<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『13月の花嫁』

<オープニング>
 ランチタイムの喧騒も引き、ルディアは窓から覗く緑の木々が、心地よさそうに揺れるのを眺めていた。
その時、白い布のかたまりが、いきなり白山羊亭のドアを開けた。
「いらっしゃ・・・」
 それがウエディングドレスを纏った女と気づき、ルディアの唇はそこで止まった。
「助けてください!」
 
 花嫁は、エッジと名乗った。街はずれの小さな教会で、結婚式を挙げるところだという。
「私はソーンの者ではありませんが、この街で恋をして結婚することにしました。でも、両親は反対だったらしくて・・・。欠席するだけならまだいいのですが・・・」
 なんと、父親が突然控室に現れ、エッジを脅したというのだ。
『このまま式を挙げれば、新郎を魔法でトカゲに変えてやる』と。
「私、どうすればいいんでしょう?」
 花嫁は、カウンターにわっと泣き伏した。

* * * * * * * * * * * *
「ひどいお父さまですね。結婚に反対だからと言って、魔法を使おうとするなんて。娘のあなたには失礼ですが、横暴すぎやしませんか」
 白山羊亭のカウンターで、アイラス・サーリアスは、アイスティーのストローを噛んだ。静かではあるが、正義感のアイラスの口調は厳しかった。
 花嫁は、レースのハンカチーフをいじりながら、うつむいた。耳の下で切りそろえた赤い髪がさらりと揺れる。
「そうは言うが、アイラス。親父の寂しい気持ちもわかってやれよ。意地になってるだけじゃねえのか?」
 ニヤニヤしながら顎をさするオーマ・シュヴァルツは、父親のカタを持った。彼自身が娘を持つ父親だからだろうか。
「何とか親父さんをうまく説得したいモンだが。さ、とにかく教会へ戻ろうぜ」
 オーマが、エッジの手を取り、高いスツールから床へ降ろしてやった。白いドレスの裾が、ふわりと踊った。

< 1 >
 教会に着き、裏口の扉に手をかけたエッジは、振り返って二人に言った。
「たぶん、父には説得など効きません。あまり無茶を言うようでしたら、どどーんと倒しちゃってください」
「た、倒しちゃってって・・・」
 アイラスはあぜんとした表情で後に続いた。
 控室へと小走りになる中、先頭のエッジがぎくりと足を止めた。後ろからアイラスとオーマも覗き込む。
 廊下の艶やかな床の上を、砂色のトカゲが、ゆっくりと歩いて来る。愛玩用の小犬が着飾らせられたかのようになぜかモーニングを着用していた。
「まさか、あなた、フォーゲル?」
 エッジはドレスの裾を踏むのも構わずしゃがみこんだ。人間の言葉がわかるのか、トカゲはうんうんとばかりに首を大きく縦に振った。
 オーマが額にピシャリと手をあて「遅かったか」とため息ついた。
「へええ、フトアゴヒゲトカゲですね」
 アイラスは青い目をきらりと輝かせると、焼きたてのバケット程はあるかというその灰色のゴツゴツを当たり前のように抱き上げた。縦抱きにして背中を撫でながら、「この子はおとなしくて飼いやすいんですよ」とのたまった。
「おい、アイラス!」
 オーマの咳ばらいで、「あ、し、失礼しました」と床に降ろした。
「でも、手足をグルグル回したり、可愛いしぐさをするコなんです、ほんとに。フラグ行動って呼ぶんですけど」
「あのなあ・・・」
 横には、青ざめて肩を震わすエッジがいるのだが。アイラスが動物にも優しいのは知っていたが、爬虫類好きなのを初めて知ったオーマであった。
「くそ親父、許しちゃおけねえっ!」
「え?」
 今のは、断じてオーマのセリフでは無い。声の主は白いベールをはためかせ、控室に飛び込んで入った。破片が飛び散るんじゃないかという勢いでドアが開いた。アイラスとオーマも慌てて部屋に飛び込んだ。
 そして二人は、花嫁が、パイプ椅子を頭上に高々と掲げているという貴重な場面を目の当たりにした。
「親父、よくもフォーゲルをトカゲに変えやがったな!」
エッジは躊躇なく、テーブルの向こうにいる五十がらみの黒ローブの男に投げつけた。
 男は、テーブルの下に入ってそれを回避した。教会内とは思えぬ騒々しい音が響き、椅子は床に落ちた。
「親に向かって何しやがる!」
 白髪に顎髭を蓄えた、初老の紳士然とした魔法使いが、大人げ無く叫んだ。今度は男が、テーブル上にあったグラスを次々と花嫁に投げた。
「だまれ、バカ親父!広い心で娘の幸せを祈れないのか〜っ!」
 エッジも二脚目に握った椅子でグラスをよける。グラスはパイプや後ろの壁に当たり、粉々に割れて行く。
「い、威勢のいい花嫁ですね・・・」
 花嫁は(当日だけでも)褒めなくてはいけないものだ。アイラスはそれを思い出して言葉を選んだ。オーマの方は眉を互い違いにさせて乱闘を見ている。
「ち、まったくもう。似たもの親子だな」
 このままでは、部屋は目茶苦茶になってしまう。オーマは隙を見て素早くテーブル側に回り込み、男の腕を後ろ手に掴んで押さえ込んだ。
「親父さん。ちょっと落ち着けや」
「エッジさんも、いいかげんにしてください」
 アイラスが、肩で息をするエッジの両手を掴んで、椅子を下に降ろさせた。

< 2 >
 午後から式が行われるはずだったチャペルの長椅子。アイラスとエッジは、その一番後ろの席の隅にいた。エッジのドレスの膝では、フォーゲルが眠っている。昼下がりの光が、ステンドグラス越しに何色もの影を木の床に落とす。
 オーマは、教会の庭のベンチで、父親の方を説得しているはずだ。
 招待客には、「新郎が急病で」と嘘を言って帰っていただいた。トカゲと結婚式を挙げるわけにはいかない。
「つまり、その・・・。あなたは、フォーゲルさんに、本当のことを言いそびれていたのですね。それでお父様は大反対された」
 コクリとしおらしくエッジは頷いた。今更おしとやかなフリをしても遅いと思うアイラスだったが。
「母は、普段は人間の姿をしていますが、爬虫類の血が混じった半獣です。父の話では、どこぞの姫君だったそうです。父は魔法の修行の旅で母と出会い恋に落ち、連れ去ったとか」
「へえ。ドラマチックじゃないですか」
「最初は、忘れていたんです。私は特に変わったところもなく、人間として育ちましたから。
 実際、二十歳になるまでは両親も秘密にしておこうと約束していたそうです。でも父が、酔って頻繁に『母さんはドラゴンのお姫様なのだ』と自慢するので、子供の頃から知っていましたけれどね。
フォーゲルに隠すつもりはなかった。でも、私の体質はいつ変化するかもしれず・・・。言っておくべきでした。でも、なかなか言いだせなくて・・・」
「きっと、フォーゲルさんは、そんなこと気にしないと思いますよ。大丈夫ですよ」
 堅い瞼を閉じていたフォーゲルは目の周りの螺旋の皮膚を動かし、ぱちりと正円の瞳を見せた。そして、激しく首を上下に振った。
「首を振るのはフトアゴヒゲトカゲの特徴ですよ。愛くるしい動作でしょう?まるで、エッジさんに、『その通りだよ』って言っているみたいですね」
 その時。ステンドグラスからの光が途切れた。
「おや?」
急な暗転。同時に、大きな地鳴りがして、二人とも椅子から滑り落ちそうになった。フォーゲルは気の毒なことにエッジの膝から床に落ちて、平べったく伸びた。
 咆哮は耳を抑えるほどだった。それが生き物の巨大さを知らせた。教会の窓すべてがピリピリと鳴った。
「庭です!」
 アイラスは腰の犀の存在を確認すると外へと飛び出し、エッジも続いた。

< 3 >
 神と知恵を競った塔、そんな高さもあるかと思われる巨獣だった。銀の毛を海原のごとくなびかせる獅子が、教会の庭に降りたっていた。背の翼を広げたら世界を掌握できそうなほどの獣だ。
「うわぁぁぁ」
 庭のベンチは横転し、エッジの父親は芝に尻餅をついたままで獅子から後ずさりしていた。
「おとうさま!お怪我は?」
 エッジは父をかばう為に前に飛び出し、アイラスは犀を構えてさらに前に立った。眼前の小山のような前脚は、爪のひと掻きで人の臓腑などえぐり出してしまいそうだった。アイラスはゴクリと唾を飲んで、獅子の面(おもて)を見上げた。
だが、獅子の瞳に肉食の猥雑さは無かった。ザクロ石のような知的で冷たい温度を感じさせる目だ。
「あれ?この獅子、どこかで前にも見たような・・・???」
 アイラスが記憶を呼び起こそうと眉間に皺を寄せた時、獅子が人の言葉を放った。
『我ハ、そーんヲ守護スル者。二人ノ愛ハ真ナリ。我ハ祝福セリ』
 地を這う低く太い声に、庭の樹木が振動した。落葉の季節でも無いのにはらはらと葉が舞う。
 アイラスには聞き覚えのある声だったが、いったい誰の声だったのか・・・。
「み、認めるものか。私は妻の苦労を見ている。異種との結婚など、け、決して認めぬ」
 父は魔法詔を唱えようとしていたが、歯が噛み合わずに言葉にならないようで、意味無くメイスを振り回すだけだった。
『いいえ、あなた。わたくしはとても幸せですのよ』
 背後の地響きは、山が一つ崩れたかと思うような音だった。また何か現れたようだ。アイラスはこわごわと振り返る。
「おかあさま・・・」とエッジが呟く。
 そこには、獅子と同じほど巨大な、灼熱の溶岩色の皮膚の・・・ファイヤードラゴンが立っていた。
『夫と娘に乱暴は許しませんよ』
 獅子を見据える黒い瞳は鉄の意志を感じさせた。太い尾を支えに、がっしりと二本足で佇んでいる。蝙蝠のような翼は、夜のように陽を翳していた。
「なんだかスペクタクルな展開になってきましたね」
 アイラスは人ごとのように言うと犀の構えを解いた。この武器で、ここまで巨大な二頭をどうこうできるはずもない。
『危害ハ加エヌ。タダ、婿殿ヘノ悪戯ハ許セヌ』
『了解しました。夫に魔法を解かせる事と、結婚を承諾させる事を約束します。
ここでわたくし達が睨み合っていると、街も大騒ぎになるでしょうし。速やかにお引き取り願えると嬉しいのですが』
『了解シタ』
 獅子は空をすべて覆うように翼を広げた。芝屑や小石が舞い上がり、樹木の枝はしなった。葉はちぎれ、獅子の飛翔と共に踊る。
 銀の毛皮をなびかせ、獅子は去って行った。
 途端、ドラゴンも姿を消した。アイラスの眼前に、真紅のドレスをまとった上品な婦人が立って微笑んでいた。
「お騒がせしました」
「い、いえ。あっという間に人間に戻れちゃうんですねえ」
 ちょっとだけドラゴンに触ってみたかったアイラスだった。
「おおーーーーい」
 走って教会に戻って来たのはオーマだ。
「店に薬草を取りに戻っていたんだが。なんか、でけえ怪物が見えたが、みんな大丈夫か?」
「ええ、皆さん無事・・・あれ?」
 父親が、舞う石に額をぶつけたらしく、コブを作って気絶していた。

< 4 >
 挙式は、一週間後の晴れた午後に、改めて行われた。出席者達はフォーゲルの知人友人が殆ど。皆が彼に好感を抱いており、再び教会に駆けつける事は厭わなかった。アイラスとオーマも、長椅子の末席にスペースを開けて貰い、数少ないエッジ側の友人として照れくさい正装で列席していた。
「アイラスよぉ、この前は花嫁が嫌な顔してたぞ。新郎の魔法を解く時。おまえさん、『その前にちょっと撫でさせてください』って散々撫で回してたろ」
「背中と首周りのボコボコを最後に触らせて貰っただけじゃないですか。あーあ、可愛かったなあ、あのフトアゴヒゲ」
 うっとりとした表情で堅い鎧の感触を思い出すアイラスの、脇腹を軽くオーマが小突いた。
「ほら、始まるぜ」
 最後部の扉が賛美歌の前奏と共にゆっくりと開く。白いドレスのエッジが、額に絆創膏を貼った父親と腕を組んで入場だ。赤い絨毯の上を、小さな白いエナメルと、黒い革靴が、息を合わせ半歩ずつ進んでいく。
 祭壇の前で待つ『人間の』フォーゲルは、日焼けした顔と節くれだった指の、働き者の農夫という感じの青年だ。緊張に唇を嘗めながら、肩をすぼめたペンギンのように窮屈そうに立っている。
 そういえば、魔法が解けたフォーゲルは言い忘れていた。エッジと初めて会った酒場で、彼女は酔っぱらって椅子の上に立って、『私はドラゴンの姫の娘』と大声で叫びガッツポーズを取っていた。初対面の時から知っていたし、泥酔するとエッジはしばしばその自慢話をしたので、フォーゲルの友人達でさえ知っていた。
 でも、それは、教えないでおいてあげた方がいいかな。笑いを堪えるような神妙な顔で、こちらにゆっくり向かって来る花嫁の為には。

< END >

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1649/アイラス・サーリアス/男性/19/フィズィクル・アディプト
1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39/医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り
NPC
エッジ/花嫁
フォーゲル/花婿
エッジの父
エッジの母

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■         ライター通信          ■
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発注、ありがとうございます。ライターの福娘紅子です。
私が書くと、いつもアイラスさんに勝手な設定が付いてしまうようで、すみません。
爬虫類好き。
普通の動物にも優しそうな感じはするのですが、なんというか、
そんな感じがひしひしとしたものですから。
父親の話と言うことで、オーマさんに比べ、アイラスさんの活躍の場が少なかったこと、
お詫びします。

いつも感想のメール、ありがとうございます。
とても励みになっています。