<東京怪談ノベル(シングル)>


子供の領分

「‥‥ったく、いい加減にしろよな」
 うんざりした声を上げる。
 声だけでなく、湖泉遼介(こいずみ・きょうすけ)自身、心の底からウンザリしていた。目の前にいる下らない連中を相手するのに。
 【ヴィジョン使い養成学園】――遼介が籍を置くその学校は、あらゆる生徒が日々優秀なヴィジョン使いになるべく鍛錬をするべき場所だ。老若男女、その間口は驚くほど広い。
 だが、正式にヴィジョン使いになるのは、ほんの一握りを数えるぐらいだ。
 だからこそ目の前にいるような馬鹿も存在する訳で‥‥。

「おい、何余所見してんだよ! 大体てめえは前から生意気だったんだよ!」
 集団の中心にいる、体格の良い男が声を張り上げる。それを取り巻きの連中が、ニヤニヤ笑いながら同じような馬鹿にした目つきで遼介の方を見た。
 お偉い貴族の跡取り息子――所謂ボンボン連中だ。
 何かにつけて自分達を自慢する彼らは、学園の中でも毛嫌いしてる者も多い。
 だけど、さすがに貴族の血筋だけあって、ヴィジョン使いとしての力もあるものだから、反発できる者もそれほどいない。だからこそ‥‥最近奴らは、遼介に目を付け始めた。
 同世代でありながら、遼介の力は群を抜いている。
 それが連中にとっては目障りなようだ。
 もっとも遼介自身、そんな奴らに構う暇なんかない。絡まれるたびに適当にあしらってきたのだが、さすがに今回は、彼自身堪忍袋の緒が切れた。
 自分だけならまだしも、友人まで馬鹿にされたとあっては。

「あんたら、いい加減にしろよな。俺だけじゃなく、俺の友達まで馬鹿にしやがって」
「黙れ。庶民の分際でこんな来るのが間違ってんだよ!」
 傲慢な科白。見下した連中がいかにも言いそうな事だ。
「所詮、お前らなんかとじゃあ、俺達とは格が違うのさ」
 その言葉に、遼介は我慢する事を止めた。
 力を自慢したがる連中に、それ以上の力を見せつけるべく、彼はキッときつい眼差しで彼らを見やる。
 力が全て、と言うのならば、その力でもってその鼻を明かしてやろうじゃないか。
 そんな考えが脳裏を過ぎり、ニヤッと彼は笑う――企みを秘めた表情の迫力に、思わずビビった連中が後退ったのを、遼介は面白そうに眺めるのだった。



「‥‥あれはちょっとやり過ぎたよなぁ」
「なに言ってんだか。お前、ノリノリでやってたじゃないか」
「そっかぁ?」
 日溜まりの射す雑木林の中。
 和やかに話す二人の少年達。振り返る思い出を、口では後悔してるように言うが、その実全然そんなことはなく、ただ談笑を繰り返すだけで。
「大体お前、もっと酷い事だってしてたじゃないか」
「あ、あれはなぁ――」



「やりやがったなぁ!」
 少年達の一人が、地面に倒れた身体を必死で起こす。その顔は、赤っ恥をかかされたことでこれでもかというぐらい真っ赤になっていた。
 天より高いプライド。
 それがへし折られた事で、彼は一気に頭に血が昇る。
「ほら、どうした? かかってこいよ」
 普段の遼介なら、この時点で争いを止めていた。
 だが、散々バカにされたあげく、友達まで虚仮にされたのだ。ここで切れなきゃ男が廃る。
「やあ!!」
「ッ!」
 互いに手にした模擬刀が交錯する。切れる事はないだろうが当たればそれなりに痛い。
 相手の少年も言うだけの事はあって、なかなかに強い。とはいえ、遼介にとってそれはお遊戯みたいなモンだ。
(「‥‥ヴィジョンを使うまでもないよな」)
 ニヤッと、笑う。
 その迫力に気圧された少年は、あっさりと持っていた剣を弾き飛ばされた。すかさず喉元に剣の切っ先を突きつける。
 遼介の動きに反応できないまま、少年はそのまま腰を抜かして地面に崩れ落ちた。
「参ったか。へっ、これに懲りてちょっかいかけてくるなよな」
 投げ捨てた科白。
 その屈辱に、少年達のタガが一瞬で外れた。
「待て! まだ勝負はついちゃいねえ!」
「あのなぁ。いい加減――!」
 振り向いて、ハッとする。少年達が手にしたのは、それぞれの力の象徴たるカード。すなわちヴィジョン。
「くらいやがれ!」
 凝縮していく力を、遼介はまるで傍観者のように眺めている。周りの友人の警告する声を聞きつつも、大して焦る必要はなかった。
 目の前の力程度、遼介には簡単に返せる。
 むしろ、土壇場で力を出してきた事に、腹立たしささえ憶えていた。
「そうか。んじゃま、俺も手加減しないぜ」
 言うと同時に、刀身にヴィジョンの力を宿していく。その集中力は一瞬。ボンボンの連中は、この事をこそ驚いた。
 自分達の方が早く仕掛けたのに、自分達より早く力が使えるなんて、と。
「ひぃ!」
「これで終わりだ!!」
 剣を、一気に振り下ろす。
 途端巻き起こった疾風。その剣撃が、無数のかまいたちとなって少年達を襲いかかった。
「う、うわぁ――ッっ!?」

 ‥‥そして。
 風が過ぎ去った後には、剣を振り下ろした体勢の遼介と、両腕で思わず頭を庇う姿勢になった少年達。彼らの身には、特別傷一つない。
「へ‥‥へっ、なんでえ、大したことなかったじゃん」
「あんだけビビらせといて、空振りとは笑っちゃうな」
 その身が無事だったことをいいことに、散々囃し立てる彼ら。そんな声を全部無視して、遼介は静かに剣を鞘に収めた。
 その事で更に彼らのからかいは大きくなる。
 だが。
「言っとくけどな、あんたらその格好で帰るつもりか? せいぜい捕まらないようにしろよ」
 言い終える。
 と、ほぼ同時に。

 バサリ――バサ、バサッ‥‥!

 彼らの着ていた服が、音を立てて細切れに刻まれていく。
 後に残ったのは、素っ裸になった貴族の少年達。見るも無惨な姿を、彼らは公衆の面前でさらけ出していた。
「はっ、大したことないじゃん、あんたら」
 遼介は、少年達の股間を見比べながら、そんな科白を口にした。慌てて前を隠した彼らは、古今東西こういう場での捨て台詞を、お決まりのように叫びながら脱兎していった。
「お、お、お、覚えてろよぉぉ――――ッッっ!!」



「まあ、さすがに晒しモンにするのは、ちょっと遣りすぎたかもしんねえけどさ‥‥」
 思わず悩む少年に、もう一人のより活発そうな少年が肩をドンと叩く。
「なーに言ってんだ。あれぐらいでちょうどよかったんだよ。だいたい悪いのは、あいつらの方だったんだしさ」
 くよくよすんなって。
 少年――遼介は、目の前の少年――ヴィジョンが人化した姿――にそう元気付けられるのに思わず苦笑する。まさか、人ではない存在――しかも自分のヴィジョンに慰められるとは思わなかった。
「今度からはさ、俺も力貸してやるからさ!」
「‥‥そうだな。それじゃ、これからもあいつらがイチャモンつけてきたら、成敗してやるか」
「そうこなくっちゃ!」

 かくして。
 少年二人――いや、一人は『人』ではないが――は、互いに悪戯めいた笑みを浮かべ、ガッチリと腕を組み合うのだった。
 その後、遼介の活躍が学校中に広まったかどうかは、また別の物語である。


【END】

●ライター通信。
 葉月です。お待たせしすぎて申し訳ありませんでした。今後はこのような事がないようにいたしますので、またお見かけしましたら、宜しくお願いします。