<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『ピンクの騎士冒険譚』

★ オープニング ★
ソーンより遥か遠い国から、勇者(予定)はやって来た。
「あのメシ屋は冒険を斡旋しているらしい。ちょっと覗いてみよう」
同行の賢者が勇者(予定)のマントを引いた。
「やだ。オレ、冒険は嫌いだから」
ばこっ。
賢者のメイスが勇者(予定)の後頭部に決まった。
「ばかもぉぉぉぉん!」
賢者の声が、アルマ通りの看板達を震わせた。さすが坊主、声がでかい。
「わしは、赤の騎士と呼ばれたお前の父上とは古い友人じゃ。彼は立派な騎士だ。お母上も、現役時代は『白の天使』と呼ばれたすぐれた僧侶じゃった」
「おかげで『ピンクの騎士』って綽名をつけられたオレの身にもなってくれ!ピンクの騎士だぞ、ピンクの!」
アイリスは実は怠惰な性格なわけでは無い。剣を抜きたくないだけだ。彼の剣には、『ピンクの騎士』の名に相応しく、強いチャーム効果があった。敵がこの剣を受けると何割かの確率でアイリスに心を奪われ、戦闘が有利に運ぶ。しかし、この魔法がちょっと強力すぎるというか、何というか・・・。

「というわけじゃ」
賢者はルディアに深々と頭を下げた。
「彼は今、店の前で待っておる。彼に適当な冒険と、それから、彼を援護してくれる者を紹介してくれんだろうか。もちろん同行者への謝礼は払う」
「うーん。『慈しみの洞窟』で、銀の指輪を探すなんてのはどう?カップルの片方がペアのリングを落としちゃって、探しているのですって。危険も少なさそうだし、いかが?」

* * * * * * * * * * *
 ルディアの店に居合わせた3人が、勇者を助ける名乗りを上げた。
「人のお手伝いをすることが好きなのですよ」と照れたように静かにほほえむ青年は、アイラス・サーリアス。ラピス色の瞳が、メガネの奥で知的に光っている。
「あたし、『勇者を導く百の方法』という本でかなり勉強させていただきました。お役に立てると思います。まずは、指輪を紛失された方に、詳しいお話を伺うのがよろしいかと思います」
 胸の前で指を組み、メイが背の羽根を震わせた。天使である彼女も、困っている人がいるとつい手を差し伸べてしまうタイプだ。
「そうですね。先にお話を聞きに行きましょう」と、アイラスも頷いた。
「じゃあ俺は、先に洞窟に行って辺りを調べておくか。大勢でぞろぞろ聞きに行っても、邪魔になるだけだ」
 白山羊亭のカウンター席はオーマ・シュヴァルツには小さすぎるようで、彼は長い体を折り曲げるようにして、テーブルに肘をついた。ど迫力の外見を持つ彼は、指輪の依頼主を怖がらせるといけないと、気を使ったのだ。
「うちのバカ騎士を、よろしくお願いします」
 賢者と名乗った老人は、再び深くこうべを垂れた。
 
<1>
『慈しみの洞窟』の入口に着いたオーマは、いきなり、出てくるカップルと遭遇した。
「きゃっ!」
 女の方が、図体の大きいオーマに驚き悲鳴を上げた。これ以上密着できないと思っていた二人だが、女は男にますます抱きついた。
「おっと、ごめんよ。驚かせちまったな」
 ・・・ん?
 男の方の、指でつまんでいるものに目が行った。泥と羽虫の死骸がへばりついた指輪。
「俺は、銀の指輪を落とした奴から頼まれて探しに来た者なんだが。もしやそれ、洞窟の中で拾ったんじゃないのか?」
「オーマ先生じゃないですか。ええ、そうです。半分泥の中に埋まってましたよ。ペアリングの片方らしいので、大切なものかと思いましてね、拾っておいたんです。では、お任せしますね」
「おお。任されたぞ。おかげで仕事が楽に済んじまったな」
「で、お察しくださるでしょうが、私とここで会ったことはご内密に」
 オーマは苦笑した。
「ああ、わかってるよ」

 泥を払い落とすと、確かに銀のリングだった。しかし、指輪が見つかったからと言ってクエストを終了するわけにはいかない。指輪発見は二の次。ピンクの騎士の修行というのが、オーマ達に対する依頼なのだから。
オーマは洞窟の辺りを調べるとは言ったものの、男一人で中でウロウロしていたら覗きと間違えられかねない。
 ここは、おとなしく皆を待つことに決め、入口近くの岩にもたれてどかりと腰を降ろした。
『“慈しみ”の洞窟』とはよく付けたものだ。オーマもここの噂は聞いていた。『ヴィーナスの森』や『キューピットの茂み』などと呼ばれるものと、同じ性質のモノだ。
 恋に制止は利かず、人々は恋が大好きと来ている。
 オーマは妻帯者なので、ここを訪れるのは初めてだった。いや、妻帯者だからこそ訪れる輩も多いわけなのだが・・・。
 依頼者の話など聞かなくても、ここで落とし物をしたって時点で、どうせマトモな恋愛じゃないのはわかる。まあ、オーマも大人の男だ。そういう奴にいちいち目くじら立てる気にはなれない。人間とは、そんなお綺麗な生き物じゃないのだ。
『あのマジメ男と天使様は、憤慨しながらここに着くんだろうな』
 それより気がかりなのは、ピンクの騎士だ。あの拗ねた目、ふてくされた態度。だが、根っから腐った奴には見えなかった。コドモだった。思う通りにいかなくて、工作をぶち壊してしまう小さな子供。親の理想が高い為に、自分ではうまくやったつもりの事も褒めてもらえなくて。オーマはそんな子供を彼に重ねて見ていた。
『オレにだって出来るんだ』、そんな自信をつけさせてやれれば。
 彼は、変わるだろう。たぶん。確実に。
 強い敵と、まっすぐ向き合う勇気を持つことができれば。
「久々に、『へんしーん!』してみるかね、俺」
 他人事のように、呟いた。

<2>
「おう。遅せえぞ」
 洞窟の入り口では、オーマが待ちくたびれた様子で、岩にもたれていた。
「詳しい道順を聞いて来ました。そう危険は無いクエストのようです」
 アイラスが冷静な口調でオーマに告げた。
「おや。お前さん、なんか顔が赤いぞ?どうした?」
 オーマのごつい手が、アイラスの首筋に触れ、そして顎の付け根に触れた。医師であるオーマは的確に一瞬で診察をした。
「熱もねえし、リンパも腫れて無いが」
「べ、別になんでもありません!」
 アイラスが慌ててカンテラに火を灯し、先頭で洞窟に入って行った。事情を唯一知る勇者が含み笑いしながら続き、天使、そして大柄な医師が最後に続いた。
「最初の分岐を左。次の分岐を右。右側が白っぽい岩面になっている。この場所だと思うのですが」
 アイラスが火をかざすと、白い岩に彫られた相合傘の落書きが見えた。間違いないようだ。
 メイが、はいつくばって指輪を探し、アイラスも膝をついて手を地面に滑らせた。
「ございませんわねえ」
「うーん。そう広い場所でもないのに」
 勇者はそんな二人の横で、突っ立ったままだ。
「おい、勇者さんよ。お前も探したらどうだい?二人ともお前の為に手を泥まみれにしてるんだぜ」
 オーマのドスの効いた声にひるみもせず、勇者は言い返した。
「ご立派な奴らを見ると、オレみたいなダメ人間はよけいやる気を無くすんだよ」
「ふん、手を動かさねえ奴の言い訳か。・・・俺はもう少し奥を探すぜ」
 オーマは斬れるような視線を勇者に投げつけると、洞窟の深い部分へと消えた。酷い事を言われて、アイラスとメイの手は一瞬止まったが・・・。
 メイは、チャリンという金属の音を聞いた気がして顔を上げた。同時にアイラスも指差した。
「あ、あそこ!」
 オーマが去った奥への通路、きらりと光るものが見えた。
「せめてあなたが拾いなさい」
 アイラスに促されて、勇者が銀の指輪を握った、その時だった。
 咆哮と共に、銀色の獅子が前に立った。叫びで震える銀の毛は針に似て、挑発するように先端をこちらに向けてなびいていた。魔獣の類なのか選ばれし獣なのか、普通の獅子の十倍も大きく、鬣(たてがみ)は天井を擦りパラパラと小石を落とした。
「うわーーーっ!」
 勇者はその場に尻餅をついた。赤い瞳がまっすぐ勇者を見おろしていた。勇者は尻でズリズリ下がりながら、やっとのことで剣を抜き、構えた。しかし、握る右手はそれとわかる程震えていた。
「勇者様!」
 メイが勇者の前に立ち、大鎌を構え、庇う姿勢を見せた。白い羽根の庇護で勇者はやっと立ち上がる。メイは大鎌を自分の背より高く設定していた。メイの武器は大きさを自由に変えることができる。しかし、大きく姿を変えた『イノセントグレイス』も、巨大獅子の前では楊枝のように見えた。
 アイラスも背後で釵を握ったが、この武器でこんな巨大な敵を倒すのは無理だ。
「そうだ・・・。オーマさんは・・・」
 アイラスは背を冷えた汗が落ちるのを感じた。奥へ探索に行ったオーマ。もしや、この獅子の餌食に。
 獅子が一歩前に出た。地面に置いたカンテラに照らされ、銀の毛が輝いた。前の二人も数歩下がり、間合いを計っている。
前線では、メイが勇者に叱咤を飛ばしている。
「勇者様、倒すのは無理でも、あなたの剣なら一太刀で戦いを有利に導くことができます。いつまでもあたしの羽根の後ろに隠れていないで、戦ってくださいませ!」
「バカ言うな、こんなのに惚れられたらどうしてくれる」
「それは、斬られた者の痛みとして、甘んじてお受けください。『勇者』とは、ただの殺戮者では無い。返り血の重さを知る者だと思います」
「・・・。くそ。言ってくれるじゃないか。どきやがれ、天使」
 勇者の剣の震えは止まっていた。左手でメイを雑に突き飛ばすと、彼は獅子の前に立った。象の前の蟻のようだったが、勇者の剣はまっすぐ獅子の顔を向いていた。
「オレが死んだら、メシ屋で待ってるじじいにちゃんと伝えてくれよ、オレは逃げずに戦ったってな」

<3>
 夕暮れの白山羊亭に、灯がともる。冒険を終えた者達も、ただ腹が減っただけの者も、うまい食事や酒にありつく為にここを訪れる。
「かたじけない。皆様にいくら感謝しても足りませぬ」
 賢者は3人に深々と礼をした。
「ほれ。おまえも詫びと礼を言わんか」
 そう言われても勇者は無視して、しれっとパスタをすすっていた。
「オレの剣のチャームが獅子に効かなくて、ほんとによかったぜ」
 勇者も、メイ達も知らない。あの獅子はオーマの変身した姿だ。もっと広い場所なら、獅子に翼があるのも披露できたはずだ。
彼は事前に自分の店の薬草を煎じて飲んでいた。チャームの魔法を無効にする薬草。そして変身し、軽く何太刀か斬らせて奥に逃げた。勇者に自信を持たせる為に。その後オーマに戻り、獅子から逃げて来た振りをして合流したのだ。
 オーマの見込んだ通りだった。勇者は、ちゃんとやってみせた。ひと芝居打った甲斐があるというものだ。
「ピンクの騎士、お前さんは、やる時にはやる男だな。見直したぜ」
 ビールジョッキを握るオーマの指には、幾本かの切り傷ができていた。こんな傷、痛くも無かった。人に戻れば紙で切った程度の傷だ。
「その名で呼ぶなっ!」
 ムキになる勇者に、オーマは微笑んでいた。
「銀の指輪の依頼でしたから、これからは『銀の騎士』と名乗ったらいかがですか?」
 アイスティーをすするアイラスの言葉を聞き、勇者は肩をすくめた。
「そんな強そうな名前、まっぴらだ。それに呼び名なんて、後から付いて来るさ」
『へえ。大人になったものですね』と、アスラスは微笑した。
 メイはメイで、プリンを頬張りながら、幸せそうに言う。
「農夫さんも指輪を受け取って『もう二度と浮気はしません』って約束してくださったし。よかったです」
「バカじゃないの、天使」
 勇者、相変わらず口は悪い。
「あいつはまたやる。惚れるってのは、人の性(さが)だ。オレもこの剣の呪いと、一生付き合って行くさ」
 オーマは、下を向いて、誰にも気づかれないように笑った。
『コイツ、けっこう言うじゃねえか』、と。

 賢者は、奥歯を噛みしめながらも何度も礼をして、店を出ていった。意識して渋い表情を作っていないと、面相が崩れるのを止められそうになかった。
 勇者は先に店を出て、ヤンキー座りをして待っている。態度がだらしないのは相変わらずだが、以前の拗ねたような表情はもう無い。白山羊亭の灯が、決して美形とは言えない勇者の顔にも影を作り、精悍な面(おも)に作り変えていた。
<END>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1649/アイラス・サーリアス/男性/19/軽戦士
1063/メイ/女性/13/戦天使見習い
1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39/医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り

NPC 
勇者(予定)アイリス 『ピンクの騎士』
賢者
農夫の青年
洞窟入口で会ったカップル

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■         ライター通信          ■
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ご注文ありがとうございました。ライターの福娘紅子です。
NPCのバカ勇者が、色々失礼いたしました、お許しください。
ご希望の『こっそり変身』、させてみました。チャームの呪いも『受け入れる』方向でストーリーを展開させてみました。
大人なので、他のお二人とは少しものの考え方を変えて書いてみました。オーマさんも誠実で真面目なかただと思うのですが、メリハリをつける為に。

オーマさんは他のお二人と別行動なので、メイ編アイラス編はだいぶ変わっています。よかったらご覧になってください。