<PCクエストノベル(2人)>
風の歌
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今回の冒険者
【整理番号 / 名前 / クラス】
【1265/キルシュ/女/17才/ドールマスター】
【1602/ゴンザレス/男/27才/旅人兼バーテンダー】
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1.エルフとサボテン
人間は目や耳を使って、周囲の情報を取得する生き物である。
目で物を見て、耳で音を聞いて、そして心を躍らせて何かを表現する生き物だ。
そんな人間達が文芸や音楽といった文化を発展させ、詩人や音楽家のような職業が人間界で成り立っている事は、当然と言えば当然かもしれなかった。
ただ、こうした事達は人間に限った事では無い。
一部のエルフ達や一部のサボテン達にも同様の事が言えた…
ゴンザレス:「Hoo…」
ある日の昼過ぎである。
クレモナーラの村の入り口で佇む、ゴンザレスという名のサボテンは、ため息をついた。
ゴンザレス:「HEY、音楽の村クレモナーラに着いたゼ…
キルシュ、お披露目に、陽気に何か一曲歌うかい…?」
ゴンザレスは、静かにうつむきながら、相棒に声をかけた。
緑色の肌とトゲ、何気なく抱えたバンジョーが、彼が音楽好きのサボテンである事を表していた。ただし、ゴンザレスはサボテンだからしゃべれないので、頭に被っている帽子が代わりにしゃべっていた。
キルシュ:「うーん、ゴンザレス?
その前にバンジョーの弦を直して、元気を出した方が良いんじゃない?
語尾に『…』も付いてるし」
エルフのキルシュは、よしよし。と、器用にトゲを避けながらゴンザレスのサボテン肌を撫でた。さすがにエルフは器用である。
キルシュとゴンザレスの二人は、クレモナーラ村で年に一度行われる音楽祭を見物しに、村にやってきた所だった。ただ、サボテンのゴンザレスが何となく元気の無い様子である。
ゴンザレスは、旅の途中で切れてしまったバンジョーの弦を見つめている。それはゴンザレスが最も大事にしている楽器だった。
ゴンザレス:「HA-HA-、俺はいつでも元気だぜ…」
キルシュ:「じゃあ、楽器職人さんでも探しましょうか…」
ゴンザレス:「OK…」
幸い、ここは音楽の村クレモナーラである。切れた弦を直せる楽器職人を探す事は、難しくないと思えた。
キルシュとゴンザレスは、早速楽器職人を探して村を歩き始めた。
2.露店の楽器職人
なるほど、クレモナーラ村は音楽の村である。
音楽を嗜む者は多く、それに応じて楽器を作成したり調整したりする職人も多いようだった。
路上で楽器を演奏する詩人は、クレモナーラ村でなくとも大きな街ならそれなりに目に付くが、路上で多数の楽器職人が店を広げている光景は、クレモナーラ村以外ではなかなかお目にはかかれない。少なくとも、キルシュとゴンザレスは見た事が無かった。
キルシュ:「へー、色々あるわねぇ!
ゴンザレス、いっその事、バンジョーごと買い替えちゃったら?」
ゴンザレス:「BABY…それは出来ない相談さ!
買い替える気持ちも金も無いゼ」
ゴンザレスは首を振った。帽子が騒いでいる。
とりあえず、キルシュとゴンザレスは路上の楽器職人達を見て回った。やがて、二人は適当な楽器職人に声をかけた。
二人が声をかけたのは、特に目立った雰囲気の無い楽器職人である。ただ、飾り立てず、静かに露店を広げて佇んでいる様子には好感が持てた。
楽器職人A:「バンジョーの…修理?
…ふむ、随分使い込んでるな。
修理より、そろそろ買い替えた方が良いかもしれないぞ」
ゴンザレス:「BABY…それは(以下略)」
楽器職人A:「まあ、楽器を大事にしても罰は当たらんか」
丁度、バンジョーの弦は持ち歩いているから、この場ですぐに直すさ。と、楽器職人Aは手際良くバンジョーの弦を繋ぎ始めた。
楽器職人A:「チューニングは、こんなもんで良いか?」
キルシュ:「へー、良い腕してますね!」
素人目に見ても、楽器職人Aの手際の良さは目立った。キルシュは、うんうん。と感心する。
ゴンザレス:「OK!
完璧な修理ダヨ!
その証拠とお礼に、一曲、聞かせるぜ」
ゴンザレスはバンジョーを受け取ると、早速かき鳴らし始めた。
楽器職人A:「そんなに喜んでもらうような事は、してないんだがな…
それより、良かったら一つ頼まれてくれないか?」
バンジョーの修理代は要らないから。と、ゴンザレスの嬉しそうな様子を見ながら楽器職人は言った。
ゴンザレス:「サボテンカウボーイが、やってきた〜
遠い街の友を訪ねて、水も飲まずに〜」
そして、ゴンザレスはバンジョーをかき鳴らす。
楽器職人A:「いや…その…」
キルシュ:「あ、だ、大丈夫です!聞いてますよ!
ゴンザレス、几帳面なんで、一回演奏を始めると最後までやめないんです」
楽器職人A:「そうか…」
まあ、サボテンにはサボテンの考え方があるんだろう。と楽器職人は納得して、話を続けた。
楽器職人A:「手紙を届けてもらいたいんだ。
本来は人に頼む様な事じゃ無いと思うんだが、少し事情があって、私が自分で届ける事が出来ないんだ…」
キルシュ:「お手紙?
別に良いですけど、何か問題が?」
ゴンザレス:「街から街へ今日も行く〜。
HEY!
俺はサボテンポストマン!」
キルシュとゴンザレスは、楽器職人に事情を聞いた。
楽器職人:「馴染みの歌姫なんだがな、その…妙な金持ちに付きまとわれて困ってるらしいんだ。最近は、外出もろくに出来ないみたいで連絡も取りにくくなってな…」
キルシュ:「それって、軟禁されてるって言うんじゃ…」
楽器職人:「まあ、そうとも言うな」
ゴンザレス:「HEY!そういう事なら任せとけ!」
キルシュ:「うん、行ってくるよ!」
楽器職人:「すまない、頼む…」
囚われっぽい歌姫に手紙を届ける事を、キルシュとゴンザレスは快く引き受けた。二人は歌姫が軟禁状態にある屋敷へと、足を向けた。
3.窓の歌姫
歌姫の軟禁されている屋敷は、きらびやかに飾り立てられた屋敷だった。屋敷の持ち主は、金の使い方を知らない可愛そうな人物だと、キルシュとゴンザレスは思った。
キルシュ:「うーん…とりあえず、正面から行ってみる?」
ゴンザレス:「そうだな、真っ直ぐ生きてるサボテンは、陽がよく当たるっていうもんな!」
ゴンザレスは、こくこく。と頷いて門番に声をかけた。
ゴンザレス:「HEY、俺はサボテンポストマン!
噂の歌姫に、ファンからの手紙を持ってきたぜ!」
門番A:「だめだ、帰れ!」
ゴンザレス:「だから、俺はサボテンポストマン!
手紙を持ってきたぜ!」
門番:「だから、だめだ!帰れ!」
以上のようなやり取りを数回繰り返したが、結局手紙を届ける事は出来なかった。
キルシュ:「じゃ、別の手を考えようか…」
ゴンザレス:「Hoo、クレモナーラの風は冷たいゼ…」
キルシュとゴンザレスは、屋敷の周囲を回って、歌姫に手紙を届ける手段を考える事にした。
なるほど、屋敷は無駄に金がかかっているだけあって塀も高く、警備は厳重なようだ。
どうしようかなーと、悩む二人の耳に、やがて微かな歌声が聞こえてきた。
ゴンザレス:「…歌声?
おい、キルシュ、上の窓から派手な衣装を着た女の人が顔を出して歌ってるゼ。
あの人に頼んでみるのは、どうだい?」
キルシュ:「そうね、それ良いかも!
…って、あの人が噂の歌姫なんじゃないの?」
ゴンザレス:「OH!そうかも知れないな」
キルシュ:「ちょっと聞いてみようか!」
キルシュは言うと、近所の風の精霊に声をかけた。風に声を乗せて、高い窓で歌っている娘に届けようとしたのだ。専門は水の整理のキルシュは、どうにか風の精霊と交渉しようとする。
キルシュ:「…というわけで、あそこの人に声を届けて欲しいんだけど…」
近所に居た風の精霊:「ウン、ソレクライナラ、カンタンダカラ、イイヨ」
風の精霊は快く言う事を聞いてくれた。
ゴンザレス:「HEY!スゴイゼ、スゴイゼ!精霊だゼ!」
ゴンザレスは懐から取り出したシェイカーを振った。
キルシュ:「え、えーとー、屋敷の警備の人に見つかっちゃうと困るから、静かにしようね」
ゴンザレス:「そっか…」
ゴンザレスはシェイカーを懐に片付けて、窓を見上げた。
キルシュは、ひそひそと何か囁く。
その、囁いた声を、風の精霊は窓で歌っている娘に届けた。
さらに風の精霊は、娘の返事をキルシュに届ける。確かに、彼女は楽器職人が手紙を届けようとしている歌姫に間違いなかった。
4.エルザードへ…
元々、彼女は歌姫になりたいと思っていたわけではなかった。ただ、リュートを弾く事が好きだったので、クレモナーラ村に音楽の修行に来た娘だった。
ありふれた娘である。
クレモナーラ村にやってくる者には、そういった者が何人も居たし、その多くは自分の限界を勝手に悟った気になって、故郷に帰っていくのが常だった。
歌姫も、そうした道をたどるはずだったのだが、彼女の場合は楽器職人Aと出会っていた事が、他の者と違っていた。
キルシュ:「出会いって、大事だよね!」
ゴンザレス:「LaLaLa、出会いは別れの始まり〜」
キルシュとゴンザレスは風の精霊を通じて、歌姫の話を聞いている。
しばらく前に、楽器職人は歌姫に言ったそうだ。
楽器職人A:「確かにお前はリュートを弾く才能なんて、欠片程も無いな。
でも、お前の声は、どんなリュートでも真似出来ない音楽を奏でらると思うぞ」
その一言で娘はリュートを捨て、自らの声を頼りに音楽を奏でる歌姫になる事を決めたそうだ。
歌姫:「今でも楽器職人さんには、私の楽器…声の調子がおかしくないか、たまに聞いてもらってるんです」
なるほどー。と、キルシュとゴンザレスは納得した。
そんな歌姫も、今は通りすがりの金持ちの馬鹿息子に見初められて軟禁状態だ。
歌姫:「それで、楽器職人さんの手紙なんですけど…」
それは楽器職人Aらしい、素朴な内容だった。
『エルザードに店を出そうと思う。お前も来ないか?』
返事を考えるのに、時間を要する事では無い。
歌姫:「というわけで、屋敷を出たいんですが…何とかなりませんか?」
キルシュとゴンザレスは、二つ返事で引き受けた。
キルシュ:「じゃ、今日の夜に、もう一回来ますね!」
ゴンザレス:「歌を歌って待ってろよ!」
と、一旦キルシュとゴンザレスは引き上げて楽器職人に話を伝えた。
楽器職人A:「なるほど…逃げ出す事まで手伝ってもらえるのか、すまないな」
キルシュ:「いえいえ!
で、どうしましょう?」
楽器職人A:「そうだな…
俺と彼女が一緒にクレモナーラから姿を消すと、明らかに怪しいからな。
重ね重ねで申し訳無いが、先に彼女をエルザードまで送ってもらえないか?
俺は少し時間を置いて、後から追いかけようと思う…」
ゴンザレス:「OK!
音楽祭より、そっちの方が楽しそうだゼ!」
楽器職人A:「そうか、音楽祭に来たんだったな。本当にすまんな…」
まあ、音楽祭はまた来年来ればいいや。と、キルシュとゴンザレスは言った。
それから脱走の手順を相談した後、夜を待ち、二人は再び屋敷を訪れた。窓辺からは、歌姫がひっそりと顔を出している。
キルシュ:「じゃ、始めるよ!」
ゴンザレス:「OK!」
まず、キルシュは例によって風の精霊を通じて歌姫と連絡をとる。
キルシュ:「歌姫さん、毎晩この時間には部屋の窓で歌うのが習慣なんですよね?」
歌姫:「あ、はい。毎日声を出さないと、調子が悪くなりますんで」
キルシュ:「うんうん。さすが歌姫さんですね!
…で、それなんですけど、歌姫さんの声が窓から聞こえてれば、屋敷で見張ってる人たちは安心していると思うんです」
歌姫:「そうですね、確かに」
キルシュ:「だから、風の精霊さんを使って、歌姫さんの声が窓から聞こえるようにしながら、窓からロープで逃げてもらおうかと思ったんです」
歌姫:「なるほど…」
窓からロープで降りる事を歌姫は不安がったが、精霊を使って何とかするから。とキルシュは歌姫を説得した。
ゴンザレス:「じゃあ、行くぜ!」
ゴンザレスが言って、サボテンのトゲにロープを括り付け、歌姫が顔を出す窓へと飛ばした。歌姫は、ロープを受け取って窓枠に結ぶ。
キルシュ:「じゃあ、ちょっと大変ですけど、歌いながら降りてきて下さい!
声は窓から聞こえるようにしますんで!」
歌姫:「わかりました!」
そうして、歌姫はロープを伝って壁から降りようとする。明らかに慣れない作業で、見ていて危なっかしい。歌を歌いながらなので、尚更だ。
キルシュは風の精霊を使役して歌姫を手伝うが、元々水の精霊が本職の彼女は、歌姫を風に乗せて地面まで送り届けるような器用な事までは出来なかった。
ゴンザレス:「HEY!そんなに硬くなるな!
例え転がり落ちたって、地面の草は優しくあんたを迎えてくれるぜ!」
ゴンザレスは歌姫に声をかける。
地面に生えた全ての草は、彼の友達だった。例え歌姫がロープから手を離して地面に落ちても、大怪我をする事はありえなかった。
やがて、風に体を支えられながら、歌姫は地面に降り立った。キルシュとゴンザレスは、安心して息をついた。
歌姫:「ふー…怖かったけど、ちょっと面白かったですよ。
ロープで家の壁を降りるなんて、初めてですし!」
地面に降りた歌姫は、少し笑顔を見せて声を弾ませた。
歌姫の声は、上の窓から響く。まだ、彼女の声は風に乗って窓から聞こえるようになっていた。
キルシュ:「あ、もう声を飛ばさなくて大丈夫ですよね!
でも、歌姫さん、怪我しなくて良かったぁ」
キルシュは言って、風の精霊を開放した。
歌姫:「はい、本当にありがとうございました!」
歌姫はペコリとおじぎをした。
ひとまず、屋敷からの脱走は成功…だろうか?
ゴンザレス:「オイ、さっきの歌姫さんの声って、屋敷の中の連中に聞こえてるんだよな?
『ふー…怖かったけど、ちょっと面白かったですよ。ロープで家の壁を降りて逃げ出すなんて、初めてですし!』
ってやつ。」
歌姫: 「そ、そうですね」
キルシュ:「…とりあえず、村の外までダッシュかな?」
歌姫: 「そ、そうですね」
屋敷の中から、何やらざわざわと、足音などが聞こえてきた。
三人は駆け出す。クレモナーラの外、エルザードへと向かって。
それから数ヵ月後。
クレモナーラからエルザードにやってきて店を出した楽器職人の傍らに、素性不明の歌姫の姿がある事を、キルシュとゴンザレスは確認している…
(完)
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