<PCクエストノベル(5人)>


三人のゴースト

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【 1962 / ティアリス・ガイラスト / 王女兼剣士 】
【 1805 / スラッシュ / 探索士 】
【 1879 / リラ・サファト / 不明 】
【 1953 / オーマ・シュヴァルツ / 医者兼ガンナー 】
【 1996 / ヴェルダ / 記録者 】


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 36の聖獣が住まう世界ソーン。
 その世界にも温泉地という場所は存在する。
 それがハルフ村だ。
 そこはある日、突然に温泉が噴き出した事で広く名前を知られることになった村。エルザードから骨休めに訪れる観光客も多く、村は現在急速に発展中である。しかし、人が増えるという事は、それだけ事件も起こるということであり・・・
 そしてそのハルフ村にあるとある温泉宿でも・・・


???:「・・・無い。無いわ。どうして、見つからないの・・・」
???:「・・・何処? あなたは何処にいるの?」
???:「・・・嫌いだ。パパなんて大嫌いだぁーーーー」
客:「きゃぁー。出たぁー」
主人:「ああ、くそぉ。一体何でこんな事にぃ!!!」
???:「「「きぃひひひひひ。この温泉を渡すものかぁー」」」


 事件が起こっていた。
 これはそんなとある温泉宿で起こった事件だ。


 ――――――――――――――――――――
【退屈だな】

 Green Melodyの2階にあるオーマの部屋。
 半分開けられた窓から吹き込んでくる風に白いカーテンが揺れている。
 そのカーテンが肩に触れた事でびくりとリラは小さな体を動かして、目を覚ました。どうやらいつの間にか眠っていたものらしい。
 そして視線を感じたので、身を起こしてそちらの方に視線を向けると、そこにある三つの眼が柔らかに細められた。


ヴェルダ:「おはよう、リラ」
リラ:「わわ、おはようございます。すみません、私、いつの間にか眠ってしまっていて」
ヴェルダ:「気にせずとも良いよ」


 ふっと優しく微笑して、三つ眼の麗人は作業に戻った。平常の双眸を何かを書き綴っているノートに落し、額の眼をリラに向けて、彼女は口を開く。


ヴェルダ:「また、夢を見ていた?」
リラ:「あ、はい。逢えました、あの人に」
ヴェルダ:「そうか」
リラ:「今日も私達は一緒に歩いたんです。彼の手は私の手よりも大きくって、歩幅も広いのに、ゆっくりとゆっくりと、私の歩くペースに合わせて歩いてくれたんです。私達はずっと歩いていたんです」
ヴェルダ:「優しい人なのだね」
リラ:「はい」
ヴェルダ:「リラ、いつか逢える日を信じて、その日のために自分を磨いておくのだよ。いつその人に出会えても良いようにね。良き表情で胸をはってその人と出会えるように」


 ライラックの色の髪に縁取られたまだ幼さが残る美貌に嬉しそうな笑みを浮かべながらリラはこくりと頷いて、そしてヴェルダの前に置かれている湯飲みが空なのに気がついて、


リラ:「あ、お茶を煎れますね」


 と、言って、きゅうすと湯飲みを持って下に下りていった。


 一人となったヴェルダは小さくため息を吐くと、立ち上がって、カーテンを開けて、半分開かれていた窓を開いて、外に視線を向けた。茜色の空はどこまでも優しくって綺麗だ。


ヴェルダ:「……にしても、退屈だな」


 退屈は神をも殺すと言う。ならば自分は退屈で死ぬ初めての者となるかもしれない。それほどまでに退屈であった。惜しむらくは、それを自分で記録できない事か。
 ヴェルダは頭の中に浮んだとりとめもない思考に苦笑いを浮かべた。どうやら相当に退屈であるようだ。
 と、しかしその彼女の表情がおもむろに緩んだのはその三眼の視線の先に答えがあった。そこにはまだ包帯姿も痛々しいスラッシュを支えながら歩くティアリスの姿があった。
 夕暮れ時の橙色の光に人が抱くような想いをその顔に浮かべているティアリスにヴェルダが浮かべた表情は、とても悪戯っぽい表情であった。

 ――――――――――――――――――――

ティアリス:「体の方は大丈夫?」
スラッシュ:「……ああ、心配は、無い…大丈夫だ」


 スラッシュは傍らの同行者にそう答えた。
 ここ数日、常に共にいる彼女の言葉は、それがほとんどを占める。と、言うのも、先日の湿地帯での戦いでスラッシュはティアリスを庇って負傷し、その事をティアリスはひどく気に病んでいるのだ。スラッシュにしてみれば、その行為は実に当たり前な行為であり、別に彼女が気に病む事ではない。だがそれはスラッシュの理屈であり、ティアリスには当てはまらない。ここはおそらくは大丈夫だから気にするな、と言うよりも彼女の気のすむままにさせてあげた方が優しさであるとスラッシュは判断した。だから彼はティアリスと共にいた。だが第三者の目から見た時、スラッシュのそこには果たしてどのような想いがあり、そして仮にそれが恋愛感情だとしてしかしそれに彼が気付いているのか、それとも気付いていないのかはわからなかった。
 そしてこれもここ最近の彼らの日課であるのだが、最近は太陽がほぼ沈んだ夕暮れ時にスラッシュのリハビリも兼ねて彼の薬と包帯、ガーゼを二人で薬屋に買いに行くのが常であった。


オーマ:「オウ、お二人さん。今日も仲がいいじゃねぇかー。かぁー、羨ましいねぇ」


 薬屋の店員オーマが親父全開の言葉で出迎えてくれる。スラッシュは思わず苦笑いを浮かべた。


ティアリス:「ちょっと、オーマ。そういう言い方や見方をしないでくれる? ほんとにもう親父なんだから。そういう事を言われると気になっちゃうじゃない。ねぇー、スラッシュ」


 ちらりと金糸のような前髪の奥にある瞳で照れたようにティアリスに見つめられて、スラッシュはどう反応すれば良いのかわからなくなってしまう。
 そんなスラッシュにオーマは嘆かわしげに額を片手で覆って、大仰に天井を振り仰いだ。


オーマ:「かぁー、女心がわからん奴。ティア、同情するぜ。おまえさんも苦労すんな。なんだったらスラッシュの野郎に恋愛の大先輩として、色々と教授してやろうかぁ?」
ティアリス:「だ・か・ら・オーマ、そういう事を言わないで!!! それじゃあ、子どもと一緒じゃない。だいたい男の人に女心を言われたくないわ!!! 男に女心がわかってたまるものですか」


 と、それにオーマは心外そうな表情をしてみせた。もちろん、演技がバレバレ。眼はらんらんに輝いている。悪戯っ子のように。スラッシュはティアリスにムキになるな、と言おうかどうか悩んだ。なんだか彼女の耳にこそっと言えばそれもまた恰好の話題の餌にされそうだからだ。


オーマ:「かぁー。俺が女心をわからないなんて、ンナ事があるわけねーじゃねーか。こう見えても俺様は妻子持ちだぜ? そうだな。うん、ここはやっぱりいっちょこの俺様がちんたらとやってるおまえらにとことん男と女の事をレクチャーしてやるぜ」
ティアリス:「結構です!!!」
オーマ:「そうだなまずは例として、俺とシェラの出会いは・・・」


 何やら語りだしたオーマにティアリスは呆れたように眼を半眼にする。そんな彼女を見て、スラッシュはにこりと顔を綻ばせた。そう、だけど実は彼は楽しいのだ。ここ数日、スラッシュはティアリスと共にいる。ティアリスという人は感情をストレートに口にしたり顔に出したりして、気取らない。そこがスラッシュにはとても魅力的に感じられた。そしてそれが実に面白かった。楽しかった。


ティアリス:「はい、オーマ。お金ね。さあ、スラッシュ、帰りましょう」


 ティアリスはぺちゃくちゃと妻との馴れ初めから始まって、最初のデートを事細かに説明するオーマはほかっといて勝手にカウンターの奥に入り、あらかじめ用意されていたスラッシュの薬と包帯、ガーゼを手に取ると、カウンターに代金を置いて、スラッシュの手を取って回れ右をした……
 ………しかしその二人の瞳が大きく見開かれたのは………


ヴェルダ:「やあ、二人ともどうも。まあ、そう急ぐ事はあるまい。どうだ、これから二階のオーマの部屋で酒でも飲み交わしながら先日の話を聞かせてはくれぬであろうか? 色々と話を聞きたいのでね。そう、色々と」


 彼女の仕事は記録者。だったら当然、自分たちが先日経験した湿地帯での戦いや大蜘蛛との遭遇について訊きたいというのがヴェルダの弁であるが、しかし捕まえたネズミを弄ぶ仔猫かのような悪戯っぽい光を宿す彼女の瞳を見れば絶対に彼女が自分たちから訊こうとしているのはそれではない事は明白で……。
 スラッシュは痛感せざるおえなかった。自分たちが最悪なタイミングでやってきてしまった事を。どうやらオーマとヴェルダ、この二人はひどく退屈をしていたようで、そして古来より人々の大好きな話の話題とは他人様の恋愛話で、自分たちとしてはそういった感情はまったくそこには無いのだが、しかし他人から見れば困った事に自分達の今の関係はものすごい純愛にでも見れているらしく…、オーマとヴェルダ、二人を見ればそれが明白で……つまりは………


スラッシュ:「…暇を持て…余している…年長者ほど厄介な…モノはない、な」


 ヴェルダの意地の悪い笑みに固まったティアリスの横で、スラッシュは大きくため息を吐いた。


 そしてその夜にスラッシュの湯治と、五人の親睦を深めるための温泉旅行が決まった。言い出したのはオーマで、ヴェルダもそれに賛成し、しかもリラがすごく喜んだのでスラッシュもティアリスもそれを断る事はできなかった。その裏にあるモノが何であるか見え見えでも……。

 ――――――――――――――――――――
【嬉しいです】

ヴェルダ:「ふむ。良き朝だ。絶好の旅行日和だな」
 

 うーんと伸びをしたヴェルダは片手を腰に置いて皆を振り返った。そしてご機嫌そうににやりと笑うと、


ヴェルダ:「それでは点呼を開始する。まずはリラ・サファト」
リラ:「はい」


 元気に右手をあげたリラにヴェルダは優しい女教師の顔で鷹揚に頷く。


ヴェルダ:「うむ。いい返事だ。楽しみか、リラ。温泉は?」
リラ:「はい。楽しみです、温泉。ヴェルダさん。あ、あとちゃんとおやつは300ディナールまでにしておきました。バナナはおやつではなくデザートだって、八百屋さんが言っていたのですが、それで良かったですか?」


 ライラックの色の髪を揺らして小首を傾げた彼女にヴェルダは苦笑いを浮かべた。


ヴェルダ:「ああ、デザートで良いよ。さてと、次はオーマ・シュバルツ」
オーマ:「おうよ」


 麦藁帽子を右手の指先で器用にくるくると回しながらオーマもご機嫌そうな笑みを浮かべた。


ヴェルダ:「手綱は任せて良いのだな?」
オーマ:「ああ、任せておきな。最高の馬車の旅をプレゼントさせてもらうぜ」


 ヴェルダは苦笑いを浮かべながら、スラッシュに三眼を向けた。


ヴェルダ:「スラッシュ」
スラッシュ:「……ああ」
ヴェルダ:「スラッシュ、傷の方は大丈夫か? ちょっと馬車での移動が長くなるからな。もしも体調が悪かったら言うのだよ。今回の温泉旅行はあなたの湯治が目的なのだから」
オーマ:「そうだぜ。俺もいるからな、安心して言っていい」
スラッシュ:「…わかってる……すまんな、ヴェルダ、オーマ」
オーマ:「なに、かまわんさ」


 ふっと笑いながら肩をすくめるオーマ。ティアリスはそんな彼に何やら言いたそうだが結局何も言えずに口を閉じた。
 そんなティアリスを見つめるヴェルダは公園の砂場で遊ぶ友達の輪に上手く入っていけない娘を見守る母親のような表情をしながら小さく吐息を吐いた。そしてふっと明るい砕けた笑みをティアリスに向ける。


ヴェルダ:「そしてティアリス・ガイラスト」
ティアリス:「はい」
ヴェルダ:「ティアリス。温泉宿の方は大丈夫だな?」
ティアリス:「ええ。ヴェルダがピックアップしてくれた温泉の中でも一番有名な火傷に効く露天風呂がある宿に予約を入れておいたわ」
ヴェルダ:「ふむ。ご苦労。では、出発しようか」
リラ:「……え?」
ヴェルダ:「ん、なんだ、リラ?」


 ヴェルダはリラが自分を不思議そうに見ているので、小首を傾げた。


ティアリス:「どうしたの、リラさん?」
リラ:「あ、いえ。どうしてヴェルダさんはご自分を点呼しないのだろうと想いまして」


 それを聞いた皆は一瞬、びっくりしたような表情を浮かべて、その後にとても微笑ましそうな顔をした。


ティアリス:「リラさん、かいわすぎ」
リラ:「わわ。ティアリスさん、苦しいぃ」


 ティアリスは横からリラにくっついて頬を摺り寄せた。リラはくすぐったそうに笑う。


スラッシュ:「……確かに、リラの言う通りだな……良く気付いたな、リラ」
リラ:「はい、スラッシュさん」
オーマ:「さすがは俺の娘だぜ」


 スラッシュはヴェルダにふっと微笑みかけた。


スラッシュ:「……という事だ…ヴェルダ、名簿を……」
ヴェルダ:「うむ」


 ヴェルダはスラッシュに名簿を渡した。


スラッシュ:「…リラ」
リラ:「はい」
スラッシュ:「…リラが、点呼を」


 そしてスラッシュはリラにその名簿を渡した。
 リラは仔犬のような顔でその名簿と、スラッシュ、ティアリス、オーマ、ヴェルダの顔を見回し、その誰もが優しく頷いてくれたので、嬉しそうに点呼をした。


リラ:「ヴェルダさん」
ヴェルダ:「はい」


 ヴェルダは自分の名を呼んだリラに右手をあげて、返事をした。


オーマ:「あはははは。んじゃ、点呼も終わったところで出発するかい?」
ヴェルダ:「そうだな」
オーマ:「んじゃ、皆、荷台へ。スラッシュ、肩を貸そうか?」
スラッシュ:「……大丈夫、だ」
ティアリス:「なるべく静かに走らせてね。あまり振動がひどいとスラッシュの傷に触るから」
オーマ:「大丈夫だよ。心配するな、ティア」
ティアリス:「うん。あ、あの、それと、オーマ」
オーマ:「あん?」
ティアリス:「ありがとう」


 気恥ずかしげにそう言ったティアリスにオーマは優しく微笑んで、彼女の金髪をくしゃっと撫でた。


オーマ:「あいよ。さあ、二人とも乗りな」
ティアリス:「ええ」
スラッシュ:「……頼むな、オーマ」
オーマ:「おうよ。ああ、スラッシュ」
スラッシュ:「……何だ?」
オーマ:「馬車が発進したら眠っちまえ。睡眠が何よりもの薬だ。枕はまたティアに太ももを貸してもらってよ。いひひひひ。女の膝枕、男の理想だよな」
スラッシュ:「………」
ティアリス:「オーマ、レッドカード、即退場」


 まだ何か物言いたげなティアリスであったが、ヴェルダに促されてスラッシュを支えながら彼と一緒に馬車に乗り込んだ。
 そしてヴェルダはオーマと顔を見合わせあって、苦笑いを浮かべる。


ヴェルダ:「ティアをいじめすぎだ」
オーマ:「いや、あんまりにもティアがストレートに俺に反応を返してくるから面白くってな。つい、よ」
ヴェルダ:「やれやれ。さてと、それではリラ。私達も荷台に乗ろうか?」
リラ:「え、あ、私は…」


 馬をじぃーっと楽しそうに見つめていたリラは、ヴェルダに声をかけられて、何やら物言いたげに馬車とヴェルダ、オーマとを見比べた。
 そしてそんな彼女を見て、オーマはふっと笑うと、リラのふわふわのライラックの色の髪を大きな手で撫でてから麦藁帽子をかぶせた。


オーマ:「リラは外がいいんだろう? 外で風を肌に感じながら、色んな風景を見たいってよ」
ヴェルダ:「ん? そうなのか、リラ」
リラ:「……あ、はい。ダメ、でしょうか?」


 ヴェルダは上目遣いで自分を見るリラから彼女の背後に腰に両手を置いてそこに立つオーマに視線を向ける。彼はにこりと優しく笑って、ヴェルダに頷いた。
 オーマには妻であるシェラとの間にもうけたサモンと言う娘がいるそうだ。故に先ほどもリラが言いたかった事に気がついたのだろう。だったらここはオーマに任せておいた方が良いのではなかろうか。


ヴェルダ:「やれやれ。私にもまだ知らぬ事はたくさんあるな。それではリラ、オーマの言う事をよく聞くのだよ」
リラ:「はい」


 そしてヴェルダは荷台に乗り込み、オーマは自分の隣にリラを座らせると、手綱を握って、馬車を発進させた。
 向うはここソーンにおいて温泉街として名高いハルフ村だ。
 目的はスラッシュの湯治。しかしその真の目的はティアリスとスラッシュをくっつけるための温泉旅行。さてさて、どうなる事やら。とにかく五人はこの先に待ち受ける事件を知らずに出発した。


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【色気で攻めろ】

 がたごとと揺れる馬車の荷台は心地良かった。
 ティアリスはその心地良い振動を感じながら、御者台を覗ける小さな小窓に視線を向けた。そこにはふわふわと揺れるような麦藁帽子が見える。
 ティアリスは小首を傾げた。


ティアリス:「リラは大丈夫かしら? いつの間にやらあんな場所に座って」
ヴェルダ:「なに、心配はいらんさ。御者台と荷台の繋ぎは結構しっかりとしているし、あの娘の体のサイズなら充分に座れる。それにすぐそこにはオーマがいるのだからな。なんだかんだ言ってあの男は頼れる男だよ」
ティアリス:「それは認めます。ただ、勘ぐるのはやめて欲しいな。わたしもスラッシュもどう反応すればよいのやらわからなくって。ほかっておいて欲しい」
ヴェルダ:「手厳しいな」


 ティアリスは酒を飲むヴェルダに小さく吐息を吐いた。ふわりと舞った前髪が額を叩くと同時に、視線を隣に座るスラッシュに向ける。スラッシュの体はどのようにすればダメージを早く回復できるのか知っているのだろう。彼はぐっすりと眠っていた。
 ―――――そして実はそれがティアリスを多大に傷つけていた。いや、ティアリスは自分が隣にいるのにスラッシュが寝ているのがショックなのではない。自分がやはり彼に認められていないのがショックなのだ。
 ここ最近ずっとティアリスはスラッシュと一緒にいる。だが、スラッシュがその数日間でティアリスに甘えた事は皆無であったし、そしてまたスラッシュは常に神経を周りに配っていた。いつ何時何が起こってもいいように。そう、つまりティアリスは怪我人のスラッシュに守られていた状態であったのだ。
 ティアリスがスラッシュの隣にいたいと望んだのは何のためであったろう?
 それは自分を庇って負傷したスラッシュを助けるためだ。だがその想いがまたスラッシュに負担をかけているのだという事を誰よりも感じ、そしてなのにスラッシュの世話をすのだという頑なな想いを彼女は貫き通してしまっていた。そこには果たして何があるのだろうか?
 ――――ティアリスはその想いに気付いている?
 とにかくティアリスは深くため息を吐き、そしてスラッシュの横顔を見つめ続けた。


ヴェルダ:「そう思いつめるな。スラッシュも何もおまえを信用していないわけではない。それは男の性というモノだ。男は女より力があり、そして戦闘能力もある。それは女を守るためである事もまた事実だ。体を構成する細胞の一つ一つにそれが刷り込まれているのさ。それになティア、男という生き物は遺伝子レベルで女の前ではイイ格好しいをするものだ。ただそれだけなのだよ。オーマはイイ男なのさ。スラッシュをそれぐらいぐっすりと寝かせられるぐらいに。わかっておあげ」


 ティアリスは目の前に座るヴェルダを再度見た。
 ヴェルダは酒を口に運ぶ手を止めて、優しく微笑する。


ヴェルダ:「守られる女はイヤか?」
ティアリス:「え?」
ヴェルダ:「考え方をほんの少し変えれば、楽になれる。一つの想いに執着すれば、それは目隠しとなって、おまえにモノを見せなくするぞ。失ってからでは遅すぎる。そこをよくお考え、ティア」
ティアリス:「わからないわ、わたしには……。わたしは意地っ張りで、負けず嫌いだから」


 顔を俯かせたティアリス。
 ヴェルダはふっと軽く微笑しながら肩をすくめた。


ヴェルダ「それもまた結構さ。そこがおまえの魅力でもあるのだから。私が言いたいのはね、ティア。要するに自分を卑下するな、という事。わかるかい?」
ティアリス:「……なんとなく」
ヴェルダ:「上等だ」


 と、ヴェルダは鷹揚に頷いて、そしてそこでひどく悪戯っぽい表情を浮かべた。


ヴェルダ:「ところで例の物を持ってきたか? 昨日、私とあなたとリラとで買いに行った」


 そう言われた瞬間に、ティアリスは耳まで顔を真っ赤にした。


ヴェルダ:「ほんとなら何も身につけずにスラッシュの入ってる露天風呂に行ってもらいたいものなんだがね。だけどそれはさすがに無理だろう?」
ティアリス:「当たり前です!!!! この大胆な水着だって、わたしにはありえないわよ」
ヴェルダ:「あははははは。そんなに謙遜するなよ。似合ってたじゃないか、その水着」
ティアリス:「それは当たり前!!! じゃなくって似合うとかどうかは別の話よ」
ヴェルダ:「まあ、なんだ。その水着や裸で攻めるのも男を落とす最高の手ではあるが、今のおまえの顔に浮かぶその照れた表情を見せてやれば、スラッシュはいちころだよ。その笑みだからこそ、ひょっとしたら裸や水着よりも有効かな、男にはさ?」


 酒をごくりと喉に流して、にこりと笑ったヴェルダから、ティアリスはふんとそっぽを向いた。もちろん、照れ隠しだ。


 ――――――――――――――――――――
【任せておきな】

ティアリス:「はぁ?」
 感情も露にそう言ったティアリスの横でヴェルダが肩をすくめた。
 この温泉旅行の幹事役はヴェルダとティアリスだ。つまり温泉での不祥事は自分達の計画力の無さとか詰めの甘さとか色んな事を物語ることになる。それはやはりヴェルダとしても面白くは無いのだろう。オーマはどうやらティアリスに代わってヴェルダが交渉役をするようなので、ならばと自分を不安そうな顔で見つめるリラの頭をぽんぽんと優しく叩いて傍観者を決め込んだ。


オーマ:「それにサポートもちゃんとスラッシュがしてくれるようだしな」
リラ:「オーマさん、大丈夫でしょうか、温泉?」
オーマ:「なーに、大丈夫さ。任せておきな、あいつらに。それよりもリラ、おまえは向こうのソファーで座ってな」
リラ:「はい」


 ヴェルダは宿屋の主の前に立つと、三眼で睨めつけた。


ヴェルダ:「宿泊できぬとはどういう事だ? ちゃんと旅行代理店を通して予約を入れていたはずだが?」
ティアリス:「そうよ。ちゃんと旅行代理店と取り交わした契約書だってあるわ。これにはちゃんと予約はすべて完了しましたって書いてあるのだから」
主:「い、いやぁ、そうは言われても・・・うちは、もうダメなのだよ。とても・・・とてももう、そんな気分にはなれない」
ヴェルダ:「うむ。何かありそうだね。主よ、何か悩みがあるのなら話すといい。なんなら協力はするよ。もちろん、それなりの見返りはもらうけどね」


 両腕を組んでにぃっと笑った三眼の麗人に、ウインクするティアリス、頷くスラッシュ、その三人に主は本当に話しても大丈夫であろうか、という顔をしながら訥々とこの宿屋に起きている事を話し始めた。いつの間にかロビーに置かれたソファーで眠り始めたリラを起こさぬように横にさせて上着をかけてやったオーマはいよいよ面白くなってきたと、にやりと笑った。
 と、そのオーマの片眉の端が上がったのは9歳ぐらいの幼い女の子が、廊下の角から隠れてこちらを…いや、自分をじっと見つめていたからだ。
 オーマはふんと鼻を鳴らす。


オーマ:「モテる男は辛いねー」


 オーマは軽く右手をあげて、その娘にウインクした。するとその娘はあっかんべーをして、行ってしまう。わずかながらに赤い瞳を見開いたオーマは苦笑いを浮かべつつ、中途半端にあげていた右手で頭を掻いた。


ヴェルダ:「オーマ、来てくれ」
オーマ:「ああ」
スラッシュ:「……どうか、したのか、オーマ?」
オーマ:「いや、何でもないよ。ただ……思い出してな」
スラッシュ:「………」
ティアリス:「思い出したって、何を?」
オーマ:「秘密」


 オーマはティアリスが子どもみたいに軽く頬を膨らませたので、いっひひひひと笑った。
 ヴェルダはため息を吐いて、主に顎をしゃくりながら、オーマに説明をする。


ヴェルダ:「交渉がまとまった。これから魔物退治をするぞ、オーマ。報酬は宿代タダだ」
オーマ:「ほーう、それはまた随分と気前がいいな。てぇーっ事はそれだけ厄介な魔物って事かい?」
スラッシュ:「……オーマ、嬉しそうに…言うなよ」
ティアリス:「厄介っていうか、なんか色々とよ、オーマ」
オーマ:「色々とね」
ヴェルダ:「それではそれぞれの担当を決めたい。持ち場は露天風呂、美人の湯、混浴風呂」
オーマ:「混浴風呂をもらった」
スラッシュ:「……早い、な」
オーマ:「喧嘩は先手必勝、恋も好きになったら即行告白、ンデもって美味しい場所取りも早い者勝ちさ。これ、俺様の持論」
ティアリス:「美味しいって……いやらしい。何を考えてるのよ、オーマ」


 怒ったように言うティアリスにオーマはにやりと笑った。その思わず三人が眼を細めた表情(後でわかった事だが、その時にオーマが抱いていた感情はロマンスという名らしい)への反応…ティアリスはものすごく嫌そうな顔をして、スラッシュもわずかながらに片眉の端を動かし、ヴェルダは小さくため息を吐いた…を面白く想いながらオーマは三流の喜劇俳優のようにさも嘆かわしげに両手を大きく開いて天井を仰いだ。


オーマ:「いいか、誰が好き好んで混浴風呂に入りたいものか。俺様ぁには愛しき恋女房シェラがいるんだ。俺はシェラを心の奥底から愛している。おおそうさ。そのシェラをどうして裏切れようか? この俺様には不倫は文化だとか、女遊びも芸の肥やしとか、ましてや浮気は男の甲斐性なんて言葉は当てはまらない。生涯シェラ命。そして夫婦の仲がよければ、家庭の太陽であるお母さんがいつも笑っていれば子どもは大万歳。サモンもすくすくと育つってもんよ。しかぁーし、その俺がなぜに混浴を選んだかと言えば偏におまえらのためさ」
ティアリス:「わたしたちのため?」


 大仰に身振り手振りをくわえながら緩急をつけていかに自分がシェラを愛し、家庭を大切にして、娘を大事に想い、あまつさえ自分の男としてのポリシーを熱く語っていたオーマがおもむろに口にした言葉にティアリスは赤い瞳をぱちぱちと瞬かせながら自分を指差し、オーマは鷹揚に頷き、そして続きを口にした。


オーマ:「おうよ。まずはティア、ヴェルダ、リラ、おまえらが混浴風呂に入ってる時に他の男達が入ってきたらどうする? うら若き乙女の肌をどこぞの馬の骨かもわからん男に見せられるものかよ。しかも俺はリラの父親代わりだからな。だからここは断固拒否で、俺は三人を混浴風呂担当にはさせねーのさ。それによ、ティア」
ティアリス:「なんですか?」
オーマ:「おまえだって、スラッシュが他の女と一緒に湯につかる姿は見たくないだろう?」
ティアリス:「………スラッシュはそんな事しません」
オーマ:「はん、愛だねー。いや、結構。うん、羨ましいよ、若人よ。かっかっか」
スラッシュ:「…そこで、二人で…何を話している?」
オーマ:「何でもね―よ。ああ、それにしても楽しみだな、スラッシュ。混浴風呂。あーんなドッキリハプニングやこーんなドッキリハプニングでも起こらないもんかねー。いっひっひひひ。いや、楽しみ楽しみ」
ティアリス:「オーマ、言ってる事が矛盾してる。奥さんにバラスわよ?」
オーマ:「い、いや、それは勘弁してくれ」
ヴェルダ:「というか、客は私達の他にはいないのだから、あーんなドッキリハプニングもこーんなドッキリハプニングも起こらんよ。それに何やら勘違いしていないか? 私達は戦闘するのだぞ? つまりが湯にはつからん。それでは戦えないだろう」
オーマ:「えー、そうなのかよ? つまらん。某時代劇だって、入浴シーンがメインの印籠を見せるシーンよりも視聴率がいいんだぜ。それなのによ」
ティアリス:「オーマ、それ以上ぶーたれると本当にレッドカードを出すわよ?」


 睨むティアリスに肩をすくめて大仰にため息を吐くオーマ。スラッシュは苦笑いしつつ口を開く。


スラッシュ:「……とにかくまあ、それでは担当は…混浴風呂がオーマ、美人の湯がティアリス、ヴェルダ、リラ……そして露天風呂が、俺…で、いいな?」


 そう言ったスラッシュにティアリスが慌てた。いひひひひと笑うオーマを気にしながらそれでもどうしようもない気持ちを押さえきれずにスラッシュに反論する。


ティアリス:「ダメよ、スラッシュ。敵は魔物なのよ。何が起こるかもわからないし、それにあなたはまだ怪我人。無理はさせられないわ。だからわたしも露天風呂を担当する」


 頑なに言い張るティアリスにスラッシュは何かを言おうとするように口を開こうとするが、ちらりと見たオーマに顔を横に振られ、そしてだからというわけでもないであろうがスラッシュは小さくため息を吐いて、ティアリスの肩に手を置いた。


スラッシュ:「……わかった。それでは…頼む」
ティアリス:「ええ」


 腕を組んでそこに立つオーマはヴェルダと顔を見合わせあって、二人はお互いに苦笑いを浮かべた。


 ――――――――――――――――――――
【夢】

 リラは夢を見ていた。
 だけどそれはいつも夢に出てくる優しいあの人の夢ではなかった。
 それは幼い女の子、ウエディングドレスを着た女性、そして老婆の夢であった。
 皆とても悲しそうな表情をしていた。見ているだけで、胸が痛くなるそんな表情。そしてその三人の背後で笑う魔物たち。
 リラはサイバノイド。壊れたらもうその代用品は無いほどに精密に作られた少女だが、しかし泣く、という能力は無かった。だが夢の中ではそれは別だ。
 リラはその物言わぬ…ただとても哀しそうな表情で自分を見ている三人に涙をぽろぽろと流した。
 そしてその涙に濡れる頬にそっと触れる暖かみを覚えて、彼女は目を覚ました。


オーマ:「おはよう、リラ。どうした?」
リラ:「夢を、見ました」


 リラはまるで涙を拭うように自分の頬に触れていたオーマの手に片手をそっと重ね合わせながら…まるで怖い夢や哀しい夢を見た幼い子どもが甘えて親の布団にもぐりこむように…口を開いた。


リラ:「夢を見たんです。とても哀しい人々の夢を…」
スラッシュ:「……夢。…そうか、夢、か。リラ、もしもよければ…その夢を話してくれるか…」
リラ:「はい、スラッシュさん」


 リラは皆に訥々と見た夢の内容を語った。
 ティアリスはそんな夢を見たリラを労わるように彼女の横に座って、そっとリラの頭を自分の肩に乗せさせて、ぽんぽんとあやすようにリラの頭を撫でた。
 ヴェルダ、オーマ、スラッシュは固まって何かを話していて、そして三人は主に何かを訊いていた。
 リラは想った。こんな優しい温もりを持つティアリスや、そして優しく大きな心を持つオーマ、スラッシュ、ヴェルダならばあの人たちを助けてくれると。
 だからリラは心の奥底から安心し、そして自分も絶対にあの三人を助けるのだと、心に誓った。
 そして舞台は各風呂場に移る。


 ――――――――――――――――――――
【露天風呂 前編】

 露天風呂にティアリスとスラッシュはいた。


ティアリス:「なんだか物悲しい光景ね。露天風呂が泣いてるみたいに思えるわ」
スラッシュ:「…そうだな」
ティアリス:「とにかく、ちゃっちゃっと片しましょう。うん」


 ティアリスは頷いた。
 この混浴風呂には二つの問題がある。ひとつはウエディングドレスを着た女性の幽霊と、そして温泉好きの魔物。
 ウエディングドレスを着た女性の幽霊は、主の話ではその昔、新婚旅行でこの宿に泊まったそうなのだが、しかし新郎がこの露天風呂に入りに行くと言って部屋を出て行ったきり行方不明となってしまい、そして新婦はこの宿にそれから住み込みで働きつつ亡くなるまでこの露天風呂で、いなくなってしまった新郎を探し回ったという。
 そして今でも亡くなった彼女はウエディングドレスを着て、この露天風呂に現れるようになったという。
 ティアリスはこの露天風呂を選択して良かったと想う。スラッシュの事だけではなく、この哀しい彼女も救ってやりたいと想ったのだ。彼女はその愛故に此処を離れられずにいる。それはあまりにも哀しすぎるではないか。
 そして誰も何もしていないのにかこーんという音が露天風呂に響いた。
 肌がざわめく。
 二人の前に現れた純白のウエディングドレスを着た女性。
 彼女は涙を流しながら、スラッシュやティアリスを見た。


新婦:「いないの? いなくなってしまったの、あの人が…。ねえ、知らない? あの人が何処に行ってしまったのか? 此処の何処にいるのか…あなたたちは知らない?」


 聞いているだけで胸が痛くなるようなこの声。ティアリスはやりきれない思いで一杯になった。
 顔をふるスラッシュ。
 ティアリスはただ涙を流す。
 その二人を見て、新婦はその場で地団駄を踏む。


新婦:「どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうしてーーーーーぇぇ??? どうして、あたしがこんな想いをしなくっちゃならないのよ。せっかく幸せになれるとおもったのにぃ!!! これから愛するあの人と仲良くやっていけると想ったのにぃ」


 スラッシュもティアリスもどう言えばいいのかわからない。
 そして新婦の乱れた前髪の奥にある瞳に今までとは違う感情が宿った事にティアリスは気がついた。
 普段の彼女ならば迷わず腰に帯びたレイピアを抜く。だけど今回はそれをしようとは思えなかった。いや、彼女だって死ぬのは嫌だ。向けられる殺気は憎悪を孕んでいる。だけど彼女は細剣を抜けない。
 彼女の思考はどうすればこの哀れな新婦の魂を救えるのかを考えていた。だがその思考は乱される。


ティアリス:「スラッシュ!!!!」


 ティアリスを庇うように彼女の前に両腕を開いて陣取ったスラッシュによって。それはああ、あの時と同じだ。自分はまたもやあの時と同じようにスラッシュに守られるのであろうか? ヴェルダは言った、守られる女は嫌か? と。ティアリスは嫌だった。彼女はスラッシュを守りたいのだ。守られたから守りたいのではない。スラッシュだからこそ、守りたいのだ!!! そう、スラッシュだからこそ・・・。
 その彼女の動揺はもちろんスラッシュに伝わったが、彼はあえてそれを無視した。
 そしてその二人の様子がさらに新婦の憎悪に火を点けた。


新婦:「うわぁぁぁアアアーーーーー、皆死んでしまえぇーーーー」


 空中に舞い上がった風呂桶が、一斉にティアリスの前に陣取るスラッシュめがけて飛んできた。
 もしも体が万全であったらスラッシュならばそれらを打ち落とす事など簡単であろう。しかし今のスラッシュには無理だ。だがティアリスの盾になる事はできる。
 スラッシュはティアリスの前に両腕を開いて陣取る。だがしかし…


スラッシュ:「……なぁ」


 スラッシュは愕然とした声を出した。
 なんと脱兎が如き動きでティアリスがスラッシュの前に飛び出したのだ。
 スラッシュは痛みを無視して、自分の前に飛び出すティアリスに手を伸ばす。彼女の服に触れるスラッシュの指先。だけど……


新婦:「うわぁーーーーーー」


 叫ぶ新婦の感情に比例してスピードを増した風呂桶がティアリスに直撃した。
 そして彼女の体はその衝撃に信じられぬぐらいに簡単に空中に舞った・・・


スラッシュ:「ティアリスぅううううーーーーーーー」


 ――――――――――――――――――――
【美人の湯 前編】

 リラとヴェルダは美人の湯にいた。
 リラは眼をキラキラさせて大きな湯船を見つめて声を出す。


リラ:「うわぁー、大きなお風呂ぉーーー♪」
ヴェルダ:「温泉=地中から湧き出す温かい水。また、その付近一帯。東方の島国ではセ氏二十五度以上で一定の成分を含む物を言う。この美人の湯は肌を滑々にしてくれる効果を持つそうだ」
リラ:「お肌すべすべですか?」
ヴェルダ:「そうだ。お肌すべすべだ」


 ヴェルダはにこにこと笑いながら、リラの頬を撫でた。
 と、そのリラがライラックの色の瞳を見開いた。ヴェルダもそちらに視線を向ける。そこには老婆がいて、何やら探していた。
 リラはとことことその老婆の前に歩いていって、そして彼女の顔を腰を曲げて覗き込んだ。


リラ:「あの、何かをお探しですか?」
老婆:「ええ。主人にもらった指輪を探しているのだけど、無いのよ。もうかれこれと20年は探しているのだけど・・・ところでお嬢さんは私が怖くないの?」
リラ:「怖い? どうしてですか?」
老婆:「だってほら、私には足が無いんですもの」


 不思議そうな顔をするリラにひらりとスカートを捲った老婆。なるほど彼女には両足が無い。だけどさらにリラは不思議そうな顔をした。


リラ:「足が無いと、どうして怖がるのですか?」


 ふわふわと浮きながら老婆はきょとんとして、そして次におばさんがよくやるように手首を縦に曲げて笑った。


老婆:「あらいやだ。面白いお嬢さんね。そしてとても優しい。今までここに来た人たちはみんな私を怖がって即行でお風呂場から出て行ってしまったものなのだけどね・・・でも、そうね。だから少し寂しいかしら。その反応が楽しみでもあったのだから」


 くすくすと上品に笑う老婆にヴェルダは肩をすくめた。そして額の眼を誰もいない場所に向けて、唇の片端を吊り上げる。
 そのヴェルダをいつの間にか見つめるリラ。ヴェルダはにこりと笑って、


ヴェルダ:「リラ、その老婆の事はあなたに任せても良いかい?」
リラ:「あ、はい」


 嬉しそうにこくりと頷いたリラにヴェルダもこくりと頷いた。そして彼女はどこかへ行ってしまった。


リラ:「それではお婆さん。指輪探しを始めましょう。それでどのような指輪なのですか?」


 胸の前で手を合わせながら小首を傾げてそう訊くリラに老婆は少々恥ずかしそうな顔をした。リラはその表情に眼をぱちぱちと瞬かせた。


老婆:「それが恥ずかしいのだけど、縁日で買ってもらった玩具の指輪なのよ」
リラ:「縁日で買ってもらった玩具の指輪、ですか?」
老婆:「そうなのよ。あの頃はお爺さん、お金が無くってね。それで縁日でお爺さんったら真っ赤な顔で玩具の指輪を買って、それを私に渡してくれてプロポーズしてくれてね。それからいくつも指輪を買ってもらったのだけど、そのどれよりもその指輪が大切な物で」
リラ:「わわ。すごく良いお話ですね」
老婆:「ありがとう。それでね、その玩具の指輪は…ああ、だけど玩具の指輪だから…もう捨てられてしまったかもね……」
リラ:「そんな、……大丈夫ですよ。はい」
老婆:「ありがとう。それじゃあ、指輪の形はね・・・」


 リラは老婆と一緒に玩具の指輪を探し始めた。


 ――――――――――――――――――――
【混浴風呂】

オーマ:「よう、おチビさん。おまえも風呂に入りに来たのか? 中々にいい湯だぜ」


 笑うオーマの視線の先には先ほどの女の子がいた。彼女がこの混浴風呂に出る幽霊らしい。


女の子:「馬鹿じゃないの。服を着たままお風呂に入るわけがないじゃない。それにこのうら若き乙女のあたしがどうしておじさんと入らなきゃならないのよ? ふん」
オーマ:「おー、こりゃあ、また口が達者なお嬢さんだ。で、だったらここに何をしに来た? まさかそのおじさんの入浴シーンでも見に来たのかな?」
女の子:「な、なな、そんな訳がないじゃない。あたしにはそんな趣味はないわ」
オーマ:「じゃあ、どんな趣味があって来たのかな? ん???」
女の子:「こういう趣味よ」


 女の子の周りに子どもらしい想像力で具現化された泥団子が現れる。そしてその泥団子が真っ直ぐにオーマに向って飛んでくる。
 オーマはため息を吐いた。


オーマ:「やれやれ」


 ため息を吐いたオーマは右手を高く振り上げた。転瞬、彼の前に巨大な盾が出現する。それがオーマの能力だ。彼は精神力を具現化させる事ができる。
 泥団子はその盾の前に全て弾き返された。


女の子:「あー、何よそれは? 反則よ。卑怯よ」
オーマ:「何言ってんだか、このお嬢さんは。おまえが泥団子を投げてきたから、俺は能力でそれを弾き返しただけだろ」
女の子:「弾き返すなんて、ずるい!!!」


 女の子の子どもらしい発想と発言にオーマは呆れたような笑みを浮かべて肩をすくめると、つかっていた湯船から立ち上がった。もちろん、腰にはタオルを巻いている。そして女の子ににぃっと笑って、からかうように手の平を上に向けた右手の指四本をちょいちょいとさせた。


オーマ:「来な。だったら今度は盾は無しだ」
女の子:「子どもだと想って馬鹿にしてぇー」


 そしてオーマに迫る泥団子。そのスピードは音速だ。しかしオーマはその全てを膝まで湯につかっている状態で避けてみせた。


女の子:「あー、今度は避けたぁー」
オーマ:「そりゃあ、避けるさ。当たり前だろう」
女の子:「避けるなんてずるい!!!」
オーマ:「かぁー、我侭なお嬢さんだ。じゃ、どうしろって言うのかな?」
女の子:「避けなければ、いいの!!!」
オーマ:「へいへい」


 そして泥団子が女の子の周りに三度浮かび上がり、


女の子:「行けぇー」


 その泥団子は濡れた頭を掻くオーマに直撃した。
 べちゃりと顔にぶつかる泥団子。ずり落ちた泥団子の下にある汚れたオーマの顔にはしかし優しい表情が浮んでいる。
 その表情に女の子はショックを受けたような顔をして、イヤイヤをするように両頬に手をあてながら顔を左右に振って後ずさる。


女の子:「どうしてよ? どうして、避けないのよ」
オーマ:「お嬢さんが避けるなって言ったんだろう」
女の子:「どうして、怒らないのよ?」
オーナ:「寂しがって悪戯をする子どもを怒れと? そういう場合は一緒に悪戯をして笑ってやるもんさ」
女の子:「なによ、それ? なによ、それは??? わかんない。わかんないよ。わかんないよぉーーーーーーーー」


 女の子の周りに気弾が現れた。先ほどの泥団子とは違い直撃すれば、大ダメージを受けるほどの代物である事はちりちりとするうなじの産毛でわかる。オーマはハードだね、と呟きながら両腕にトンファーを具現化させると、自分に向けられて放たれたそれらを的確にトンファーを操って弾き返し、そして女の子の前にあっさりと立った。


女の子:「いやよ。いや、来ないで。来ないで・・・よ」


 泣きながら叫んでいた女の子の口が止まったのは、オーマに抱きしめられたからだ。広い胸に、温かく力強いオーマの両腕に女の子ははっと息を呑む。
 オーマはその気配を感じながら優しく言った。


オーマ:「大丈夫だ。もう大丈夫。おまえは独りじゃない」


 その言葉に女の子の体が震える。
 オーマは主にこの娘の事を聞いていた。この娘はかつてのこの宿屋の主の娘であった。しかし忙しい父親は、娘にかまってやる事ができず、そしてそれを寂しく想った娘は、客に泥団子をぶつけるという悪戯をし始めた。父親はそんな娘をひどく叱った。そして娘はそのまま父親と喧嘩をしたまま病気で亡くなった。
 そして父親もそのまま娘の後を追うように亡くなったという。


オーマ:「大丈夫だよ」
女の子:「いいなぁー。いいなぁー。あたしもおじさんみたいな人の子どもに生まれたかったぁ」
オーマ:「バーカ。おまえにはイイお父さんがいるじゃねーか」
女の子:「良くないもん。お父さんはあたしの事が嫌いだもん」
オーマ:「嫌いじゃないよ。娘を嫌う父親がいるもんかよ。ほら、あっちを見てみな。俺がこの混浴に来た時からおまえの親父さんはずっとそこにいたんだぜ?」


 女の子はオーマが顎をしゃくる方を恐々と見た。そこにはとても心配そうな哀しそうな顔をする父親がいた。
 女の子はその父親とオーマとを見比べる。
 オーマはふっと笑った。


オーマ:「おら、さっさと行きな。ほんとは親父さんと仲直りしたかったんだろう?」
女の子:「だけどお父さんは・・・」
オーマ:「おまえの事が大好きだよ」


 オーマはそう言って女の子の背を押して、女の子はそれで父親の方に走っていった。父親は飛びついてきた娘をぎゅっと抱きしめて、ただ泣いた。
 そして二人はオーマに頭を下げて、成仏をした。
 オーマは頭をぼりぼりと掻きながら娘の名を呟くと、不敵に笑いながら混浴風呂の隅を見た。


オーマ:「さーてと、てめえだな。あの娘に父親はおまえの事が大嫌いだと言っていたのは?」
魔物:「けけけけ、そうよ。あの小娘を使って俺様の大好きな風呂を独占しようとしていたんだが、それをよくも邪魔しやがって、このおやじがぁ。ぶち殺して、今度はてめえをこの風呂の自縛霊にしてやんぜ」
オーマ:「はっ。感謝しろよ、この魔物。俺様は不殺主義だ。てめえの命を奪うような真似はしねー。ただし、この世の生き地獄をあの娘の心を傷つけてきた分は味わってもらうぜ」


 銀髪赤目の青年の姿に変身したオーマに魔物は恐怖の表情を浮かべた。


 ――――――――――――――――――――
【美人の湯 後編】

 ヴェルダは気配を隠してこっそりと魔物の背後に回った。

魔物:「かっかっかっか。見つかるものですか、指輪が。指輪はこのあたしの手にあるのだから。うふふふふ。この美人の湯はあたしのモノ。あたしだけが美しくなって、この世のイイ男をみーんなあたしのモノにするんだから」
ヴェルダ:「ふむ。そんなくだらぬ理由であの老婆の魂をこのお風呂に縛り付けているのか、あなたは? 救えんな」
魔物:「だ、誰よ、おまえは?」
ヴェルダ:「ヴェルダ、だ」
魔物:「きぃー。おまえもあたしの美人の湯を狙っているのね。させるもんですかぁー」


 魔物はヴェルダに両手を振り上げて肉薄する。
 ヴェルダはため息を吐いて、傍らに置かれた巨大な石を軽々と持ち上げて、そしてひょいっと自分に肉薄せんとしていた魔物に投げた。もちろん、魔物は・・・


魔物:「ぐうぇ」


 下敷きになった。
 ヴェルダは掻きあげた髪を耳の後ろに流しながら巨大な石の下敷きになった魔物の前でしゃがみこんで、にこりと笑う。


ヴェルダ:「さてと、で、指輪はどこにある?」
魔物:「知らないわよ。ふん、たとえ知っていたとしても、教えるもんですか」
ヴェルダ:「やれやれ」


 面倒臭げにため息を吐いたヴェルダは三つの眼を細めた。


ヴェルダ:「では、体に訊くしかないな」
魔物:「か、からだに訊くって、このあたしの体に何を・・・って、あ、あんた、何をしているのよ?」
ヴェルダ:「何をって、あなたの上に乗っている石の上にさらにこの石を積み上げてやろうと思ってな。さてと、一体あなたはどれほどまでに石の重みに耐えられるかな?」
魔物:「じょ、冗談でしょ…その、石、さっきの石よりも大きいじゃない…」
ヴェルダ:「そうかい? で、言う気にはなったかな?」
魔物:「だ、誰が」
ヴェルダ:「ふむ。あなたもいい加減に強情だね。ところで先ほどから気になっていたんだがあなたがはめているその指輪がひょっとしてあの老婆がはめているものかな?」
魔物:「な、なな、なんて失礼な。このあたしがはめている指輪をあんなガラクタと一緒にしないでよ。これはダイヤモンドなのよ。誰があんなガラクタをはめるもんですか。あんなのは老婆から盗んだその日に石垣の方に捨てたわよ。ほんとになんて失敬な…話………あっ」
ヴェルダ:「なるほど。石垣の上か。それでは見つからぬはずだね」


 ヴェルダはそう言って、持っていた石をひょいっと魔物の上に乗っている石に積み重ねた。ぐぅえ、という声が聞こえたような気がしたがそれは無視した。オーマに渡すまではお仕置きの時間だ。

 なるほど、ヴェルダが探すと、石垣の上に埃をかぶった指輪があった。それを手に入れると、長いライラックの髪をアップにさせて、四つん這いで一生懸命に指輪を探すリラに視線を向けた。
 何かを言う老婆にしかしリラは頑なに顔を横に振って、指輪を探す。


ヴェルダ:「やれやれ。私が女じゃなければ即行で口説き落としているのだがね、本当に」


 ヴェルダは苦笑いを浮かべて、昇っていた石垣からひょいっと飛び降りると、リラに見つからぬように積み重ねられた風呂桶の塔の前に指輪を置いて、リラの隣に移動した。


ヴェルダ:「リラ。ここは私が探そう。あなたは風呂桶の方を探してくれるかい?」
リラ:「はい、わかりました」


 立ち上がったリラはてけてけと軽やかな足取りで風呂桶の方に走っていって、そして…


リラ:「あ、見つけました。指輪、見つけましたよ、おばあさん、ヴェルダさん」
ヴェルダ:「そうか、よくっやたな、リラ」
老婆:「まあ、ありがとう、リラさん。本当にありがとう」


 老婆はぺこぺことリラとヴェルダに頭を下げた。そして彼女は指輪をはめる。とても幸せそうな顔をして。
 そしてすぅーっとその場から消えていった。指輪をはめた瞬間に彼女の横に現れて、迎えにきたよ、と告げた旦那と手を繋ぎながら二人一緒にもう一度ヴェルダとリラに頭を下げて。


リラ:「よかったですね、本当に。おばあさんの指輪が見つかって。おじいさんと一緒になれて」
ヴェルダ:「ああ、そうだね。いつかあなたもああやって、夢の人が迎えに来てくれるといいね」
リラ:「はい」
ヴェルダ:「本当にさ」


 ――――――――――――――――――――
【露天風呂 後編】

 風呂桶の直撃を受けたティアリスの体は信じられぬぐらい簡単に後方に舞い、そして隣の湯とを隔てる石垣に直撃した。
 強く背をぶつけたティアリスは呼吸が止まり、そのまま下にずり落ちた。
 彼女はそのまま血塊と一緒に固まった息を吐き出し、気を失った。


スラッシュ:「…馬鹿な…ティアリス、何という真似を?」


 スラッシュはティアリスを抱き起こした。幾つもの風呂桶の直撃を受けたというのにティアリスの顔にはそのダメージに対する苦悶の表情は無かった。あるのはただ悲しみの表情。
 スラッシュにはわからない。それはあの新婦の幽霊へと向けられた表情なのか、それとも彼女にそれをさせた感情なのか…。
 ―――――スラッシュの胸で何かが揺れ動いた。
 このまま自分は彼女を失うのであろうか?
 スラッシュの脳裏に幾つモノ情景が浮ぶ。
 

 後頭部に感じた柔らかみ、温もり、見た優しい顔…だけど涙の跡が残っていて……。


 夜中、火傷のせいで熱を出すたびに彼女は寝ないで看病をしてくれた…泣きながら。


 掠めた指先…見た彼女の細すぎる背中……吹っ飛ぶ彼女………その瞬間に自分たちは眼を合わせた……自分の横を吹っ飛んでいくティアリスは自分にとてもとてもすまなさそうな顔をしていた。
――――――――――――――――――――――――そしてその彼女はまた泣いていた。


スラッシュ:「…ティアリス、どうして……俺はどうすれば?」


 スラッシュは意識の無い細すぎる彼女の身体を両腕でぎゅっと抱きしめた。
 新婦の幽霊はその彼らの姿で、よりショックを受けた表情を浮かべた。とても寂しそうな哀しそうな表情を浮かべてその場に両膝をついた。そのまま彼女は世界に溶け込んで消えてしまいそうな………


新婦:「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい・・・」


 新婦の幽霊は両手で顔を覆って泣き出した。
 スラッシュはぎゅっとティアリスの身体を抱きしめたまま顔を横に振った。
 悪いのはこの幽霊ではない。
 本当に悪いのは……


スラッシュ:「……おまえだ」


 スラッシュは銀色の前髪の奥にある瞳をぎろりと動かした。
 その視線の先にいた魔物はぐぅっと後ずさる。そしてその魔物が持つ鳥籠の中には青い光を発する玉が浮んでいた。おそらくそれは……


スラッシュ:「………おまえが、やったのか? おまえが新郎を、殺した? そして彼女の魂をこの場に縛り付けた……」
魔物:「きひひひひひひ。この温泉は俺様のモノよ。それに俺は女の涙が大好きなのさ。こんな嬉しすぎる場所はねーぜ」
スラッシュ:「………」


 スラッシュは立ちあがり、短剣を抜き払う。
 そのスラッシュを見て、魔物はへっと嘲笑うように唇の片端を吊り上げた。


魔物:「馬鹿か、おまえは? んな戦う前からボロボロの体でやれるかよ」
スラッシュ:「……ごたくはいい。来い」
魔物:「死にさらせー」


 魔物は右手の爪を湾曲状に伸ばし、それを振り上げてスラッシュに肉薄する。
 それを迎えうつスラッシュ。彼の体は魔物が言うようにボロボロだ。本来ならば戦闘など無理である。短剣を構えただけで全身を凄まじい痛みが襲った。しかし彼はその痛みを無視した。そう一発ならば、耐えられる。その一発で、


スラッシュ:「……決めれば、いい。そして、それは……」


 充分である。
 空間から浮き上がるように掻き現れた魔物。袈裟状に振り下ろされた爪。それを紙一重にワルツを踊るように体を回転させて避けて、そして紙一重で避けるという危険な行為は相手に次への行動へと移る間を与えないためにする行為で、
 つまり………


 スラッシュ:「…おまえの、負けだ」


 スラッシュは体を回転させた勢いを利用した一閃を攻撃を避けられたために大きな隙を作った魔物の体に打ち込んだ。


魔物:「ぎゃぁー」


 魔物は消え去った。
 そしてその瞬間に、魔物が左手で持っていた鉄製の鳥籠が砕け散った。
 それに閉じ込められていた魂が解放され、そして……


新郎:「シャロン」
シャロン:「カイン」
カイン:「シャロン、すまなかった…」


 長い時を越えて、二人は再会した。


ティアリス:「よかった」


 目を覚ましたティアリスは体を起こし、呟いた。
 そのティアリスに気付いたスラッシュが慌てて近づいてくる。だからティアリスは悪戯が見つかった幼い子どものように下唇を噛んで、顔を俯かせた。
 ティアリスの前にスラッシュが立つ。
 ティアリスはびくっと体を大きく震わせる。


スラッシュ:「…大丈夫、か?」
ティアリス:「………ええ」
スラッシュ:「…そうか、よかった」


 そう言ったスラッシュはへなへなとその場に座り込んだ。
 ティアリスはそのスラッシュに慌てた。


ティアリス:「スラッシュ、どうしたの? まさか、体が痛むの? 大丈夫???」


 慌てるティアリスに、スラッシュは恥ずかしげにふっと笑った。


スラッシュ:「……すまない。安心したら、体の力が抜けた……ただそれだけ、だ。ティア」


 ティアリスは一瞬きょとんとし、そしてその後にくすくすと笑った。
 そのティアリスのかわいい笑みにスラッシュも幸せそうに微笑んだ。


カイン:「ありがとう、二人とも。君達のおかげで僕らは再び出会えた。本当にありがとう」
スラッシュ:「……気にするな。あっちでも仲良く、な」
カイン:「ああ。あんたも早く気づけよ」
スラッシュ:「……?」


 不思議そうな顔をするスラッシュの横でティアリスはカインにウインクされて顔を赤くした。
 そしてそのカインの横に立つシャロンがそっとティアリスにブーケを渡した。そっとティアリスに囁くように唇を動かしながら。
 ティアリスは真っ赤な顔で彼女に頷いて、そのブーケを受け取って、スラッシュの横顔をちらりと見るのであった。


 ――――――――――――――――――――
【ラスト】


ヴェルダ:「ふむ、良い湯だな。浮いた金で美味い酒も飲めるし、至れり尽せりだ」
リラ:「お肌、すべすべ♪」
ヴェルダ:「時にティアリス」
ティアリス:「なに?」
ヴェルダ:「スラッシュとはどうやら少しは進んだようだな。ん?」
ティアリス:「な、ななななにを言い出すんですか、ヴェルダまで」
ヴェルダ:「いや、おまえらの雰囲気が良かったのでな。で、どこまで進んだ? ん???」
ティアリス:「………秘密です」
ヴェルダ:「あはははは。照れるな。照れるな。ん、恋せよ、乙女。花の命は短いってな♪」
リラ:「恋せよ、乙女。花の命は短い、ですよ、ティアリスさん」
ティアリス:「うぐぅ。リラまで…もぉーう」


 酒をご機嫌そうに飲むヴェルダ、アヒルの玩具を手にしながらくすくすと笑うリラ、頬を膨らませたティアリスはそっぽを向いて、そしてそのティアリスにヴェルダとリラが後ろから抱きついて、スラッシュの事を問い詰める。困ったティアリスはてぇいとヴェルダとリラにお湯をかけて、そして美人の湯はそのまま女三人のお湯のかけあい大会に突入した。



 そしてそんな美人の湯から聞こえてくる女性陣の華やかな声に、スラッシュは顔を真っ赤にさせながら湯につかり、その横でオーマはにやにやと笑って酒を飲んでいる。


オーマ:「モテる男は辛いな、え、色男」
スラッシュ:「・・・」


 オーマはかっかっかと笑いスラッシュの頭を叩いた。
 スラッシュは迷惑そうに横目でオーマを睨み、オーマはしれっと笑ってそれを受け流す。そんなオーマにスラッシュは大きくため息を吐いた。


オーマ:「まあ、俺は野暮な事は訊かねーさ。一番大事な事はわかっている男だからな、おまえさんはよ。だからまあ、こっちは酒を静かに酌み交わそうや。ほら、お月さんもまんまるですげー綺麗だぜ。桜も綺麗だ」
スラッシュ:「…そうだ、な」


 スラッシュとオーマは夜空に舞う桜の花びらと、さらにはその向こうにある満天の星空に、その星の海に浮ぶような満月を眺めながら共に酒を酌み交わした。
 もちろん、オーマのスラッシュを酔わせて、ティアリスとの事を訊きだそうとしている彼の作戦にスラッシュは今はまだ気付いてはいなかった。
 露天風呂は今はまだ男の友情の下に静かであった。



 ― fin ―







**ライターより**


こんにちは、ティアリス・ガイラストさま。いつもありがとうございます。
こんにちは、スラッシュさま。いつもありがとうございます。
こんにちは、リラ・サファトさま。いつもありがとうございます。
こんにちは、はじめまして。オーマ・シュヴァルツさま。
こんにちは、はじめまして。ヴェルダさま。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


このたびのご依頼、ありがとうございました。
えっと、プレイングにあったコメディー調というのとは遠くかけ離れてしまいました。すみません。
それでも少しでも楽しんでいただけていましたら幸いです。
いかがでしたでしょうか?
こちらで色々と少しでもより楽しんでいただけるように、
と、それぞれのお風呂場担当のPCさまに相応しいと想われる幽霊たちとの出会いをもうけさせていただきました。
それぞれのPCさまと幽霊達とのお話はこちらも本当に楽しく書けました。^^
本当に良い経験となりました。
また、感想、注文、苦情などなにかありましたら、聞かせていただけますと、嬉しいです。


【美人の湯】

リラさん、ヴェルダさん、老婆さんとのエピソードいかがでしたでしょうか?

ヴェルダさんには今回は頼れる優しいお姉さん的なポジションを取っていただきました。
とても話を進めていく上で助かるPCさまで、その点でも本当にありがたく書かせていただけましたし、
それにリラさんやティアリスさんに接する時の優しげな年長者としての描写は本当に書くのが楽しかったです。
またこっそりと陰で魔物を倒し、取り返した指輪をさりげなく隠して、
それをリラさんに見つけさせるというのはヴェルダさんらしい感じがするのですが、
もしもPLさまにもそう感じていただけていたら本当に嬉しいです。この描写は本当に書いていてすごく印象深い物でしたから。
本当にありがとうございました。


リラさんには今回はこのお話の良心となっていただきました。
リラさんの大切な人の夢を見るという素敵な設定はとても僕自身も好きです。
ですからそういうリラさんならばきっと温泉に縛られている幽霊たちの感情を敏感に感じ取ってくれると想い、
今回幽霊たちの夢を見ていただきました。
リラさんが夢を見る事で、幽霊たちの本当の気持ちを皆にわかってもらえる、というのは本当に大切な描写ですし、
そして夢を見た後に描写させてもらったリラさんの皆さんへのあの想いは、このノベルの軸となるモノですから、
そういう事を書ける機会をくださったリラさんは本当に嬉しかったです。
本当にありがとうございました。



【混浴風呂】

オーマさん、女の子とのエピソードいかがでしたでしょうか?

色々と描写や、ティアリスさんとの会話などですごく心配な点が多々あるのですがいかがでしたでしょうか?
お話の進行上、掲示板での雰囲気と少し違う感じでティリスさんとの会話を書かせていただきましたのですが、
少しでもPLさまのイメージに近いと幸いです。

オーマさんもヴェルダさんと同じようにこのノベルでは頼れる兄貴をやっていただけまして本当に助かりました。
書いていて非常に楽しいPCさまで、実は草摩自身の地で行けているような部分も多々ありますし、
言ってる事もまんま僕の持論であったりします。
オーマさんの設定ですごく惹かれるのは不殺という部分です。
そして掲示板も見せていただいて、イメージ作りをした結果、今回の混浴風呂でのエピソードとなりました。
親父、ではなく優しいお父さんの一面を持つ、家族を愛し、いかなる存在にも優しく接するオーマさんだからこそ、
あの女の子は救えたのです。^^
混浴風呂のエピソードは僕自身もとても好きな部類のお話なので、本当にそれをオーマさんで書けて嬉しかったです。
本当にありがとうございました。



【露天風呂】

ティアリスさん、スラッシュさん、カイン、シャロンとのエピソードいかがでしたでしょうか?

スラッシュさん、今回ラストでは少しスラッシュさんの戦闘スタイルとは違うのかな? と想いつつあのような描写をさせていただきました。
魔物との戦い、そしてティアリスさんへの想い、シャロンに見せた顔、
そのようなモノに何かを感じていただけて、少しでもお気に召していただけてましたら、幸いです。
今回も本当にスラッシュさんを書くのは楽しくって、
ラストの戦闘シーンを書くのはもちろん、
ティアリスさんへの想いに戸惑うスラッシュさん、オーマさんへの反応に困るスラッシュさん、そんな色んなスラッシュさんを書くのが楽しく、
どのスラッシュさんも僕のお気に入りです。^^
本当に楽しんで書かせていただきました。
スラッシュさんが実のところティアリスさんをどのように想っているのか、それがわかる時が来る日を楽しみにさせていただきますね。
本当にありがとうございました。


ティアリスさん。
オーマさんの欄にも書かせていただきましたが、少し会話が乱暴になってしまいました。
掲示板での雰囲気と違うモノになってしまった感もあります。
それでも少しでもお二人の会話で楽しんでいただけてましたら、幸いです。

そして今回のスラッシュさんへの想い爆発のティアリスさんはいかがでしたか?
前回担当させていただいたクエストノベルではティアリスさんはスラッシュさんに守られました。
そのスラッシュさんを今回は守ったティアリスさん。
その彼女の行動と、その時に彼女が抱いた想いに何かを感じていただけていたら幸いです。^^
今回は戦闘シーンは無かったのですが、それでもシャロンとの触れ合い…特にブーケをもらうシーンを楽しんでもらえたら嬉しいです。
花嫁からブーケをもらった次の人が、次の花嫁になれる…ティアリスさんとスラッシュさん、これから何かが変わり、そして動いていくお二人に幸せがある事を陰ながら祈らせていただきます。
しかし本当のところお二人はどうなるのでしょう?^^
ティアリスさん、スラッシュさんとどうなるか楽しみにさせていただきますね。
本当にありがとうございました。


それでは皆様、本当にご依頼ありがとうございました。
またお逢いできましたら幸いです。^^
それでは失礼させていただきます。