<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


ウィンドバレー −Treasure of a wind−



■ オープニング

 風の山脈――通称『ウィンドバレー』の名で聖都にも轟いている屈指の難所である。複数の山によって形成されるV字型の谷は落下すれば命はない。だが、その山に挑み、強風に煽られ落下する者は毎年あとを絶たない。
「秘宝は残り二つ。風と土――すでに発見されているのは『火の源』『水の源』ね。次は『風の源』……でも、今回は危険性が高いわ。城の学者たちも口を揃えて不可能だと言っているようだし……」
 黒山羊亭で繰り広げられるブリーフィング――ウィンドバレーでの死亡者はすでに二桁にのぼっていた。それで、こうしてエスメラルダが酒場に集まった者たちに説明し、その危険性を促しているのだ。
「……結局、聖都は秘宝なんてものを集めてどうしようってんだ?」
 冒険者の一人が不思議そうに首を傾げた。
「私の仕入れた情報によると……すでに聖都はそこまで調べがついているらしいわ。ただ、間違っても一般人には知らされないでしょうね」
「どうしてだ?」
 別の冒険者が問う。
「少しは頭を働かせなさいよ? ……用途が分かれば噂が広まる……悪用しようと考える輩が出てくるはずだし、単純にお金に絡ませる人間も当たり前のように出てくる。用途が分からなければ、扱いようがないわ」
 冒険者たちが唸る。
「とにかく、無駄死にだけはしないでよね。私の目覚めが悪くなるから」
 エスメラルダはそう言って静まり返った黒山羊亭を盛り上げた。



■ 麓にて

 険しい山々が続く、風の山脈。遠くに稜線が覗ける。
 麓に到着したのは日没、すでに世界は闇夜が広がっていた。
 麓にはキャンプ用のテントがいくつも並べられており、冒険者が各所から集まっている。
「どうやら、近くに川が流れているみたいですね」
 水には苦労しなくて済みそうですね、そう付け加えたアイラス・サーリアスは荷物を地面に降ろした。
「さて、冒険者から情報収集か?」
 シェアラウィーセ・オーキッドが立ち止まり、他の四人に訊く。彼女はことあってシェアラと名乗っている。
「任せて、あたしが踊りで冒険者を集めてみせるわ」
 豊満な体を強調し、レピア・浮桜は冒険者の集まる焚き火のもとへ向かう。彼女は、呪いによって昼間は石化している。夜になり呪いが解けてやっと自身を取り戻すことが出来るのだ。
「では、俺たちも情報収集といきましょうか」
 軽装な出で立ちでイレイル・レストが提案する。魔法を得意とする彼は、武器などを持っていないため、荷物が極端に少ない。ただ、薬草店を経営しているので、その手の準備を怠るイレイルではない。
「そうだな、各自で情報を掴むことにしよう」
 習志野茉莉がそう言って、歩き出す。促されて他の三人も散開した。

 レピアはすでに得意の踊りで人々を虜にいていた。主に男性。
「山頂までのルート? 知ってる、知ってる。俺さ、図版なんかを専門にしてるからさー」
「ちょっと、見せてもらっていい?」
 一旦、踊りを中断してレピアが男に近づく。男はどことなく嬉しそうだ。麓に集まっている冒険者は総じて男性の割合が多いので女性は希有な存在なのかもしれない。
「あー、いいよいいよ。その地図、あげる」
「え? 本当にいいの? わたし、何も出せないわよ?」
「もう一度、踊ってみせてくれよ。それが交換条件」
 男が上機嫌に微笑む。
「なるほど……ええ、もちろんいいわよ」
 何度か頷きレピアは再び月夜の下で舞い踊った。

「酷い怪我ですね……」
 アイラスが顔をしかめて呟く。
 場所は救護テントの中。目の前の仮設ベッドに横たわるのは怪我人だ。
「この、薬草を使ってください」
 看護をしていた女性に自家製の薬草を手渡すイレイル。
「魔物はそんなに屈強なのか?」
 シェアラが登頂に失敗した見た目からして傷だらけの男に尋ねると、
「奴らが強いわけじゃない。こっちが不利なだけだ。相手は空を飛ぶ魔物ばかりだ。俺みたいな重剣士では歯が立たないってわけだ。通用するのは、身軽な軽剣士系か……あとは、そうだな、魔法が使える奴らならけっこういけるんじゃないのか? ……見たところ、あんた達はその類のようだが」
「まあ、そういうメンバーが揃っているな」
 シェアラが抑揚なく答える。
「魔法は俺も得意とするところですよ」
 イレイルは風の魔法を得意とする。また、精霊とも契約しているので強力な精霊魔法も使用することが可能だ。
「これは、僕も奥の手を使わなければなりませんね……」
 アイラスはあまり気乗りしないようだったが、止むを得ないといった表情を浮かべていた。

 夜ということもあり、流水の音がやけに際立っていた。
 茉莉はキャンプ地から離れた場所を歩いていた。ただ、歩いているわけではない。これも情報収集の一環である。
「……ん? なんだ、あんたは?」
「もしかすると、地元の方ではないですか?」
「……そういうあんたは、秘宝とやらを探しにきた冒険者だろう」
「ええ、そうです」
 特に否定もせず答えると男は怪訝な顔で、
「生憎、俺は冒険者が嫌いでな……。他所者に立ち入られちゃ、こっちは商売上がったりなんだよ」
 どうやら、男は狩猟者らしい。それが証拠に、男は両手に銃を抱えている。手入れをしているようだ。
 茉莉はぶしつけな質問を避け、男の愚痴を聞いてやった。すると、そのうち機嫌が直ってきたのか、
「この山道はな、昼間より夜の方が魔物と遭遇しにくいんだ。最近は、晴天続きでしかも月夜だ。山頂を目指すなら夜、これは鉄則だ。あいつら、魔物の癖に夜目が利かねえみたいだからな。それから秘宝についてはうちの爺さんが、頂にあるらしいみたいなことをのたまってたな……これは確かな情報じゃねえからな」
「……なるほど。貴重なアドバイス、礼を言う」
「そんなことはどうでもいいから、さっさと秘宝とやらを見つけて、あの連日騒ぎ立てている冒険者どもを国に帰してくれ」
「ギブアンドテイクというわけだな」
「まあ、あんたは見所がありそうだからな。でなきゃ、誰が教えるかよ。ククク――」
 男はしばらく声を荒げて笑い続けた。



■ 出発

 休養、道具の準備、情報の整理に半日を費やし、麓に到着して二日目の夜――。
 一行は山頂を目指して細い山道を登りだす。風の音が谷底に反響し、不気味で幻想的な音を生み出していた。
「こっちね」
 レピアが手に入れた地図を片手に指示を出す。と、言ってもさほど迷うほどの道でもない。ルートは何パターンかしかないようだ。山頂に近づくと多少は複雑になるようだが。
「魔物の気配も今のところはしないようですね」
 アイラスが近辺を窺う。
 星の煌きと、月の光が相成って夜だというのに明るい。
 空に、ほど近いから、こんなにも光に満ちているのだろうか、とさえ思えるほどだった。
「風の源が山頂にあればいいのだが……」
 シェアラが視線を上空に傾け神妙に呟く。
 そう、今回は明確な手がかりがない。山頂に到達したからといって目の前に秘宝がひょいひょい姿を現すわけではない。
「……皆さん、来ましたよ!」
 イレイルが指し示す先には雄叫びを轟かせる魔物――人型に近い竜族系の魔物だ。随分と巨大なドラゴンの登場だった。
「先手を打たれると厄介です。魔法で足止めを!」
 茉莉が指示を飛ばす。五人は敵の攻撃を避けれる程度にお互い間隔を取り合う。
 イレイルが飛翔し、ドラゴンに向かって風の魔法を放つ。
「……よし!」
 同時にシェアラも風属性の魔法で攻撃する。
 ――グギャアアアアア!!
 悲痛な叫び。手負いのドラゴンは即座に魔法が届かない場所まで退避した。そして、ドラゴンが先刻とは違う、雄叫びを上げる。
「新手!?」
 レピアがその存在に気づいた時、他の四人も驚愕の表情を浮かべていた。
 ドラゴンフライの大群はあの巨大なドラゴンが呼び出したものだった。
 数限りないドラゴンフライが迫り来る。
「……仕方ありませんね」
 アイラスが呟き取り出した物は――『アリス・プレデター』。彼の奥の手であるヘビーピストルだ。
 群れに向かって銃を撃つ。一撃で仕留める。だが、数があまりにも多い。
 茉莉が刀でドラゴンフライの羽を切り裂く。飛ぶことが正常である敵は羽が急所だった。攻撃をさばき、かわし、羽だけを的確に狙う茉莉。
 踊り子であるレピアも敵の突進をものともせず、流れるようなステップで攻撃を避ける。ミラーイメージを併用し、敵を惑わし岩壁に激突させる。
 まさに持久戦――。
「シェアラさん、今のうちに詠唱を」
「そうだな、一気に片をつけよう」
 他の三人が戦っている間にイレイルとシェアラは山道を若干登り、高い位置から今にも魔法を唱えようとしていた。全身全霊とはこのことだろう。戦いを長引かせると危険だ。二人は魔法を唱え始める。
 ――巻き起こる疾風。
 大群の進行方向とは逆に進み行く強烈な風に、ドラゴンの群れは、次々と谷底に転落していく。羽をバタつかせながら飛び上がろうとするも、その羽さえももぎ取られ、とうとうドラゴンは一匹残らず姿を消してしまった。
「何とか……なりましたね」
 アイラスが汗を拭い、銃を懐に戻す。ちょうど弾切れ――危うかった。
「ほんと、危ないところでしたね」
 イレイルが怪我をした者に回復魔法で治療を施す。
「さあ……また、敵がやって来ないとも限らないし、先に進みましょう」
 レピアが呼吸を整えながら言う。
「また大群を呼び起こされたら厄介だからな」
 シェアラが首を縦に振りながら腕組をした。

「あと、半分といったところか」
 茉莉が、レピアが両手に持つ地図を覗き込む。
「そうね……だいぶ道が険しくなってきたわ……」
 レピアが足元に注意を払いながら登って行く。
 狭まる山道。
 激しくなる強風。
 月は真上に、星は輝きを増す。
 イレイルが精霊魔法を唱え、強風を緩和する。ただし、効果が発揮されるのは五人の周辺のみだ。それでも激しく吹き荒れる風に振り落とされないように命綱を体に巻きつける。岩壁を登ることも幾度かあった。
 月が西に向かう。かなりの時間を消費してしまったが、何とか頂上に近づいてきた。途中、幾度か魔物と遭遇したものの、最初に出現した魔物ほどの規模ではなく数は少なかった。夜と言うことと、最初の戦闘が辛いものだったからだろうか、体感的には楽だったような……錯覚かもしれないが、皆そう思った。
 小さな洞穴で休憩を取り、出発から五時間ほどで山頂に到達した。だが――。
「殺風景だな……」
 シェアラが彩りのない単調な岩のでっぱりに腰を下ろす。
 彼女の言うとおり、山頂には何もなかった。屈強なモンスターが待っているわけでも、財宝が隠されているわけでもなんでもなかった。
「……この、穴は?」
 アイラスがその存在に気づく。誰かが気づかなければ撤退していたかもしれない、その穴は五人にとって救世主となりえるのか……。
「こちらの岩をどければ……あ、これなら入れそうですね」
 イレイルが穴の中を覗きこむ。中は意外と広いようで、立って歩けるほどの空間を有していた。五人は引き込まれるように穴の中に身を降ろした。
 しばらく歩くと、洞窟と呼べるほどの広さになった。道は下り、螺旋を思わせる捻りのある通路は、永遠に続くかと思われた。
 水の滴り落ちる音。
 どこもかしこも雨水が流れていた。
 湿った地面はツルツルしている。
 滑るようにして降りていく五人。
 どれぐらいの時間が、どれぐらいの距離が、どれぐらいの暗闇を進んだのだろうか。
 そうして、到達した場所は空洞。天井にぽっかりと開けた穴がある空間。
 そこがどこなのかということに関しては調べる術もない。
「これが、風の秘宝なのでしょうか?」
 アイラスが駆け寄る。その先には緑色に輝く宝石。
 翡翠――インペリアルジェードと呼ばれる最高品質の宝石だ。
 しかも、大きさは岩ほどもある。
 信じられない輝き、信じられない大きさ、優美な宝石はまさに秘宝と呼ぶに相応しい。
 黙然と五人はただ宝石を見つめ続けた。

 帰り道、山道は信じられないことに無風状態だった――。



■ 秘宝に関する謎

 学者――リース・アペリアルが五人の前に姿を見せた。リースはまだ若い学者ながらもその聡明さを買われ城に仕えている。
 城の応接間に招かれた五人は、様々な質問を受けた。五人の中には過去の秘宝に関わっている者もいたからだ。
「不思議なことに、秘宝に関する書物が発見されたのは、つい半年ほど前のことなのです。それから、書物の解読が進み、秘宝のありかが判明し、冒険者が確保に向かい……そして、三つ目までもこうして揃いました。書物の解読は完全ではありませんが、秘宝が見つかるごとに確実に謎が解けています」
「何となく……話が出来すぎているような気がするな」
 シェアラが何気なく呟くとリースはこくりと頷き、
「その通り、我々も気味が悪いのです。まるで、誰かに誘導されているような……操られているような……。そんな得体の知れない存在といえば……私は心当たりが一つしかありません」
「まさか、神様……とでも?」
 茉莉がずばりその者の名を告げるとリースはかすかに笑って見せた。
「そう思えてしまうのも事実です。ですが、これは偶然が重なった結果だと、私はそう信じているつもりです」
「それで、秘宝に何の意味があるのか判明したのですか?」
 アイラスが訊く。
「……秘宝は全て宝石。私たちは宝石そのものに力があるのだろうと推測しています。長い年月をかけて、自然の営みが凝縮したのが秘宝――源と呼ばれている所以なのでしょう。火・水・風・土……きっと、何かの意味があるはずですが、これは書物の最後の数ページに書き記されているようなのです」
「まだ、解読は終わっていないのよね?」
 今度はレピアが尋ねる。
「はい。書物は古代文字で書かれているのですが、ページを追うごとに書体が変化しています。しかも、後ろの方ほど古い文字。これは、わざと書いているようにしか思えません。最後のページを解読するためには、それ以前のページを解読しなければならないという仕組みなのです。ですが、四つ目が揃う頃には解読できるであろうと我々は踏んでいます」
 リースがふうっと溜息を吐く。
「謎は深まるばかり……ですね」
 イレイルがリースから借りた書物のページを捲りながら呟いた。
「難儀なことです」
 リースは再度、暗澹たる面持ちで溜息をついた。



<終>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1649/アイラス・サーリアス/男/19歳/フィズィクル・アディプト】
【1514/シェアラウィーセ・オーキッド/女/184歳/織物師】
【1926/レピア・浮桜/女/23歳/傾国の踊り子】
【1956/イレイル・レスト/男/25歳/風使い(風魔法使い)】
【1771/習志野茉莉/女/37歳/侍】

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■         ライター通信          ■
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というわけで『ウィンドバレー −Treasure of a wind−』でした。担当ライターの周防ツカサです。
今回で三作目ということだったのですが、多少、単調になってしまった部分は反省すべき点かと思っていますが、何と言うか流れて的に意外な方に持っていくのが難しいと言いますか……ある意味王道的な展開かとは思っています。
これで何とか三つ秘宝が揃いましたね。残るは最後の一つ。一話完結が主流なのですが、これは四話構成です。全作並べてみるとすごいボリュームですよね。感慨も一入ですね(まだ終わってないぞ)。

で、ラスト土の源は六月中旬を予定しています。最後は、秘宝を見つけた後が長いかもしれません。まとめ上げないといけませんので……。
それでは皆様、またお会い致しましょう。

Writer name:Tsukasa suo
Personal room:http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=0141