<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


【温泉へ行こう! 〜白山羊亭篇〜】
 エルザードでも1、2を争う料亭兼冒険斡旋所の白山羊亭。従業員は毎日が多忙である。看板娘のウェイトレス・ルディアは特に激務と言っていい。ところが彼女はまったく音を上げない。それは、様々な人々に出会え、様々な話が聞けるという幸運が彼女のパワーになっているからだ。
 そんな彼女が今、かつてないほど驚くような嬉しい話を聞いていたのだった。
「温泉ー?」
「3ヶ月くらい前にここで依頼された怪物退治の時だ。戦闘のさなか、その怪物が強烈なブレスを放ったんだが、それが地面に直撃して巨大な穴が開いた。そしたらだ、ブワーッとお湯が出てきやがったんだよ!」
 戦士は両手を下から上に動かして、お湯が湧いてくる様子を表現した。
「怪物を倒したあと、俺がオーナーになって人を集めて工事に取りかかってな。その温泉がようやく今日オープンしたってわけ。是非来てくれよ。開店記念に入浴料無料にしとくぜ!」
「わあ。じゃあ閉店のあとに、疲れを取りに行きます。楽しみです!」
 断るはずもなく、ルディアは顔を明るくした。
「――あ、お客さんたちも一緒に行きましょうよ!」
 日頃サービス精神が旺盛なルディアは、自然にそう付け足した。

 夜も深まると、その一同は『エルザード温泉館』なる温泉施設へと辿り着いた。
 入口には気合の入った文字で『本日開店!』と看板が立てかけてある。
「おう、来たな!」
 今は鎧を脱いだ戦士は入口に立って、オーナーとして客たちを出迎えた。今か今かと待っていたのだろう。
「来ましたよー。ほら、ルディアだけじゃなく」
 先頭に立つルディアが嬉しそうに言った。
「近頃、踊り疲れみたいのが溜まってたの。ちょうどよかったわ」
 紫の長髪、スラリとした手足の美女が艶っぽい声を出す。黒山羊亭のエスメラルダだ。
「何とまあ、エスメラルダさんまで。もし良かったら、店で宣伝してくれないか」
「気に入ったら、そうさせてもらうわ」
「しかし、美男美女が集まったもんだな」
 オーナーはルディアが連れてきた若い男女たちを見渡した。
「エスメラルダ、早く行こうよ。えーと……女湯は入って右ね?」
 青い髪を翻し、エスメラルダと腕を組んでさっさと女湯へと急ぐのは、薄衣の踊り子レピア・浮桜。オーナーの目は、どうしてもその豊かな胸元に目が行ってしまう。
「じゃあな、スティラ」
「ええ、お兄様もごゆっくり」
 とがった耳が特徴的な兄妹、フィセル・クゥ・レイシズとスティラ・クゥ・レイシズ。ふたりは竜族の末裔という戦士好みの種族だが、もちろんオーナーは知らない。
「どんな種類のお風呂があるんですか?」
 ルディアが聞くと、
「室内風呂も色々あるが、やっぱお勧めは露天風呂だな。今夜は星がよーく見えるぜ」
 オーナーは迷わず答えた。

■女湯にて■

 カコン……。
 竹筒の底が岩を打つ。気持ちのいい音を周囲に響かせるのは『ししおどし』なる妙なカラクリ。すべてが岩づくりの露天風呂は、オーナーの言うとおり星がよく見え、雰囲気も抜群だった。何とも風情がある。
 さて、裸の女同士が公衆浴場ですることといえば、肌の見せ合い触り合い、と相場は決まっている。
「はぁ〜。どうすればそんな大きくてキレイな胸になるんですか?」
 ルディアはほとんど宝物を見るような目でレピアの豊かな美乳を見た。エスメラルダ、スティラも同様である。
「そうね、栄養のある食事と適度な運動と……やっぱこれかな」
 あっ、とエスメラルダが小さな声を上げた。背後にまわったレピアが、ゆっくりとエスメラルダの胸を揉み始めたのだ。
「マッサージ、日ごろのお手入れが大事よ。他人にやってもらうと効果はよりアップするみたいね」
 レピアは自らの乳房をエスメラルダの背中に押し付け、マッサージ(?)の手を休めずに動かす。エスメラルダも満更ではなさそうだ。
「ちょっと大きくなった?」
「そうね、一歩あなたに近づいたかしら」
 これまでにもふたりはこんなことをしてきたのかと、残りふたりはあらぬ想像をしてしまう。
「わわ、ずいぶん熱が入ってるです……」
「ちょっとエッチ……」
 ルディアとスティラはすっかり顔を赤くしている。
「最近、踊りはどうなのエスメラルダ?」
「どうやってセクシーに見せるか、色々考え中よ。いい案があったら教えてくれるかしら?」
「こーんな風に、胸を持ち上げるのもいいかもよ?」
 黒と青の美女ふたりの艶かしい体の触れ合いは、その後も数分間ばかり続いた……。

「みなさんから色々とお話を聞いてみたいですね」
 スティラが切り出した。
「私、そもそもあまり出かけることとかなかったから。お話、楽しみにしてたんです」
「あのフィセルって人は、あなたのお兄さんね? 彼と一緒に冒険したりはしないの?」
 レピアが聞くと、スティラは首をブンブンと振った。
「いつもいつも、お兄様だけお出かけになってずるいんです。今回は温泉だから危険もありませんし、私も同行してかまわないでしょうって言ったら、了承してくれましたけどね」
「そうなの。私とルディアは冒険を斡旋することはあっても、冒険することはあまりないからね。レピア、何か話してあげたら?」
 エスメラルダが目配せすると、レピアは湯から上がった。火照った体を冷ましながら語りたいようだった。
「あたしは踊り子。いろんなところで踊った。いろんな人に出会った。いろんなやつと戦った。そして、あるひとつの目的のために世界中を渡り歩いてきた。ま、人並み以上の経験をしてきたと思うよ」
「恋とかは……してきたんですか?」
 スティラがゆっくりと尋ねる。
「ふふ、自慢するわけじゃないけど、こんな……男が好きそうな体だし、おまけに面積薄い服着ているし、言い寄ってくるロクでもない奴をかわすのにも、人一倍苦労してきたかな。まともな恋なんてさっぱり」
 エスメラルダが微笑する。同じく美貌の彼女も、同じような経験をしたことがある。
「そうして、いつしかエルザードに流れ着いた。ただの旅の通過点かとも思ったけど、白山羊亭、黒山羊亭、エルファリア王女の別荘――少なくとも、3つのお気に入りが出来たわ。しばらくはここに留まりそうよ。拠点てやつかな」
 その言葉に、ルディアとエスメラルダが顔を見合わせて笑う。流れ流れる冒険者が自分たちの店を拠点と言うのが、どれほど嬉しい言葉か――。
「あー、忘れるところだった! 私、お弁当を持ってきたんですよ」
 スティラはいったん脱衣所に戻ると、布で包んだ重箱を抱えてきた。
 箱を開けると、色とりどりで何とも見事な弁当だった。それを見た途端、全員が空腹を感じた。
 一同は湯から上がり、裸のまま岩の床に腰を下ろしてスティラ特製弁当をつっついた。
「あ、美味しいわ。料理上手なんだ」
 レピアが次々にフォークを動かす。
「気に入ってもらえてよかったです」
「本当に美味しいです。ねえ、白山羊亭で働いてみませんか?」
 ルディアが言えば、
「いえ、黒山羊亭に欲しいわ」
 エスメラルダがすかさず割り込む。
「考えておきますね」
 スティラは恥ずかしげに答えて、
「お兄様、そちらはどうですかー?」
 木造の壁で仕切られた向こう側の兄に声をかけた。

■男湯にて■

 まったく子供みたいに騒いで、とフィセルは思った。
(まあ、無理ないか)
 これまでにも、旅の同行を断り通しだったのだ。妹は戦士ではない。これからも、危険は出来る限り避けたい。その分、こういった安全な場所にはいくらでも連れて行ってやろうと思う。
 ふう、と大きく息をつく。
 それにしても、気持ちいい。全身から悪い気が抜けていい気が入ってくる、そんな感じがした。
 男湯にはフィセルただひとり。話し相手はいないが、壁を通して女湯側の声が筒抜けだったので、退屈はしなかった。特に、レピアの話は同じ冒険者として、面白いものがあった。
「湯加減はいいかい?」
 オーナーが腰にタオルだけの姿でやってきた。彼も湯に漬かろうというのか。
「接客はいいのですか」
「どうせ今日は無料なんだ。『出入り自由』って張り紙しといたよ」
 オーナーは笑いながら言うと、いい音を立てて湯に飛び込んだ。
「実にいい湯です。日々の疲れがすっかり取れそうだ。……ああそうだ、どんな効用があるのかが聞きたいですね」
「切り傷、擦り傷、打ち身、その他怪我と言えるものには何でも効くぜ。要は、生傷が絶えない冒険者にピッタリだ」
「それはありがたい。今度冒険することがあったら、帰りに寄ろうと思います」
「ねえフィセル、私たちとお話しない?」
 仕切りの向こうからそんな声がした。聞き慣れた妹のものとも、よく世話になっているルディア、エスメラルダ両名のものとも違った。
「レピアさん、ですか」
「そっち、誰もいなくてヒマでしょ」
「ええ、構いませんよ」
 俺もいるんだけどなあ、とオーナーがひとりごちる。
「何のために旅をしているの?」
 レピアがまず聞いた。
「とある目的のためです。ああ、その点ではレピアさんと同じですね」
「その目的は叶いそう?」
「さあ、わかりません。まだきっかけさえ掴めない……。けれど、諦めませんよ」
 沈黙が流れた。
 冒険者は皆、何かを背負っている。そのことを痛感させられる短いやり取りだった。
「お兄様、あまり無理をしないでくださいね……」
 スティラのポツリとした声が聞こえた。
「わかっている。少なくとも、お前を心配させるようなマネはしないさ」

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1926/レピア・浮桜/女性/23歳/傾国の踊り子】
【1378/フィセル・クゥ・レイシズ/男性/22歳/魔法剣士】
【1341/スティラ・クゥ・レイシズ/女性/18歳/遠視師】

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■         ライター通信          ■
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 担当ライターのsilfluです。このたびはご依頼ありがとう
 ございました。こうした何気ない日常生活は、書いていて
 楽しいですね。最近はバトル系と冒険系が多かったので、
 こちらとしても息抜きができました。
 
 それではまたお会いしましょう。
 
 from silflu