<PCクエストノベル(2人)>


WHO'S GONNA BURN 〜ヤーカラの里〜

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■冒険者一覧■
【整理番号 / 名前 / 性別 / 年齢 / クラス】

□1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男 / 39 / 医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り
□1980 /ミリオーネ=ガルファ / 男 / 23 / 居酒屋『お気楽亭』コック

■助力探検者■
□なし

■その他の登場人物■
□ 初老の男/ 里の案内人
□   里の医者/ 里の医者
□ メリア/ 里の娘
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***件の居酒屋にて***

オーマ:「だから、何でお前さんが乗り気になるんだ?」
ミリオーネ:「目の前で困ってる奴を放っておけないからだ」
オーマ:「ほぉ〜、お前さん何時からそんな善良で人の良い兄ちゃんになった。昼食に何か悪いものでも食ったのかぃ?」
ミリオーネ:「失礼な奴だな――大体どこぞの雑食家と一緒にされては溜まらない。純粋に困ってる奴は見捨てられない性質なんだよ」
オーマ:「おぅおぅ恥ずかしいくらいストレートな奴だねぇ〜」
ミリオーネ:「放っておいてくれ」
 と、何時ものように始まるべくして二人の舌戦が火蓋を切ろうとした矢先。
???:「あの…それで私どもの里をお助け願えるのでしょうか?」
 おそるおそる口を挟んだのは、自分の帽子を両手で不安そうに掴む、白髪混じりの頭をおどおどと低くした初老の人物であった。身にまとうのは解れが目立つ衣服。一見しただけで聖都では田舎者もいいところで、絶えず何かに怯えている雰囲気が少々痛々しい。
オーマ:「おっと、そうだった。すまねぇな…アンタの話は了解した――俺の方では特に問題はない。寧ろそいつがウォズならば望むところだしな、協力しよう」
初老の男:「おおっでは!?――ありがとう御座いますっ!!」
 一縷の望みを求めてこの居酒屋まで足を運び、ようやくにして待ち望んだ返事に気色を取り戻す男。オーマに助けを請うべく方々を歩き廻って訪ねてきた、とある里の住人であった。
ミリオーネ:「まっ、その礼は怪物とやらを退治してからにして欲しいけどな」
オーマ:「だから何でお前が偉そうに仕切る――もしかして俺について来る気じゃなかろうな?」
ミリオーネ:「勿論付いて行くが?」
オーマ:「あのな、相手がウォズだとお前さんはあまり役に立たない可能性が強いし、最悪足手纏いにもなりかねんので却下だ」
ミリオーネ:「おいおい見縊ってくれるなよ。――俺だってこのソーンにやって来てから、潜りたくもない修羅場をもう幾度も乗り切っている。だいいち『色々と問題はある』が一応は妻帯者であるお前だ、これから危険に飛び込もうというのをみすみす放って置けるか」
 断固として付いて行くぞ――オーマに向けられた瞳がそう語っていた。
オーマ:「たくっ…」
 一度決めたらもう覆さない、強い意志の宿った金色の眼差し。
 オーマは溜息を零したのだった。
オーマ:「自分独りの身体じゃねぇのはお前も対して変わらないだろうに…このおせっかいめ」
 が、心意気は嬉しくなくもない。それでも言うべき警告は口にしておく。
オーマ:「ウォズは並みの相手じゃねぇし、これから行くのは――あの里なんだぜ?」
 ――と。
 ヤーカラの里。
 其処は龍人の血を引く者たちの隠れ里であり、数々の曰く付の伝説や噂が流布されている半ば伝説の里である。冒険者を自負するものでも足を踏み入れた者は多くないとされていた。
 それでも彼は、いやそれ故にだろうか、
ミリオーネ:「承知の上さ」
 短く簡潔に応えたのだった。

***DRAGONSLAYER***
 
 一行は3人だった。
 すなわち、先頭を行くのはウォズの退治を依頼されたオーマ・シュヴァルツ。その彼に半ば付き添った形で続くミリオーネ・ガルファ。そして里の住人である初老の男であった。
 もっとも長い行程を経て一行が里の圏内にまで到達すると、そこから先は本格的に初老の男が案内を担当すべく、先頭に立って二人を先導する。
 進む道は一見して普通なのだがいきなり獣道に入ったり、幾度も沢を越えたりと、地図自体が役に立ちそうもない、素人目には半ば迷走するかのような進み方であった。どうも侮れない仕掛け――迷路のような作りから成り立っている様子である。里の人間が同行していなければとても通ることの出来ない道であることは確かと思われた。
 成る程これではいかにオーマが強運といえど、まともに辿り着けるはずもなく、隠れ里とはよくいったものだ。が、故にこその悲しさがある。外の世界を避けて暮らさねばならぬ人々の悲しさ。それはオーマにも、ミリオーネにも決して他人事ではないような気がしたが。
 道中は、幸い特筆するような出来事も起こらずに済んでいた。
 当初は畏まって二人の案内に専念していた里人も、次第に打ち解けたように話し始めたし、オーマとミリオーネに関しては、道中憎まれ口を叩き合いながらも雰囲気自体は悪くなかった。
 併し第三者から見れば時として険悪なモノにも映ったらしい。しばしばヒートアップする憎まれ口の応酬に、男が心配そうな表情を見せれば「互いの人間性等を理解し合い心の交流を深める為の憎まれ口さ…」等とオーマが嘯いて宥めた。
 もっともその直ぐ後に、「おいおい、30過ぎの中年とこれ以上の心の交流を深めてどうする?――これは正真正銘の口喧嘩だ」
 等とミリオーネの方が憎まれ口を再開したが。
 ともあれこの調子で行けば、里までは夕暮れ前に辿り着けるはずであった。
 ――されど、常に予想外という出来事は存在する。
 それはその一時間後に起こった。
 ある意味最悪の形で…。

***2***

 其の遭遇は僥倖か不運か、即ち一行が里に入る前にその戦いは始まったのである。
 襲われる手前だった里としてはおそらく不幸中の幸い。が、狭い谷間での戦闘を余儀なくされた、オーマとミリオーネ、初老の男には不運であったろう。
 当初話に聞いていた敵は竜であった。
 それも人の数倍の大きさの中型の翼竜ということである。
 恐らくは里に伝わる龍人の伝承や噂に感化されたウォズなのだろう。
 しかし実際のソレは話に聞いていた翼竜などとは桁が違っており――短期間で更なる具現化を遂げ巨大な火竜へと変貌していたのだ。或いは既に里の者を何名か犠牲にした代償なのかもしれない。
オーマ:「まさかな、ここまでの相手とは予想してなかったぜ」
ミリオーネ:「古代竜――しかも火竜種」
 予想外の展開で戦いの火蓋を切ることになってから攻防はやはり押され気味であった。
 戦闘開始からはや10分は過ぎ去ったことだろう。
 忌々しげに唇を噛むオーマに、全身汗だくに為りつつミリオーネが呟いた。
オーマ:「実体はウォズに違いないがな、外見はまさにソレだ。問題は外見に実力が比例するかって所だが――おおっと!?」
 根こそぎそ空間を殺ぐような鉤爪が揮われるのを、紙一重で飛び下がって避けるオーマ。
ミリオーネ:「無駄口を叩いて大怪我するなよ、俺がやられても一応名医がいるから安心できるが、お前がやられたらどうしようもない」
 一方のミリオーネは反りの見事な片刃の剣を独特のスタイルで構え、十数倍はある巨体を前に、押しては下がりの繰り返しで上手く牽制し続けていた。だが、ただでさえ厄介な鋼の如く竜鱗であるのにくわえ、ウォズの性質上彼の武器では殆ど効力を持たないのは明白。
オーマ:「こいつに致命傷を与えるのは俺の役目だ。お前こそ無理をするなよ――」
 左右の腕に異世界の兵器を具現化させて、圧倒的な火力をもって竜の頭に銃撃の嵐を見舞うオーマ。
 霰のように降り注ぐ弾丸によって硬い皮膚を貫かれ、不気味な液体を撒き散らす火竜。秒間数百発で襲い掛かるSMGの猛威に、さすがに怯んだのか爪を振るう動きも随分と鈍くなった。
 すかさずミリオーネが数歩踏み込んで、竜の足めがけて必殺の気合と想いを込めた一撃を放った。皮膚を抉る確かな手応え。
ミリオーネ:「いけるっ!!」
 足から噴出した血の量は半端ではなかった。それは無論ミリオーネがはじめて与えた打撃らしい打撃であったが、故にこそ竜の怒りも大きかった。
火竜:「ゴォォォォ」
 獰猛な憎悪の唸り声。
ミリオーネ:「―――っ!?」
 はっとして見上げた其処には、大きく口を開けて此方を見下ろす火竜の姿。仰々しい牙を並べた口が開かれると、熱い硫黄の匂いを嗅ぎ取る。背筋に冷たいものが流れた。咄嗟の判断で横に飛んだのはまさに彼の命を救った行為であった。
 さっきまで立っていた場所が、数千度を越す火炎によって焼き払われる。
 近くで感じた灼熱に顔を歪めたミリオーネ。
オーマ:「ミリオーネっ――上っ!」
 聞こえたのはオーマの緊迫した声と、援護するかのような銃撃音。再び死の戦慄が脳裡を過ぎり、後方へと飛び。
火竜:「ウォォォォォォン!!!」
 逃すものかと振り下ろされたのは前足。爪一本でミリオーネの上半身に及ぶそれが、秒の差で彼の肩から腹を勢いよく滑った。
ミリオーネ:「――!!! がは…」
 焼きつくような衝撃が身体を奔り、大量の鮮血が宙に撒き散らされる。
 傍目から見て明らかな致命傷、其処にさらに――迫るは竜の顎。
オーマ:「な――ミリオーネ!!!!」
 ミリオーネの意識は激痛と出血で焼き切れるように途切れた。
 ―――はずであるのに、
 驚愕の叫びはしかし、ソレを上回るミリオーネの咆哮によって掻き消される。
ミリオーネ:「!!!!!!!」
 無意識下で全身の細胞が急速な変貌を遂げていく。
 致命傷を負ったばかりの肩口はそのままに身体は新たな灼熱に包まれたが、今度は外からの熱さではなく内部から迸るモノであった。叫びは咆哮と化し、ソレは即ち人が龍へと変貌を遂げた証でもあった。
火竜:「!!!?」
 火竜は近寄るオーマを尻尾で牽制し、最初の獲物を顎で挟み勝利を確信した瞬間、そのあまりにも異様な手応えに動揺したのだった。
 人の形を整えたまま龍へと姿を変えたミリオーネ。彼は自身の身体に突き刺さる牙を意にも返さず、逆に驚嘆すべき膂力を発揮して火竜の顎へとその剣を突き刺したのだ。そのままザクザクと勢いに任せて内側から顎を裂いていくという、凄まじい荒業を揮ってみせた。
火竜:「――――!!!」
 あまりの激痛に悶え苦しむ火竜は、顔を振り乱して口の中のミリオーネを遠くの谷岩へと吹き飛ばした。が、岩の砕ける音が響くが、それは龍化したミリオーネの狂気を止める意味を成さないだろう。そしてそれは事実であり、狂気に憑かれたような半龍は再びむくりと立ち上がり、伝説の狂戦士さながらに火竜のもとへと突進した。
 オーマの声は届かない。
 直感――逡巡などしている暇はなかった。
 決断と果断が必要。
 そしてオーマは決断した。
オーマ:「てめぇぇぇぇ!!!」
 第二の凄まじいまでの絶叫が空間を、大気を揺るがす。
 その叫びが意味するところは誰に対してだったかは分からない。或いは呆然と佇んでいた自分自身に対しての怒りだったのか? ともかく自らの意志をもって自身をより強大な存在へと変貌させるべく、オーマは赤光の眼差しを火竜に向けて咆哮した。
 狂気のごとく湧き上がる禁忌に等しい「力」は、身体の隅々に迸ると解放されたという狂喜で溢れかえる。
 巻き起こる旋風はさながら竜巻であり、中心にあるオーマの影はその中で不気味に膨れ上がっていった。
 やがて四方に暴風を撒き散らして竜巻は消失する。
 現れた彼は既に人ではなくなっていた。
オーマ:「オオオオオオオオオォ!!!」
 たてがみは強く震え、雄叫びは谷全体を震わせる。
 途方もない叫び声と、含まれた想いの強さ、その威に打たれたのかミリオーネの足も一瞬止まる。
 明確な殺意の放射を浴びて、痛みに悶えていた火竜すらも恐怖に慄いた程であった。
 堂々たる体躯は火竜のそれをも上回る。
 その彼我の力量は火竜にも判断できたのだろう。
 事実――封印は瞬殺に等しく行われたのであるから。

***3***

 ――僅かにだが時は流れる――
 火竜はあの直後に、圧倒的なまでのオーマの力によって封印された。
 封印後の後始末は色々と大変だったが、まっさきにオーマが取り掛かるべく仕事は相棒を助けることであった。
 あの後、半龍化し暴走してしまったミリオーネは、標的をオーマに換えて挑んできたのだった。それを獅子の身で抑止したのだが実は火竜よりも手強く困難な仕事であったのだ。そして、どうにかミリオーネを人の身へと戻すのに成功すると、凄まじい展開に呆然としていた初老の男を精神感応で促し、自身は元の姿に戻ることなく急いでヤーカラの隠れ里に向かったのである。ミリオーネの状態が一刻の猶予も無かったために、力をふるえる姿で二人まとめて里に運んだのだ。
 里人の多くが広場に降り立った銀色の獅子に動揺し、恐怖した。だが初老の男の説明と人の姿に戻ったオーマ、傷を負ったミリオーネを見て事情を飲み込み、ともかく傷の手当て――手術が出来る場所を貸してくれた。
 素早く里の医者も呼ばれ、いざオーマが手術という頃には既に陽は沈み始め、暗がりの中での執刀となったのである。

――そして今、オーマとミリオーネはまたも手強い戦いに挑まれていた――

 一方は死神に魅入られたものとして。
 一方は死神を払うべきものとして。

オーマ:「ちっ、傷自体は深くないはずだが、もっと明かりを集めてくれ!!」
 負傷したミリオーネを担架からベットに移し変えた名残か、そこら中に血の匂いが充満しているなかで、足りない光に忌々しく臍を噛んだオーマ。
 寝台に明かりが集中すると、治療に取り掛かるべく患部に手をやる。オーマには当然大よその見当は付いていた。
 だが――、
オーマ:「――っ、こいつぁ…牙の一部が動脈に食い込んでやがるか。よりによって随分と拙い状態になりやがって」
 触れた指先から伝わった振動が尋常ではなかったのだ。
オーマ:「下手に抜けば、――っ、おい、俺様の荷物の中から緊急糸と針を取って来てくれ! 左端の奥にセットで突っ込んであるはずだ」
 オーマの指示に従って家の娘が走っていくと、里の医者が意味を悟って血相を変え詰め寄った。
里の医者:「まさか――?」
オーマ:「ああ、そのまさかだ」
 平然と応え返すオーマ。
里の医者:「危険すぎますぞ、破裂した動脈の縫合など!!」
オーマ:「――だからといってこのまま放っておけねぇだろうが!!!」
里の医者:「しかしっ、血圧が急激に下がってしまう恐れも…」
オーマ:「分かってる――だが、安心しろ。こいつはそんなに軟じゃねぇ。殺したって簡単に死ぬ奴じゃねぇよ。それに俺も腕にはちぃっと自信があるんだ――アンタはアンタで俺の助手をしっかりと頼む」
 そこまで言われれば黙って頷くより他は無い。里の医者はオーマの意志を了承した。
 そこへ頼まれたものを持ってきた家の娘。
 オーマが傷口を広げる側で、里の医者が娘から針と縫い糸を受け取った。
オーマ:「少しばかり手荒く抜くぜ、文句は後で聞くからな?」
 意識と血の気を失った友人の顔を見下ろして、一応の断りを呟く。胸部に手を添えると突き刺さった牙に渾身の力を込め抜き取りはじめる。
ミリオーネ:「―――、」
 直後、意識を失っている筈のミリオーネの身体がびくっと大きく痙攣し、途端傷口から大量の鮮血が噴出した。
 唸りを生じて溢れ出す朱色。
 容赦なくオーマの顔半分が血に染まった。
 その光景に助手を務める里の医者と、看護婦をかった娘の双方が顔を青くする。
オーマ:「針と糸――」
 平然たるもので微動だにしないオーマは、助手に催促する。
 震える手で横から差し出されたソレを受け取りながら、彼の表情は鋼の様に揺ぎなく、瞳は強い意志を込めて患者に注がれていた。
 彼は正確に医者としての業を揮っていた。溢れ出る鮮血に傷口を見ることなど出来ない状態だというのに、寸分も場所を違うことなく脈壁を縫い付ける神業。
 側ではオーマの離れ業を眺め、驚愕しながらも手伝う助手。
オーマ:「馬鹿野郎が…死ぬんじゃねぇぞ――いや、俺様が絶対に死なせねぇからな」
 心の中で紡いだはずのその言葉は、知らず無意識のうち唇から零れ落ちていた。
 手術は思ったよりも短かく済み、当然成功で終ることとなる。


***EPILOGU***

 遠くで小鳥の鳴く声が聴こえた。
 朝――という概念が眠りから醒めた意識をゆっくりと覚醒へ促す。
ミリオーネ:「―――」
 誰かがカーテンを開けたらしい。思わず顔を顰めたのは身体の痛みに気付いたからか、それとも朝陽がやけに眩しかったからだろうか。直ぐ近くでは鼻歌も聴こえはじめる。
ミリオーネ:「………?」
 薄っすらと瞼を開けると音色の主を探した。
 そしてまだ半覚醒の瞳を向ける。
???:「〜♪」
ミリオーネ:「………」
???:「――え?」
 瞳が認めたのはそばかすが似合う亜麻色髪の見知らぬ娘。上機嫌に鼻歌を歌いタオルを絞るその表情が、直ぐに驚きへと変わる。
ミリオーネ:「…やあ」
 とりあえず常套句らしき挨拶を送ってみた。
里の娘:「あっ、あうあう!?」
ミリオーネ:「おはよう…で良いのか?」
 娘は質素な椅子に腰を下ろし、掛けられた声にも相変わらず驚いたリアクションのみだった。これには結構面食らいつつもミリオーネは再度尋ねた。見た感じ娘の年頃はまだ14、5だろう。――少女はメリアという名のこの家に住む娘であった。先日彼の手術にも果敢に立ち会ったのだが、今まで意識を失っていたミリオーネにしてみれば、そんな事情は知るべくもない。
メリア:「た、た、た…」
ミリオーネ:「――一?」
メリア:「大変っ!!!」
 尋ねるべきことを考え始めた矢先である、彼の思考は娘が上げた突然の大声で遮られた。両手で唇を押さえて、慌てて椅子から立ち上がった少女。何が「大変」なのかミリオーネには訳が分からなかったが、娘は脱兎の如く部屋から飛び出して、足音だけ残して消えて行ってしまった。
ミリオーネ:「……何なんだ一体?」
 溜息混じりに呟けば、頭を掻こうと手を動かす。
ミリオーネ:「――――っ!?」
 が、直ぐに全身が鋭い激痛に襲われて動きを中断。
ミリオーネ:「筋肉痛…」
 その痛みが意識を失う前の記憶を呼び起こした。
 悪い冗談のような記憶。
 里へ向かう途中で炎竜との死闘――俺は不覚をとって、そして…いや――…そうだ、オーマ!!!?
 其処まで記憶を辿れば影が射した表情も、はっとして。
ミリオーネ:「っ、俺は…くそっ、しくじったぜ――オーマの奴は!?」
 全身の痛みをおして半ば強引にベッドから立ち上がろうとする。
 が、さすがに上半身を起こし、体を両手で支えるのがやっとであった。とても直ぐに動ける状態ではないらしい。改めて自分の身体を見下ろせば体中を包帯が取り巻き、さながら上半身ミイラ男と言ったところであった。敵に受けた傷も半端ではなかったことを物語るが――これは相棒が手当てしてくれたのだろう。
「………はぁ」
 どうもネガティブに考え過ぎている。多分オーマは無事だ。殺しても死ぬような男ではないし。見慣れないこの家もヤーカラの里の民家であろうことは間違いない。先ほどの娘は家の娘なのだろう――眠っている間中看護されていたと想えば変に照れくさかったが。後で礼を言うべきだな、と苦笑を零す。
 と、其処へ廊下から大きな足音が響いてきた。
 直後、2メートルを越す大男が部屋へ乱入して来る。
オーマ:「おぅ、やっと生き返りやがったか――夢見の程はどうだ!?」
 颯爽としたオーマの何時もと変わらぬ様子、不適な笑顔がやけに眩しかった。
ミリオーネ:(…やっぱり、な――)
オーマ:「ん、浮かない顔でどうした?」
ミリオーネ:「あ、ああ、筋肉痛が酷くてな。それと目覚めののっけからお前の声とは、頭痛の種になりそうだよ」
オーマ:「くくっ、言うじゃねぇかよ。まっ、一度は死にかけたんだ、筋肉痛くらいは大目に見ろ」
ミリオーネ:「筋肉痛は気にしないさ――、不覚を取ったことに比べれば易いものだ。手当てはお前がしてくれたんだな」
オーマ:「………」
 呟きに悔恨が含まれていたのを敏感に感じ取り、オーマは暫し沈黙する。
ミリオーネ:「やっぱり、か?――すまない、俺の不覚でお前を初めとし、里の人間にも随分迷惑をかけてしまった。あの戦闘をはっきりと憶えている訳ではないので自覚は無いのだが――な、結局足手纏いになっちまった」
 何時に無く殊勝なミリオーネの態度であった。
 しかしそれにも増してぎこちなく、頭を掻きながら溜息混じりにオーマは言う。
オーマ:「その…なんだ、驚いたことは驚いたが。――不覚云々はお前の責任じゃねぇ、だから気に病むな。あれは俺のミスだ」
ミリオーネ:「………?」
 返って来た言葉と、驚いたといわれたことに要領を得ず、オーマへ怪訝な眼差しを向けたミリオーネ。
 だがオーマの顔にも影が射しており、眼差しは微妙にそらされていた。相棒の負傷に強く責任を感じていた由縁だろう。
 それっきり双方は口を閉ざした。
 無論、どちらも言いたいことは似通っている。
 やや間を置いて唇を動かしたのはミリオーネの方からだった。
ミリオーネ:「ふぅ、病み上がりにお前のそういう顔は鬱になる。――お互いに辛気臭い表情は柄じゃなかったろ…」
 顔を顰めながらも痛がる右手を軽く振ってみせた。
オーマ:「へっ、言ってくれるぜ。おれより若造が…辛気臭くて悪かったな。だが…まあなんだ、すまなかった――そう言いたかった。それだけは言わせてくれ」
ミリオーネ:「おいおい、それを言うならばあの場で助けられ、傷の手当てまで施された俺の方が――」
 と、言いかけて、再度顔を見合わせる二人。
 小さな間があってから今度は双方で苦笑を零した。
オーマ:「ったく、柄じゃないか…」
ミリオーネ:「あぁ、お互いに…な?」
オーマ:「だがまあしかし、お前さんが変異体質とは驚いたぜ、本当に。その並外れた回復力の秘密もその辺にあるのかねぇ?」
ミリオーネ:「――はっ?」
 またも意味不明の言葉を聴かされてミリオーネは戸惑った。
ミリオーネ:「さっきから驚いただの一体何の話だ?――悪いが戦闘のことは後半から憶えてないんだ。もしかして俺は、何か拙いことでもしでかしたのか?」
オーマ:「…はっ…憶えてないってマジで?」
 唖然とするオーマに素直に頷くミリオーネ。
 すると、数秒の沈黙。オーマがやれやれと溜息を吐いて両肩を竦めて見せた。
ミリオーネ:「なんだよ?」
オーマ:「お前さんは覚えてないのか?――俺が」
ミリオーネ:「――俺が?」
オーマ:「実は巨大な銀色の獅子に変身して火竜を瞬殺し、見境無く暴走したお前さんを華麗に救助してやったことを…だ」
ミリオーネ:「……………。何を言うかと思ったら――馬鹿なことを、やれやれ…お前さんここぞと言う時のギャグのセンスは著しく三流だな」
オーマ:「なにぃ、自覚症状のない人間が偉そうに。…とまあ、二人で驚きあったところで何だが――」
 そこまで喋ると先ほど娘が座っていた椅子に巨体を下ろし、ニヤリと口の端を吊り上げた。
ミリオーネ:「あからさまに嫌な予感がする…」
 何となく嫌な予感がするのか、痛みでもぶり返したのか顔を歪めるミリオーネ。
オーマ:「イロモノ変身同盟って奴を結成――」
ミリオーネ:「断る――」
オーマ:「おいおい、せめて最後まで言わせてくれよ!」
 即決で断られて天を仰いだオーマ。
ミリオーネ:「大体お前、同盟関係は他に色々と結んでいるのだろうが。その何だったか?――そう、腹黒同盟とかなんとかもそうだろう?…俺はただでさえ店で手一杯なんだ、そんなろくでもないモノに加盟している余裕はない」
オーマ:「おいおいおい、のっけからろくでもないって、まだ活動内容も――」
 抗議のブーイングを初めたオーマだったが、折りよくそこへ先ほど出て行ったはずの娘が顔を覗かせ、此方の様子を覗き見ているのに気付いた。
ミリオーネ:「あの子は?」
 ミリオーネも気付き、怪しい話題を紛らわすためにオーマに名を尋ねる。
オーマ:「あん?――ああ、お前つきの看護婦でこの家の娘さんだ、名前はメリア…お嬢ちゃんだ」
メリア:「あ、あの…」
オーマ:「おぅ、お嬢ちゃんも遠慮せずにこっちに来な」
 戸惑う娘に微笑して屈託無く手間抜きするオーマ。
 ついでにミリオーネが意識をなくしてから今までの経緯を大雑把に話して聞かせた。
オーマ:「まっ、これが普通の村ならば大変だったろうが、幸いこの里の人間は皆異端者として周りから見られてるからな。俺たちのような人間に対しても寛大なのだろうよ。あのウォズを封印した俺たちに対しても恐れどころか、非常に良くしてくれている。俺様なんぞ子供達に懐かれて困ってるし、いやぁこれも人徳って奴か」
ミリオーネ:「そうか――」
 彼の話によると手術後のミリオーネは二日間も意識を失い、眠ったままであったという。少女が驚いたのも満更大げさではなかったのだ。
メリア:「あの…これ母からです」
ミリオーネ:「ん?」
 躊躇いがちに差し出された皿には、病人には必須の綺麗に剥かれた林檎の山。食べ易いようにちゃんと小振りにカッティングされている。
オーマ:「おぅ、こりゃあ美味そうだな。俺も頂くぞ」
ミリオーネ:「あのな、一応これは病人である俺に……いや、良いけどな」
 何となくぎこちなかった場が和んだのを感じ取ったのか、少女も少し笑顔を浮かべた。
メリア:「たくさんありますから遠慮しないでくださいね♪」
オーマ:「おぅ、お嬢ちゃんも食べるといいぞっ」
ミリオーネ:「それも激しく本末転倒じゃないか…?」
オーマ:「イロモノ変身同盟結成の記念日なんだ、小さいことは気にすんなっ!」
ミリオーネ:「だから…俺はそんなものには、――…はぁ…」
メリア:「あはは…」
 僅かの間に和気藹々とする空気。すると一気に疲労感が押し寄せたらしい。
 林檎を一つ口に頬張ると、後は病人らしく大人しくベッドに寝直すミリオーネ。
 娘とオーマとが会話をはじめるのを耳にしながら、静かに瞼を閉じる。

 眠気故にではなく――
 ――雰囲気に少し照れたかのように。
 
 眠りに落ちたのだろうかと「?」顔でミリオーネを見下ろした娘に、茶目っ気と愛嬌を含ませて片目を瞑ったオーマ。
 そしてそっと眼差しを窓の外へ向ける。
 雲ひとつ無い青空だ。今日は快晴が望めそうだった。
 

*****

 こんにちはライターの皐月です。
 続けてオーマ氏のクエノベを担当になりましたが、このような感じで宜しかったでしょうか?
 今回はミリオーネ氏も参加とのことで、ともあれお二人とも色々とお疲れ様ですm(_ _)m
 しかも続けて竜ネタですみません(^^;
 相変わらずの「すろーぺーす」ですし。少しでも満足していただけたならば幸いです。
 イロモノ変身同盟結成?を祝しつつ…by皐月時雨