<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


黒翼の船

■オープニング

 聖獣ユニコーンの守護下にある都・エルザードにも、魔の影が降り立つ事はある。
 人々に禍をもたらし、人々の平安とは決して相容れぬ存在であるそれらの多くは、これまでの歴史の中で、討伐或いは封印されてきたのだが……
「逃げ出しちまったのさ…封印してたのが何匹か」
 深夜の黒山羊亭。カウンターに腰を下ろし、ぞんざいな言葉と共に肩をすくめる黒衣の女の周囲には、数人の冒険者達が集っていた。彼女の名はメルカ。口調でも判る通り上品な性格とは云えそうもないが、これでも宮廷魔導師のひとりである。
 彼女がここを訪れたのは、加勢の手を求めての事だ。
「逃げたのはどれも、二百年前に封印された牛頭の魔族なんだけどね…その内の一匹が、厄介な所に逃げ込みやがったんだ」
 都の北に広がる海上には、魔物の乗る船が現われるそうである。見た目は古い大型の帆船で、左右に巨大な黒い翼があり、船でありながら宙に浮いているという。「そこへ逃げたのさね」と、再びメルカは肩をすくめた。
 そのままフッと口の端を歪めて笑い、周囲に集う者達の顔を、上目遣いに軽く見やる。
「ウチも案外人手不足でさ、逃げたの全員追いかけるには、ちょいと手が足りないのさね。他の連中は魔導師団の方で何とかしてみるから、こいつだけでも討伐を手伝ってもらえないかい?」
 色白の細面にはらしからぬ程、視線は鋭かった。
 
 
■名乗り出た者

 メルカの依頼に対し、数人の冒険者達が名乗りをあげる。
 早速出発しようかと彼らがカウンターを離れかけたその時、もうひとり、進み出てきた者があった。
「俺も同行して構わないか?」
 ウイスキーのボトルが置かれたテーブルを離れ、ゆらりとこちらに近付いてきたのは、すらりとした長身と銀の髪を持つ青年だった。細身ではあるが、しかし引き締まった体格をしている。
「この街はいい街だからな。そんな魔族は放っておけない」
 不機嫌なのかと思う程ぶっきらぼうな口調だが、メルカと他の同行者達を見据える顔には毅然とした物があり、今回の事態と街の平安を真剣に案じている事がうかがえた。
「剣なら使える。心配は要らん」
「心配なんぞはしてないよ」
 その顔を見返し、メルカは微かな笑みを浮かべる。彼が相応の戦闘能力を有している事は、一目見た時から既に察知していたのだ。金色の瞳にこもる気迫は、一市民のそれではない。人ならざるものが相手の戦いでも、心配の必要などこの青年には無用だろう。
 むしろある種の安心感すら、メルカは抱いていた。
「いい助っ人が揃ったね――宜しく頼むよ」
 口の端に笑みを残したまま握手を求めると、青年は一瞬戸惑ったような顔をしてから、銀の腕輪が光る右手を差し出してくる。
「ミリオーネ=ガルファだ――こちらこそ宜しく」
 ――そして六人の男女は、黒山羊亭を後にした。


■異形の船

 青白い月が、中空に浮かんでいる。
 月光は夜の海面に光を投げ、穏やかな波の動きが、その光をゆらゆらと揺らしている。
 そんな景色の中を、ゆっくりと一隻の船が往く。
 但し、その船が浮かんでいるのは月光を受ける波の上ではなく、更にその上――海面と月との狭間の空中であった。
 白い帆を張り船体には漆黒の翼を生やし、異形の船は宙を往く。
 
 ふわり。
 
 夜目にも鮮やかな白い翼が船へと近付いた。鳥である。
 人の背丈をゆうに越える巨大な鳥が、微かな羽音を立てながら異形の船に近付いたかと思うと、そのまま静かに甲板へと舞い降りた。
 翼を畳んだ鳥の背からひらりと降り立ったのは、五人の男女。
「静かですね…」
 大きな眼鏡越しに周囲を見回すと、アイラス・サーリアスは押し殺した声で呟いた。葵や不安田も周辺の様子を警戒しているが、特にこれといった気配も物音も察知できない。

 ばさり。
 
 再びの、羽音。
「――どうだ?」
 新たに聞こえた羽音の方を見上げ、ミリオーネが低く尋ねた。ボソリとした彼のその問いに応じるように、小さな白い翼が目の前へと舞い降りてくる。
「甲板には、誰も居ません……魔族も、魔物も」
 大鎌を手に、羽毛を整えるように翼全体を二、三度軽く震わせると、メイは上空から見た船の様子を、消え入りそうに小さな声で皆に告げた。伏し目がちのその顔には、これから起こるであろう戦いの場面や、見ず知らずの者達と行動を共にする事への気後れが見て取れる。見過ごせぬ事態と覚悟を決めては来たものの、やはり怖いのだろう。
「船内に居るんだろうな。…どうする?」
 そんなメイを勇気付けるようにポンと軽く肩を叩くと、葵は一同の顔を見回した。
「ここに居ても相手が出てきてくれるとは限りませんからね。こちらから仕掛けた方がいいと思いますよ」
 不安田の意識は早くも船の内部へと向けられていた。前方にある、恐らくは船室へと繋がっているのであろう扉を見据え、うっすらと緊張を交えた笑みを浮かべる。
「――じゃあ、さっさと行ってさっさと終わらせようじゃないのさね」
 移動のために召喚した使い魔の鳥を、手にした杖の内に戻らせると、メルカが皆を促した。
 無言のまま、五人の男女がそれに頷く。
「気を付けて、行きましょう」
 続くアイラスの言葉を合図に、彼らは扉の方へと歩を進めた。
 
 
■骸の群れ

 シュッ!
 
 薄暗い船内。水の礫が空を切り、前方に蠢く白い亡者達の額を貫く。
 
 ――ガッ!
 
 間髪入れず、拳による強烈な打撃が、また別な亡者の体を砕く。
 
 からからから……
 
 骸が転じて魔となった者達は葵と不安田の攻撃を受けると、乾いた音を立てながら次々に床へと崩れていった。
 しかし、これで全て片付いたというわけではない。見渡せば前はおろか左右にも、白い人骨が群れを成している。そして先ほどの攻撃で崩れた骨達も、暫くすれば再び蘇生してくるだろう。
「キリがありませんね」
 じりじりと間合いを詰めてくる魔物を逆手に構えたサイで牽制しながら、アイラスはうんざりといった溜息を吐き出した。
「このままじゃ、朝になっても終わらんぞ」
「全員昇華させてあげたいのですが…」
 ミリオーネやメイも、状況に苛立ち始めていた。
 これらの魔物は、倒した後に聖水を振り掛ければ、ただの骸に戻り再生を阻止できる。そのためメルカは全員に聖水入りの瓶を渡していたのだが…
「どう見ても、足りないやね」
 あまりにも数が多すぎた。
「牛頭魔族もまだ見付けてない――とにかくここだけでも突破しないと」
 どうするべきかを考えながら、葵は新たな礫を生み出し魔物へと放つ。
「分散、させますか?」
 拳の動きを止めぬまま、不安田が一瞬だけ皆の方を振り返った。「そうだな」と即座に応じたのはミリオーネである。
「こっちも戦力を分けるとなると厳しいが、囲まれるよりはいいだろう」
 幸い、背後まではまだ塞がれていない。引き返し、一部を広い甲板へと誘導できれば、残りを突破する事もそう難しくはないだろう。
「あたしが…引き付けます」
 船室の広さに合わせ大きさを縮めていた大鎌――イノセントグレイスを握る手に静かに力を込めながら、メイが控えめな声で皆に告げた。
「皆様は、魔族を探して下さい」
 彼女は天使である。その特性上、聖水が無くとも亡者達を倒す事が可能なため、任せるには確かに適役だ。
 とは云っても、ひとりで担うにはやはりこの数は多すぎる。
「僕も手伝いますよ。広い場所での乱戦に持ち込めば、僕のスピードがお役に立てるでしょうし」
 そう云って、アイラスがふわりと穏やかな笑みをメイに向けた。やはりひとりでは不安があったのだろう。俯きつつもメイも素直に「有難うございます」と返す。
「それじゃ私も骨担当って事にするかな」
 メルカもそちらへの同行を表明したので、戦力としてはこれで半々だ。
「流石に全部は引き付けられないでしょうけど、何とか突破して下さいね」
「大丈夫だ。任せておけ」
「それでは…行きます…!」
 アイラスの言葉にミリオーネが敵を見据えたままボソリと答え、そしてメイが合図を送る。
 後の行動は早かった。
 まずメイとアイラスが左右の魔物目掛けて一撃を加え、そしてそのまま反転して甲板を目差す。一瞬遅れてメルカも同様に駆け出すと、魔物達の意識は完全にそちらへと向けられた。
 勿論、この場にはまだ葵と不安田とミリオーネが残っているのだが、やはり動かれるとそちらを追いたくなってしまうのだろう。カタカタと床板を踏み鳴らしながら、短刀を握った魔物達の半数近くが、甲板を目差し移動を始める。

 ――そろそろか。

 自分達に対する包囲が薄くなるのを見計らい、次に動いたのは葵だった。
「道をあけろ!」
 普段の物静かな様子からは意外なほどに、鋭い叱咤。
 それと同時に、放たれた水の礫が前を塞ぐ亡者を激しく打ち据える。
 
 ぐらり。
 
 白骨の上体が大きくよろめいた所へ、剣をかざしたミリオーネが飛び込んだ。力技はあまり得意ではないのだが、加速をつける事で勢いを増した一撃は正確に相手を捉え、その体を大きく弾き飛ばす事に成功する。
 魔物と云えどもやはり骨。ウエイトが軽いのだ。
「抜けるぞ!」
 突破口さえ開いたなら、後は進むだけ――ミリオーネはそのまま足を止めずに先を目差し、葵と不安田も後に続く。
 彼らのそんな行動を、無論魔物達の方でも見逃すわけは無く、追いすがり短刀を振り下ろそうとするが、不意に足元に絡みついた何かが、続く動きを阻害した。
「邪魔なんだ」
 それは、水の縄。
 放ったのは勿論葵だ。
「追いかけっこは御免ですよ」
 続いて冷笑を含んだ声。
 束縛を逃れようともがく骸達の背後には、いつの間にか不安田が回りこんでいた。
「ここで止まってもらいます」
 冷ややかな言葉と同時に、空をも切り裂くような鋭い音。
 
 からから――から…
  から…からからから――
  
 鮮やかな拳の連打を浴び、魔物達は次々と崩れ落ちてゆく。
 その場の全てが動きを止めたのを確認すると、不安田は懐中から取り出した聖水を、足元に散乱する骨へと振りかけた。
 後はもう、一瞥の必要も無い。
「遅れてしまいましたね」
 苦笑まじりの呟きだけを残し、再び彼は駆け出した。
 
 
■甲板の戦い

 来た時に比べ、風が強くなってきたようだ。
 吹く風は人の匂いと気配を乗せて船上を流れ、侵入者の存在を魔物達に伝える。
 あちらから。
 こちらから。
 甲板には、獲物を求め多くの魔物が集い始めていた。
「明らかに定員オーバーだろうが…」
 新たに増えた一団を睨み、げんなりとメルカが溜息をつく。手にした杖は、今までにさてどれだけの骸を砕いてただろうか。これがまだ続くのか。
「ですが、こちらに気を取られてくれるのは、ある意味好都合でもありますから」
 船内にどれだけの魔物が残っているのかはわからぬが、ここに集まっている数からすると、それ程多くはないだろう。魔族を探している三人も、きっと動きやすくなって居る筈――アイラスは前向き思考だった。
 群れなす白骨の間を縫うように駆け回り、素早く、そして的確な攻撃を加えてゆく。
「――!?」
 方向転換の為に足を止めた瞬間、左右から同時に振り下ろされた刃があった。
「アイラス様っ!?」
 メイの叫び。
 しかし、二方向からの攻撃によって、アイラスの体が傷を負う事は無かった。紙一重でスタンスを後方にずらし、彼をそれらを回避していたのである。
「やれやれ…危ないですね」
 常人の反応速度であれば、まず確実に間に合わなかっただろう。今の攻撃はそれ程に際どいタイミングで繰り出されていた。軽戦士ならではの身のこなしと咄嗟の判断力、両方が備わっているアイラスだからこそかわしきれたのだ。
 そのまま動きを止める事無く、彼は反撃に打って出る。
 標的を捉え損ないたたらを踏む二体の魔物が体勢を立て直すより早く、握ったサイを大きく一旋――直後、キンと高い音を響かせ、ふたつの刃は彼方へと弾き飛ばされた。
 間髪入れず、更にもう一撃。
 
 から…からから……
 
 乾いた音。
 ふたつの白い影が崩れ去ったのを確かめると、再びアイラスは魔物達の間を駆け回り始めた。

「あっ…!」
 不意に真横から突き出された刃が、メイの意識を目の前の戦いへと引き戻した。回避するいとまは無く、踏み止まりイノセントグレイスの柄で攻撃を受け止める。
 ちらりと一瞬だけ視線を流せば、アイラスは既に危険を脱し、何事も無かったかのように戦いを続けていた。心配は要らぬようだ。
(ならばあたしも――)
 己の為すべきを果たさねば。
 巨大な鎌を横薙ぎに回転させ、周囲を取り巻く魔物達を数体まとめて両断する。
 神の恩恵を受けし少女の斬撃は、白い骸を魔の鎖から解き放ち、本来の姿へと戻してゆく。即ち、動く事無きただの骨へと。
 戦闘が始まって既にかなりの時間が経過しているが、メイの刃を受けた魔物は、一体として再生していなかった。
「メイさん!」
 アイラスの呼びかけが響く。
「――わかりました!」
 その呼びかけの意図するところを素早く察知し、メイも呼応する。
 そしてそこから、ふたりの動きが連携を取り始めた。
 まずアイラスが早さを活かして敵の只中を駆け回り、魔物達の得物を叩き落して行く。武器を失い、また縦横無尽な動きによって撹乱されたところへ、メイがかざすイノセントグレイス――魔物の注意を引き付けるという当初の目的は、既に充分に達成されている。ならば後は、せめてこの場に居る者だけでも昇華させてやるべきだろう。
 ふたりの連携は、その為のものだった。
「もう少しです! 頑張って下さい!」
「――はいっ!」
 メルカの杖が放つ閃光の援護を受けながら、ふたりの戦士が軽やかに、しかし激しい戦いを繰り広げる。
 あとわずかでそれが終わるかと思われたその時――
 
「――!?」
「なっ…何!?」

――ズンと重い衝撃が、船全体を揺るがした。


■牛頭の魔族

 最初の囲みを抜けた後は大した障害にぶつかる事も無く、葵と不安田とミリオーネの三人は船内最下層までたどり着いていた。
 だがここまでの探索で、目差す牛頭の魔族は見付かっていない。
「居ない…のか?」
 周囲の気配には、誰もが絶えず警戒していた。既に目が慣れているため、船内の暗さも苦にはならない。
 なのに見付からないのは何故なのか――葵でなくとも訝しく思うだろう。
「まさかここからも逃げたなんて事は…」
「出口はひとつだ。逃げるにしても途中で出くわさないわけが――…」
 不安田の懸念を否定しようとしたその時――
「!?」
 ゆらり――背後で揺らめく気配をミリオーネは感じた。咄嗟に剣を構え直し、そちらを誰何しようとする。
「…うわッ!!」
 直後、彼の長身は壁際まで弾き飛ばされていた。間髪入れず、横殴りの強烈な殴打が葵と不安田をも襲う。
 
 ゆらり。
 
 闇の中で、再び気配が揺らめいた。
 打ち付けられた体を庇いながら立ち上がる三人が最初に視界に捉えたのは、ひときわ黒く、そしてぼんやりとした影――それは次第に確かな輪郭を現し始め、そしてひとつの形を取る。
 隆とした体躯を持つ、牛頭の魔族へと。
「姿を消せるのか…」
 先ほどの打撃の威力といい、これは厄介な相手だ。
「囲みましょう」
 不安田の言葉に、ミリオーネと葵も頷く。囲い込み、再び消えられぬうちにカタをつけるしか無い。
「行くぞ!」
 判断と同時に三人は動いていた。三方に展開し、攻撃を開始する。
 立て続けに正面から飛来するのは、葵の放つ水の礫。
 豪腕の一振りによってそれらは弾かれてしまったが、左からくり出されたミリオーネの剣が魔族の動きを更に牽制し、その間に不安田が鋭い手刀を右の脇腹に叩き込む。
 間合いに踏み込まれれば力押しで潰されるのは確実だ。こちらの間合いで事を運ぶため、葵とミリオーネは徹底して魔族を牽制し、意識を分散させ続ける。彼らが作った隙を最大限に活かし、直接ダメージを与えてゆくのは不安田の役目だった。
『グ…グルル…』
 苦しげな呻き声が魔族の口を突く。効いているらしい。
「今だ!」
 一気に畳みかけようとミリオーネが剣を振りかぶったその時、魔族の姿が再び朧にかすみ始めた――消える気か。
「――逃がさない!」
 葵の放った水の縄が、消えかけていた魔族の右腕へと絡みつく。この時彼が生み出したのは、聖水の縄だった。
 魔に抗う力を持った水は狙い通りに魔族の力を阻み、異形の姿をこの場へと繋ぎ止める。
「長くはもたない…早くッ!」
 引き換えに消耗が激しいのだろう。必死の形相で叫ぶ葵の顔には、じっとりと汗が浮いている。
「おう!」
 ミリオーネの脚が床を蹴った。ひときわ大きな踏み込みと共に、脇腹へ一撃。そして素早く飛び退りながら、左腕にもう一撃。
 両の腕から攻撃の力を奪われたところへ、すかさず背後に回り込んだのは不安田だった。スッと伸ばした手で、魔族の太い首を掴む。
「これで終わりです――!」
 直後、何やら鈍い音が響き、そして程なく魔族の体はどうとその場に倒れこんだ。そしてそのまま、ピクリとも動かなくなる。
「倒せた、かな」
「アイラスやメイにも知らせないとな」
「長居は無用ですね」
 三人はわずかに安堵を浮かべながら甲板に向かおうとするが、この時、意外な事が起こった。
「え…!?」
 死んだと思った魔族の腕が、ゆらりと持ち上がったのである。

『ミチヅレ…ダ…』

 怨みのこもる断末魔の言葉と共に、挙げられた手の先に巨大な火球が生み出される。
「危ない! 避けろ!!」
 愕然とする三人に向けて、火球が放たれた。
 
 
■エンディング

 月の傾いた夜の海上を、巨大な白い翼が舞う。
「際どかったですね」
 その背の上で、不安田が安堵混じりに肩をすくめた。
 牛頭の魔族が最後の力を以て放った火球――間一髪でかわす事が出来たものの、それは代わりに船室の壁を貫き、そして船を炎上させたのである。
「肝が冷えましたよ」
 アイラスが小さく笑った。
 何とか脱出を果たした彼らの眼下では、異形の船が炎に包まれ、ゆっくりと崩れてゆくところであった。多量の火の粉を振り撒きながら、闇の海面へと落ちてゆく。
「これで終わったんですよね…」
 巨大な炎の塊が海中へと没してゆく様を見送りながら、亡者達の昇華を願い、メイがそっと祈りを捧げた。
「とにかく…疲れた」
 ぐったりと、葵の首がうなだれる。相当に疲れたのだろう。
「……光合成したい」
 そんな彼の切実な呟きに苦笑しながら、ミリオーネが皆を見回しひとつの提案を切り出した。
「良かったら『お気楽亭』に来ないか? 俺が料理作ってやるから慰労会といこうじゃないか」
「ああ、いいですね」
「特別メニューでお願いしますよ?」
 アイラスと不安田が即座に頷く。
「それじゃ報酬ついでって事で、飯代は私が奢るよ」
 どうせ払うのは私じゃなくて魔導師団だし――最後に一言微妙にセコイ一言を付け足すと、メルカは都へ戻るようにと鳥に指示する。

 海原を見渡せば、黒翼の船の姿はもう何処にも無い。
 代わりに水平線の彼方からは、ゆっくりと朝陽が昇り始めていた。

 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1063 / メイ / 女 / 13 / 戦天使見習い】
【1649 / アイラス・サーリアス / 黒 / 19 / 軽戦士】
【1720 / 葵 / 男 / 23 / 暗躍者(水使い)】
【1728 / 不安田 / 男 / 28 / 暗殺拳士】
【1980 / ミリオーネ=ガルファ / 男 / 23 / 居酒屋『お気楽亭』コック】

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■         ライター通信          ■
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「黒翼の船」へのご参加ありがとうございました(礼)。
執筆を担当した朝倉経也と申します。以後お見知りおき下さいませ。

殆どの場面が戦闘描写という事で、テンポや韻に気を付けたつもりではありますが、読みにくくは無かったでしょうか?
また、皆さんのプレイングとPCの特徴を活かしきれたかどうか、非常に気になっております。少しでもお楽しみ頂けていたら良いのですが…
ご意見やご感想などありましたら、どうかお聞かせ下さいませ。

ミリオーネ=ガルファ様
戦うコックさんなのですね。今回は戦闘依頼という事もありチャンスがありませんでしたが、コックとしての姿も書いてみたかったです。
今回の料理代は、メルカが責任を持って魔導師団に支払わせるだろうと思いますので、どうぞ遠慮なくふっかけてやって下さい(笑)。

またお会いできる機会がある事を、心より願っております。