<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


呪いは誰の手の内に


 僕の最愛の主君は魔族になる前、遥か昔――この国の王として――狂王として君臨していた御方。
 あの方は実母に処刑された時、自らを否定した王家に永劫続く呪いをかけた。
 けれど。
 あの方を殺したその母が――命と引き換えに呪いの効力を変えた。解くまでには到らず、出来たのは効力を変えるまで。それだけあの方の力は強かった。実母とても簡単に引き裂く程に。
 けれど。
 …当然。
 元来の呪いそのままならいざ知らず、身代わりの羊を差し出し王族たちはのうのうと生き延びる。…そんな呪いではあの方の心は到底満たされない。
 あの方の望み通りに行かぬ事など有り得ない。あってはならない。


 あの方は僕に噂の『道化師』を連れて来いと命令した。
 …それはその『呪い』の為に次に打つ手、その為の新たな駒だと。
 わかっていても素直に聞けない。
 だから。
 僕は――またお気に入りに加えるの? と拗ねたら――あの方は私の一番は貴方だと言ってくれた。
 道具としてでも嬉しかった。
 最愛の貴男の『一番』なんて、もらえるのなら。
 …その言葉を聞いてから、僕は漸く動き出す。


 僕は貴男の狂おしい闇を愛してる。
 すべてに否定されようと僕だけは絶対に貴男に付いて行く。
 貴男のその闇に、微かでも僕と言う仄かな明かりを灯せる事を、ずっと、ずっと願っているから。
 あの方の灯火になれるなら…その為なら、僕は何でもするよ。


■■■


 …鮮血の道化師ブラッドによる凶行は今宵もまた行われていた。
 死を呼ぶ恋文が送られれば人々は騒ぐ。今日は誰、明日は誰が狙われる? 法則性も何もない無差別殺人。それは当然。何故なら、ブラッドにとっては殺す事それ自体が目的なのだから。
 切り裂かれた死体が転がっている。鋭い何かで切り裂かれたと思しき傷痕。血溜まりがまだ鮮やかな朱色。その傍らで一枚のトランプカードを手にしているマリンブルーの道化師がひとり。
 その道化師の鋼鉄の爪からはまだ、ぽたりぽたりと血が滴り落ちていた。
 そこに。


「…キミが噂の道化師だよね?」


 場違いにさえ思える、鈴を振るような声が響き渡る。新鮮な血臭立ち込める中、黒い外套がふわりと下り立っていた。ちりんと鳴る首もとの鈴。長く尖ったエルフの如き耳。褐色の肌に艶やかな黒い髪の美少年。挑戦的な金色の瞳がその場に立つ唯一の生き人を見遣る。その様、さながら、闇からの御使い。
 唯一の生き人――凶行を為した当人であるブラッドは恐れげもなく自身を見遣る少年を、ゆっくりと見返す。刹那、『違う者』だとすぐにわかった。そしてある意味では――『同じ者』でもあると。
 ブラッドは答えない。
 少年の誰何に答える必要を感じない。
 …そもそも、この姿を見て――鮮血の道化師ブラッド以外の何者に見えると言う?
 それだけで答えは充分だ。


「僕の主君がキミをお召しだよ――鮮血の道化師、ブラッド」


 闇の御使いの如き少年――サリエルは単刀直入にブラッドに告げる。
 王家に伝わる呪いの事を、語り出す。
 僕なんかよりキミの方がずっと良く知ってるかもしれないけどね、と楽しげに笑いつつ。
 そして、その呪いをかけた主がブラッドに興味を示していると言う。


「…ほう?」
「だからね、僕の主君が来いと言っているんだよ」
「…きみの主君の事など知らないよ」
「そんな口を利いて良いと思っているの?」
「それはそのままそっくり返そうか」


 仮面に遮られ表情は見えない。
 真っ白な『顔のない顔』のピエロ。
 警戒は常の事。
 相手の力量は。
 何を考えて近付いた。
 思惑は。


「…確かに僕はキミより弱いだろうね」
 サリエルはあっさりとそう言い、くすりと微笑む。
「だけどキミは僕を殺せない」
 僕を殺したら手掛かりはなくなるよ。
 それに、僕はあの方の一番のお気に入り。
 壊したらきっとキミを許さない。
「キミは僕に付いてくるしかないんだよ」
 絡め取るような甘い――それでいて高飛車な声色がブラッドの耳に流れ込む。


「…王家第一子に振りかかる呪い、ね」
「そうだよ、どうするの?」


 静かに思案する鮮血の道化師と、妖艶に小首を傾げる闇の天使がそこに居た。


■■■


 魔性めいた黒い少年の誘い。
 この少年は、王家に呪いをかけた張本人のしもべだと言う。
 魔族だと。
 遥か昔の狂王と。
 そんな言い伝えはあったかなかったか。伝えられる前に消されたか。
 どちらにしろ、王家の第一子に振りかかる呪いの事を――黒い少年は俺に囁いた。
 黒い少年は俺の素性もわかっている様子で。ふざけた言い方で俺を見定めようとしている。


 …俺の愛する人は兄の妃――王位継承者とされている、兄の。
 考えたくもない――無論、そうなる前に事を起こす心算だが、もし、彼女が――彼女が兄の子を身ごもる事があれば。
 王家第一子に振りかかる呪い。
 代々、王家に生まれた第一子は、呪いの為、生涯幽閉され過ごすしかなくなる。
 当然、彼女とその子は引き離される――優しい彼女が、我が子と引き離され耐えられる筈がない。
 幾ら呪いある王家に嫁いだ、気丈な姫だと言っても――。
 彼女を母上の二の舞にはさせぬ。


 嫉妬などより余程先に来る。
 …彼女自身のその心を慮る自分が居る。
 兄はかつて呪いを解く為に願い叶える者を探しもした。
 だが、結局――神頼みは失敗。
 成す術無くただ時が過ぎている。


 ――あの男には何も出来ない!
 表立って手を出せぬ自分がもどかしい。
 けれど。
 鮮血の道化師のこの顔に。
 呪いをかけた張本人が――興味を持つとは好都合。
 罠でも出向いてやろうじゃないか。
 奴に出来なかった事を俺が成す――呪いを解き、彼女を、守る為に。


 影の弟王子スピネルではなく、鮮血の道化師ブラッドとしての。
 呪われた道もこの為にあるなら。
 …捨てたものでも、無い。


【了】