<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


悪逆無道な盗賊団!(前編)



■ オープニング

「くははははは! てめえら、皆殺しだ!」
 黒髭の男が大剣を振り回しながら集落に突き進む。盗賊団「ハーティ」の頭――アルベル・ジャルマは今日も大暴れだ。
「だ、だれか助けてくれ――!!」
 助けを求めて逃げ出す村人を容赦なく傷つける盗賊団。彼らの所業は最近、目に余るほどで、だが力をつけているのも事実だった。
「……これで、この村も落ちたな。ふふふ、だいぶ……聖都に近づいてきたみたいだな」
 アルベルが子供のように無邪気に笑った。

「というわけで、その盗賊団が次に狙っているのが、聖都に程近い港町――エーリアらしいのよ」
 エスメラルダが渋い顔でそう言うとカウンターに座っていた冒険者の一人が、
「そいつは確かな情報か? うーん、エーリアがやられるとなると船に乗れなくなるな……」
 様々な地へ冒険者や旅人を運ぶ港町として発展しているエーリアは聖都との関係も深い。
「そこで、エーリアの長老が盗賊団討伐のメンバーを募っているらしいのよ。うーんと、撃退するだけじゃなさそうね」
 エスメラルダが依頼書をひらひらと揺らしながら読み進めていく。
「第一に、盗賊団によるエーリア襲撃の撃退。第二に、撃退後の追跡・アジトの特定。第三に、アジト壊滅。返り討ちにするだけではなく、一気に方をつけるようね。まあ、ここ最近の被害を見れば当然到達する結論だわ」
「確かにあいつら調子に乗ってやがるからな」
 そう言って冒険者は腕を捲くった。


■ 作戦

「盗賊団ハーティが北の荒野、およそ百キロの地点まで到達したとの伝達がありました!」
 ドアが勢いよく開け放たれ警備兵が顔を覗かせた。エーリアに配備された警備兵は聖都から呼び寄せられた選りすぐりの先鋭揃いだった。ただ、聖都の警備を手薄にするわけにもいかず、そのためエーリアの長老は一般からの冒険者を雇ったのである。
「念入りに作戦を練る予定でしたが、さほど時間は残されていないようですな」
 長老が杖で床をこんこんと何度か突いた。
「警備兵もいることですから、私は住民の避難に回ろうと思うのですが」
 討伐メンバーの一人、アイラス・サーリアスが提案した。アイラスにいつもの穏やかな雰囲気はない。盗賊団の悪行に頭にきているのだ。それは、ミリオーネ=ガルファも同じのようで、
「俺も同意見だ。住民の安全を確保するのが最優先だろう」
 ミリオーネは壁にもたれかかり腕組みをした。顔つきは真剣そのものである。
「そうだな……俺も住民の誘導が大事だと思うが、戦う必要性があるのならば前線で戦おう」
 椅子から立ち上がったセフィラス・ユレーン、彼は傭兵として生計を立てている。つまりはプロである。この手の戦いには長けているといえる。
「くくく、こういうふざけた連中にはお灸を据えてやらないといけないな。徹底的に力で捻じ伏せてやる。俺はもちろん、前線で戦うからよ。まあ、任せときな……必ず屈服させてやる!」
 室内がシグルマの声により振動する。意気込むシグルマは盗賊団を潰すどころか、自分が首領になるところまで想像をめぐらせていた。大胆な発想はいかにもシグルマらしい。
「ふむ、戦いに集中すると住民の避難が遅れてしまう、逆に住民の誘導にかまけていると、奴らに狙われるかもしれんな。皆さん、臨機応変に頼みますぞ」
 長老が双眸を開き、鋭い視線を四人に差し向けた。
 頷き合う四人は、これから始まるであろう戦いに考えをめぐらせた。



■ 強襲

「た、た、大変です、別部隊がすでにこちらへ! どうやら、北門から進入するつもりのようです!」
 慌てた様子で飛び込んできた警備兵は酷く狼狽しているようだった。
「住民の避難は?」
 長老が冷静に訊くと、
「まだです! このままでは犠牲者が出るかもしれません!」
 長老はしばし思案し、四人に向かってこう切り出した。
「皆さん、まずは北門を……その後、他の区域の住民の避難を」
「先行部隊を送り込んだというわけですね……」
 最初にアイラスが外へ駆け出す。
「……急ごう」
 セフィラスもそれに続く。
「機先を制されたか――相手もバカではないらしいな」
 窓際にいたミリオーネは窓を開き、その窓の縁に片手をつき、すっぽり空いた空間に飛び出していった。
「くくく、血が騒ぐぜ」
 シグルマが、すでに開け放たれたドアに向かってのっそりと歩きだす。
 長老が小さく「頼みましたぞ」と呟いた。

「街の中に入れないようにしたいが……難しいかもしれない。とにかく俺が敵を引きつけよう。その間に住民を――」
 セフィラスは止むを得ず背中の羽を広げ、北門へ向かって飛翔した。
「よし、俺も行くぜ! あとは任せたぜー!」
 シグルマもセフィラスの後を追う。
「行きましょう」
「ああ」
 アイラスとミリオーネは住民を誘導するために居住区へ向かった。

「おらおら、どきやがれーー!!」
 黒い鎧で武装した盗賊団「ハーティ」の先行部隊は約二十名といった所だった。
「ここを通すわけにはいかないな」
 先に到着したセフィラスが敵の前に立ちはだかる。
「なんだぁ、兄ちゃん? 死にてえのかぁ?」
 好戦的な男がセフィラスに歩み寄ってくる。
 そして、距離一メートルと迫ったところで隠し持っていた鋭利なナイフを突き出した。
「ふん、見え見えだ!」
 ――ガキィーン!!
 金属のぶつかり合う音。男の持っていたナイフがどこかへ飛んでいく。
 ――それが合図になった。
 身構えていた男たちは一斉にセフィラスへ向かって襲い掛かってきた。
「どきな!!」
 声に気づいたセフィラスがふわりと空中に浮かび上がる。
「沈め」
 低い声でシグルマが呟き、向かい来る敵に向かって斧を一振り。まるで細剣を振るうようなスピードで、岩をも切り裂くような一閃だった。
「ぐああああ!!」
 数名の盗賊たちが固い地面に叩きつけられる。
「遅い!」
 華麗な剣技で敵を翻弄していくセフィラス。その時、男たちが束になってセフィラスへ向かってきた。
 即座に反応したセフィラスは、ウィンドスラシュで男たちを吹き飛ばす。落下した男たちが次々と地面に降り注がれる。残ったのは意気消沈した敵部隊の隊長らしき大柄な男のみ。
「くっ、もうじき本隊がやって来る、貴様ら皆殺しだぞー!!」
「だからどうしたんだ?」
 シグルマが相手の攻撃を待たず先に仕掛ける。男は為す術もなく倒れた。
「どうやら、来たようだ……本隊が」
 僅かに宙に浮いたセフィラスが北門の遙か向こうからやって来る人の群れに気づいた。あれは、並大抵の数ではない。だが、こちらも用意がないわけではない。警備兵がすでに配置についている。各地から集まった有志の者たちも街を盗賊団から死守しようと構えていた。
「返り討ちにしてやるぜ」
 シグルマが気負いもせずにそう呟いた。

 ――二十分後、居住区。
「皆さん、こっちです!」
 アイラスが住民たちに避難を促す。敵部隊は主に北門と西門から侵入してきている。よって南へ逃げるのが筋だ。住民たちは地下道を通り、避難する手はずとなっている。
「皆殺しだぁ!!」
 武装した黒ずくめの男たちが住民に向かって襲い掛かる。
「させるか!」
 ミリオーネが振り下ろされた剣を弾く。そのまま臨戦態勢へ。
「邪魔するなぁぁぁ!!!」
 狂気に満ちた男はもはや戦闘マシーンと化しているようであった。
 ミリオーネは刀を両手に相手の動きを待つ。
 男が飛び掛ってくる。振り下ろされる剣を紙一重で避け、持っていた剣を勢いよく弾き飛ばす。そのまま利き腕を狙って刀を振りぬく。
「うあああああ!!」
 その時、背後から忍び寄る敵。
「――遅い!」
 だが、ミリオーネは確実に相手を無力化していく。武器を使えないようにしてしまえば戦闘不能も同じことだ。
「仕方ありませんね」
 アイラスが両手に持った釵で相手の攻撃を器用に捌き、ミリオーネと同じく無力化していく。確実に急所だけを狙った攻撃は相手が本気の場合、相当な手慣れでなければ難しいことだ。
「さ、今のうちですよ」
 道を阻んでいた男たちを片付け、その隙に住民たちの誘導する。
「く、こいつら強いぞ!」
「怯むな、いけ! 命令だぞ!」
「だ、だから俺は、エーリア侵攻は反対だったんだ!」
 そのうち仲間割れが起きる。中には逃げ出す者もいた。盗賊団と言えど、魔物とは違う、人間なのだ。集団性が作り上げる独特の雰囲気に呑まれていた者も、目が覚めるとその本心が顕現する。
「さあ、今のうちですよ、皆さん」
 戦いはあちこちで起きている。逃げるチャンスは逃す手はない。アイラスは子供たちを誘導にかかる。
「大丈夫だ……さあ、行くぞ」
 泣き出す子供の頭を軽く撫でるとミリオーネは、そのまま子供を担いで走り出した。
 住民の誘導が終わる頃には戦いは終幕へ向かって歩み出していた。

 港へ敵をおびき寄せたセフィラスは港と言う特殊な地形を巧みに利用し、逆に敵を逃げ場のない袋小路に追い込んだ。
「恨みはないが……悪く思うな」
 魔法攻撃で一気に片をつける。
 その後、警備兵たちと一緒になって盗賊団を捕縛していく。
 戦況はこちらへ有利に傾いていた。地形を熟知していることや、こちらに魔法を使えるものが多かったこと、敵は物理攻撃が主でどうにも野蛮で単純な者たちが多かった。
「今から俺が首領だ! 文句有る奴は前に出ろ! 相手になってやる」
 敵部隊の隊長らしき男を討ち取ったシグルマが怯む盗賊団の男たちに向かって声高らかに叫んだ。どうもシグルマは盗賊団を乗っ取るつもりらしい。風貌はいかにもそれらしいが。
「く、くそ撤退だー!!」
 盗賊団の頭――アルベル・ジャルマが叫ぶ。だが、激しい戦闘のため味方部隊はもはや収集がつかなくなっていた。それでも、アルベルは側近数名と徹底を試みた。
 そして、エーリアは盗賊団の手から逃れることが出来た。
 こちらの犠牲者は敵の規模を考えると極端に少ないものであった――。



■ アジト詮索

 その晩、長老の家で盗賊団「ハーティ」のアジトが突き止められたとの報告が入った。逃げ出した盗賊団の残滓を追いかけ、判明した敵アジトの本拠地はここより遙か北の山の中にあるという。
「嘘をつくのは構わないが……この手が滑っても知らないぞ?」
 セフィラスが盗賊団の捕虜に笑いかけ剣の切っ先を、ギリギリまで突き出す。
「……あ、ああ、その通りだ。アジトは北の高地を向けた山の中にある……」
「ふむ、どうやら間違いないようですね」
 長老が目を閉じたまま顔を上げる。セフィラスも席に戻った。
「そのアジトへ向かうんですよね?」
 アイラスが訊くと、
「ええ、このまま放っておけば、またすぐにも力をつけてしまうかもしれませんからね」
「確かに奴ら、しぶとそうだからな」
 シグルマは酒の入ったグラスを軽く煽った。
「許しておくわけにはいかないな……。これだけの悪行を重ねたのだからな」
 ミリオーネの髪が外から吹き込んできた夜風に揺らされる。
「少数精鋭がいいかもしれませんね。相手も戦力は激減していることでしょうし、団体行動は目立ちますからね」
 アイラスが言うと長老も頷き賛同を示した。
 するとミリオーネが、
「根は確実に抜いてしまわないと……悲劇は繰り返されてしまうからな」
 と、視線を窓の外に向けたまま呟いた。
 かくしてエーリアは盗賊団の襲撃を逃れたのだった。



<終>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1649/アイラス・サーリアス/男/19歳/フィズィクル・アディプト】
【2017/セフィラス・ユレーン/男/22歳/天兵】
【1980/ミリオーネ=ガルファ/男/23歳/居酒屋『お気楽亭』コック】
【0812/シグルマ/男/35歳/戦士】

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■         ライター通信          ■
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どうも、担当ライターの周防ツカサです。
盗賊にもいろいろいるのかもしれませんが、盗賊団「ハーティ」は血の気の多い者ばかりです。
今回の前編ではエーリアの防衛とアジト詮索ということで無事、目的達成となりました。
後編では盗賊団頭領であるアルベルとの戦いが待っています。底力を発揮してくるかもしれませんね。

ご意見、ご要望などがございましたら、どしどしお寄せください。
こういう場面ではもっとこうだーとか、こういう態度は取らないとか、そういう細かいこともどうぞお気軽に。次回への参考にさせていただきます。
それでは、失礼させていただきます。

Writer name:Tsukasa suo
Personal room:http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=0141