<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


プラム畑でつかまえろ

「……話はわかった。要するにその、プラムってやつを栽培してる畑を守ればいいわけだよな?」
 依頼人を見下ろして、ためつすがめつ。伝法な口調で飲み物を傾けながら、刀伯・塵が依頼人に聞き返すと、依頼人はおおきくうなずいた。
「そうなのだ」
「そもそもプラムってのは何なんだ?」
「ええと」
 どう説明したものかと榊遠夜が唸る。さまざまな人間が漂着するソーンでは、異世界間の文化のちがいを説明するのにいちいちひどく苦労させられるものだ。
「李(すもも)って言えば、わかりますか?」
「おう。中つ国……俺の故郷にもあったぜ。こう、実が甘酸っぱい奴だよな?」
「はい。プラムっていうのは、その李のことですよ。正確に言えば細かい品種は違うんですけど」
「プラムっていえば、そうですね……」
 遠夜の隣に座っていたリラ・サファトが小首を傾げた。
「プラムパイに、ジャムに、ジュースもできますし……いろんなお菓子が作れますねえ」
「わがベリー産のプラムは、特に果実酒にすると美味なのだ」
 うっとりとためいきひとつ落としたリラの様子に、依頼人が得意そうに胸を張る。なにか不快な単語を耳にしたというように、塵の肩がぴくりとひとつ震えた。
「……酒?」
「そうよー。ベリーのプラム酒といえば、このあたりではちょっとした銘酒なの。うちでも、季節になると結構注文が増えるわよ」
 塵の様子には構わず、料理を運んできたエスメラルダが口を挟む。
「だが先にも話したとおり、そのプラムの畑が最近ゴブリンに荒らされているのだ。
 このままでは、収穫までに実が食い尽くされてしまう。プラムはうちの領地の大切な収入源なのだ。だからおまえたちには、そのゴブリンたちを追い払ってもらいたいのだ」
「酒、ね」
 もう一度繰り返して、塵は手にした飲み物の中身を見る。
 黒山羊亭は一応酒場ということになってはいるのだが、塵が手にしているのはお茶だった。
「遠夜さん、どうしますか? 私は……できればお手伝いしてさしあげたいのですが」
「そうですね。困っているのは確かなようですし、リラさんをひとりで行かせるわけにもいきませんから、僕も引き受けてみましょう。それで……塵さんは?」
「あ?」
 水を向けられ、塵は目の前の面子を見渡した。
 まず遠夜は騎士めいた簡単な武装こそしているが、どう見ても十代半ば、まだ少しあどけなさの残る顔立ちをしている。リラに至っては腕も首もほそくたおやかで、戦いに向いているとはとても思えない。
 そして何よりも。
「行くのか行かないのか、さっさと決めたらどうなのだ」
 依頼人――エスタと名乗った――はまだ十歳になるかならずかと見える、どう見ても子供だった。
 いったいどう育てればこうなるのか、態度が素敵にでかいお坊ちゃまだ。
「……こんな子供ばっかりで行かせられるか……?」
 身についた面倒見の良さは、裏返してみれば苦労性とも呼べるかもしれない。どちらにしてもそれは、塵の永遠の夢である「楽隠居」をどこまでも遠ざける不治の病だ。



「……ああ、これはひどいな」
 遠夜がつぶやくと、そうですねとリラも眉をひそめる。
「これじゃ、農家のみなさんも困りますよね……」
 プラムの果樹園は、なだらかな丘の斜面にはりつくようにして広がっている。
 まだ葉の落ちる季節ではないだろうに、あちこちにまだ青い葉が散乱していた。ただでさえ器用ではないゴブリンが、夜中に急いで実を盗んでいるせいだろう、地面ではまだ固い実が、踏み潰されて無残な姿をさらしている。
 果樹園まで案内してくれた領主を振り返って、遠夜は気になっていたことを切り出した。
「ゴブリンは、昔からこの近くにいたわけではないですよね?」
「ええ。どこかから流れてきたらしくて……このあたりに住み着いたのは、去年の冬でしたかなあ」
 顎ひげをしきりにさすりながら、人のよさそうな領主は考え込んだ。

「この丘の向こうに住んでるらしいんですよ。そのころは村に特に害が及んでいなかったので、放っておいたんですが……なにしろあの頃は果樹園は休んでましたからなあ」
「だから奴らが住み着いたときに、討伐隊を頼むべきだと言ったのです!」
 大人たちの視界に入るように精一杯背伸びしながら、エスタが言う。
 うーん、と考え込むしぐさを見せて、遠夜は腑に落ちない様子である。
「でも、普通は冬にも被害がありそうなものじゃありませんか? 冬には食べ物もなかなか見つからないでしょうから、そういう場合まずゴブリンたちは手近な人里を襲うのでは」
「言われてみれば」
 遠夜の指摘に、領主もはて、と首をかしげた。
「うーむ。ということは」
「ということは?」
 冒険者たちは皆異世界からの流れ者で、ソーンのモンスターの生態にさほど詳しいわけでもない。身を乗り出して続きを待つと、領主はにんまりと笑ってこう言った。
「よほどプラムが好きなゴブリンなのでしょうなあ」
「…………」
「………………」

 思わず沈黙した塵と遠夜の横で、リラが合点がいったようにぽんと手を叩いて微笑む。
「そうですよ。ゴブリンさんたちも、きっとプラムのお菓子がお好きなんです」
「うむ、うむ。なにしろうちのプラムは美味ですから。時にお嬢さん、甘いものはお好きですかな」
「え? あ、はい、大好きです」
 戸惑いながらも答えたリラに、にこにこと笑顔を絶やさぬまま領主は続ける。
「それはよかった。
 ゴブリンが出るのは夜中になりますから、それに備えてお茶でもいかがでしょう。今日はうちのコックがスコーンを焼くはずでしてね、これに自家製のプラムのジャムをつけて食べるのが美味いのです。紅茶も先日よい葉が手に入りましたし」
「わあ! 本当に美味しそうですね、でも……いいんですか?」
「もちろん。午後のお茶の話し相手になってくださると、家内も喜びます」
 確か自分たちはゴブリン退治に来たはずなのだが、依頼主と冒険者の会話とはとても思えない。和気あいあいと領主の屋敷がある方向へ去っていく二人を呆然と見送って、塵は、足元のエスタのほうにふと視線を移した。
「……なるほど。あんまり親がのんびりしすぎてると、こう育つわけか」
 呑気者の親を支えようとして、子供がしっかり者に育つというのはよく聞く話だ。だがエスタの場合は「しっかり」の意味をだいぶ取り違えて、しかもそれを軌道修正してやる大人がいなかったらしい。
 うちも他人事じゃないな、と、実は三人の子持ちである男は考えた。



 ふわああああ、と、思い切り伸びをしながら大欠伸。
 暗いくらい夜の中で、見つからないよう地面に伏せているのだが、伏せるといっても要するに横になっているわけだ。人間というのはだいたい、昼間起きていれば夜には眠るようにできている。横になっていれば当然、眠気が襲ってくるわけで。
「あー、さっさと出てきてくれよ……」
 ことによると、徹夜という事態にもなりかねない。眠い目をこすりながら塵は、暗闇の中で、まだ人気のない畑の様子を窺った。変化はない。
「塵さん。式神はどうですか?」
「変化なーし」
 生真面目に問いかけてきた遠夜に向かってひらひらと手を振る。
 遠夜と塵はともに、自分の意のままに操ることのできる「式神」を扱える。故郷となる世界は違うのに、不思議なことだ。もっとも術の細かい要素は違うようだが、偵察や哨戒に役立つという意味ではどちらも同じ。今も彼らの式神は、果樹園のあちこちで様子を窺っている。
「……ん」
 ごし、と眠たげに目をこすったリラの様子を、遠夜が振り返る。
「眠っていてもいいんですよ?」
「私も、このお仕事を引き受けた身ですから。お仕事は最後まで果たさなくちゃ」
「とはいえ、全然気配がねえなあ」
「……今日は来ないんでしょうか?」
「かといってこのまま寝るわけにもいかんだろう。居眠りしてて化け物を見逃したとあっちゃ、特にあの小うるさい坊主がキャンキャンうるさいぜ、きっと」
 ばりばりと頭をかいてつぶやく塵、不安そうに暗闇の向こうを見つめるリラ。
 遠夜が何事か励ます言葉を考えようとしたそのとき、なにかが動いた。

「来た」
「ゴブリンさんですか」
「わかりません。でも人間じゃない」
 続いて、ぱき、と小枝を踏む音。式神を使っていないリラにもはっきりとわかった。足音は複数、村人がもし差し入れにでも来たのなら、こんなに大勢で来るはずがない。
 続いて、ばさ、ばさ、と乱暴な音が聞こえてきた。果樹の枝をかき分ける音だ。
「遠夜さん」
「落ち着いて。大丈夫」
 口の中でなにごとか唱えると、遠夜の手からゆらりとひとりでに符が離れる。
 夜の暗闇の中で燐光を放ちながら、一枚、二枚。
 まるでそこが決まった場所であるかのように、符は畑を囲む輪のようにして地面にはりついた。手の中で結んでいた印のかたちを変え、遠夜は術を完成させる。
「結界ができあがれば」
 点であった燐光のひとつひとつの間が結ばれて線となり、線があつまって立体を構成する。
 結ばれた立体の内部はそれだけですなわちちいさな世界。その内部にとらわれたものは逃れられない。
「彼らは逃げられません」
 異変を察知して、ゴブリンの一匹がギイっ、と異音をひしがせる。
「よっし。いっちょ捕獲だ!」



「どうして、こんなことをしたんですか?」
「ギイ、ギイ、ギヤアアアア」
「ええと、実が、おいしそうだったから……と言ってるようですな」
 縛り上げたゴブリンたちの、ひときわ大きな体のものがリーダーのようだ。質問に奇声で答える彼の言葉を、本を片手に領主が通訳する。
「……父上。本当に信用できるのですか、その本は」
 エスタが疑うのも無理からぬ話で、表紙にはでかでかと書かれた文字は『これであなたもペラペラに! ゴブリン語初級』。
 ソーンには不思議がいっぱいだ。(いろんな意味で)
「なにを言うか。父上を疑うのかいエスタ」
「父上だから疑ってるんですよ……」
 みるからに騙されやすそうな父親を見上げて子供はためいきをつくが、冒険者たちはひとまず口を出さずにおいた。家族争議は依頼のうちには入らない。
「領主さま。それじゃ、こっちの言うことを通訳してもらえますか」
「うむ」
 リタが頼むと、アンチョコをぺらぺらと忙しくめくりながら領主が安請け合いする。
 以下、『』内はゴブリンの言い分である。

「まだここの実は固いのに、どうして盗んだりするんですか」
『果物は熟れるとすぐ腐る。固いうちにもいで食べて、余ったのはとっておくのが賢い。固いのが賢い』
「でも、そろそろ実がやわらかくなる頃ですよ」
『そろそろこのあたりの実も熟れてくるので、引き上げようとは思っていた。だがここの実は存外美味かったので、手下たちが言うことを聞かなかった』
「じゃあ、もう来ないでくださいと私たちがお願いしたら、あなた方はそうしてくれますか?」
『かまわない。そろそろ野兎が元気になる季節だ』

 そこまで通訳して、領主は顔を上げた。
「どうされますかな。わたしは、彼らを逃がしてやっても一向に構わんのですが。
 このようなことがないよう、お手数ですが皆様にはしばらくここにご滞在いただいて……。まあずっとというわけには行きませんから、来年までにはゴブリン対策の策や網を用意しましょう。人間から盗むのがそう簡単なことではないとわかれば、彼らももっと楽な方法で食べ物を探すのではないかと思うのですが」
 冒険者たちは顔を見合わせた。
「……無用な血を流さなくてすむなら、それでいいんじゃないでしょうか?」
 リラのひとことで、処分は決定した。



「まあなんつーか……一応、一件落着、なのか?」
 王都へと戻る道を辿りながら、塵は欠伸をかみ殺しつつつぶやく。
「でも、無駄な血を流さずにすんでよかった」
「私は、固くて酸っぱい実より、甘酸っぱいく熟れた実が好きですけど……ゴブリンさんたちは違ったんですね、きっと」
 リラの言葉どおり、どうやらまだ固いプラムがゴブリンたちのお好みだったようだ。放っておいても、実が熟れるころには彼らはいなくなっていたのだろう。もっともその頃には、実が全部とり尽くされていた可能性もあったわけだが。
「種族が違えば、好みもいろいろということですね」
「そういや、帰り際にあのエスタとかいう坊主がなんかくれたな。土産とか言ってたが」
「割れ物だから気をつけろって言ってましたよ。開けてみましょうか」
 小さな荷物の中から、三人は布にくるんだ包みを取り出してみた。
「わあ!」
 小さな歓声をあげてリラが取り出したのは、プラムのジャムの瓶詰めだ。遠夜はと見れば、やはり似たような瓶の中に、乾いてしわだらけになった実が詰まっている。
「干しスモモですね。保存がきくから、旅のときに便利かもしれません。……塵さんは何を」
 もらえたんですか、と言いかけた遠夜たちは、隣を歩いていたはずの塵の姿がないのに気づく。
 むくつけきサムライの大男は、袋の中を覗き込んだ格好のまま、後方で立ち止まって硬直していた。

「……あの、どうかしましたか? 塵さん?」
 どう見ても尋常ではない様子にリラも遠夜も道を引き返す。いったいどんな恐ろしいものが入っていたのかと、ふたりでおそるおそる覗き込んでみて、その正体はすぐに知れた。
「あっ」
 中身が何であるかを認めて、なにも知らないリラが顔を輝かせた¥る。
「プラムのお酒! エスメラルダさんが言ってましたけど、これって美味しいんでしょう? 領主さまも、このお酒がベリーの一番の名産品だって言ってたし。わあ、よかったですね!」
 無邪気におめでとうを言う少女の声など耳に入らない様子で、ふるふると塵は身を震わせた。
「あ」
 激しい感情の発露の予兆として、抑えた声がみじかくその口元からもれる。
 ただごとでない気配を察した遠夜が耳をふさいだ一瞬後、地面も揺るがすようなすさまじい怒声がその場を轟いた。
「あいつらあああ――ッ!!」

 土産というのは、たいていその土地の名産品を選ぶものだ。
 お茶の時間に大喜びだったリラにはプラムのジャム、まだ歳若い遠夜には干しスモモ。
 そうなれば、今年で三十になる塵に土産として酒を贈るのはいわば当然の判断だったのだが、残念ながら塵が実は酒の匂いだけで酔うほどのすさまじい下戸であることを、善良なるベリーの領民たちはちっとも知らなかった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 1528 / 刀伯・塵 / 男 / 30 / 剣匠 】
【 0277 / 榊 遠夜 / 男 / 16 / 高校生/陰陽師 】
【 1879 / リラ・サファト / 女 / 15 / とりあえず常に迷子。 】

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■         ライター通信          ■
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 ……最近、どこか自分の近くに灰色男がいるんじゃないかと疑う今日このごろの宮本ですこんにちは。遅くなって、大変に、申し訳ありません……!
 おまけに共通文章のみでお送りしております。要修行。

>塵さん
 どさイベではお話できて楽しかったです(私信)。
 こんなにキャラクターを壊してしまっていいのだろうかと思いつつたいへん楽しく書かせていただきました。でもエスタをあまり活躍させられなくてすいません。

>遠夜さん
 WT1は実は今までまったくノータッチだったので苦労しました。
 ストーリーを引っ張ってもらった感じですね。いかがでしたでしょうか。

>リラさん
 和み担当でした(笑)。口調はこれでよろしいのでしょうか……。
 設定を見ると結構重いキャラクターなので、もう少しシリアスに走らせてもいいかなと思ったのですが、もともとのシナリオ路線がこうですので……。サイバノイドという設定ですが、ものを食べられるのだから、眠ったりもするんですよね……? 不安。

 このたびは発注、ありがとうございました。