<東京怪談ノベル(シングル)>


■一日だけの魔女■

●お手軽マジックキット新発売

 窓の外を眺めながら、トール・ウッドはぼんやりと箒を掃いた。何処までも青い空に涙さえ零れそうになる。
「はぁ〜〜〜あ……」
 昨日の忙しさを思い出すと、明後日の休みが果てしなく遠くに感じた。
 あと二日の間、何も無いと良い。…いや、そんなことはこの店――雑貨店シェリルにあるわけが無いのだった。
 昨日は昨日で、閉店間際に怪しいブツを店主のシェリルが仕入れてきたのだ。終わらない店舗改造に悩まされ、やっと開放されたのが深夜をまわった頃。流石に今日の出勤が昼頃でいいと言われたものの、自分の家で待っていてくれた友人が心配で気が気ではなかったし、疲れた体には帰りの徒歩が辛かった。
 つい先日襲われそうになったことも店主は忘れてしまったのだろうか?
 あの時助けてくれた人がいなかったら、自分はどうなっていたのだろう。思わず怖くなってトールはブルッと震えた。この先こんな生活が何時まで続くのだろうかと考えれば、どんどん怖い方に考えが向かう。
 止まる手元を見つめ、暫しぼんやりとしていた。
「トール君! 手が止まってる!」
「あ……はーい……」
「覇気が無いなあ」
 ちょっと眉を顰めてシェリルは言った。
 ははは…と気の無い笑いを浮かべてトールは手を動かし始めた。
 ここでいちゃもんをつけたれたら、本日の生贄は決定だった。いやいや…毎日、生贄であることにはかわりが無いのだが、そこは突っ込まないでおこう、己の為に。
 虚しさが膨れ上がっても、悲しみに打ちひしがれても、家で待ってきてくれる友人の為にトールは頑張る事にした。
 家に置いてきた嫁の為に頑張る夫の気分だったが、若い身空のトールにはその気持が何なのかは分からないでいた。
「そこが終わったら、昨日の続きねー」
「昨日の?」
「何言ってるのよ。昨日仕入れた物の値札書いてないじゃない」
「あー…そうだった」
「でしょお?」
「はーい。…で、何て書けばいいんですか?」
「箱の書いてあるでしょ」
 にべもなく言われて、トールは溜息をついた。
 何か言い返そうと口を動かしたが何も言わず、すごすごと引き下がってしまう。堆く積まれた箱の一つを取り上げると、値札に書く商品アピールの言葉を考えるべく目をやった。
「マジックキット…。へぇ…お手軽だなあ。…何々? これは、キットの中の薬品を混ぜれば薬が出来ます。このキットは痺れ薬で……何これ?」
 思わず手に持った物を見つめてから、シェリルを見る。
 にやぁ〜〜〜〜〜っとシェリルが笑った。

――き、気のせいだ…きっと…

 ごっくんと唾を飲み込んで、トールはキットを置いた。これは他にも種類があったはず。気にせずにプライスカードの書く言葉を考えるために隣の箱を手にした。
「えっとぉ…。こ…これはマジックキットの応用セットです。任意の動物の毛を混ぜればそれの耳を生やす事も出来ま…。…うそッ!…」
「ほ ん と ♪」
「………」
 横から楽しそうに言ったシェリルの顔を見つめ、トールは溜息を吐いた。
「まさか…」
「うふふ♪」
「シェ、シェリル…さん?」
「昨日作ってみたの♪ やっぱり売るんだったら、ちゃんと『店員が説明』できなくっちゃねー♪」
「や…やめて…」
「やめても何もないでしょう? お仕事上手のトール君は『身をもって』体験するよねえ?」
「いや…いやっ! 助けてえー!」
 逃げ出そうとするトールの足を引っ掛け、シェリルはトールを転ばせる。
「甘ーい!」
「ぎゃあっ!」
 ゴツッと鈍い音がする。箒に足を引っ掛け、おまけに扉のノブに頭をぶつけたトールは床に転がってうめいていた。
「ささ…店員さん、お仕事ですよー♪」
 何処からともなく白衣を取り出し、袖を通すシェリル。
 怯えたトールはドアに張り付いていた。
「ひいいいッ!」
 マッドサイエンティストとか言う種族の真似事をして、シェリルはトールに近付く。手にはなぜかメスなるナイフを持っていた。
「お薬のお時間ですよ」
「シェリルさーん! お医者さんごっこは不健全ですう!」
「ほーらほらっ♪」
「ぎゃああ!!」
 シェリルはトールの足を擽って動きを封じ、その間にポーションを二つほど同時に飲ませた。
 咽て半分ほど零してしまったが、シェリルの思惑は叶いそうだった。
 ピクピクとトールの体が痙攣して動かなくなる。キットは商品としては良いもののようで、シェリルはにんまりと笑う。
 そのうちに真っ白な猫耳がトールの頭に生えてくる。金髪の髪に相まって、とても愛らしく見えた。
「きゃあー、トール君ってばラヴリー♪」
「冗談じゃありませんにゅ!」
 語尾が猫語になっているのを聞いてシェリルはケラケラと笑った。
「可愛いーッ♪」
「嫌ですにゅーっ!」
「ほーらほらほら、これなんか可愛いでしょ♪」
 ノリにのったシェリルは近くにあったボアハウンド(魔獣犬)用の赤い首輪をトールに付けようとした。
「あれ? 小さいなあ…」
 殊のほか残念そうに言うと、シェリルは手元にあったマジックキットを手にする。
「何する気ですかにゅ!」
 トールの問いに無言で返すと、シェリルはパッケージを破る。中にある小さな耐熱容器に薬を入れ、マニュアルどおりに水を入れた。
 相手が動けないのをいいことに、シェリルは薬を作り始める。
 スキップで店を横切りドアの前に行くと、ドアを開けて閉店の看板を外に出し、鍵をかけた。またルンルンな様子で帰ってくると、三脚の下に度の強い酒を入れた小さなランプを入れる。上に耐熱容器を乗せてランプに火を点けると、甘い香りが辺りに漂う。
「くふふ…くふふふふ……」
 シェリルの忍び笑いが何処までも続いていた。

●オーダメイドキャット
 看護婦か女医さんのつもりなのだろうか、シェリルは出来上がった薬を小瓶に入れてトールに見せる。
「ほーらできたっ」
「できなくていいにゅ!」
「これでこの首輪もつけられるわよー♪」
「嫌にゅ!」
「ふっふっふー」
 嫌がるトールに出来上がった薬を飲ませば、段々トールは小さくなっていった。丁度両手で掴めるぐらいの大きさになると縮むのが止まる。
 ほっとトールが一安心するのもつかの間、シェリルは次なる試練をトールに与えた。
「お尻の青いのはなくなったかなトール君(笑)」
 にっこり笑うと、シェリルはトールのお尻を見ようと脱げかけた服を引き剥がし始めた。
「やめてくださいにゅ(泣)」
 じたばたじたばたじたばた………
 抵抗も空しくパンツ一丁になったが、肝心かなめのマジックアイテムパンツは小さくなっていない。修復能力はあるが、持ち主のサイズに合わせて縮んだりしないらしい。
「マジックアイテムなのにーなのにゅ……」
「何いってんのよ、もっと小さな服にしなくっちゃ♪」
「いらないにゅー!」
「裸でもいいの?」
「嫌ですにゅ……」
「おほほほ…良い子ね、子猫ちゃん」
 怪しいお姉さんよろしく、シェリルは高笑いをした。
 どうにでもなれとヤケになったトールはパンツのゴムを引っ張ってベルト代わりにする。これで乙女(?)の純情は守られた。
 そこらへんにあったお人形の服をトールに着せると、満足そうにシェリルは見つめた。
「このまま宣伝として飾っとこうかしら」
「い〜〜や〜〜ですにゅ〜〜〜〜〜!!!」
 悔しいやら悲しいやら恥ずかしいやらで、トールはじたばたと辺りを転げまわる。
「にゅーっ! にゅーッ!! エヴォリュ―ションにゅー!!」
 トールは叫んだ。
 途端に吹くがはじけ飛んでいく。

 はた…はたはたはた……

「にゅ?」

 はたはたはた……

「にゅぁああああああ!!!!!」
「あーはははっ!」
 ずりおちたパンツを抱えてちらりと見えたお尻。背中には天使の羽。頭には猫耳。見事な猫耳天使の出来上がりだった。
「にゅーっ!」
「あーはははっ!」
「いやにゃあ!」
 べそをかくトールの頭を撫でつつ、シェリルは笑う。
 しかし、窓の外では笑えない状況が待ってたのだった。

『俺の天使ちゃぁああん♪』
 何時ぞやの客が愛らしい猫耳天使のトールを見つけてしまっていた。
 その身に降りかかるであろう不幸に気がつかず、トールはパンツを抱えているのであった。

 ■END■