を大きくしたいんだったら、私がマッサージしてあげる。長い旅の間に、そういうお手入れ法はマスターしてるから」
 レピアが宙で両手の指をクイクイと動かす。
「そうなんだ。じゃあ、私の家で一緒にお風呂入ろう? 早速マッサージ、お願いしたいわ。それと」
 今回のお礼と言って、エスメラルダはレピアの唇にギリギリ近い頬に口付けした。
 頬が熱くなる。レピアは笑って、
「……うん、行こうっ」
 エスメラルダの腕に、腕を絡めた。
 まさか彼女の方からそんなことを言ってくれるなんて。
 いろんな意味で、エスメラルダはかけがえのない人になってきた、とレピアは思った。

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1980/ミリオーネ=ガルファ/男性/23歳/居酒屋『お気楽亭』コック】
【1926/レピア・浮桜/女性/23歳/傾国の踊り子】

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■         ライター通信          ■
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 担当ライターのsilfluです。ご依頼ありがとうございました。
 お二方とも「自分では必要ない」ということで、結構気楽に
 書けました。女性で「食べた後に自分で触って確かめてみる」
 とか、そういうのも書きたかったですけど(笑

 ※個別コメント
 果実は他の女性に譲るべき、というプレイングでしたね。なら
 「あらそう、わかったわ」とエスメラルダに簡単に引かせる
 のは面白くないかな、ということでこういうエピソードに
 なりました。今回の件で、ふたりはより親密になったと思います。

 それではまたお会いしましょう。
 
 from silflu