<PCクエストノベル(2人)>


『仔猫が見た彼の災難と彼女の幸せ』

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【 1882 / 倉梯・葵  / 元軍人/科学者 】
            &ウォッカ

【 1996 /  ヴェルダ / 記録者 】


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 36の聖獣が住まう世界ソーン。
 この世界には様々な人々が住まう国や街、村があり、そしてその中にヤーカラの隠れ里という龍人たちの村があった。
 龍人、それはここソーンにおいても希少種の種族であり、そしてその力は神にも匹敵するほどの力を持っていた。彼らは龍へと変身できるのだ。
 故に彼ら龍人の血を飲んだ者は偉大なる力を得ると言われている。
 ――――きっとこの一族は過去においてもさまざまな不幸な目にあったのであろう……。


 ――――――――――――――――――――
【仔猫の見た彼女の微笑】

 それは新雪のような美しい毛並みをした仔猫だった。かわいらしいその赤の瞳が見つめる先には三眼の美しい麗人が上品に酒を嗜んでいる。
 仔猫がもっぱら欲しがるのはどんなモノだろう?
 ミルク?
 にぼし?
 ねずみの玩具?
 猫じゃらし?
 またたび?
 小判?
 いや、小判は欲しがらない、か。もらっても使い道は無い。価値もわからない。猫にはカラスみたいに光り輝くモノを集める習性は無いし、または犬みたいにガラクタをコレクションする習性も無い。だけどきっとこの仔猫は違うのだろう。小判は欲しがる。だって……


ヴェルダ:「ん? どうした、ウォッカ。酒が欲しいのか?」


 赤い瞳を三つ柔らかに細めて微笑する彼女に、ウォッカは嬉しそうににゃぁーと鳴いた。とてもとても甘えるように。
 それに三眼の麗人、ヴェルダは笑う。薄い手の平で丁寧に仔猫の小さな身体を撫でながら。


ヴェルダ:「東方の島国には猫に小判、などという言葉があるが、きっとウォッカは他の猫とは違い有効にその小判を使うのだろうね。そのかわいさに免じて特別に分けてしんぜよう」
ウォッカ:「にゃぁ〜♪」


 くっくっくと笑いながらヴェルダは、席の隣を通りがかった飲み屋の店員に小皿を頼んだ。
 そしてテーブルの上に置かれた小皿。ほんの少し底が浅い小皿にヴェルダによって酒が注がれる。つぶらな瞳はキラキラと輝く琥珀色の液体を眺めている。揺れる水面には仔猫の変な顔が映っていて、それにとても不思議そうに小首を傾げてからウォッカはヴェルダを見上げた。


ヴェルダ:「さあ、飲め。苦しゅうないぞ」
ウォッカ:「にゃぁー♪」


 ちろりと舌で琥珀色の液体を舐める。芳醇な香りに相応しい濃厚な味。仔猫は滅多に飲めないお酒(しかも最近、葵ったら、仔猫はミルクを飲むものだ、なんて言いながらミルクしか飲ませてくれないものだから)に感動して小さな身体を震わせた。
 そして頬杖つきながらヴェルダはちろちろとお酒を美味しそうに飲むウォッカを優しく見つめながらお酒に関するうんちくを語り出した。
 ウォッカは彼女の薄く形のいい唇が動くたびに紡がれる甘やかなハスキーヴォイスに耳を傾ける。それは仔猫にはとても心地の良い音色だった。温かな春の陽だまりのようなそんな声。
 だけど仔猫は仔猫の相棒である倉梯葵の声も嫌いでは無い。あのどこか金属の結晶めいた冷たい響きを持つ声はだけど嫌味な感じは一切なく、不思議と仔猫を惹きつける何かがあった。
 そしてヴェルダの甘い香りがする薄い手の平で丁寧に身体を撫でられる気持ちいい感触も好きだし、葵に紫煙と硝煙の香りが染み付いた手で乱暴に撫でられるのも実は好きだったりする。
 仔猫は自分の顔が半分映る透明な液体から、ここより三つ前隣にある席に座る葵を赤い瞳で見つめた。その手にはカードが握られていて、どうやら今は自分の体を撫でてくれる事は無さそうだ。まあ、いいけど。
 ちなみに葵は仔猫が知り合いになる前からあーやってカードで生活費や旅の資金を稼いでいるらしい。そしてどうやら相当に強いらしかった。現に仔猫の赤い瞳の先で彼以外の男達が悔しそうにカードを捨てている。


ヴェルダ:「ああ、どうやらまた葵は勝ったようだね。うむ。ポーカーとはカード運よりもハッタリをかませる図太い神経と、観察眼が重要なゲーム。その点あの男はワンペアでもコールをかますほどに強気だし、それに観察眼も優れているからね。まあ、並みのプロでも奴には敵いはしまい。そしてウォッカ、今日は共に葵が稼いだお金でじっくりとこの店の酒を堪能しようぞ」
ウォッカ:「にゃぁー」
葵:「にゃぁー、じゃない。この飲兵衛猫が。それにこれは俺の旅の資金源。姐さんにたかられてたまるかよ」
ヴェルダ:「なんだ、つれない。少しは奢ってくれてもいいだろうに」
ウォッカ:「にゃぁー」
葵:「はん。知ってる、姐さん? 男が女に酒を奢る時は、その後の事を期待しているからだって」
ヴェルダ:「知ってるとも。グラスを勧める男のその頭の中ではもう既に女はベッドの上で服を脱がされてる事もね。どうだい、あなたも想像してみる?」
葵:「はっ。姐さんはザルでしょう?」


 三眼を細めて嫣然と微笑んだ麗人に葵は肩をすくめる。まだ仔猫のウォッカには葵とヴェルダとの間で取り交わされる大人な台詞は意味がわからない。
 だから仔猫は仔猫らしく鳴いておく事にする。人の言葉に翻訳するなら、お代わりちょうだい♪


ウォッカ:「にゃぁー♪」
ヴェルダ:「おや、もう飲んだのかい? だったら懐が温かい葵にもう一瓶奢ってもらおうね。ああ、そこの店員さん…」
葵:「いや、いい。行っていいよ。仕事して、ほら仕事」


 葵はこちらにやってこようとした店員にひきつった笑いを浮かべてあっちに行けをする。
 仔猫はヴェルダを応援するように視線を送る。
 ヴェルダはその応援を受けて、洗練された動きで髪を耳の後ろに流しながら小首を傾げる。揺れた前髪の下できつく三眼が細められた。


ヴェルダ:「ひどいな、葵。私とウォッカにお酒を飲ませない気かい?」
ウォッカ:「にゃぁー」
葵:「だ〜か〜ら〜、俺がどうして姐さんとウォッカに酒を飲ませないかんのだよ?」
ヴェルダ:「ペットだから♪」
葵:「・・・」


 花が咲いたように立てた人差し指をリズミカルに横に振ってにこりと笑う麗人に苦虫を噛み潰したような顔をする相棒。そのどちらの表情も仔猫には見ていて面白い物だった。
 黒髪の下で黒瞳が明後日の方向を見つめながらしばし固まっていたのはどうやら何か反論する言葉を探していたからであろう事は仔猫にもわかった。だけど結局……


葵:「……あー、あぁ、やっぱりいいや」
ヴェルダ:「良いのか?」


 開いた口を閉じて終わる。そのペットに親分はくすくすと形のいい薄い唇に手をあてて笑った。
 そして葵はまるで思春期の息子のような仏頂面でヴェルダの前にようやく座った。手に持っていたグラスもテーブルの上に置いて……
 ……だけどそれは横から伸びたヴェルダの手にかっさられる。唖然とする葵の目の前でグラス一杯の琥珀色の液体はヴェルダとウォッカの中に消えた。
 ご馳走様♪ そう言いたげに赤い瞳で見つめるウォッカの視線の先で葵は顔を片手で覆って大きくため息を吐いた。


葵:「あー、もう。ほんと姐さんには敵いません」
ヴェルダ:「当然だ」
葵:「にしても本当におまえの名前は失敗したよ、ウォッカ。どこの世界に酒をそんなにも美味そうに飲む仔猫がいるんだよ?」
ヴェルダ:「ここに」
葵:「じゃなくって……ああ、もういいや」
ヴェルダ:「くすくすくす。話を混ぜっ返すなって? ごめんよ。これ、我の本分なりってね。これだけは譲れない」
葵:「おや? って、事は他には譲れる事があると?」
ヴェルダ:「そうだね………うん、男の趣味とか。なんならペットから恋人に格上げしてあげようか?」
葵:「結構です」
ヴェルダ:「ほら、これだ。これだから相方がいる男はつまらん」
葵:「あはははは。姐さんはからかってるだけでしょう?」
ヴェルダ:「おや、本気でそう想うかい? 葵は随分といい男だからあなたが死ぬまでは共に連れ添うのも悪くは無いのだけどね?」


 まるで薔薇の花の蕾が開くようだ、とヴェルダの笑う顔を見ながらウォッカは想った。だけど葵はそれを愛想笑いでごまかす。三流喜劇俳優のように大仰に肩をすくめて、彼は気だるげに言った。


葵:「はいはい。嬉しい。嬉しい。だからいたいけな青年をからかうのはやめて、一杯親分に奢らせてもらうので、それで勘弁してやってくださいね」
ヴェルダ:「ふむ。ならばそうしてやろう」


 左手で頬杖つくヴェルダは右手の人差し指で額を覆う前髪を掻きあげながら唇を動かした。一体彼女はどこまで本気なのだろう? 仔猫のウォッカにはわからなかった。ただドキドキとするだけだ。
 そしてグラスが三つ運ばれてくる。
 仔猫は不思議そうな顔で今夜のスポンサーの顔を見た。頬杖つく葵は呆れてるような顔で唇を動かせる。


葵:「なんだよ、ウォッカ。おまえも飲むんだろう? だったら飲めよ」


 と、葵は小皿にグラスの中の酒を注いだ。
 それを見てふっと笑うヴェルダ。
 二人を不思議そうに見比べるウォッカ。
 そこには何があるのだろうか? ウォッカにはわからない。そんな仔猫の体をヴェルダは優しく撫でる。


ヴェルダ:「この世にはグラス一杯分の真実も無い。考えるだけ無駄だよ、ウォッカ」
葵:「この世にはグラス一杯分の真実も無い、か。
 you think that luck left you there but maybe tahere's nothing up in the sky but air.
 確かに考えるだけ無駄かも」


 仔猫は葵が何やら訳のわからぬ事を言ったのでびっくりした。彼は一体何と言ったのだろう? ただ葵のその横顔はどこか無機質だったし、ヴェルダはヴェルダで、何やら想う所があるかのようにただグラスを傾けた。
 そして殊更大仰に肩をすくめる。


ヴェルダ:「にしても、最近美味い酒にめぐり合えないな。この酒も40点がいいところだ」
葵:「……おい」


 ヴェルダは大きくため息を吐き、そして葵は引き攣った笑みを浮かべている。
 どうやら二人ともそれでこれまでの空気は流したようだ。
 だったらそれに仔猫も従う。と、言っても一般に猫とは薄情な生き物に想われがちだが、そんな事は無い。義理堅い生き物である。そしてつまりウォッカは葵にもヴェルダにも酒をもらった恩があるわけで、それならばここは公平をきして我関せずで行こう。うん。だからウォッカは我関せずでお酒を嗜んだ。ただ耳朶は二人の会話に傾ける。


葵:「あのね、姐さん。それって奢った人間前にして言う台詞?」
ヴェルダ:「だって事実だよ? どうにもあれだね、最近はお酒の味が落ちてきているような気がする。それが時代の移り変わりという奴なのかね」
葵:「さあ。まあ、何にしても波はあるんじゃない?」
ヴェルダ:「やれやれ。波ね。だったら次の美味い酒が飲める時とはどれぐらいで来るのだろうね」
葵:「さあ?」


 葵は肩をすくめた。
 そしてヴェルダは三眼でウォッカを見つめる。
 ウォッカはその自分を見つめる三つの赤い瞳に小首を傾げた。
 それに答えるように彼女はとても綺麗に嫣然と微笑んだ。


 ――――――――――――――――――――
【仔猫が見た彼の憂鬱な顔】


葵:「却下」
ヴェルダ:「却下を却下」
ウォッカ:「にゃぁー」
葵:「あのね、姐さん。たかだか酒のためにそんな面倒臭い事をしたくない」
ヴェルダ:「おや、それはお生憎様だね。私は自分の趣味趣向のためならちょっとぐらいの苦労や労力は厭わない主義でね。それはあなたも一緒だろう、ウォッカ? 美味しいお酒のためなら少しぐらいの苦労は厭わないよね」
ウォッカ:「にゃぁー」
葵:「あのね、十中八九、ひどく面倒臭い事になったらその尻拭いは俺にやらせんでしょ、姐さんは? だから嫌なの。俺だってヤーカラの隠れ里の話は聞いた事はある。龍に変身できる力を持つ龍人の一族がひっそりと隠れ住む村。その理由は彼らの血を狙う者たちから自分らの身を守るため。だけどさ、姐さん。だからこそ、そこにはちょっとやそっとの苦労ではいけないでしょう?」
ヴェルダ:「ふむ。正論だね。だけどね、葵。もうこれは決まったのだよ。私もウォッカも行く気満々。もう既に脳内では美味しい美酒に酔いしれる想像にアドレナリンも分泌されまくっている。だからもうその思考を切り替える事は無理。おまえもそうだろう、ウォッカ」
ウォッカ:「にゃぁーーー♪」


 仔猫は鳴いた。
 それは肯定の返事。
 ウォッカのつぶらな赤い瞳が見つめる葵の顔には渋面が浮かんでいたがしかし、その顔ににやりと笑みが浮んだ。またぞろ、何か屁理屈でも思い浮かんだのだろうか?


葵:「だけど姐さん、ヤーカラの隠れ里の場所を知ってるの? 隠れ里というぐらいなのだから、常人には計り知れぬ場所にあるのでしょう?」
ヴェルダ:「ふむ。また正論。じゃあ、まず先に答えを述べようか。知らない」
葵:「あはははは。笑える」
ヴェルダ:「でもだからこそ、美酒を飲めた時の感動を味わいたくないかい、葵?」
ウォッカ:「にゃぁー♪」
葵:「はん。姐さんもウォッカも取らぬタヌキの皮算用って言葉知ってる?」
ヴェルダ:「ふぅー。どうしてあなたはそうやって人の気を削ぐような事しか言わないかな?」
葵:「なるべくなら無駄な労力を使いたくないんで」


 ウォッカは葵を見つめた。どうせ、結局は押し切られてやるのだから、その無駄口を叩く労力を惜しめばいいのに、と言うように。
 その視線に込められた感情に気付いたのか頬杖ついてウォッカを見据える彼の瞳も半眼にされる。


葵:「とにかく却下。俺は知らない。やるなら姐さんとウォッカでどうぞ」
ヴェルダ:「あなたが来なければ荷物は誰が持つのさ」
葵:「あのね、姐さん……まあ、いいや。とにかく俺はい・や・だ」
ヴェルダ:「あなたも譲らないね」
葵:「こればっかりは」
ヴェルダ:「ふむ。ならばどうだろうか? もしもヤーカラの隠れ里への道のりがわかったら、そしたらあなたも私達についてくる事。それでどうだい?」


 頬杖つく葵はしばし考えて、やがて大きくため息を吐くと共に言った。


葵:「ああ、ナビゲーターなりなんなりが見つかったらね、いいよ。まあ、無理だろうけど」
ヴェルダ:「なるほど。それは了承したね。では、行こうか、葵、ウォッカ」
葵:「……えっと、どこに姐さん?」
ヴェルダ:「この飲み屋の真向かいにあるホテルに泊まってるヤーカラの隠れ里までのナビゲーターの子の部屋へ。まずは打ち合わせといこうではないか、って、何て顔をしている、葵?」
葵:「ちょっと待って。ナビゲーターってなに?」
ヴェルダ:「だからさ、さすがの私でもヤーカラの隠れ里を千里眼で見通す事はできないのだけど、しかしヤーカラの隠れ里から出てきている龍人を見つけるのは可能でね。だからその人にぜひともナビゲーターをしてもらおうじゃないか」


 どうしようもなく笑いを堪えきれないヴェルダの言葉を聞きながら葵は苦虫をまとめて5,6匹噛み潰したような顔をさらにもう5,6匹口に放り込んだような顔にした。
 ほら、やっぱりこうなった。きっと誰もこの人には敵わないのだろうという事を仔猫でもわかるぐらいなのだから、さっさと了承すればよかったのに、と呆れて呟くようにウォッカは赤い瞳を細めながらひと鳴きした。


 ――――――――――――――――――――
【仔猫とラジオ】

キト:「あ、あの宜しくお願いします」
ラジオ:「よろしく頼むぜ、若いの」
葵:「別に俺はよろしくされなくってもいいんだけどね」
ラジオ:「こいつは大丈夫なのかい、ヴェルダ?」
ヴェルダ:「ああ、大丈夫だよ。口ではなんだかんだ言いながら結局は最後まではやる男だから」
ラジオ:「まあ、あんたがそう言うなら」
葵:「いい迷惑」
ラジオ:「やっぱり信用できねー」


 ウォッカは赤い瞳を驚いたように瞬かせた。
 ヴェルダがナビゲーターだと紹介したのはまだ10歳ぐらいの男の子に、それとしゃべるラジオ。スピーカーから発せられるノイズ混じりの声を聞くにどうやら老人らしいが。
 ウォッカはヴェルダを見た。一体彼らと彼女はどういう繋がりなのだろう?


ヴェルダ:「葵、まあ、騙したのは悪かったがそれでも約束は約束だ。守ってもらうよ。男に二言は無いだろう?」
葵:「わかってるよ、姐さん」
ヴェルダ:「なら、そんな拗ねた顔をしない」
ラジオ:「はん、ガキだな」
葵:「あっー、スクラップにされたい?」
ラジオ:「本気だな、てめえ。おもしれぇじゃねーか」
ヴェルダ:「こら、二人ともいい加減にしろ」
ラジオ:「いい加減にってあのだなー、ヴェルダ……ぶっ」
キト:「すみません」
葵:「ぷっ。ふわははははは。電源切られたらしゃべれないのか、このおっさん」
ヴェルダ:「ならあなたは私が針と糸でその唇を縫ってあげようか?」


 赤い三眼を輝かせた彼女に葵とそれからウォッカまでもが口を閉じた。
 そしてヴェルダはようやく話が進められるとため息を吐いてから、口を開く。


ヴェルダ:「まずはキトの説明から。キト、自己紹介を」
キト:「はい。ボクは運び屋なんです。それでヤーカラの隠れ里にこのラジオを届けたいんですが……ボクだけの力ではこのラジオを狙う、人たちからラジオを守れ切れなくって」
葵:「あー、つまりヤーカラの隠れ里の場所はそのいけ好かないラジオが知ってるわけ」


 うんざりとした声でそう言った葵。ウォッカはそれに対してヴェルダが文句を言わなかったので、もうしゃべってもいいのだな、と息を吸って吐く。


ヴェルダ:「そう。そういう事。このラジオに取り憑いているのは龍人の者なのさ。私も知り合いでね。ヤーカラの隠れ里での生活よりも外での生活を選びそこで暮らし、そして死んだのさ。それでもやはり、彼は最後にヤーカラの隠れ里を…自分の仲間の姿をもう一度見たかったのだと。それでラジオに取り憑き、この運び屋のキトに依頼したんだ。自分をヤーカラの隠れ里まで運んでくれるようにって。だけど、ヤーカラの隠れ里を狙う者たちが多くって、キトひとりでは行けないってんで、それで私とラジオお互いが了承をしたわけ。ちょうど私も龍人の酒が恋しかったし、葵やウォッカにもその酒を飲ませたかったから、ね」


 ウォッカはキトが持つしゃべるラジオに興味津々。だからキトの足に擦り寄った。ラジオ見せて、と。
 キトはふわりとした感触がおもむろに足にしたので、びっくりしてラジオを落としてしまう。
 ウォッカはびっくりして、後ろに数歩飛んで、
 そしてそれでスイッチが入ったラジオは、


ラジオ:「おい、こら。キト。俺様の電源を切るんじゃねー、って、どうした、猫? 俺様が珍しいのかい? なんなら特別に俺のボディーに触ってもいいだぜ?」


 と、ご機嫌そうにウォッカに声をかけて、ウォッカもお言葉に甘えてラジオに触った。
 ヴェルダは苦笑いを浮かべながら、ラジオを拾って、キトに持たせる。


ヴェルダ:「どうした? 猫は初めて?」
キト:「い、いえ」
ヴェルダ:「そうかい。この子はウォッカ。私の大切な飲み友達さ」


 ヴェルダに抱き抱えられたウォッカにキトは頭を下げて、ウォッカは小さく鳴いた。
 ところで葵はまだ拗ねているのであろうか? ウォッカが視線をそちらにやると、しかし今まで彼がいたはずの場所に彼はおらず、葵はいつの間にかカーテンが閉められた窓の前にいた。そしてその彼の背中を見たウォッカの毛が逆立った。とてもとても冷たい殺気。氷でできたナイフのような。
 そして更に驚いた事にヴェルダがウォッカをキトに渡す。


ヴェルダ:「キト。ウォッカを頼むよ」
キト:「あ、はい」
ラジオ:「よう、ウォッカ、特別にキトに抱かれる事を許してやるよ」


 ヴェルダは肩をすくめて、そして本当に物珍しく懐からダガーを取り出した。葵の殺気が冷たく鋭い氷のナイフなら、ヴェルダの殺気は静かなる水面。静かな静かな…だけど覗けば吸い込まれてしまいそうな怖さを覚える底の知れぬ深さを感じさせる静かな湖の水面のような殺気。


ヴェルダ:「どれ、久しぶりにダガーを振るってみるかな」
葵:「珍しい。どうしたのさ、姐さん?」
ヴェルダ:「言ったろう。美酒を飲むためなら多少の労力は厭わないって。これもその範囲のうちさ。ラジオを死守するよ、葵」
葵:「へいへい、ラジオ、ね」
ラジオ:「不満そうだな、若いの」
葵:「別にいい。貸しておくから、後からちゃんと返せよ」
ラジオ:「はっ。覚えていたらな」
ヴェルダ:「ふむ。あなた方はひどく似ているね」


 ぶち破った部屋の出入り口から侵入してきた黒装束の男に銃口を向けながらヴェルダが口にしたその言葉に葵は今夜何度目になるか知れない苦笑いを浮かべた。


 ――――――――――――――――――――
【仔猫が見た彼と彼女の駆け引き】

 あのホテルの夜から10日が過ぎていた。
 葵、ヴェルダ、ウォッカ、キト、ラジオ、いささか変な組み合わせであるパーティーを乗せた馬車は街道を走っていた。
 あれだけ厳しかった黒装束たちの攻撃も、昨日から起こってはいない。


ラジオ:「へっ。ようやく俺らの強さに恐れを抱いて諦めたか」
葵:「はん。あんたは何もしてないだろう?」
ラジオ:「ったく、口の減らない小僧だ。ヴェルダ、よくこんなのと一緒にいるな」


 ヴェルダはここ10日もう何度聞いたかも知れぬその言葉をまた発したラジオに微笑するにとどめた。そして小さく吐息を吐く。
 ウォッカはそんな三眼の麗人からすっかりと自分を抱くのが仕事になったキトを見た。彼のまだ幼い顔にはひどく疲れが浮かんでいた。仔猫は心配そうに彼の胸に顔を摺り寄せた。


キト:「ありがとう、ウォッカ」
ウォッカ:「にゃぁー」
葵:「キト。眠れる時に寝ておいた方がいい。顔色が悪い」
キト:「あの、でも皆さんが起きているのにボクだけ眠るなんて」
ヴェルダ:「子どもはそういう事は気にせずとも良いのだよ、キト」
ラジオ:「そうだぜ、キト。いざとなったら葵がその命を捨てて俺たちを逃がしてくれる。その時のためにしっかりと体力温存だ」
葵:「言ってろ、クソラジオ」
ヴェルダ:「やれやれ、仲がいいほど喧嘩をすると言うがまったく」


 葵は反論するようにヴェルダを見るが、ヴェルダは相手をしない。
 そして馬車はそんな少々やかましい騒音を撒き散らしながら街道を走っていく。
 ちなみに馬車の乗客は葵、ヴェルダ、キトを含めて七人。残り四人は30代前半ぐらいの女性とその幼い娘。そして男が二人。
 幼い娘はかわいらしい仔猫を触りたくってうずうずしているような目でウォッカを見ている。きっと彼女の手に落ちたらわしゃわしゃと全身を撫でられるのだろう。
 そしてそんな娘を楽しそうに眺めている母親。
 その二人はいい。
 だけど他の男二人はどう見ても何やら雰囲気が怪しかった。
 それは仔猫の想い過ごしであろうか?
 その答えはすぐに与えられた。
 馬車がおもむろに止まって、馬のいななきがあがる。
 ――――それに重なって聞こえたのはきっと御者の男の断末魔の悲鳴だろう。
 そして男達二人が立ち上がって銃をホルスターから抜き払った。しかもそのうちの一人は母親から娘を奪い取っていて、彼女のこめかみに銃口を押し当てている。


母親:「きゃぁー」
娘:「ママぁー」
男1:「静かにしやがれ」
男2:「さあ、ラジオを渡してもらおうか」


 なるほど。どうやら昨日より前までの攻撃全てはこれへの布石であったのだろう。全てはこの作戦のために。この街道に入れさせさえすれば後は馬車駅を張っているだけでいいのだから。そして馬車駅にラジオがやってくれば、それを張り込み役の者が仲間に伝えて、そしてその仲間は途中の道で待ち構えている。そしてさらに作戦を完璧にするために張り込み役の男達もその馬車に乗って、馬車が止められると共に中で行動を起こす、と。
 葵は馬車の中で立ち上がった。ヴェルダと共に。


葵:「で、どうすんの?」
ヴェルダ:「まあ、武器を捨てろ、だろうな」
男1:「わかってるじゃねーか。じゃあ、武器を捨ててもらおうか? 男はリボルバー。女はダガー。おまえらの獲物はわかっているんだ」
男2:「早くしないと、この娘の命は無いぞ」
葵:「ふん。どのみち殺すくせに」


 葵の容赦ない言葉に母親が悲鳴をあげた。
 ヴェルダが苦笑いを浮かべる。
 キトはラジオを両腕で抱きしめておろおろとしていた。
 ウォッカは固まっている。


葵:「なあ、姐さん。額の眼からビーム、出ないの?」
ヴェルダ:「出ない」
葵:「ふぅいー。それは残念」
ヴェルダ:「だけどまあ、こんな事はできるんだなー♪」


 ゆらりとその男達の体は大きく震えて、その後は固まったまま動かなくなった。彼らの顔の表情も口の動きも固まっていてわからなかったが、しかしその瞳に宿る感情ならばわかった。彼らは自らの身に何が起こっているのか理解できていない。
 ヴェルダはゆっくりと固まった男達から女の子を取り上げた。そして勝ち誇るでもなくただ事実を述べるだけのような口調で説明する。


ヴェルダ:「私のこの額の目には呪縛の力があるのだよ。つまりが私の額の瞳を見た時点であなた方がどのようにしようが、あなた方の負けは確実だった訳だ。残念だったね」
葵:「さてと、それで外の連中はどうする?」
ヴェルダ:「いちいち相手をせずとも良し。きっと、彼らはこれまでのデータ―を下にこの作戦を立てたのだろうから、そこに油断が生じているはず。だったらそこを突かせてもらおうか。私が手綱を握るから、葵。あなたは後ろから追ってくるハエを払っておくれ」
葵:「了解」
ヴェルダ:「では、葵。心の中で30数えたら行動開始だよ」


 ヴェルダはそう言うと、外に飛び出した。
 案の定、彼らは飛び出してきたヴェルダに一様に驚いた表情を浮かべ、そしてそれより数拍遅れてから中の二人が作戦に失敗した事に気がついて、だけどその時には御者台についたヴェルダが手綱を握り、馬を操っている。
 動ける者もいて、ヴェルダに向って銃弾を放とうとした者もいたが、しかしその者たちにヴェルダは第三の眼による呪縛の技をかけた。
 そして馬車はいきなり猛スピードで走り出す。
 手綱を握るヴェルダの耳には拳銃の音色が絶えず聞こえていた。だけどその数も道を進むに連れて少なくなりついに途切れる。
 どうやら葵はすべて追い払ったようだった。


 ――――――――――――――――――――
【仔猫が憧れる龍】


ラジオ:「しかしあれだな。あんたらは無茶苦茶な事をやるね」
ヴェルダ:「何がかな? 思い当たる事がたくさんありすぎてわからないよ」
ラジオ:「ったく。あんたのそういう所は昔とまったくかわっていないな」
ヴェルダ:「あなたの口の悪さと子どもっぽいところもね」
ラジオ:「姐さんの悪戯好きのところだって。それに優しくって面倒見のいいところも。今回だって千里眼で俺たちのピンチを知って駆けつけてくれてさ。本当に恩にきりますよ」


 だいぶ広くなった馬車の中にはヴェルダにウォッカ、ラジオがいた。あの母娘はあの騒動の後にすぐに安全な場所で降ろした。
 そしてそのまま馬車は拝借して、ヤーカラの隠れ里を目指していた。今は手綱は葵が握っている。
 ヴェルダは酒を飲みながらくっくっくと喉を鳴らした。


ヴェルダ:「そう言えば昔はあなたとも随分と派手にやったものだったね。あの時のあなたは若かったから」
ラジオ:「はん。80年ほど昔の事かい。確かにあの時分は本当に派手にやっていたよな、お互い。だけど俺には守るモノができて、それで裏の家業から足を洗って地道な生活についちまった。それからもあんたの事は時折、思い出してはいたんだぜ? なんせ、あんたは俺の姐さんだったんだからな」
ヴェルダ:「それは嬉しいね。光栄だよ。だけど思い出してみても、戻りたいとは想わなかっただろう?」
ラジオ:「ああ。戻りたいとは想わなかった」
ヴェルダ:「うん、それで良いのだよ」
ラジオ:「だけど……」
ヴェルダ:「ん? だけど……?」
ラジオ:「俺はひとつ遣り残した事がある。それをするまでは死んでも死にきれない」
ヴェルダ:「わかるよ。それもまた愛故だ。ならばたまには地上に残り続ける死者の魂というのも許されるものだろうて。だけどわかっているな?」
ラジオ:「ああ、わかっている。どうやら、もうそれもあともう少しのようだ。姐さんと、あいつのおかげで」


 ヴェルダはそれっきり口をつぐんだラジオにふっと微笑し、揺れる液体の入ったコップを軽くラジオにぶつけた。
 そこにはきっと長年共にいて命を預けあった者たちだけがわかりあえる何かがあるのだろう。だったらそれは仔猫にはわからない。
 丸まっていたウォッカは立ち上がって、伸びをすると、荷台から御者台へと顔を出した。顔を撫でる風が気持ち良いと猫ながらに想う。そして器用に御者台と荷台の繋ぎを歩いて渡り、ひょいっとキトの肩から両腿の上におりて、そこでおさまった。
 キトはびっくりとしたような顔をしていたが、かわいらしい温もりと重みにくすりと笑った。


葵:「すっかりと懐いたみたいだな、そいつ。キトに」
キト:「はい。嬉しいです。あ、あの…」
葵:「ん?」
キト:「どうしてあの時、あんな危ない賭けをしたのですか? 馬車で女の子が人質に取られた時」
葵:「それが一番効率が高かったから。何度も言うが、奴らはあの時点でラジオを渡した瞬間にあの娘を殺していた。それよりもあーした方があの娘を助けられる可能性は高かった。だからあーしたのさ。やれる自信もあった」
キト:「……いいな、自信。ボク……自分に自信が持てないから……持てていたら、そしたらこんな迷惑、葵さんやヴェルダさんにかけなくってもよかったのに……ボクは本当にダメなんだ」
葵:「はぁー。あのな、キト。空には空気しか無いんだぜ?」
キト:「え?」
葵:「空には空気しか無い。だから人が空に見た夢や希望、それに絶望だってありはしない。そんなのはそいつが勝手にそこに見ていると勘違いしているだけのものさ。だけど自分の中に見れるモノは違う。自分の中には自分にしか見られない…だけど確固たるモノがあるだろう? 諦めの言葉を口にする前に、だからそれを探してみたら、自分の中に?」
キト:「……ボクは―――――」


 何やら真剣に考え始めたキト。そしてその横で葵はひどく苛ついたような表情を浮かべて前髪をくしゃっと掻きあげた。


葵:「あー、悪い、キト。後ろに言ってくれる? ちょっと煙草を吸いたい」
キト:「え、あ、はい」


 葵は何やらぶつくさとつぶやいている。ウォッカは以前にそれを聞いた事がある…というか、葵は時折、いい事をやったり、人に何かを言ったりした後によくこうやって呟く事がある。周りの人間に絆された所為だ、とかって。
 仔猫にはやっぱりこれもよくわからないので、他っておくのだけど。
 葵はキトが安全に荷台へと移動できるようにと馬車を止めて、そしてそれが一同の命を救った。
 がしゃーん。
 もしもそのまま馬車が走っていれば間違いなく直撃していたであろうタイミングと場所でそこに巨大なクレーターが出来上がっている。真上から岩が落ちてきたのだ。
 葵が見上げると、そこには巨大な鳥がいた。


葵:「鳥の聖獣?」
ヴェルダ:「いや、違う。あれはガーディアンだ」
葵:「ガーディアン?」
ヴェルダ:「そうだ」


 荷台から顔を出したヴェルダが頷いた。葵は眉根を寄せる。


ヴェルダ:「ヤーカラの隠れ里を守るモノ。古の契約の下にあれは隠れ里に近づく者を殲滅せんとする」
葵:「あははは。ちょっと待った。だけどラジオは龍人なんだから、何か対処方が…」
ラジオ:「俺は今はただのラジオだ」
葵:「さらりと言うなよ」
ヴェルダ:「葵、来るぞ」
葵:「クソ」


 守護者は巨大な翼を羽ばたかせて急降下で降りてきたかと想うと、その鋭い足の爪で馬車を引く馬の首を軽々と引き千切っていった。
 どす黒い血を噴水のように吹き上げる馬の首無し死体はその場にくずおれる。


キト:「うわぁぁぁぁーーーーー」
葵:「うるっさい。黙ってろ」
ヴェルダ:「葵、キトは任せたぞ」
葵:「あいよ」


 葵はウォッカを服の中に入れて、キトの体を軽々と片手で持ち上げる。そして彼は御者台から飛び降りてそのまま森の中に走りこんだ。
 一足先に森の中に入っていたヴェルダの背を見つけて葵は彼女の隣に立つも、すぐにその光景を見て、体を戦慄させる。


葵:「はい?」
ヴェルダ:「この人形どももガーディアンだよ」
葵:「冗談じゃない」


 葵はキトをその場に落として、素早くホルスターから抜き払ったリボルバーの銃口を人形ども…その数数十体…の一体に照準させてトリガーを引いた。
 その弾丸は一発で風船を割るみたい人形を破壊するが、なんせ数が多い。それで有利に立てるとは到底思えないし、そしてそこまで葵はお気楽ではない。それでも彼は唇の片端を不敵に吊り上げて、右手で銃を撃ちながら、左手で服の中に入れていた猫を落として最大限に身軽になると、空の回転弾倉を捨てて新たな回転弾倉を再装填する。


 その隙に立ち向かってこようとする人形ども。
 しかしそれらはヴェルダにすべてなぎ倒される。
 普段は戦いは傍観者を決め込む彼女だがしかしその戦闘能力は決して低くは無い。
 前方から迫ってくる人形たちに自ら突っ込み、繰り出される攻撃を避けつつ、その人形達のボディーにダガーの一撃。彼女が人形達の群れを通り抜けた次の瞬間、その人形どもはすべてが弾けて消えた。ならばと人形どもは一斉に円陣を組んで彼女に手に持つ剣を振り上げて斬りかかるが、しかし彼女はそれらをすべてまるで風に身を任せる竹が如く涼やかな動きで捌き、返す剣で人形どもをまた撃破した。


 しかし仔猫は身をすくめさせた。
 なぜならこの人形どもには恐怖が無いからだ。
 葵がどのような射撃スキルを見せても、
 ヴェルダが鮮やかな剣劇を見せても、
 それでも無限に続くとも想える攻撃を繰り返してくる。
 ――――――いや、想えるではない。実際にそうなのだ。


ラジオ:「キト。わかるか? ここを救えるのはおまえしかない」


 頭の上から聞こえたラジオの声にウォッカは顔を上げた。つぶらな赤い瞳でキトとラジオを見つめる。
 ………一体それはどういう意味なんだろう?


ラジオ:「このガーディアンは龍人ではない者がこの里に近づこうとした時に発動するトリック。だったら龍人ならば発動しない」


 ………つまりがキトは龍人という事か?


キト:「お、おじいちゃん……だけど、ボク、怖いよ。龍に変身するのが怖い……」


 ………ラジオがおじいちゃん。なるほど、キトがラジオをヤーカラの隠れ里に連れて行くのではなく、本当はその逆だったのだ。ラジオがキトをヤーカラの隠れ里に連れて行き、ラジオがキトを守っていた。龍人の血を狙う者達の目を欺くために。葵に黙っていたのは敵を騙すには味方から、ということか。おそらくヴェルダは知っていたであろうが。


ラジオ:「おまえは人と龍人の血を受け継いでいる。それでもおまえはほんの少しだけ龍人の血が濃いのだ。そのおまえならば変身できる。一度変身してしまえば、そうすれば龍人の血が覚醒し、ガーディアンは消えるはずだ。キト、おまえはこの人たちを救いたいと想わんのか? この数日間、懸命に我らを守ってくれたこの人たちを」
キト:「だけどおじいちゃん……ボクは………」


 キトは頭を振った。
 もうどうすればいいのか彼にもわからないのだろう。
 そして頭上より風が叩きつけられる。
 ウォッカはその風の勢いに舞い上がりそうになるのを懸命に四肢に力を入れて大地にしがみ付く事で回避する。そうして懸命に四肢をふんばらせながら頭上を見上げた。するとそこには背中を預けあって自分たちを取り囲む人形どもを牽制する葵、ヴェルダに急降下してくるあの鳥がいた。
 ウォッカは思わず先ほどの馬を連想する。
 そしてそのつぶらな瞳で首の無い男女二体の骸がその場にできあがった血の湖に転がったのを幻視したと想った仔猫がしかし実際に見たのは、二人の頭上…今しもその鋭い爪が葵、ヴェルダの頭をもぎ取ろうとしたその瞬間に現れた【茨の盾】であった。鳥の爪はその盾の強度の前に折れてしまう。
 鳥はたまらずにそのまま急上昇して逃げていく、しかしすぐにまた降りてきて、今度はその【茨の盾】に体当たりをかました。瞬間、ヴェルダの【茨の盾】は砕け散った。


葵:「姐さん、どいて」
ヴェルダ:「何をする気なの、葵」
葵:「決まっている。自分の頭の上のハエぐらい、自分で払う」
ヴェルダ:「ははは。ハエって呼ぶにはいささか大きすぎね」


 葵はクールに銃口を頭上…急降下してくる鳥の目に照準して、トリガー。
 だがそれはひらりとかわされて、そしてそのまま鳥は突っ込んでくる。
 しかしその体当たりは二度目の【茨の盾】によってまたもや防いだ。だが……
 仔猫は赤い瞳を見開く。
 ヴェルダがその場に片膝をついたのだ。しかも額の瞳は閉じていた。
 ―――――【茨の盾】を砕かれたダメージが大きかったのだ。
 そして鳥はそれを見逃さなかった。
 葵とヴェルダは絶体絶命の窮地に追い込まれる。
 頭上から鳥、
 そして円陣を組んだ人形たちが剣を構えて、
 一斉に葵とヴェルダに……
 ―――――だが彼と彼女は涼しげな顔でキトを見た。
 ウォッカも助けを求めるようにキトをばね仕掛けの人形かのような動きで見上げた。
 そして奇跡は起こる。


 自分の中には自分にしか見られない…だけど確固たるモノがあるだろう? 諦めの言葉を口にする前に、だからそれを探してみたら、自分の中に?


 キトの体が白銀の輝きを放ったと想われた瞬間、彼はまだ幼さの残る男の子から巨大な白銀の龍となって天に昇った。
 そしてどこまでも響き渡るような鋭い咆哮をあげた。
 それが掻き消すかのように葵とヴェルダを殺さんとしていたガーディアンが一瞬の内に空間から消失した。


 ウォッカはまるで憧れるかのように葵とヴェルダの前に舞い降りた龍を眺めた。白銀に輝く龍を。


葵:「へぇー、カッコいいじゃん、キト」
ヴェルダ:「うむ。あなたの祖父とそっくりの美しき白銀の龍だね」


 葵はへっと笑って、そしてヴェルダは三眼を柔らかに細めてそう感想を述べる。
 白銀の龍…キトは草むらの上に落ちているラジオを見つめた。
 ウォッカも同じようにラジオを眺める。


葵:「やれやれ、あの爺さん、逝っちまいやがった。一言ぐらいやればいいのにさ」
ヴェルダ:「そういう奴さ。あの男は。そしてようやく安心できたのさ。心配性の爺が」


 葵とヴェルダは空を見上げる。
 どこまでも透明度の高い青い空には真っ白で細長い…どこか龍に見える雲が一つ浮んでいて、そしてその雲と並んで空を泳ぐかのように何匹もの龍たちがこちらに真っ直ぐに飛んできていた。


 ――――――――――――――――――――
【ラスト】


ヴェルダ:「どうした、葵? 遅いな」
葵:「遅い…って、そりゃあ、姐さんは何も持ってないからいいでしょうよ。だけどこっちはこんな巨大な酒樽を背負わされて、山道を歩いているんだから、そりゃあ遅くなるって」
ヴェルダ:「どうした? 何か言ったか、葵」
葵:「いいえ、別に。何にも、姐さん」
ヴェルダ:「そう。ならいいけど」


 居酒屋であのお酒を飲める時を楽しみにるんるん気分で歩くウォッカは、ひょいっと後ろを歩く葵を振り返る。
 背中に巨大な酒樽を背負った葵は何だかふらふらとしていて危なげない。転んだりしないであろうか? 心配だな。
 ―――――――葵が転んで、酒樽の中身が零れてしまうのが………。


ウォッカ:「にゃぁー」


 そんな想いを込めて同じく隣でスキップを踏むように歩いていたヴェルダに訴える。ヴェルダはそのウォッカの声を聞いて、ひょいっと葵を振り返って、それで額を覆う前髪を人差し指で掻きあげながら、小首を傾げる。


ヴェルダ:「やれやれ。どうにも男の子のくせに足取りが危なげないね。ふむ。しょうがない」
葵:「なに、姐さん?」
ヴェルダ:「代わってあげる。ヤーカラの隠れ里では充分に休められなかったから、疲れたろう? だから私が持ってあげるよ」
葵:「いいよ」
ヴェルダ:「よくない。あなたが転んで、中身をぶちまけたらどうするの?」
葵:「あー、はい。心配はそっちなのね。あははは」
ヴェルダ:「他に何があるというの? ああ、ひょっとして心配して欲しかった?」
ウォッカ:「にゃぁー?」
葵:「ち・が・う」
ヴェルダ:「まあ、いいさ。ほら、貸しな。それに確かに怪我人をこき使う訳にもいかないしね。って、なんだい、その顔は? 私が気付いていないと想っていた?」


 ヴェルダはまだまだだね♪ と、とても楽しそうに言いながら葵が背中に背負ってようやく運べる酒樽をしかし実に軽やかにひょいっと片手で持ち上げて肩に背負ってしまった。
 ウォッカはとても驚いたように赤い瞳を瞬かせ、そして次に愕然としたような葵の顔を見て笑うように両目を細めた。


葵:「あー、うん。って、姐さんの方が俺より強い力持ちさん。俺って本当は要らなかったんじゃ? って、なんだかなー、もう。やっぱり、俺って姐さんの玩具かよ?」


 げんなりと頭を掻きながら大きくため息を吐く葵を見つめながら肩に酒樽を軽々と背負う三つ目の麗人は、その赤い瞳を柔らかく細めて、微笑した。


ヴェルダ:「やっぱり、あなたはまだまだだね♪」
葵:「大きなお世話」
ウォッカ:「にゃぁー♪」


 ― fin ―



**ライターより**


こんにちは、倉梯・葵さま。いつもありがとうございます。
こんにちは、ヴェルダさま。いつもありがとうございます。

このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


今回は場合によって戦闘もOKで旨い酒を探しに行く旅と言う事で、
ならばと想いこのようなお話にさせていただきました。
なんとなくいつもと同じ雰囲気になってしまったのですが、
少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。


今回はもう葵さま、ヴェルダさま、お二人そろってへの感想となってしまうのですが、
やはり僕としては中盤の葵さんがヴェルダさんの誘導にまんまとひっかかって、
そして隠れ里に行く事になってしまうシーンと、
ヴェルダさんがひょいっと、酒樽を持ってしまうシーンが好きです。
ここら辺が本当に印象に残りました。
最初から終わりまでのお二人の掛け合いが本当に楽しくって、
どれも思い入れがあるので、ちょっと言いたい事を上手くまとめられない感じです。^^;
本当にすごくすごく最初から最後までお二人を楽しく書く事が出来て、幸せでした。



葵さま
葵さまは後はキトと話すシーンなんかが好きです。
彼を励ますところ、
そしてそんな自分に自分じゃない、
って感じで愚痴りながら煙草を吸いたいと言い出すシーンがすごく書いていて楽しくって。



ヴェルダさま
ヴェルダさまは最初のシーンが好きです。
ウォッカと楽しくお酒を飲んで、
葵さんにたかってって。
あとは額の眼の能力も使えた事が嬉しかったです。




それでは本当にご依頼ありがとうございました。
失礼します。