<PCクエストノベル(2人)>


金色の翼 〜クレモナーラ村〜
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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1805/スラッシュ      /探索士  】
【1962/ティアリス・ガイラスト/王女兼剣士】

【助力探求者】
なし
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 クレモナーラのオルゴール展。
 それは、春の音楽祭程大々的に行っているものではないが、細々とした細工物から巨大な仕掛けまで、音楽の一種とは言え機械細工に近しいもので、楽しみにしている者も少なくない。もちろん、作る側にしても。
ティアリス:「わぁ。賑わってるのね」
スラッシュ:「…ああ」
 夏も近しい眩しい日差しを浴びて、観光客を当て込んで立っている市に目を輝かせるティアリス。スラッシュはと言うと、何時もの如く直射日光を浴びないよう外套に身を包んで元気良く肌を晒している彼女に視線を向けている。
 今日はオルゴール展に出展したスラッシュの作品を見に2人でやって来たのだ。そこに至るまでに見える様々な催しに興味を引かれながら、第一の目的はスラッシュのオルゴールを見ることだとぐっと堪えている様子に、そっと横を向いたスラッシュが小さく笑う。
ティアリス:「あ。今笑ったでしょ」
スラッシュ:「いや…」
 ゆるりと手を振って否定するも、目を覗き込んだティアリスがその嘘に気付いてむぅ、とほんのちょっぴり眉を寄せる。
ティアリス:「スラッシュもオルゴール出してるのよね?どこに飾ってあるの?」
 気を取り直し、奥まった一角で行われている会場へと足を速めたティアリスに、スラッシュが軽く首を傾げる。
スラッシュ:「…どこだろうな。回って見よう」
 事前に渡しておいた品がどの辺りに飾られているのか、係の者に聞けば分かるのだろうが、敢えてそれをしなかったのはスラッシュ自身、他の人々が作り上げた品に興味があったためで。ティアリスも会場の入り口をくぐった時からわくわくと全身から楽しげなオーラを撒き散らしている。ふと隣をすれ違った人が気に当てられてほっこりとした笑顔で別の場所へと移動していくのを見、
スラッシュ:「(侮れない…)」
 ごくごく僅かに唇を動かし、音にならない声でそんなことを呟いていた。

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ティアリス:「綺麗な音…」
 幅も高さも指一本分くらいしかない小さなオルゴールから、繊細な音が流れている。耳を澄ましてじ、っとその音に聴き入るティアリス。曲も良く吟味しており、金と銀を織り交ぜた表面の細工もどうやってここまで作ったのかと思う程細かい。
 このオルゴールが今回の展覧会の目玉だったらしく、次々と人だかりがやってきてはその出来と曲に聞き惚れており。
 他にも、音楽の村ならではというのか、オルガンではなくバイオリンを駆使した大掛かりなものや、数種類の曲を選んで演奏させることの出来る凝った作りのもの、ほとんど等身大のからくり人形付きオルゴールなど…様々な意匠を凝らした作品が、賑やかに曲を奏でていた。
ティアリス:「あら、あれじゃない?」
スラッシュ:「…ああ、そうらしいな…」
 やや地味とも言える一角。木箱に細工を施したスタンダードな品が並んでいる。
 スラッシュの作品はその中でも比較的大きな作品だった。
 木で組んだ小さな建物と、塀で囲まれた前庭。
 ネジを巻いて少し待つ、と…小刻みに流れる活気溢れる曲に合わせ、ぱたぱたと建物の扉が開いて小さな子供たちが一斉に飛び出してきた。
ティアリス:「まぁっ」
 くすっと口元に手を当てて笑い声を立てるティアリス。上下に揺れながら前庭を駆け回る子供の姿は、上から覗き込んでいる巨人達に笑いかけるように顔を向けているようにも見える。
 やがて、曲も終わりに近づくと、カンカンカン、と小さな鐘の音、らしき音が混じり。その音を聞いた途端、慌てるようにぴょいぴょいっと建物の中へ飛び込んでいく。そして開いていた建物の扉が閉まり、その後でゆっくりと曲が止まった。
スラッシュ:「鐘の音は…食事の合図なんだ…」
ティアリス:「ふふふ。それじゃあ、あの子たちは今お腹一杯食べてるのね」
 目を細め、オルゴールをじっと眺めて建物の中を想像しているティアリスの様子は他の客の目も引いたらしい。気付けば、スラッシュは無言でネジ巻き係に徹し、ティアリスは常に最前列で飽きずに駆け回る子供達を眺めていた。

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ティアリス:「楽しかったー。今日はありがとう、スラッシュ」
スラッシュ:「…いや…別に、たいしたことじゃない」
 あの後、一通り見て回った後に会場の外の出店を見てまわり、散々冷やかして近くのカフェで一息着いていた時のこと。
 ごそごそと何かを取り出したスラッシュが、丁寧になめした小さな皮袋ごとティアリスに手渡す。
スラッシュ:「…これは、ティアに」
ティアリス:「なぁに?」
 くくってある紐を取り除き、手の平で皮袋から滑り降りてきた品を手に取った――きら、っと優しい輝きがティアリスの目を打つ。
ティアリス:「…え…?」
 それは、小さなペンダントだった。骨董風に細工を施した金細工で、天使の片翼が精緻に刻まれている。わざと古めかしく輝きをぼかしているのも上品さを醸し出しており、手の平に置いたままティアリスが半ば呆然としているのも無理はなかっただろう。
スラッシュ:「気に…いらない?」
 ティアリスを窺って静かに問い掛けるスラッシュ。その目は次第に沈みかけ、それと同時にまぶたもゆっくりと下がっていく。その事に気付いたティアリスが慌てて大きく首を振り、
ティアリス:「そんな、まさか!で、でも…これって高価かったんじゃないの?こんな、素敵な物、貰っちゃっても…いいの?」
スラッシュ:「気にしなくていい。…それは、俺が作ったんだ」
ティアリス:「スラッシュが?」
 目を丸くして、もう一度手の中の輝きを見つめるティアリス。
スラッシュ:「…翼の部分を開いてごらん」
ティアリス:「うん。――あ…これって、鍵…?」
 ぱかりと蓋のように仕組まれてあるペンダントの中には細い鎖で吊るされた小さな金色の鍵と、恐らくそれを入れるのだろう鍵穴が開いていて。顔を上げ、スラッシュが頷くままに鍵穴に入れて回す。
 ポロン、ロン…
ティアリス:「きゃっ」
 小さな音が耳に届き、おそるおそるスラッシュを見つめるティアリス。にこりと笑みを浮かべたスラッシュが、
スラッシュ:「驚いたか?…特製のオルゴールだ。ネジ…鍵を最後まで回せば…」
 その言葉を聞きながら、今度は目を輝かせてぐりんぐりんと手応えを確認しながら鍵を回していく。やがて鍵が止まり――そして…会場で聴いたどんな曲よりも繊細な曲が流れ出した。
ティアリス:「――――」
 すっ、と目を細め、もう片手を添えて耳へと寄せる。一音でも聞き逃すまいとしてか、頬はばら色に染まり、全身は完全に集中してその曲に聴き入っていた。

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ティアリス:「すっかり暗くなっちゃったわ。…あ、見てスラッシュ。お星様があんなに沢山」
スラッシュ:「ああ…そうだな」
 展覧会からの帰り道。まだ最終日ではないから結果は判らないが、見物人の反応を見ただけでもスラッシュには十分な収穫があった。他にも、ずっとこつこつ作り続けていた品がようやく完成し、隣で連れ立って歩いている彼女に送ることが出来たのも、彼の胸に静かな満足感を与えていた。
 おまけに、今は夜。何の気兼ねもなく首から上を剥き出しにし、直に風を感じることが出来る。それが何より嬉しかった。
ティアリス:「綺麗ね…」
 足元に時折注意を払いながら、それでも目を向けるのは天上の星々。そして、ティアリスの胸元にも小さな輝きが掛けられている。ぱっと見オルゴールとは全く分からないが、それでもアクセサリとしては上物の部類に入るペンダントが。
ティアリス:「ねえ、スラッシュ。…また、誘ってくれる?」
スラッシュ:「…ああ、ティアが行きたい場所があれば…一緒に行こう」
ティアリス:「約束よ?」
スラッシュ:「分かった。…約束する」
 その言葉を聞いてティアリスがにっこりと満面の笑みを浮かべ、
ティアリス:「宜しい」
 わざと重々しげにそう言ってくすくすと笑った。
 夜目にもその笑顔が眩しく見えたのは気のせいだろうか。
 それとも、それなりに緊張した今日一日が無事終わったことも関係しているのだろうか。
 ついそんなことを思ってしまうスラッシュだった。

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 ――数日後。
 展覧会も無事終了したと、スラッシュの品が手元に戻ってきた。
 表立った賞は貰えなかったものの、もう1つの収穫をはっきりと手にする事が出来た。
 それは、たまたまティアリスが遊びに来ていた工房で、調整のために中を覗きこんだ時のこと――。
スラッシュ:「これは…」
ティアリス:「どうしたの?」
 スラッシュの手元を照らしている灯りに影が差して暗くならないよう、後ろから覗き込んだティアリスに、
スラッシュ:「ゼンマイが磨耗しているんだ」
ティアリス:「?」
スラッシュ:「…簡単に言えば、沢山の人が…このオルゴールを楽しんだということだよ」
ティアリス:「そうなんだ。良かったわね、スラッシュ」
 そういうティアリスもあの日以来見ればいつも胸元に金のペンダントを付けて歩いている。そのペンダントに目を向けながら、
スラッシュ:「…そのペンダントも…調子が悪くなったらいつでも言えば良い」
ティアリス:「うん。…そうだ、ごめんね、ありがとう」
スラッシュ:「…?」
 突然の謝罪と礼の言葉に言葉も無く、何か悪いことでもしてしまったのかと逆に眉を寄せる。そういったスラッシュには頓着せず、ティアリスが再び口を開き…これは少々ばつが悪そうな様子だったが。
ティアリス:「あの後気が付いたの。こんなに素敵なペンダントを作ってもらったのに、お礼も言ってないってことに。それでね、これ、お礼とお詫びに。こういうのがいいって教えてもらって」
 作業机の上に早口に言いながら、ずっと隠し持っていたのだろう、籐篭をとんっと置いた。
ティアリス:「じょ、上手じゃないからっ。きっと美味しくないから、捨てちゃってもいいからねっ」
 言うなりばっと工房を飛び出していく。
スラッシュ:「…………?」
 外の明るさが開いた扉から一瞬だけ差し込み、薄暗い工房に立った埃を浮かび上がらせた。そして。
ティアリス:「――感想…聞かせてね?」
 去り際に、聞こえるか聞こえないかの声で。後はぱたぱたと元気の良い足音が遠ざかっていく。
スラッシュ:「………それって結局食べろってことじゃないのか…」
 修理の手を止めて、作業机の上に乗せられた篭…中に被せてあった布を取ると、思わず顔をほころばせた。
 中には、いびつだったり端が少し焦げていたりしているクッキーが皿の上に山盛り。
 それら全てに描かれていたのは――あの日オルゴールの中で見せたような子供らの満面の笑み。
スラッシュ:「…後であいつらに持っていくかな」
 言いつつまだほんのりと温かいクッキーに、ゆっくりと手を伸ばしていった。