<東京怪談ノベル(シングル)>
『SUGAR BOY』
【オープニング】
「なんでまた、こうも面倒臭い事になるかね。いや、まったく」
オーマ・シュヴァルツは苦虫をまとめて5,6匹噛み潰したかのような表情が浮んだ顔を片手で覆って、ため息を吐いた。
彼の前にはひとりの少年が立っている。髪は亜麻色、瞳はエメラルドグリーン。見目麗しい少年だが、しかし・・・
「僕にもまったくわかりません。なんでこうなってしまったのか…。でも…だけど、こうなってしまった以上は………僕は坊ちゃまを………」
そう言った少年にオーマは鋭く眼を細めた。
「馬鹿な事を言っちゃなんねー。おまえさん、それはあれだぜ。てめえの心を殺す行為だ。そんなのは哀しすぎるし、それにそんなのはこの俺様、オーマ・シュヴァルツが許さねー」
「だけど、そんな事を言ったって………僕はもう、僕らの運命の糸は複雑に絡みすぎてしまった………」
「はん。だからおまえさんはてめえの心を殺すのかい? 諦めるのかい。ふざけた事を言っちゃあなんねー。そうさな。その綺麗なエメラルドグリーンの瞳を大きく見開いて目の前を見てみな。何が見える?」
そう優しく諭すように言うオーマに少年は言った。
「オーマさんが、見えます」
「そうさ。俺が見えるだろう。確かにおまえさん独りならば、あるいは今おまえさんが見ている道しか見えねーかもしんねー。だけどな、今おまえさんの前には俺がいて、そしただから道は一つじゃねーのさ」
「え?」
「独りでどうしようもできねーのなら、それなら誰かの手を借りるのを躊躇うな。人ってのはどうしようもなく弱い生き物だ。だから群れるのさ。自分ができない事を誰かにしてもらうために。そして自分が出来る事を、誰かにしてやるためにな」
「あぁ・・・」
「さあ、言ってみな。おまえが俺に言うべき事は、違うだろう。心に素直になってみなよ」
それまで夜空は分厚い雲に覆われていた。しかしその雲の隙間から一筋の優しい月明かりが零れてオーマを照らす。その顔に浮かぶのは優しい表情。少年は半年前に殺されてしまった自分の父親を思い出し、そしてだからそのエメラルドグリーンの瞳から涙をぼろぼろと零した。
「…すけて…ぇ……助けてぇ…助けて、ください、オーマさん。助けて・・・」
少年にしては細すぎる肩を揺らしながらその少年は声にならない声で、オーマにようやくそれだけ言った。
そしてオーマは少年の亜麻色の髪を大きく力強い手でくしゃっと撫でると、そのまま彼の顔を自分のたくましい胸に埋めさせた。
「おーし。よく言えた。偉いぞ。ああ、後は任せておけ。この俺様、オーマ・シュヴァルツがおまえら全員が綺麗に笑えるようにしてやるから」
オーマは優しくそう言い、そして少年は声の限りにオーマの胸の中で泣いた。
「今は泣け。泣きたいだけ泣いたら、そしたら一緒に歩くぞ」
「はい」
――――――――――――――――――――
【複雑な三角関係】
「ふーむ。これはどうやら完全に、道に迷ったな」
オーマは頭を掻きながら言った。しかしその台詞とは裏腹にそう言う彼の口調も表情も危機感はまるで無い。まるでどこか悪戯をしている最中の悪戯っ子のような笑みだ。
「はてさて、さてとどっちに進もうかな?」
そう言いながら足下の小さな木切れを蹴り上げる。
空中を舞ったそれはくるくると回転しながら落ちて、そしてその先はうっそうと木々が生い茂った方を差した。まず人は絶対に好んで行きはしない方向だ。だが、オーマは…
「ふむ。ならば行こうか」
と、ひどくあっさりとその方向に進んだ。
まず結論から言おう。信じられないがこの道の先を進みオーマはひとつの村に行き着く。しかも他の道を進んでいたら、深い森に迷い、永遠の迷子となっていたのだから、その強運は計り知れない。だがそれは強運であると同時に狂運でもあった。彼がその村に辿り着く事で、三人の男女…いや、四人の男女の運命が大きく変わる事になるのだから。
物語は再び、彼が村に行き着いた時点から始めよう。
「おや、本当に村に出たよ。はん、俺様の勘もまだまだ捨てたもんじゃねーよな」
だがこんな小さな村だ。異邦者はすぐに目につき、なんらかの騒動なり何かが始まるのであろうが、村は静かだった。オーマは肩をすくめる。
「どうにも無用心だね」
そんなオーマの背後で人の気配がした。
「あ、あなたは?」
「あん? 俺様かい?」
振り返るオーマ。そこにいたのは少年と少女だった。少年は亜麻色の髪にエメラルドグリーンの瞳の見目麗しき少年。そして少女の方も上品に煎れた紅茶色の髪に、青色の瞳をしていてなかなかの美人さんであった。だがオーマの目がその美人な顔から、少年が持つ血だらけの包帯に移ってしまったのは彼の医者としての性か?
「誰か怪我してんのか?」
そう言うオーマにしかし少年は身構え、そして少女は少年にくっついた。どうにもオーマは困ってしまう。血に濡れた包帯を見るにクランケは重傷のようだ。こんな事をしている暇は無い。
「俺様は医者だ。早くそいつの所に俺を連れて行け。俺ならば助けられるかもしれねー」
そう言うと少年は瞳をわずかに見開き、血に濡れた包帯とそして一軒の大きな家…どうやらこの村の長の家のようだ…とを見比べた。
「あっちだな」
オーマはそちらに向って走り出した。
背後で少女の悲鳴に近い声があがったのはオーマの横を少年が走っているからか?
にやりと笑ったオーマは少年に問う。
「怖くはないのか、俺が?」
「僕が身構えたのはあの方を守るためです。別にあなたは怖くはありません」
その少年の言いようにオーマは走りながら喉をくっくっくと鳴らした。
「いい度胸だ。ほんとは嬢ちゃんのくせによ」
オーマがそう言うと、少年…いや、少女は足を止めた。オーマはほんの一瞬だけ足を止めて彼女を振り返る。
「イイ男の条件ってのはいつでも女性に優しく紳士に応対できるって事さ。そのためには女性の本質を見極める洞察眼ってのは必須のスキルでね。どんなに恰好や声を真似ても、俺様ほどのイイ男には通じね―のさ。今でこそ妻一筋だが、その昔はそりゃあモテタもんなんでね。経験値はそりゃあ高けーのさ」
そう言ってオーマは少女にウインクすると、再び走った。
少女もオーマに追いつき、そしてぼそりと言った。
「お願いします。僕が女だって事は誰にも言わないでください」
「ああ、わかってるよ。安心しな」
「ありがとうございます」
クランケはこの村の長であった。
森で山菜を採取中に熊に襲われて、左胸に熊の一撃を受けてしまっていた。心臓に近い動脈の一つが傷ついてしまっていてとても危険であったが、オーマの手術によって、なんとか一命を取りとめ、
そして村人たちに心から慕われている村長を助けたオーマは村の恩人として、迎え入れられた。
その夜は盛大に宴が催わされた。
「オーマさん。どうぞ。今日は本当に父がお世話になりました」
「いや、別にたいした事じゃねーよ。それに医者が人の命を救うのは当然の事さ」
「はい。それでも本当にありがとうございます」
村長の息子は礼儀正しく頭を下げた。
その村長の息子にあの少年が声をかける。
「あ、あの、これをオーマさんにと、調理場のおばさんたちが」
「ああ、ありがとう」
「いえ」
少年は村長の息子にふるふると頭を横に振った。
オーマはにやりと笑う。こういう勘は鋭い方だ。そこらの女にも負けない自信がある。間違いなくこの少年の恰好をしている嬢ちゃんは村長の息子の事が好きなのだ。
オーマの親父属性が騒ぎ出した。
と、彼がこの二人の間を探ろうと口を開かんとしたその時、しかし少年の名前を呼んだ少女の声。
「ああ、ここにいたのね」
少女はとても嬉しそうに笑いながら少年の横に立ち、顔を赤らめながら挨拶をしてきた村長の息子に適当に挨拶をすると、少年(ほんとは少女だが…)に自分が選んで小皿に乗せた料理を勧めている。
「これなんかすごく美味しいのよ。こっちのもあたしのお勧め。それとね・・・」
オーマは頭を掻いた。そして苦笑いを浮かべながら軽く肩をすくめる。
「こりゃあまた、えらくこんがらった青春の縮図だな」
そう苦笑いしながらオーマが言う理由とは、彼の目の前で繰り広げられる青春にある。
ふむと頷くオーマ。若者たちの関係はこうだ――――
少年(少女)は村長の息子が好き。
村長の息子は少女が好き。
少女は少年(少女)が好き。
――――――この相関にまず間違いは無い。
「やれやれ。何だってこんなクソ面倒臭い事に」
頭を掻きながらオーマはげんなりとため息を吐いた。
――――――――――――――――――――
【少女が少年になった理由】
オーマは村長の家で世話になることになった。村の宿屋が一番良い部屋にタダで宿泊させてくれるというのを丁重に断り、村長の容態がどうなってもいつでも応対できるようにというオーマの意思が優先されたのだ。
そして村長の容態を診て、看病の者にまた来るし、容態が急変したらちゃんと自分を呼ぶようにと言うと、オーマは自分の用意された部屋に向った。
と、その彼が階段の途中で足を止めたのは、玄関のドアの方から音が聞こえてきたからだ。
誰だろうか、こんな夜更けに?
まだ村の外には村長を傷つけた熊も居ると言うし。
「ふぅー、やれやれ。ほかっておくわけにはいかねーな」
オーマは苦笑いを浮かべながら、その誰かを追いかけた。
屋敷の外に出て、そっと耳をすます。冷たい夜気を震わせて風が運んでくるひそひそ話。
「どこから…こっちか」
風が吹いてくる方へとオーマは向った。
そして二つの人影を見つけると、家の陰に隠れてこっそりと聞き耳を立てた。
「彼女は俺の事ではなくおまえの事が好きなのだな」
「い、いえ、そんな事はありません。坊ちゃま。あの方は必ずあなたの事が……好きになります。だから諦めないで、ください」
「ありがとう。本当に優しいのだな、おまえは。だからこそ、彼女がおまえを選んだ理由がわかる。そしてそんなおまえだからこそ、恋敵だというのに、憎む気にはなれん。おまえになら素直に彼女を任せられる、と想ってしまうのは情けないのかな?」
「そ、そんな事はありません。坊ちゃまは…坊ちゃまの方こそ優しいお方です。森の中で死にそうになっていた僕を助けてくれて………だから僕は…………坊ちゃまには幸せになってもらいたくって………」
「すまない。ありがとう」
それでその二人の会話は終わり、村長の息子は隠れたオーマには気がつかずに屋敷に戻っていた。
そして風が運んでくるのは少年…いや、少女の泣き声。
オーマはそっと家の壁に背を預け、前髪をくしゃっとさせながら夜空に輝く半分だけ満ちた月を見た。
「辛いよな、本当によ。片思いって奴は」
風が運ぶ少女の哀しい泣き声は消えた。だからオーマはそっとその少女の前に姿を見せた。
「オーマさん!!! あ、あの僕…」
何かを言いかけた少女にオーマはにやりと笑うと立てた人差し指を唇の前に立てた。
「わーってるよ。何もかもな。だけど嬢ちゃんがどうしてんな姿をしているのかはわからねー。もしもよければ話してくれねーか。ん?」
「……はい」
こくりと頷いた少女は、エメラルドグリーンの瞳で分厚い雲が月を隠した夜空を見上げながら、口を開く。紡ぐ。彼女の物語を。
「僕の親はA国の貴族でした。ですが、叔父が父の権力を欲し、僕の親は殺され、僕と兄は…あ、あの僕には双子の兄がいて、それで僕ら兄妹はなんとか家臣たちが命をかけて逃がしてくれたのですが、兄とは途中で離れ離れになってしまって……それで僕は、女の身では危ないから…兄の服を着て、男装したのです」
「なるほどね。それであの坊ちゃんに助けられて、嬢ちゃんはあの坊ちゃんに恋をし、あの坊ちゃんは、嬢ちゃんを男だと思い込んでいる娘に恋をして…ってひどく面倒臭い三角関係が成立してしまったわけね」
そして話はそこから最初の話へと繋がり、
………少女は泣きやむと、オーマに訊いた。
「しかし、オーマさん。だけどどうすれば?」
「どうすれば? んなのは簡単さ。おまえが娘に戻ればいいだけの事さ」
オーマは肩をすくめた。
「だけど……それでも…」
「怖いのか? 何かが壊れてしまうのが??」
「………はい。それに僕が女性に戻ったら…そしてそれが叔父に伝わったら…そしたらこの村が……それなら僕は…………」
「はん。だったら簡単な事だ。その叔父をどうにかすれば、おまえさんは平和に暮せるだろう?」
そのオーマの不敵な言葉に、少女は目を見開いた。
「ば、馬鹿な事を言わないでください、オーマさん。叔父はものすごく悪知恵が働く人で、父もその悪知恵に…。それに……」
「それに?」
「それに叔父が雇った女のボディーガードは最強なのです。何やら得体の知れぬ力を使って」
オーマが鋭く目を細めた。
「得体の知れぬ力?」
「はい。何やらその者は自分の精神力を具現化できるとかで…それに不死身とも………」
片眉の端を跳ね上げたオーマは唇の片端を吊り上げると、夜空を見上げた。
「なるほどね。それはますます、嬢ちゃんに肩入れをしねーとな」
「え?」
不思議そうな顔をした彼女に、しかしオーマはただにこりと笑うだけであった。
――――――――――――――――――――
【ヴァンサー】
「まだ見つからぬのか、あの娘は?」
「はい。すみません。手下の者に探させているのですが一行に所在が掴めません」
「何を恐れているのですか? たかだか小娘一匹に」
「小娘一匹? ふん、馬鹿を言わないでもらいたい。たかだか小娘一匹でも、あれはこのA国国王のお気に入りであった兄上の娘だ。その娘の口から、私が兄上を謀殺した事が国王に伝えられたら、そしたら私は身が破滅する」
「ふん。しかし娘は逃げたまま。もはやあの娘には王にそれを伝える術は無いでしょう」
「はん。あれは賢しい娘だ。どんな手段を使ってくる事か」
男は飲んでいたワイングラスを苛立ちに任せて床に叩き付けた。そしてにやりと笑い、部屋の隅に置かれた巨大な檻の中にいる傷だらけの少年に視線を向けた。
「だがまあいい。最後の切り札はこちらにあるのだ。これを使えば…」
くっくっくと笑う男を見据えながら、その女は血のように赤い瞳をすぅーっと細めた。
「それにこのあたくしもおります」
その赤い瞳に宿る冷たい光に夜気はただ震えた。
オーマは少女と共にその男の屋敷に入り込んでいた。
その屋敷は元は少女の父親の物だ。抜け道は知っていた。屋敷の下に走る水路を二人は進んでいた。
オーマの作戦はこう。屋敷に侵入し、叔父を捕まえて、ぼこって、留置場に放り込む。それですべてがまるくおさまる。
少女は確かにそうだと想った。だけど少女がそうだとわかっていてこの国に近づけなかったのはあのボディーガードが怖かったからだ。あの彼女には何か危険なモノを感じた。触れてはいけないと。
しかし少女はその本能が教えてくれた危険信号をあえて無視して、戻ってきた。それは偏にこのオーマ・シュヴァルツという人を信じたからだ。不思議な人だと心底想う。一体この人は何者なのだろう?
そんな想いにとらわれていた少女の思考はしかし、それを見て、真っ白になった。そこにいたのは………
「あれは…」
「なるほど。どうやら敵も馬鹿じゃないらしい」
そこにいたのは武装した騎士たちであった。
「よく戻ってきたくれたことだ」
「叔父上、どうして、僕…わたしが今夜来る事が…」
「双子とは不思議な物だね。おまえの兄が私に教えてくれたのだよ。おまえが今夜、来ると」
少女は目を見開いた。なんとそこにいたのは全身に包帯を巻いた痛々しい姿の兄であったのだ。
「兄さん・・・」
少女は両手で口を覆った。
叔父は残虐に笑う。
「叔父上、兄に、兄に何をしたのですか、あなたはァ」
「ふん。決まっている。ほんの少し彼女が私に与えてくれた薬を使って、従順な甥子殿になってもらっただけだ。なあ?」
「はい、叔父上」
兄はそう言って、叔父の足下にひれ伏すと、彼の靴を舌で舐め始めた。少女は目を逸らす。
「で、そこの男は、なんだ?」
「こ、この人は、関係ありません」
「ふん。関係無くもクソもない。この現場を見られたのだ。殺すさ」
少女が目を見開く。オーマは肩をすくめる。
「おい、男。おまえが下手な動きをすれば私は迷い無くこの甥に自殺しろと命じる。そうすればこいつは花を摘むように自殺するだろう。さあ、どうする?」
「はん。聞くしかねーよな、おまえさんの言う事を」
「ふん。上出来だよ」
そしてオーマを残し、少女は上へと連れられていった。
その場には騎士達とそして兄が残された。
「さあ、その男を殺せ」
兄はその命令に従い、剣を振り上げる。
それを瞳に映すオーマは笑う。
繰り出される斬撃。しかしそれをオーマは紙一重でかわす。だが巻き起こった剣風がオーマの体を斬った。ごぷぅっと血が迸る。
その流れ出る血を無視してオーマはぺろりと唇を舐めた。
「なるほどね。そういう事か。人間が無意識にセーブしている力すらも引き出すほどの精神系の薬を大量に投与したようだな。惨い真似をしやがって」
そう言うオーマの瞳に宿るのは哀れみの色。彼の瞳には見えているのか? 兄の目から零れる見えぬ血の涙が???
そして兄の唇の動き・・・
俺を殺して・・・
それを見たオーマは唇の片端を吊り上げた。
「悪りーな。俺は不殺主義なんだよ」
そう彼が呟いた瞬間、大気がざわりと震えた。
突風が巻き起こり、水路に流れる水は逆流する。
騎士達はざわめいた。
一体何が起こったというのだ。
――――――そしてその彼らの驚きはしかし次の瞬間に見たそれに恐怖の色に変わった。
「だがよ、代わりと言っちゃあなんだが、約束してやるぜ。このオーマさまがおまえら兄妹を悪夢から救ってやると」
あるいはそこに立つ銀髪赤目の青年は荒ぶる神であったのかもしれない・・・。
「お、叔父上、何を・・・?」
「何を? はん、決まっている。男と女がベッドの上でする事は決まっているだろう。私はな、おまえの母親に恋心を抱いていたのだよ。しかし彼女は兄に取られた。わかるか? 私はその時から兄に怒りと憎悪を抱き、いつか必ず兄上を殺すと決めたのだ。そして私は兄上を殺し、そしてあの時の母親そっくりの見目麗しいおまえを手に入れた。おまえは今宵から私の女だ」
「いやだ、やめて。来ないで。この獣。来るな」
「ふん。助けを求めても無駄だぞ。ここには誰も来ん。さあ、観念しろ」
「いあやぁー。オーマさーんッ」
部屋の隅まで追い詰められた少女が悲鳴をあげた今まさにその時、
がぁーん
その部屋の扉が蹴り倒された。
そしてそこを少女は羨望の眼差しで、
男は恐怖の眼差しで見た。
そこに立つのは兄を両腕で抱いた銀髪赤目の青年だ。
青年は少女ににやりとひどく男臭い笑みを浮かべた。
その笑みに少女がそれがオーマだと悟り、笑みを浮かべた。
「ば、馬鹿な。なんだ、おまえは??? どうやってここへ???? ここに来るまでにいた騎士たちは?????」
「安心しな。俺は不殺主義だ。だから殺しちゃいねーぜ。そしておまえも殺しはしねー。だがちぃーっとばかりは地獄は見てもらうぜ。てめえの罪は万死に値するんだからな」
オーマは恐怖に立ち尽くす男の前を通って、ベッドの横に立つと、兄をその上に寝かせ、そして服を破られて小さな膨らみを両腕で隠す少女の体にそっと自分の上着をかけてやる。
泣きだした少女にオーマは優しく微笑んだ。
「待ってな。すぐにおまえらを悪夢から救ってやるから」
そしてオーマは男を振り返って、赤い瞳で睨んだ。
「さてと、代わりに今度はおまえに悪夢を見てもらうぜ」
しかし男は笑う。狂気の笑みを浮かべる。
「粋がるな、若造。こちらにはまだこの方がいるのだ」
男は部屋の隅を手で示した。そこには女がいる。
彼女はオーマを見て笑う。緑色のルージュが塗られた唇を動かす。
「まさかこの世界にも貴様ら国際防衛特務機関【ヴァンサーソサエティ】のユニットが派遣されているとはな」
「はん。俺ら【ヴァンサー】はてめえら凶獣がいる場所にはどこにまでだって行くのさ」
「ストーカーが」
「言ってろ」
男はオーマと女を見比べて、そして女に何かを言おうとして、しかしその首はそれを言う前に宙に舞った。そして赤い血を噴水のように滑らかな斬り口を見せた傷口から迸らせたそれは首が落ちた衝撃によってその場にくずおれた。
少女は悲鳴をあげてその場に気絶した。
オーマは舌打ち。
「ほお、おまえ、怒っているのか。このようなクズのために」
「てめえが言うな」
「救えんよ、おまえは。その甘さ故に死ね」
凶獣の攻撃。
意思の具現化。
女が手にした鋼の鞭の切っ先はヘビの頭となって少女に向う。
そしてオーマは迷わず少女を抱きしめ、
彼のたくましい背中に、そのヘビは喰らいつき、そのままオーマの体の中に入っていって、彼の皮の下を這いずり回った。
「ぐぅわぁー」
「あーはははははは。良い声だ。そのまま泣き叫べ」
そして女は細腕でオーマの体を振り回し、窓に叩き付けた。
顔から窓ガラスに突っ込んだオーマは硝子を破り、外にと放り出される。
オーマは庭の土を削りながらたっぷりと10数メートルは吹っ飛んだ。そしてそのまま彼は動かず、女は彼にとどめをささんと、やってくる。
「さあ、とどめだよ。もはや体の隅々まであたしの鋼の鞭に侵食されたおまえは満足に体を動かすことも叶わない。あとは死ぬのみだ」
と、自分の勝利を信じて疑わなかった彼女…凶獣はしかし、両目をわずかに細めた。オーマが笑ったからだ。
気でも触れたのであろうか?
「ふん。死の恐怖に狂ったか?」
「はん、死? 誰が死ぬかよ。こっちとら約束してんだ。あの兄妹に悪夢から覚まさせてやるとよ。それにあの不器用なガキどもの恋もなんとかしくっちゃだし、何よりも俺様は愛しい恋女房と大切な娘を残して死ぬ訳にもいかねーのよ。ああ、そうだ。俺はこんな所で死ぬ訳にはいかねーんだよぉ」
オーマが吠えた。
その瞬間、先ほどとは比べようも無いほどに大気が奮え、夜空にあった分厚い雲はしかしそのどれもが吹き飛んだ。
そしてそこにいるのは・・・・
―――――――翼を生やした巨大な銀色の獅子
「ば、馬鹿な・・・これが貴様の真の力ということかぁー」
凶獣は恐怖に吠えて、そして鋼の鞭を、銀色の獅子に無茶苦茶に振るった。だが獅子は強靭な四肢でそれをかわし、そして翼を羽ばたかせると同時に大地を蹴って、
そして・・・
「うぎゃぁーーーーーーーー」
凶獣を前足の一撃によって殴り飛ばした・・・。
――――――――――――――――――――
【ラスト】
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「ああ」
オーマの治療と妹の献身的な看護によって、兄は一時期は完全な廃人状態であったのに、日常生活に支障を来たさぬほどに回復していた。
そしてオーマはその兄の姿を見て、うむと頷く。
「よし。これでもう大丈夫だ」
「あの、ありがとうございます。オーマさん」
「おうよ」
兄はオーマに治療代を払うと申し出た。
叔父は死に、彼の犯罪が発覚したために、兄がその家の家督を相続し、彼は晴れて名貴族と戻ったのだ。ならばそれ相応の礼をせねばならない。
「オーマ殿、さあ、なんなりと言ってください。俺にできる事ならなんでもします」
「そうだな。それじゃあ、一つ俺様の願いを聞いてもらえるかな?」
オーマはそう悪戯っ子そっくりの笑みを浮かべて言って、そして少女にウインクをし、少女は顔を真っ赤にした。
オーマはその後もこのソーンにおいて凶獣を追った。その道中で彼はこんな噂を耳にした。A国の名貴族に双子の兄妹がいるそうで、妹はとある村の村長の息子と結婚をし、幸せな家庭を築き、そして兄の方もその妹が嫁いだ村出身の見目麗しい少女と結婚をし、幸せな家庭を築いているのだ、と。
― fin ―
**ライターより**
こんにちは、オーマ・シュヴァルツさま。いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
今回はシチュのご依頼ありがとうございました。
すべてお任せでやらせてもらえるとのことでしたので、それならばと想いっきりやらせていただいたのですが、どうだったでしょうか?
お気に召していただけましたでしょうか?
不器用な恋に苦しむ少女を助けるオーマさん。
ただの狂った叔父が起こした単なる事件かと想われたその陰には凶獣が。
もうオーマさんの設定を存分に使わせていただけて、本当に好きなようにやらせていただけて、本当に書いていて楽しかったです。
それに今回は青年ヴァージョンだけでなく、銀の獅子ヴァージョンも書けましたしね。
本当に気持ち良くやれました。
これでオーマPLさまに楽しんでいただけてましたら、言う事無しでございます。
それでは今回はこの辺で失礼させていただきます。
本当にご依頼ありがとうございました。
失礼します。
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