<東京怪談ノベル(シングル)>
『砂漠葬送 ― 生きるために与えられたライセンス ― 』
風が奏でる音色は世界があげる断末魔。
世界は砂の海に呑みこまれて消えていく。
どこかの国がその運命に抗わんと、異世界への境界線を越えられる飛空艇を作り出し、それに挑んだらしい。だが、それは失敗し、飛空艇は砂の海に墜落した。
この世界にもキリンはいる。
キリン、首の長い生き物だ。
その首はどのように伸びた?
前に地球と言う名の異世界からやってきた旅人が聞かせてくれた、進化論を唱えた学者が言う通りに…少しずつ伸びていった?
NO。その世界でも、そしてこの世界でも答えは同じ。
それはある日突然起こった。
首の短いキリンの群れの中にほんの少しの数だが、首の長い突然変異種が生まれた。
そしてその突然変異種は首が長いというその偶然故に首の短いキリンたちよりも高い場所にある葉を食す事ができ、そしてだから他の首の短いキリンよりも長く生きる事が出来るから爆発的に増殖して、とって変わった。
俺は砂の海にテントを張って、足を両手で抱えながら闇の中で震えていた。
マイナスの気温に冷やされた冷たい夜気を震わせて俺の耳朶に届くのは、この砂の世界に突然に生まれた、強力な顎を持つ蟻たち。
それらは特殊な金属で出来上がっているはずの飛空艇を食し、
そしてその中の人間たちや、動物たちは、巨大なトカゲ…竜と呼ばれ始めたそれらに食われていた。
そう、突然変異種。
静かな緑溢れた平和な世界は、しかし砂の海に呑み込まれ始めた。
そしてそうなった瞬間からまるでそうなる事が決められていたかのように様々な変異種が現れて、その急激に変わっていく世界に対応できない旧世代の生き物を淘汰し、爆発的に増殖していった。
だけどそれが世の常。
世界は弱肉強食。
強ければ、生き・・・
弱ければ、死ぬ・・・・・・・
ただそれだけがこの世界におけるしごく公平なルール。
生きるモノに与えられたライセンス。
それはそれぞれで、
そしてひどく不公平なモノ。
強い牙であったり、
鋭い爪であったり、
空を飛べる翼であったり、
高い知能であったり。
それらは本当にそれぞれで、
それ全部を与えられているモノもいれば、
何も無いモノもいる。
だけど生きるモノに与えられたモノの中で一つだけ公平なモノがある。
それは・・・
死
だ。
そう、死ぬと言う事だけすべてに公平に与えられたモノで、
そして俺はそれを何よりも恐れていた。
新しき世界を担う者達が生を謳歌する歌を奏でるのを聴きながら、
俺はただ独り、死を恐れて震えていた。
――――――――――――――――――――
世界の色とはどんな色なのだろう?
俺にははっきりとした色がわからない。
生きるために与えられたライセンス。
しかし時にはライセンスの代わりに大きな試練を与えられる場合もある。
――――――俺の場合はアルビノ。
この病気は体内にメラニンが無いために太陽光に含まれる紫外線によって皮膚組織の遺伝子が壊されてしまうのだ。
だから俺は常に外套を羽織り、日の光から肌を守っていた。
故に昼間の視界は狭い。
外套を外させる夜は、世界の色は暗いから、本当の色は見られない。
―――――――俺は世界の真実の色を知らない。
そこに通りがかったのは偶然。
日々広がっていく砂漠の海の片隅に走る街道。
まだ若干の緑が残り、近くには大きな湖もあるそこで、竜狩りを生業とするドラゴンスレイヤーたちがテントを張っていた。
「よう。おまえさんも同業者かい?」
「………いや、ただの、通りすがりだ………」
「そうかい。てっきりと同業者なのかと想ったんだがね」
なぜそう想ったのだろうか?
「…俺は、竜の爪や牙に敵うような、ライセンスは持ちえていない………」
「そうか? おまえ、強いだろう?」
「…強い? 俺が???」
「ああ。俺様の勘がそう言っている」
――――――だったら忠告しよう。すぐにおまえはドラゴンスレイヤーなどやめるべきだ。俺は強くなどは無い。
アルビノというモノを抱き生まれた俺は、世界の眩しさに憧れを抱くばかりで、
それに手を伸ばす事もできない臆病者で、
変わり行く世界…次世界を担う者たちの歌にも恐怖する…。
そんな俺が強いものか・・・。
そう、それに俺は想ってしまうのだ。
どれだけ足掻こうが、俺達旧世界のモノは次世界には生き残れない、と。
これまで多くの街を見てきた。
多くの人がこの新たなる新世界への波に恐れおののき、
いじけて暮していた。
だけどそれが正しいのだ。
キリンのように、
他の生き物のように、
俺達も、
変わり行く世界の波の前に、
木の葉のように沈むのだ。
――――――――――――――だけどそう想いながらも訊かずにはいられなかった。
「………どうして、おまえらは戦う、ドラゴンと?」
「どうしてって? って…おまえ、決まっているじゃないか」
その男は精悍な顔ににやりと力強い笑みを浮かべた。
「生きるためだ」
そしてそれをさらりと言い切った。
俺は両目を見開いてしまう。
――――――この男はどうしてこうもあっさりとこの世界の現状の中で言い切れる?
目が見えないのか?
世界の状況がわからぬほどに馬鹿なのか?
わからない。俺にはわからない。
だから俺は・・・
「………どうして、だ? どうして、この世界の状況で、おまえはそんなにも明日を見られる?」
「どうしてが多い奴だな」男はそう苦笑混じりに言いながら肩をすくめると、言った。「どうしてもクソも、おまえも俺も今を生きているだろう? それがすべてだ」
正直、馬鹿な、と想った。
この世は弱肉強食。
強ければ生き、
弱ければ死ぬ。
俺たち人間はもはやこの世界にとって強者ではない。
この世界の生態系のピラミッドの頂点に立つのは竜だ。
だがそれでもこの男はその竜に立ち向かい、そして笑っている。
そうできるのはなぜだ?????
「………おまえは死ぬのが怖くは、無い…の、か?」
「はん。この世に死ぬのが怖くは無い奴がいるかよ」
「…だったら、おまえは、ドラゴンスレイヤーとしての力に自信を持ってるのか?」
「ふん。持ってなきゃやれるかよ。だがな勘違いするな。俺だってドラゴンは怖い。怖いからこそ、恐怖があるからこそ、奴らとやれる。生きていられるのさ」
「……言ってる、意味がわから、ない」
「ふん。それはあれだ。おまえはまだ死と言うモノをちゃんとわかっていないからさ」
「え?」
男はそう言って、笑って、その場に立ち尽くす俺に背を見せながらテントの方へと歩いていった。
直に夜が来る。
俺はその男の計らいで、彼らドラゴンスレイヤーが雇われた近隣の村に世話になる事になった。
その村はもう半分近く砂に埋もれていた。
それを見る人々の胸に去来する想いとは何であろうか?
しかしその人々の顔に悲しみは無かった。
皆はその砂に埋まろうとする村でしかし今を懸命に生きていた。なぜ???
俺にはわからない。
そもそもこの村は滅び去ろうとしているのだ。
それなら、もうこんな村を捨ててしまえばいいのだ。
わざわざ法外な値を払ってドラゴンスレイヤーを雇い、この村に執着する理由は無い。それなのに!!!
「……なぜ、だ?」
俺は俺が世話になるこの村の村長に訊いた。
齢78の彼女は、そんな俺に言った。とても穏やかな笑みが浮んだ横顔を見せて。
「そうですね。この村は直に砂に埋まるでしょう。ならば法外な報酬を払いドラゴンスレイヤーなど雇わずに、他の地に行けば良いのかもしれない。しかし私達が選んだのはこういう事でした。そう、それはこの地に居続けること。村が砂に埋まるまでにはまだほんの少し時間がある。ならばその時間の間はここにいたいのです。私達の生まれ育った地はここなのですから。そしてこの地が完全に住めなくなったその時は、そうなって初めて私達はここから旅立ちましょう」
俺はわからないと頭を振った。
「……執着する意味は、無いはず、だ」
「執着? そうではありません。私達はただ知ってるだけです」
「…何を?」
「今日を足るという事を」
―――――――その言葉はなぜか俺の心の琴線に触れた。
俺はいつも死の恐怖に怯えて、ただただ今日を生き延びた事に安堵とそしてひょっとしたら後悔を覚えていた。
生きた時間は、生きた、ではなく、生き延びた、だ。そういう風にしか考えられなかった。
だけどこの村に住む人々は生き延びる事ではなく、生きる事を考えているのか?
それならば、生きるという事は、
死ぬと言う事は?
村は、その日、ドラゴンスレイヤーたちが狩ってきた竜の肉を使って、盛大なパーティーが催された。
冷たい夜気を震わせて、それでも人々は、笑い騒いだ。
ただ今日の生を謳歌していた。
それはあの墜落した飛空艇の残骸の横で聞いていた音と何の変わりも無いように聞こえた。
俺はそれを聞きながらただ考えていた。
一体何が違うのか?
しかしその思考は潰える。
人々の笑い声は阿鼻叫喚…断末魔の悲鳴にと変わった。
なんと新たな竜が常に灰色の空から舞い降りたのだ。
「ちぃ。ドラゴン族最強の竜だ。竜の肉と血の匂い釣られたか」
ドラゴンスレイヤーたちは傍らに置いておいた剣を手に取ると、鞘から剣を抜いた。
「………まさか、戦うつもりなのか?」
「はん。アフターサービスって奴さ。ちと割りに合わんが、それでも今宵は楽しかったからそれでチャラだ。それにガキどももいるしな」
男は泣き出す子どもらの方に視線をちらりと送ると、俺をそちらの方にどんと押した。
「スラッシュ。おまえは皆を誘導しろ。おまえが皆を守るんだ」
男はそう言いながら使い込まれたシンプルなデザインの短剣と凝った装飾が施された銀製のダガーを俺に手渡した。
「………これ、は?」
「俺の武器だ。貸してやるよ。後で返せよ」
それは彼が俺にした約束。誓い。宣言。
生き残ると。
だったら・・・
俺は渡された短剣とダガーを男に突き出した。
「逃げればいい」
「逃げてもしょうがないさ。それにな、生きるとは戦い、だ。おまえにはどうやら戦うという発想が無いようだがな。死ぬというのは、生きた、という事だ。どう生きれば、どういう死が来るのか、それはそいつの生き方それぞれ。おまえが生きれば、その生き方で死は決まる。おまえはどう生きたい? その生き方で、死は決まる。悪くはねーものさ。こういう生き方故に迎えられる死もな」
そしてその男達は、竜に立ち向かい、
――――――――――――――――――----………殺された。
俺は男の死体を抱き起こした。そんな凄絶な死を迎えたというのに、彼のその死に顔はしかしこんな死も悪くは無いというものであった。
そして竜は、凄まじい唸り声をあげて、俺に迫ってくる。
その竜の…逆鱗という部分には彼らドラゴンスレイヤーがその命と引き換えにつけた傷がある。それはあともう少しでその竜に致命傷を与えられる傷の深さ。
怒り狂う竜は、もはや正常な精神を失っている。
そしてその竜の前に立ちはだかる俺の後ろには村の人たち。
どう生きたかで、死が決まる・・・
―――――――アルビノ・・・紫外線が怖かった。
どこか生きるという事に臆病になっていた。
だけど俺はもう・・・
「……怖れない。生きるのが怖い訳じゃない」
―――――俺は右手に短剣を。
「……死も、恐れない」
―――――左手にダガーを構える。
そして俺は竜に向かい走った。
凄まじき咆哮。
繰り出される横殴りの尾の攻撃。
―――――俺はそれを跳躍でかわし、
ダガーを竜の右目に投げつける。
それはヒット。竜は右目を潰し、そして俺は右方向に素早く回り込み、
そして・・・
「怖いのは、ただ死ぬ、という死だ」
竜の死角に入り込んだ俺は短剣を両手で握り締め、その竜の逆鱗に入った傷に、刀身を思いっきり刺し込み、
そしてどこまでも響き渡るかのようにそのドラゴン族最強の竜は断末魔の悲鳴をあげて、くずおれた。
そして俺は今、その名前も存在も忘れ去られた世界から異世界ソーンへとやって来た。
そこで友人と出会い、その友人を背負い、そしてその友人が探していたモノを探す生を送っている。
そんな生き方も悪くは無く、
そう、俺は今をちゃんと生きている。
― fin ―
**ライターより**
こんにちは、スラッシュさま。いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
えっと、まずは今回過去のスラッシュさまの弱さを見せて欲しいとの事でしたので、アルビノに少し関わった書き方をしたのですが、もしもお気を悪くなされていたらどうもすみません。
こういう身体的にどうだからだから・・・というのは僕自身は絶対に違うという考えの持ち主で、健常者、障害者という言葉も違うと想っております。
じゃあ、書くなよ、という事ですが、でもだからこそ実は書きたいと想いました。それを乗り越え成長するスラッシュさまを。
スラッシュPLさまはこの世で一番強い人とはどんな人だと想いますか?
格闘技の世界チャンピョンですか?
僕は様々なモノを背負い、その重さを真摯に受け止めて生きている人がこの世で一番強いのだと想います。
僕は格闘技をやっていて、有段者なのですが、それでも想います。いや、だから想うのかな?
肉体の強さとは、強さではありません。肉体の強さはその強さ以上の前では簡単に潰えます。
でも心の強さは、たとえ試合で100回負けようが、それでも一度も心が折れなければ、それはその者の勝ち。
真に強いとはそういう事だと想います。
そしてスラッシュさまはこのノベルで成長なさいました。
現在のスラッシュさまがあるのは多くの心の強さに触れられたから。
もしもこのノベルを読んで、何かを感じていただけたのなら、
満足していただけていたら、
幸いでございます。
それと短刀とダガーですが、すみません。雰囲気作りのためにこんな感じで書かせていただいたのですが、どうぞ、流してやってください。
それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
本当にご依頼ありがとうございました。
失礼します。
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