<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
【邪剣アークス】
「ちょ、ちょっと! 何を考えてるのよ?」
エスメラルダの珍しい叫びに黒山羊亭の一同が振り返った。戦士らしき風貌の男が、エスメラルダの前に立ち、何かを頭上に振りかざしている。
「何の冗談なの。お店の中で剣なんか出さないでくれる?」
「すまねえ。迷惑なのはわかっちゃいるが……この剣が悪いんだ! 強い冒険者の血を求めて……」
「え、何? 剣が悪い?」
その男が手に持っているのは、鋭利な湾曲を描く、おどろおどろしい色の剣。赤とも黒とも見えるが、血の色と言った方が的確だ。
「頼む、この剣を……破壊してくれ! ……ギャアアアアアアア!」
男が叫ぶと同時に、エスメラルダが悲鳴をあげた。
男が客たちに振り返った。
「俺は邪剣アークス。新鮮な冒険者の匂い……!」
男の声が変わった。表情は殺人鬼のように歪んでいた。
「……貴様らの血を頂くぞ!」
男は、いや、邪剣アークスは冒険者たちに刃を剥いた。死の風が吹こうとしていた。
「そうか、彼はこの剣に呪われているのね?」
エスメラルダはカウンターの奥に隠れながら、勇士の登場を祈るばかりだった。
腕に覚えのない者たちは一斉に出口に殺到した。テーブルの下に隠れる者もあった。
そんな中、確かに戦士はいてくれた。
「まったく、今日はゆっくり飲みたかったのに……」
迷惑そうに言いながらしっかり男に向き合う青髪は、アイラス・サーリアス。両手に釵を持ち、油断なく構えた。
「同感。早いトコ終わらせたいわ」
金髪麗しいティアリス・ガイラストはレイピアをヒュンと唸らせる。
活きのよさそうな獲物だと、アークスは血色の刀身を鈍く光らせた。
「では望みどおり、女、貴様の人生をすぐさま終わらせてやろうか!」
「むっ、私? ……いいわよ、来なさい!」
男は――邪剣に操られた狂戦士は、ティアリスに猛進した。
が、ピタリと男の動きが止まった。
「グ……? 魔法か、こしゃくな真似を」
アークスが忌々しそうに唸った。アイラスとティアリスの背後、背の高い細身の青年が両の手の平を邪剣に向けていた。不思議な波動が発せられているのがにわかに視認出来た。
「みなさん、今のうちに早く脱出を!」
剣技と魔法に秀でた魔法戦士セフィラス・ユレーンは、未だ店から出ていない客たちを怒鳴りつけるように避難を促した。
店内から最後のひとりが退去したところで、
「ふん、一時しのぎだったな」
邪剣はまた鈍く光を放つと、まとわりついていたセフィラスの魔法の波動を跳ね飛ばした。
「お前ら3人の血はかつてないほど極上そうだ。気持ちよく全身が洗えるぜ!」
「悪趣味。何でアンタみたいな捻くれた魔物が生まれたのかわからないわ」
ティアリスはこの剣の存在自体に胸の焼付けを覚えた。ここで間違いなく破壊するのが世のためだ。
「おしゃべりはそこまでだ。とっとと俺の体を洗え!」
男は目を血走らせ、アークスを両手持ちで思い切り振りかぶった。標的は――アイラスだ。
呪いは男の筋力を限界まで引き出しているのか、剣筋は恐ろしく速く、強い。
ああまで力を込められては、釵で無事に受けられる自信はなかった。アイラスは全霊で剣をかわした。
ガオン!
凄まじい音を立て、アイラスの後ろにあった丸テーブルは、真ん中から真っ二つに割れた。剣というよりは斧の威力だった。
「うわ、かすっただけでもひとたまりもないな」
「ははー! 上手く避けたな? 次はそうはいかねえ――ん?」
男が再びアイラスに邪剣を向けた瞬間、キィンと、金属音が木霊した。
その鉄の切っ先は、男の体ではなく、アークス自身を狙っていた。
「守ってたらダメよ! 攻めなきゃ!」
ティアリスだ。彼女は自己の持ちうる限りの速さで持って、レイピアを連続で突き出した。時折払いも混ぜる。剣を飛ばすことが狙いだ。
アークスは高速の刺突と払いを剣の腹で受ける。金属の砕片が飛ぶ。だが本体は飛ばされない。そこはさすがに男と女の力の差があった。
ならば剣自体を持てないようにするだけ。ティアリスは不意をついて、男の右肩を刺した。
「ぐお?」
男が苦悶の声を上げる。完全に骨までいった。普通なら剣など振るえない痛みに襲われる。
だが。
「……残念んんんん!」
レイピアが刺さったまま。男は傷をまったく意に介さず、ティアリスの首を取らんとアークスを振るう。
ティアリスは必死で後退した。何とか避けたものの、勢いあまって尻餅をついた。
「いつつ……信じられないわ」
金の髪が一筋ハラリと落ちるのを見て、彼女は戦慄を覚えた。
自分は完全に押していたが、相手は傷がつこうと一向に構わず刃を向ける。呪いのせいで男は痛覚が麻痺しているようだ。
「あの剣は、つまり攻撃のみを考えればいいんですね。何て厄介なんだ」
心底やりづらそうにアイラスは呟いた。
「腕を切り落として完全に剣を持てなくすれば話は別だろうが、男を傷つけたくはない……。操られているだけだからな」
セフィラスは強く言った。そう、あくまで剣のみを破壊しなければならないのだ。
「何とか動きを止めないと」
アイラスは二歩三歩前に出て、両腕を広げ仁王立ちで男に相対した。ティアリスもセフィラスも何も言わなかった。考えがあるのだと信じて。
「ほら、さっきみたいに両手持ちで、全身全霊でかかってこい。僕を脳天から真っ二つにする気で!」
「……読めたぞ、ギリギリでかわして、俺を床にめり込ませようっていうのだろう。相当速さに自信があるのだろうなぁ?」
男は――アークスは嘲笑した。
「よーしわかった、その挑戦受けてやろう。勘違いの自信を抱えたまま、あの世で後悔するんだな!」
男がアークスの柄を両手で握る。極限まで呪いの力を溜める。
そして、瞬きする間に間合いを詰めた。アークスはもう振り下ろされていた。その豪速、人の身ではかわすことは到底かなわない――!
だが、アイラスは、身動きひとつしなかった。
邪剣はそのままアイラスを頭から股下まで切開して――。
床にめり込んだ。
「ま、幻だとぉ?」
アイラスの形だったものは、確かにふたつに割れ、それっきり霧消した。
「ふざけた真似を……うお?」
アークスを握っていた両手は下から強烈に蹴り上げられた。アークスが宙に浮いた。その攻撃の主はもちろん。
「向かい合ってたのは作っていたミラーイメージ。本体は背後に回っていたんだ!」
アイラスはジャンプ一番、アークスを両手の釵で挟み込んだ。
「よし、そのままだ!」
アイラスは見た。セフィラスが凄まじい魔法力を込めた剣を構えているのを。瞬時に作戦を理解した。
それは、いかなる武器をも破壊する神秘の魔法。
そして、獲物を捕縛するのは剣折りに長けた釵。アークスが無事で済む道理はない。
アイラスが着地すると同時。差し出されたアークスに、セフィラスの魔法剣がギロチンのごとく下った。
閃光がほとばしった。アイラスが歯を食いしばって上方向へ、セフィラスは地の底まで砕かんと下方向に力を入れる。
「ギャアアアアア!」
耳障りな叫び。血塗られた邪剣は真っ二つに割れて落ち、床に溶け込むように消えた。あとには赤黒い染みだけが残った。
■エピローグ■
「……終わった?」
エスメラルダがカウンターからひょっこりと顔を出した。
「ずいぶん荒れちゃいましたが……」
壊れたテーブル、床などを見渡して、アイラスは苦笑した。
「いいわ。怪我人死人、ひとりも出なかったから。あなたたちのおかげよ」
その言葉でようやく、3人の戦士は人心地がついた。
「うーん、私、あんまり活躍できなかったかな?」
ティアリスは、はあ、と息をつきながらレイピアを収めた。
「そんなことないですよ。あの高速レイピア攻撃、あれが若干、剣を脆くしていたみたいです。真ん中からパキッといきましたからね」
アイラスはアークスを折った時の感触を思い出した。
「ま、それはともかく」
エスメラルダが仰向けに倒れた男の前に近づいた。彼の顔は、憑きが落ちた今、別人のように安らかになっていた。
「可哀想なようだけど、この男に店を壊した弁償をしてもらいましょう。あんな魔物に飲まれた罰ね」
「犠牲になった俺の剣もな。呪いから救ってやったのだから、それくらいの要求は乱暴でもないだろう」
魔法に耐え切れず砕け落ちた自分の剣を見て、セフィラスが寂しそうに言った。
「じゃあ、私の髪を切り落としたのも弁償してもらうわ。女の髪は命にも等しいんだからねっ」
ティアリスがツンと唇を尖らせた。
【了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト】
【1962/ティアリス・ガイラスト/女性/23歳/王女兼剣士】
【2017/セフィラス・ユレーン/男性/22歳/天兵】
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■ ライター通信 ■
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担当ライターのsilfluです。お楽しみいただけましたか?
剣に呪われた男と戦うというのは前々から書いてみたかった
題材です。今回それを実現できて嬉しく思います。
それではまた。
from silflu
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