<東京怪談ノベル(シングル)>


あかいろのなみだ


 黒山羊亭には冒険者たちが集う。
 集う冒険者はピンからキリまで片っ端から。どんな者でも居るもので。
 様々な理由で、様々な場所へと冒険に赴く。
 危険な魔物の巣を掃討した、英雄と言う名が相応しい誉れ高き者も居る。
 遺跡を調べこの世界の成り立ちを探り、人々の知識を高める事に貢献した者も居る。
 だが。
 中には盗賊や物取りと変わらぬ輩も少なくはない。
 冒険者とは紙一重。
 同じ名を名乗ろうと、その質が同じとは限らない。
 まぁ、酒の席で語らせれば、その『程度』は露見する。
 わかる者ならすぐわかる。
 その『冒険者』はどちらであるか。


 これはそんな、質の悪い方の――無謀な冒険者の辿った末路の話。
 …否、末路さえも誰にも見届けられる事は無かった者の話か。


■■■


 …どんどん酒を持って来い、今宵は祝杯だ。
 黒山羊亭ではそんな景気の良い冒険者のパーティーがテーブルのひとつで飲んでいた。
 どうやら何事か冒険の帰り道であるらしい。戦利品を持って、騒いでいる。
「随分と良い事があったようね?」
 オーダーのあった料理と酒のボトルをテーブルに運びつつ、にこりと声を掛けて来る踊り子のエスメラルダ。
 その美貌に、ほろ酔い加減なそのパーティのひとりは豪快に笑い返していた。
「ああ。あの機械墓場でな。ちぃっと面白げな部品を盗み出して来たのよ」
「変なマシンドールが出て来たが、そいつも軽ーくひねってな♪」
 ぶっ壊してやったぜ。
 彼らのその科白に、エスメラルダの顔色がさっと変わる。
「機械墓場…?」
「おう。…こんな掘り出し物があるとは思わなかったがな。中々に使えそうな物が多かったぜ、墓場と名は付いていてもよ」
「俺がこのマシンの左腕ぶっ壊したんだぜ! へへっ」
 自慢げにエスメラルダに言うパーティー内のひとり。
 他のひとりが部品や破壊したマシンを嬉々として見せびらかしている。
 …原型を留めぬ、外装は生体であるかの如きマシンの残骸に記されているのは、「ナノテックインダストリ」、と言う社名か、何か。
 金色の、髪の毛らしき繊維が纏わり付いている。
 他の部分に「XI」とも刻印されているのが見て取れた。
 …間違いない。
 エスメラルダは冷めた声で冒険者たちに告げた。
「すぐに返して来た方が良いわ」
「…あぁん?」
「盗み出した部品をよ。…機械墓場には番人が居る」
「だからその番人のマシンドールぶっ壊したんだってよ」
「…番人は、壊れない。悪い事は言わないわ」
 エスメラルダのその警告に、言われた方はおどけたように肩を竦めると、酒だ酒だと声を上げ、持って来たばかりのボトルからラッパ飲み。ぶっ壊したんだよ。問題なんか何処にもねえんだよとばかりに腕の部分と思しきパーツを力自慢のひとりがばき、と折り曲げ、放り投げる。他の連中も下卑た笑いを上げ、他の部品を取り出しては確かめるようにテーブルへと打ち付け、エスメラルダに見せ付けるようにする。
 酔った勢いか、あまりにも酷い扱い。
 ………………エスメラルダの顔は、晴れない。


 イタイ…デス
 何ヲ…スルノデスカ
 貴方ガタニ、私ガ何ヲシマシタカ
 私は貴方ガタガ盗モウトシタ物ヲ守ロウトシタダケ
 静カナ眠リヲ妨ゲヨウトスル者ヲ排除シヨウトシタダケ


 ………………誰の耳にも届かない、密やかな声は半分酔い潰れたようなパーティーの連中には聞こえない。
 がん、と叩き付けられ、壊れたマシンの顔であるだろう部分――半分剥き出しになった銀色の瞳から、たらりと一滴、赤く濁った半透明のオイルが垂れる。頬を伝う。
 まるで血の涙のような。


 私ノ居場所デ暴虐ノ限リを尽クシタ貴方ガタ
 貴方ガタは、何ガ目的ナノデスカ
 ソノ部品ハ貴方ガタガ手ニシテ良イ物デハアリマセン
 物ハ心ヲ尽クシテ大切ニ使ワナケレバナラナイ…


 ………………密やかな声の主は冒険者たちを静かに見据えている。
 己を壊した者どもを。
 機械墓場に悪意を持って手を出した者どもを。


 やがて冒険者たちは黒山羊亭を後にする。
 そして――宿で、愚かなる冒険者たちは眠りにつく事になる。


 …永遠の。


■■■


 …翌朝。
 冒険者たちが泊まったその宿からはいきなり悲鳴が上がる。
 その理由は、とある一室の泊まり客の不在――それと同時に、その客が泊まっていた筈の部屋の、凄惨な状況。
 いったい何が起きたのか、大量の血がべっとりと室内の壁を染めていた。
 部屋の家具はズタズタに引き裂かれ。ベッドなどは特に重点的に破壊されていた。
 …それでいて、誰の姿も無い。
 ただ、室内を染める血液の量は、ただごとでは無く。
 二度とその部屋は使い物にならないくらいの惨状になっていた。


 ただひとつ。
 何か重い物が引き摺られたような跡が、その部屋から伸びていた。
 べったりと赤黒い、血の跡が。
 宿の外まで続いていた。
 ずるずると、伸びている。
 その赤黒い線は。


 ずっと、機械墓場まで続いていた。
 …その『血の主』も、何かを引き摺って来た『何か』も、何処にも居ない。


■■■


 ………………鋭く発光するバトルビームチェーンソーが暗闇の中に居た。
 酒に酔い寝入っている冒険者たちは悲鳴も何も――そんな余裕すら無かった。


 …貴方ガタノ部品モ、バラシテ機械墓場ニ持チ帰リマショウ
 必要ノ無クナッタ部品ハ、機械墓場ニアッテ然ルベキ…


 密やかな声が暗闇に響く。
 続く、凄まじい音の波。


 …それが、昨晩、起きた事。


【了】