<PCクエストノベル(5人)>


水底に眠る 〜落ちた空中都市〜
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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1805/スラッシュ      /探索士      】
【1882/倉梯・葵       /元・軍人/化学者 】
【1962/ティアリス・ガイラスト/王女兼剣士    】
【1996/ヴェルダ       /記録者      】
【2067/琉雨         /召還士兼学者見習い】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
チャール

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 落ちた空中都市。
 ある時、別の場所を探索していた冒険者たちによってたまたま発見されたこの遺跡は――湖の底に沈んでいた。いや、いた、というのは正しくない。その都市は現在も尚沈んだままでいる。
 一説によれば、はるか古代には魔法の力で空中に浮いていたと言われ、原因は不明だが魔法の暴発によりその位置を保てなくなり水面下に沈んでしまった物だと言う。その内部には数多くの宝が残されていると言われ、冒険者たちの好奇心をくすぐり続けている。
 だが、未だ内部まで到達出来た者はいない。噂されている『宝』を持ち帰った者はいるらしいが、湖に生息している魔物に行く手を阻まれ、内部まで覗く事が出来ないでいた。
 今日もまた、好奇心に胸を膨らませた一団がやって来る――
 湖の底で眠り続けている都市に思いを馳せて。

***

ティアリス:「あれが目的の湖ね。大きいのねー」
葵:「そりゃあ、池のサイズだとしたらワンルームの都市になるし。…それはそれで伝説になりそうだな」
 対岸までどの位あるだろうか。湖を一周するだけでも半日は楽に掛かりそうな巨大な湖に歓声を上げるティアリス。すぐ傍に一緒に歩いていた琉雨も、歩き尽くめの労に報われたその見事な風景に僅かながら顔をほころばせる。
琉雨:「本当、大きいですね」
ティアリス:「琉雨、疲れなかった?大丈夫?」
琉雨:「ティアリスさんこそ。…心配してくださってありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」
 多少時間はかかったものの、冒険者にとっては登山と言うよりハイキング並の行程でしかない。もちろん女性が同行するというのを気遣ってそれ程辛くなさそうなルートを選んだというのもあったが。
ヴェルダ:「ここからの眺めも悪くないな」
スラッシュ:「…ああ」
 そろそろ熱くなる季節だろうに、目深にフードを被ったスラッシュがヴェルダの言葉にこくりと頷く。
ティアリス:「魔物も見当たらないのね。ふふふ、あんまり良いお天気だからお出かけしちゃったのかしら?」
 くすくす笑いながら――それでも剣はしっかりと携えたまま、ティアリスがすっと足を進めて湖畔へ近寄り、水の中を覗き込んで…そして、動きが止まった。
スラッシュ:「ティア?」
 その様子に何か感じたのか、比較的後ろにいたスラッシュが前へと出、ティアと同じものを見た。
 …湖の中に、白亜の都市が揺らめいている。その光景は初めて見た者でもそうでない者でも息を呑む…こんな湖に、冒険者の噂になるような魔物がいること自体信じられない。

ティアリス:「…綺麗…」
スラッシュ:「そう、だな…」

 言葉で飾るよりも、一言で済ませたほうがいい場合がある。
 今回がまさにそれだった。ゆら…ゆら、と揺れる水面につられ、落ちた時の衝撃でか斜めに傾いている都市までが踊っているように見える。
 先に覗き込んでいた2人から少しだけ距離を取った3人がそっと水の中を覗きこんだ。透明度の高いこの湖はほとんど底までが見通せる程で、水だと分かっているのに足を踏み入れたら落ちそうな、そんな感覚に一瞬囚われてしまう。
 水面を反射する光がきらきらと岩場に映っていた。

葵:「あの中に宝があるのか?」
ヴェルダ:「そうだろうな。――もっとも私には歴史を味わう価値のあるもの全てが宝だが」
琉雨:「宝物ですか」
ティアリス:「そうよ、宝物よ!きっと綺麗よね、この湖もとっても綺麗だけど」

 いつの間にか3人の傍に来ていたティアリスがにこにこ笑いながら、でも何故か早口でまくし立てる。ヴェルダがちら、と見ると…少し離れた位置にいたスラッシュが、ぽつんと1人で4人の方を曖昧に笑いながら見つめていた。

ヴェルダ:「ほほう。…魚がいるな」
 その言葉に吊られるように皆が水面に顔を伸ばした。
 ゆらゆらと、水が揺れる。水底近くで優雅に泳いでいる魚たちは、魔物を恐れていないのかすいすいと気ままに都市の周辺を動き回っている。
 無風の、おだやかな空気に目を細め――

 …?

 一瞬、あれ?と思う。何かがおかしい。何かが――

 肌を焼こうと待ち構えている、きらきらと輝く日の光。ゆらゆらと、大きくなったり小さくなったり、うねりながら様々な変化を見せ付けてくれる波。その底に見える、都市の姿。草もそよがぬ動きを止めた世界で、それだけが生き物のように…
 ――波!?
スラッシュ:「――下がるんだ…皆」
ティアリス:「え?どうしたのスラッシュ?」
葵:「敵か?」
琉雨:「え――どこから…」
ヴェルダ:「ほう?」
スラッシュ:「いいから、早く下がって、水が…」
ティアリス:「水?」
スラッシュ:「――ティアッ!」

 言われて、警戒しているつもりながら更に水面へ身を乗り出すティアリスに、スラッシュが後ろから抱きとめ、同時に自らの身体を湖側へ向け、数歩引いた皆へと押し出した。

ティアリス:「きゃ…!な、何するのよスラッシュ――」
琉雨:「あ――」

 ザシュッ!!
 抗議の声は一瞬で掻き消えた。4人の目の前で『何か』によって上に羽織っていたフードローブを切り裂かれ、ゆっくりと、スローモーションの動きで倒れ伏すスラッシュを見て。

ティアリス:「―――――いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 ――絶叫が、辺りへ響き渡った。

***

葵:「落ち着いたか?」
ティアリス:「…う、うん…」
 まだ顔色の悪いティアリスをに寄り添って、その背をゆっくりと撫でている琉雨。
 湖から急ぎスラッシュを回収して、一旦山際にあった岩場の割れ目に避難した後のこと。表から吹き込んだ涼しげな風が各自の顔を撫でていく。
ヴェルダ:「あなたもあなただ。何も死にそうな姿勢で倒れずとも良いものを。…観察させてはもらったが」
スラッシュ:「…スミマセン…」
 こちらは赤い顔のスラッシュ。剥き出しになった顔を皆へと向けぺこぺこと頭を下げる。とは言え表情は何かを堪えるように歪んでいたが。…照れではない顔の赤みが、痛みを訴えているのだろうか。
ヴェルダ:「これで少しは冷やすといい」
スラッシュ:「ああ…ありがとう」
 持参した水袋から布に水を湿らせていたヴェルダが、ぺたりとスラッシュの顔に張り付くように放り投げる。礼を言いつつスラッシュが、赤い顔や腕に濡れた布を当てて行った。…その様子をじっと見ていたティアが、唇を噛みながら下を向く。
ティアリス:「ごめんなさい…私、気が付かなくて」
琉雨:「ティアさん…ティアさんだけの責任じゃありませんよ。私たち、皆で見ていたんですから」
ティアリス:「でも…っ」
葵:「――あれは自分から倒れたんだろう?怪我をしている様子はないしな」
スラッシュ:「そう……急に、目の前が眩しくなって…日光に当たると思ったら、つい…こっちこそ、すまないな…心配かけて」
 何か叫ぶように言おうとしたティアリスを遮り、葵が横槍を出した。その言葉に救われたようにスラッシュが顔を上げて言い、そして目を合わせようとしないティアリスに声をかける。
 無言で首を振ったティアリスを宥めるように、その背を撫で続けている琉雨…そんな皆の前に、ぱさりとずたずたの布が放り投げられた。
ヴェルダ:「――やはり駄目だな、これは。風通しが良すぎてモノの役にも立たん」
スラッシュ:「そう、か。参ったな…」
 釘などに引っ掛けた時用の簡易裁縫セットくらいは持ち歩いているが、ここまで穴だらけとなるといくら縫っても糸が間に合わない。そうなると、日覆いの無いスラッシュは日が落ちるまで外に出る事は出来なくなるのだが…。
葵:「仕方が無いな。頭を覆う部分だけでも作れないか?」
スラッシュ:「それくらいなら…重ねれば何とかなりそうだ」
葵:「よし」
 言うなり、葵がコートを脱いでタンクトップ姿になった。逞しい肌を剥き出しに、そのままコートをスラッシュへと投げる。
葵:「少しばかり重いかもしれないが気にしないように。それを着て頭を隠せば大丈夫そうか?」
スラッシュ:「……ああ。これなら…少し時間をくれ…」
 どのみち、ショックを受けて落ち込んでいるティアリスでは、スラッシュに襲い掛かった『何か』とは対峙出来そうにも無く丁度良い。休憩を取る事にして、各自が少し力を抜いた。
ヴェルダ:「少し見てくる」
 す、と立ち上がったヴェルダがふらりと外へ出て行き、そして何となく黙り込んだ皆の中でせっせとおおまかにフードを縫い付けているスラッシュの腕が動く気配だけがその場を支配していた。
葵:「…どんなヤツだったんだ?」
スラッシュ:「…さあ…見えなかったからな…」
葵:「けど、見えなくても分かったんだろ?」
スラッシュ:「ああ……水が、教えてくれた…」
 その言葉に、琉雨とティアリスが顔を上げる。
ティアリス:「…あのお水が、変だったの?」
琉雨:「とてもおかしな様子には見えませんでしたけど…綺麗で、穏やかで」
スラッシュ:「波立っていたのには……気付いたか?」
琉雨:「…波、ですか?」
 こく、とスラッシュが頷き、ちくちくと針を器用に動かしていく。
スラッシュ:「風も無いのに……波だけが動いていた…すぐ下に大きな魚が泳いでいる時の、ようにな…」
 それでも、『それ』が殺気のようなものを発していなければ気がつかなかったかもしれない、とスラッシュが続け、そして一瞬でしん、となった。
葵:「――よりによって見えない敵とはね」
 ふーっと溜息を吐きながら葵が言い。
琉雨:「あの…見えない敵なんて、どうすれば倒せるのでしょうか…」
 ふと、ティアリスの背を撫でる手を止めて会話に参加していく琉雨。
ティアリス:「…そうよね。見えなければ当てる手段を考えなきゃ…ってあら?ヴェルダはどこに行ったの?」
ヴェルダ:「ここだが」
 のそり、と出て行った時と同じように唐突に入り口から現れるヴェルダ。外と言ってもすぐ近くで様子を窺っていたらしい。
葵:「そうだ。ヴェルダは何か知らない?見えない敵らしいんだけど、そう言うのに対してどうやって攻撃すればいいのかな」
ヴェルダ:「見えない敵?…比喩か隠喩か?」
葵:「同じだ同じ。いやそうじゃなくて、実際に見えないってことさ。さっきのあれ、見ただろ?スラッシュを襲った見えない敵のことだよ」
 ヴェルダがかくり、と首を傾け、
ヴェルダ:「…見えないというのは比喩ではないのだよな?」
葵:「だからそう言ってるだろ」
 もう一度、ゆっくりと首を傾げる。
ヴェルダ:「そうか。『あれが見えていなかった』のか」
 ――――ゆっくりと。
 その場にいた全員が、ぎぎ…とヴェルダに首を回し。

ヴェルダを除く全員:「見えていたなら言って!!!!!」

 語尾が微妙に違うが混ざるとこう聞こえるらしい。一番大きな声だったのがティアリスだったからかもしれないが。
ヴェルダ:「『魚がいる』と言ったのに。心外だな」
 しれっとして言うヴェルダにぐっと詰まったものの、
ティアリス:「そっ!それは…確かに聞いたけど…底の方に泳いでるお魚かと思ったのよ…ってそれはいいわ。どんな姿をしているの?強さは知ってる?どうやれば倒せる?」
 最初に復活したティアリスがごにょごにょ言い訳をしたあとでずいと近寄っていく。
ヴェルダ:「質問は1つずつ。…まず、正体は鉄砲魚だ」
葵:「…は?」
 真っ先に反応したのが葵。他は名前を聞いてもきょとんとしている。
葵:「本当か…大きさは」
ヴェルダ:「私が見た中では最大だ。そうだな、2メートル程か?」
葵:「……まいったな」
 ぐしゃりと乱暴に髪を掻き上げて葵がぼやき、そして何か聞きたそうに見ている3人に説明する。
葵:「鉄砲魚って言うのは普通こんなものでな」
 20センチ程だろうか。指と指で大きさを示した後で何処か遠くを見る目付きになる。
葵:「口から水鉄砲を吐き出して獲物を仕留めるんだ」
ティアリス:「水鉄砲って、子供が良く遊んでいるあれ?…そんなことをして獲物って取れるものなの?」
葵:「普通サイズでも、結構な威力でね。自分の体の何十倍もの距離まで水を飛ばすことが出来る。器用なことに連射も可能なんだ。――じゃあ質問。その威力はそのままで、身体だけが大きくなったら…どうなると思う?」
 意図せず、スラッシュが縫っている切り裂かれた布に視線が集中する。
ヴェルダ:「あれだけ大きくなるには通常の育ち方では無理だろうな。それに、彼らは普通の魚にしては随分と見え難かったこともある」
琉雨:「もしかして、そのお魚が大きくなった理由というのは…都市が沈む原因になったと言う、魔力の暴走ですか?」
葵:「魔力漏れ…と言った所か。良くある話だ」
ヴェルダ:「恐らく、な。記録する者としては推測だけで物を言いたくは無いが、可能性は十分ある」
スラッシュ:「……それで……」
 縫い終えたらしい。スラッシュが針と糸を荷物袋に仕舞い、顔を上げた。
スラッシュ:「水の中の……目に見えないそいつら、を…どうやって、倒せばいいんだ…?」
ティアリス:「そいつ…『ら』?」
スラッシュ:「ヴェルダが、言っただろう?……『彼ら』と。……それと…」
葵:「まだあるのか?」
スラッシュ:「いや…今更なんだ、が……首尾よく倒せたとして…どうやって、あの深い水に、入っていく…つもりなんだ?」
 …………。
葵:「そう言えば、そうだったな」
ティアリス:「というかそれを調べるために来たんでしょ?いくら私だって素潜りで行こうとは思ってなかったんだから」
琉雨:「考えてみれば、待ち受けているお魚を倒すためにきたわけではありませんものね…つい、スラッシュさんが倒されたと思ってしまって、その事から頭が離れませんでした」
ティアリス:「そう、そうなのよ。だから、まずは湖の周辺から調べましょ?――スラッシュ、その服で大丈夫?ここなら日陰だから無理に外に出なくてもいいのよ?」
スラッシュ:「試してみる……が、大丈夫…だと思う。彼の服も、あるし…」
 ばさりと、裾長のコートを羽織り、すっぽりと頭に元日除け服だったものを被る。水面からの反射光を考えて更に外気に触れ難く作り上げたそれは、重さを考えなければ意外に使いやすそうだった。
葵:「街に戻ってから返してくれればいいさ。その辺はお互い様だ」
 剥き出しになった肩を擦りながら、葵がひょいと立ち上がった。
葵:「さて、休憩は終わりだな。行こうか」
ティアリス:「ええ」

***

 湖の南端。
 その部分が彼らが到着した場所だったが、そこは山脈にぐるりと囲まれた湖の中でも比較的平地が多く、草原と木がぽつぽつと広がっていた。…その位置から湖を望むと、青い空が上に広がり、その下は遠くまで見渡せそうな山岳が見え…そして、広々とした湖を越えて平地へと自然に視点が動いていく。
ティアリス:「ねえねえ、琉雨。ここからの眺めもいいわね」
琉雨:「ええ、そうですね。とてもバランスの取れた風景に見えます」
ティアリス:「都市があの真っ直ぐ向こう側に沈んでたのよね…ずっと昔はこの視線で都市が見えていたんでしょうね。見てみたかったわ。壮大な景色だったでしょうから」
 手をかざし、ティアリスが楽しそうに斜め上を見上げ。
ティアリス:「――そうなるとこっち側が入り口かしら」
 ふと何気ない調子でそんな言葉を呟いた。はっと目線をティアリスに向けた葵が口を開く。
葵:「それは一体どういう意味だ?」
琉雨:「私もその訳をお聞きしたいです…」
ティアリス:「え?」
スラッシュ:「…都市の、方向だよ。……ティアがどうしてそう思ったのか…教えてくれないか?」
ティアリス:「教えて、って言われても…だって、北側を玄関にする理由がないもの。手前に広がっている草原側を向いていれば位置的に問題無いし、空に浮いているとは言っても山を背にするのは基本でしょ?」
ヴェルダ:「なるほど」
 うむうむ、と何か納得しているらしいヴェルダの頷きににっこりと笑うティアリス。
ティアリス:「それに…お客様を迎えるにもこっち側の平地からのほうが絶対にいいわ!そうは思わない?」
琉雨:「お客様?…ああ…そうですね。どうやって迎えるのかは想像出来ませんけれど…」
ティアリス:「そこなのよね。伝説になるくらいの都市なら、交易を行わないなんて考えられないのに。…その頃は皆空を飛べたのかしら?」
 もう一度、まるでそこに都市があるような目付きでティアリスが空を見上げる。そこに、何か考え込んでいた葵が顔を上げ、
葵:「いや。面白い考えだ」
 薄い笑みを浮かべ、背後を振り返った。
葵:「飛べた者もいただろうし、飛ぶ乗り物すら飛んでいたかもしれない。が、それとは別に、ここまで来た者を都市内部へ運ぶ入り口があってもおかしくは無いだろうしな…問題はいくつかあるが」
 そこで一旦言葉を切り、
葵:「ひとつは、浮いている都市に運ぶと言う事は何かしらの力が働くということだが、その力が機能していなかったりした場合。ふたつは機能していても空へ直接飛ばされた場合。――最後に、都市へ望みどおり運ばれたとしても、空気があるかどうか全く分からないということだ」
 そう言われてしまえば確かに問題は山積みだ。何しろ1人として水の中でも生活が出来るような身体ではないのだから。
ヴェルダ:「ひとつめは他の方法を考えればいいことだ。ふたつ目とみっつ目が問題だな。…まあ。空に飛ばされなければなんとかなる、かもしれないのだが」
スラッシュ:「……なんとか、なる?」
ヴェルダ:「都市を見て何か思い当たらなかったのか?――随分、『綺麗』に見えたが。あの魚を見ても、未だ魔力が消えている様子が無いのもな」
スラッシュ:「もしかして……まだ、都市の機能が動いている…と?」
ヴェルダ:「私は観察者で、記録者だ。確信を持てないものの保障などできんよ」
 言いながら、ヴェルダが薄く3つの目を細めて笑った。
ヴェルダ:「――内部を覗き見ることも出来なかったしな…」
葵:「しかもセキュリティも働いてるじゃないかおい」
 最後の言葉にツッコミを入れられながらも。

***

琉雨:「…あの…皆様、思ったんですけれど…」
 散って探索すると、万一湖に徘徊しているアレの攻撃を受けた時のフォローに辛くなる、と固まりながら草原や林を見回っていた時のこと。何か思い当たった事でもあったのか、琉雨が上げた言葉に一旦手を止めて一斉に見た。その視線が痛かったのか赤くなって皆からは目を逸らしながら、
琉雨:「間違っていたらすみません。…先程、休憩を取ったあの場所ってあそこですよね?」
 す、と手を伸ばして山裾、湖からもほど近い位置を指さす。
ヴェルダ:「そうだな。それがどうかしたのか――」
 そう訊ねながらも、ヴェルダがすぅと目を細めてその岩場を見た。
ティアリス:「あら…あの辺り、色が違うのね。気が付かなかったわ」
スラッシュ:「……岩崩れが起きた…そんな感じ、だな…」
琉雨:「中って涼しかったですよね?風が通っていて。だから、その…」
葵:「そういえばそうだな。――そうか」
 ぽつん、と葵が言葉を切った。
葵:「あの奥に何かあるのか?」
琉雨:「分かりません…分かりませんけれど、もしあるとしたら、まだ空間があるのではないか……って思ったんです」
ティアリス:「…ヴェルダ、どう?何か見える?」
ヴェルダ:「どうやら――琉雨の読みは合っているようだ。あの場所は手前の岩場よりもずっと以前にも崩れていたらしい。はっきりとは分からないが、四角い空間らしきものが見える」
スラッシュ:「……行ってみよう」
 休憩した薄暗がりの更に奥…風の動きを見て調べてみると、確かにその向こうに何か隙間が見える。が、
葵:「狭いな。子供でもどうかってくらいだ」
ティアリス:「もぉ、ここまで来て!何か無いの?この岩場を壊すようなアイテムとか、魔法とか」
琉雨:「――強い力を持つものを召喚して、何とかする事は出来るかもしれませんけれど…」
葵:「その先に何があるのか分からないんだ。それはどうしても、っていう時までとっておくべきだろうな」
スラッシュ:「ああ…だが…今も、方法は……ん?」
 スラッシュが、影に入って脱いでいた、縫い合わせた布の固まりをじっと見下ろす。それからふと顔を上げて――琉雨を見つめ。
スラッシュ:「…湖のアレの、目標を一点に絞らせる事は……出来ないか?意識を寄せるだけでも、いいんだが…」
琉雨:「意識を?…精霊との交信のようにですか?」
スラッシュ:「ああ」
 少し考え込む、琉雨。
ヴェルダ:「なるほど。それは面白い方法だ」
琉雨:「――やってみます。召喚法をベースにすれば出来るかもしれません」
スラッシュ:「…目標は…俺でいい」
ティアリス:「っ!?」
 目を見開いたティアリスの気配を感じたか、琉雨から視線を移したスラッシュがにこりと笑いかけ、
スラッシュ:「……心配しなくても、大丈夫…避けてみせる」
ティアリス:「で、でも…岩場を壊すんでしょ?それならそっちに直接狙いを定めてもらったほうが…」
スラッシュ:「…連射されると……余計に岩が崩れてしまうよ。大丈夫、だから。…それに」
 ちら、と琉雨に視線を戻し、
スラッシュ:「『獲物』が分かりやすい方が…力の温存にもなるだろうし、な…」
 頼むよ、と琉雨にも笑いかけ、そしてヴェルダへ顔を向けた。
スラッシュ:「……見方を教えてくれるか?」
ヴェルダ:「ああ」
葵:「それじゃあ、俺は脇からのサポートでいいんだな」
 身体に装備されているナイフと銃の位置を確かめながら、葵が言う。こくりと頷いたスラッシュがまたすっぽりと布を被り、そして外へと出た。

***

ヴェルダ:「水の中にガラス球を落としたことを想像してみればいい。良く見ないと気付かないが、動けば光が当たる、水面へ出れば盛り上がる。――あの魚はそれよりも明瞭だ」
琉雨:「あ…もしかして、あの不自然な水でしょうか?」
ヴェルダ:「気付けば見分けは付くだろう?鱗も見えるくらいなのだからな」
葵:「確かに…だがな、あれは余程気を付けて見なければ分からんぞ」
 ゆったりと泳いでいるのだろう、大きな魚が数匹水面近くをうろついている。気付かなければ、目の錯覚で通ってしまいそうなほど透き通って見えるそれは、ある意味ではやっかいな『敵』だろう。
ティアリス:「………」
 唇が白くなる程噛み締めていたティアリスが何か言おうと口を開きかけた、その前にすっとスラッシュが立ち上がり、
スラッシュ:「…用意は、いいか?」
琉雨:「あ――はい。大丈夫だと思います」
スラッシュ:「……他の人は、下がっていて。…万が一を考えると、危険は少ない方が、いいからな」
葵:「上手く避けろよ?」
スラッシュ:「…ああ」
 日の光の中では、表情を読み取る事は難しい。それでもスラッシュの目は和んだように細められていた。
琉雨:「では――行きます」
 魔方陣を取り出すまでもないらしく、両の腕を、手の平を魚たちに向けて琉雨が小声で、しかも早口で何かを呟き始めた。すると――。
 湖から光が、ひとつ、ふたつ、みっつ――次第に増しながら水面を広がっていく。それは最初魚の形をしていたが、それを中心点として淡い光を湖全体へと広げていく。
ヴェルダ:「ほう…」
葵:「何が起こってるんだ?」
 眩しげにしながら、岩場の近くで神経を細く細く尖らせながら立っているスラッシュから離れ、観察していたヴェルダの傍に葵がそっと近寄っていった。
ヴェルダ:「湖の水にも魔力が含まれているらしいな。琉雨の呼びかけに応じて、反応の共鳴を起こしているようだ」
葵:「――大丈夫なのか?」
ヴェルダ:「さあな。こういった経験は初めてなのでな、とにかく経過を見たい」
ティアリス:「ヴェルダっ」
ヴェルダ:「…心配するな。彼は決して無謀なだけではない。それは、知っているのだろう?」
ティアリス:「分かってるわよ!…分かってるわよ…」
 ふ、とヴェルダが湖からティアリスへ視線を向けて、その細い手でぽん、とティアリスの頭を撫でた。
ヴェルダ:「これだけは昔から変わらぬな」
 それだけ言うと、再び湖へと顔を戻す。
 ――湖は、光の色を水の中へと溶かし込み続けていた。じわじわと、湖全体が染まっていく――ただの水に見えた時よりもはっきりと大きな魚の姿を見せながら。
 それらは光が増えたことも意に介す様子は無く、各自小さな円を描きながら泳ぎ回っていた。何かの気配だけが少しずつ高まっていく。
 スラッシュは、目を見開いたまま動こうとはしなかった。その少し遠くで琉雨がまだ終わらない詠唱を唱えている声が聞こえている。
 その気配が高まり、何かがあれば弾けそうな程にまで膨れ上がった、その次の瞬間。
 ――シュウッッ――
 光る水が数本、空気を激しく切り裂きながらスラッシュへ向けて、ほぼ同時に噴出された。
 細かな水飛沫が光り輝く空間を作り上げ、虹がいくつか現れては消える。その中にあってスラッシュの姿は離れた位置からは完全に見えなくなってしまい、そして。
 どぉぉん!!
 水飛沫と、岩が砕け散る破片が激しい勢いでぶつかり、舞い上がった。
ティアリス:「スラッシュ!?」
葵:「行くな!落ち着くんだ」
 駆け込もうとしたティアリスの腕を、思いがけない程強い力で掴んだ葵が強い目で睨みつける。そこよりもスラッシュがいた位置に近い場所で立っていた琉雨もおろおろと見回しながら、自分の足元まで飛んでくる破片を避けてぱたぱたと3人のいる位置へ駆け寄ってくる。
ティアリス:「放して――放してよッ」
琉雨:「ティアリスさん!?」
 腕をなんとか振り解こうともがくティアリスを見て、琉雨が顔を青ざめさせながら2人へと飛び掛った。
葵:「落ち着けと言っている!」
ティアリス:「だ、だって、だって!」
琉雨:「ティアリスさん、今は駄目です。もう少し、もう少しだけ…」
ティアリス:「その間にスラッシュが大変な事になっていたらどうするのよ!!」
ヴェルダ:「――ふむ。止んだようだな」
 ティアリスが暴れているのにも構わず、湖へ視線を向け続けていたヴェルダが呟いた。何がと聞く者は誰もいない。それよりも、
葵:「――あっ」
 意識が湖へ向けられた隙を突かれて葵が掴んでいた腕を振り解いたティアリスが、一気に湖近くへと駆け出していく。それは、もう一度手を伸ばした葵の指先に触れることも無く、苦笑を浮かべて身体を起こし。
葵:「行くか」
琉雨:「ええ…スラッシュさん、大丈夫でしょうか…」
ヴェルダ:「大丈夫だろう」
 じっと見続けているヴェルダがぽつりと呟き、そしてようやく目の力を和らげて3人が湖の近くへと近寄っていった。

***

 飛沫はもう消えて、後には濡れた岩場と細かく砕けた岩がごろごろと転がっている。
 だが、肝心のスラッシュの姿はどこにも見当たらなかった。それは、しょんぼりと、これ以上ないというように憔悴しきっているティアリスを見れば聞かなくとも分かる。
琉雨:「大丈夫ですよ。ヴェルダさんもそう仰っています」
ティアリス:「――そう……そうね…」
 答えるその声もどこか虚ろ。
 何かかける言葉はないかと言葉を捜している葵たち。
 そこへ、
スラッシュ:「……どうした?」
 中から、酷く不思議そうな顔のスラッシュが顔を出した。

***

 スラッシュが出て来たのは、最初休憩を取った位置の奥――隙間が見えたその場所からだった。どうやら首尾よく砕けた後で、内部を見回っていたらしい。
 無事を確認し、あっという間に元の状態へ戻ったティアリスが、変に意識しているのかスラッシュから離れて琉雨たちと奥へ向かって行く。
ヴェルダ:「…ここもだな。そう簡単に魔力が消えることは無いらしい」
スラッシュ:「……不思議だな…では何故、落ちたんだろう…」
 あまり目にすることの無い、切れ目の無い壁に不思議そうに手を滑らせるスラッシュ。その仕掛けを調べようとしているようだが、真ん中に黒い線が入っている以外には何も無い部屋で。
 岩を吹き飛ばした場所は、恐らく通路の一部だったのだろう。そこが壊された後に岩で埋められたものらしい。
 つるつるの壁を撫でていた葵も興味ありげにあちこち見て回っていた。
 ――と。
葵:「何か押したようだ」
 模様と思っていたうちのひとつが何かのボタンだったらしく、手応えを感じたのか葵が皆へ警告のような、照れ隠しのような声を上げる。スラッシュが近寄ってきて、押したあたりを指で探り、
スラッシュ:「……そうらしいな」
 ぽつりと呟いた。
 その次の瞬間、今まで何をやっても開く事がなかった、黒い線がすっと一本の光を描き。そして、しゅっと軽い音を立てながら両方の壁へと吸い込まれていった。
 その向こうに人影が立っている。思わず警戒のため武器へ手をやった各自がぽかんと口を開ける。
 それと言うのも、
???:「いらっしゃいませ!一般の方でしょうか、それとも招待された方でしょうか」
 にこやかな顔をした女性が、突如開いた扉の向こうから話し掛けてきたからだった。
 その当時の女性の姿を模したものだろうか、顔立ちは今とほとんど変わりない。言葉も強い訛りを感じはするものの聞き取れないことは無い。――そして、色とりどりの布、だったものだろうそれは、長い時間を経てすっかり色褪せ、かろうじてその女性の身体に引っかかっていた。そこから覗いて見える肌には細い切れ目が見え、指や肘などの関節部にはジョイントが当てられているのが見える。
葵:「お前は何者だ?」
???:「案内を承るゲートキーパー・チャールと申します」
 にっこりと。
 口を動かす事無く告げたその女性がそう言い、ティアリスが一歩近寄って行く。
ティアリス:「招待客ではないわ。都市へ入りたいの」
チャール:「では身分証明書をお出しください」
ティアリス:「身分証明書?」
チャール:「過去の犯暦や現在の住いを記したカードです。他の都市でも発行されていますが?」
 さらりとそう告げた。
チャール:「身分証明書が無い方をお通しする事は出来ません。…それと」
 じろりと女性の顔が皆を上から下までじっくりと見つめ、
チャール:「許可無く武器を携帯することも出来ません。許可証の提示をお願いします」
ヴェルダ:「ふむ。――透視機能も付いているのか」
葵:「質問してもいいか?」
チャール:「答えられる範囲に限られますが、可能です。何をお知りになりたいのですか」
葵:「あの都市はどうやって浮いているんだ?」
チャール:「観光案内ですね、かしこまりました。この都市は我々の技術と魔術の粋を集めたものです。それは中枢にしつらえた巨大な核とそれを安定させるための機構をもって初めて可能となります。尚、その場所は許可無き者の立ち入りは厳禁となっております」
 一番重要な部分だろうに、聞かれれば答えると言う事は余程防犯に自信があったものか、それとも自慢もあったのだろうか。…両方というのが正しいかもしれない。
スラッシュ:「……中枢の見学をしたい場合は、どうすればいい…?」
チャール:「責任者から許可を貰ってください」
 答えは簡潔で素っ気無い。
琉雨:「ここは、都市の何処に繋がっているんですか?」
チャール:「入り口です。どのような方であってもそこで一度チェックを受けてからでないと中へは入れません」
スラッシュ:「…この場所以外に、入り口は……?」
チャール:「『門』はここと、南西の方角にエアポートがありますのでそこでもチェックを受け付けております」
葵:「空からの玄関ってとこかな」
 こくりとその女性が頷き、そしてぱちりと目を瞬かせる。
ヴェルダ:「観光の目玉は何処にある?」
チャール:「大陸が一望できる中央の展望台、世界各地の生き物や植物の育成に成功した動植物園、遊園施設などございます。また、巨大市場…お客様が大人であるならばギャンブル場も如何でしょうか」
ヴェルダ:「中枢は?」
チャール:「許可証がなければ立ち入れません」
 再びぱちりと目を瞬き、そして少しの間の後で、
チャール:「身分証明書の提示をお願いします」
 そう、繰り返した。困ったように顔を見合わせた後で、かくんとティアリスが首を傾げ、
ティアリス:「持っていない場合はどうしたらいいの?」
チャール:「発行して頂いて下さい。紛失の場合も届出がなければ再発行できません。又、」
 チャールが一旦言葉を切り、
チャール:「下層民への許可証は認められておりません。お客様がもしそうならば、すみやかに退去願います」
葵:「犯暦やら下層民やら穏やかじゃないな。気持ちは分からないでもないが」
チャール:「皆様の安全を保障するためですのでご理解ください」
 もう一度首を傾げ、笑い顔にしようとしたのか――その顔が、ぴたりと動きを止める。腕も。
琉雨:「…チャールさん?どうか、したんですか?」
 すすす、と傍に心配そうに寄った琉雨…そして葵とスラッシュがぴくりとも動かない彼女の腕や肩に、最初はおそるおそる、次にはとんとん、と手の平や指で叩く。
ティアリス:「何をしてるの?」
スラッシュ:「……構造をね。見てみたいと、思って…故障かも、しれないから」
琉雨:「やっぱり、生きている方ではないんですね」
ヴェルダ:「ある種ゴーレムに近い存在だろうな。『門を守護するモノ』ならば。…それにしても、これもやはり機能停止していた訳ではないのか。…いや、ゴーレムならばそれもあり得るだろうが…それにしては多機能過ぎる」
葵:「多機能過ぎる?」
ヴェルダ:「遺跡の門番としての役割を持つものなら、対人用の受付機能を持たせる必要はないだろう?これも技術を見せ付けるための物となれば納得しないでもないがな」
スラッシュ:「……特に…おかしな部分は、見当たらないぞ…内部までは、分からないが…」
葵:「同じくだ。動力系統がいかれているかと思ったが、そういう感じでもないしな」
琉雨:「では、チャールさんはこのままですか?」
ヴェルダ:「さあな。また動き始めるかもしれないが」
葵:「そっち、『見た』感じはどうだ?流石に俺は解体したくない」
ヴェルダ:「――おかしそうな部分は、分からないが無いようだ」
葵:「ちょっと頼りないが、見るからに故障してる様子が無いんじゃ仕方ないな」
 言いながらもう一度女性の顔を見、そしてぎょっとしたように後ずさった。――いつの間にか、首を傾げた姿勢のまま、チャールが目を葵へと向けていたからだ。
チャール:「許可無き者の立ち入りを禁じます。5秒以内に線の内側から立ち去ってください」
 不意に、女性の声が無機質な、ざらざらした音声へと変化した。
ティアリス:「どうしたの、突然?」
 あまりのことに動きを止めていた5人が、はっとしたように元の位置へと戻っていく――が。
チャール:「5人を侵入者と見なし排除します。繰り返します。5人を侵入者と見なし排除します…」
 がぱり、と。
 チャールの口が大きく裂け、前後に分かれた。それと同時に、腕がその細い切れ目から2つに裂かれ…内部の金属質が剥き出しになる。
 ぢゃぎ、と不穏な音を立てながら、更に2本の腕が背中を割って現れ、腹部がぱっくりと開いて中から煌々と輝く赤い、大きな宝石がいくつも姿を見せた。――その姿はさながら、
葵:「――蜘蛛…だな」
 そう言う間にもくぃんと奇妙な音を上げて『首』が回転する。とっさにフォーメーションを組んだものの、狭さが仇となり、近距離では2人しか行動出来そうに無い。
葵:「――ちぃッ」
 剣を構えたティアリスの隣で、ほんの僅かだけ後ろに下がりながら、腰のホルスターから銃を抜き放った葵が膝のジョイント部分へと狙いを定めた。パンパンと連続で撃ち出した弾が火花を飛ばしながら部屋の後方へと弾かれていく。それでもダメージは多少負ったようで、動きがぎくん、と一旦落ちかけてよろりと立ち上がった。
ティアリス:「!――援護お願い!」
 ――キィン!
 金属部の腕が一番先頭に立っているティアリスへ振り下ろされ、1つは受け、他は避けた。――ガツン、とすぐ傍の足元に叩き込まれた腕は、葵の銃からのダメージがなければ当たっていたかもしれない。一瞬さぁっと顔色を変え、それからすぐに剣を構えなおして傾きかけた『彼女』に剣を繰り出していく。
琉雨:「――炎の守護精霊よ――」
 その背後で、琉雨が複雑な身振りと詠唱を行いつつ、ティアリスたちの前にやや小ぶりの魔方陣を引いていく。――と同時に、湖の時と同じく琉雨の言葉に反応するように、室内がじわりじわりと明るく輝き出した。『彼女』もまた、個々の部分に共鳴するように光出していく。一番激しく反応しているのが、腹部に現れた数個の宝石だった。
スラッシュ:「ティア、右!」
ティアリス:「うん!」
 スラッシュが言うとほぼ同時に右上から振り下ろされた腕は、
 ギィィィィンン!!
 耳障りな音と共に、勢い良く垂直に受けたティアリスの剣と激しくぶつかって吹き飛んだ。
琉雨:「――サラマンダー!」
葵:「もう一丁!」
 そこへ、術が完成した琉雨の口から言葉が溢れ、再び狙いを定めた葵がトリガーを引く。
 ギンッ!ガッ!
 一発はその動きを読み取った腕によって塞がれたが、もう一発は繋ぎ目へと見事に食い込んだ。同時に魔方陣から現れ出でた小さな炎を纏った蜥蜴が大きく口を開いて『彼女』へと激しい炎を吐き出す。
スラッシュ:「ティア、真ん中の腕……そこから胸へ伸びている『線』が分かるか?その奥に駆動制御の仕掛けがされている筈だ…そこを狙ってみてくれ。駄目そうなら腕を切ってからで構わないから」
ティアリス:「ふふふ…私を何だと思っているの?――やってみせるわよ!」
 目を輝かせ、炎に押し出され身動きできずにいる『彼女』へ、間合いを計りながら近寄っていく。
葵:「俺は膝か?」
スラッシュ:「……いや…首の付け根から、背中の方を…頼む。あの顔が何か起こしそうで…怖い」
葵:「同感だ。――ちょっと待ってろ」
スラッシュ:「ヴェルダ…何か、おかしなことは…無いか?」
ヴェルダ:「腹と喉に魔力の高まりを感じはするが、今のところ大丈夫だろう」
琉雨:「私はこのまま、あの子を動かしていればいいんですね?」
スラッシュ:「……そうだな。あの熱で溶けるくらいなら、楽だろうけど……牽制にはなる。頼むよ」
琉雨:「はい」
 サラマンダーの熱を避けて、葵が彼女の背後へ回ろうと動き出し、ティアリスも同時に動きの隙を探りつつじりじり近寄っていく。
 くぃん、くぃんと動いていた首がぴたりと止まった。ぴくっ、とスラッシュがその動きに表情を変え、周辺を見渡す。
ヴェルダ:「魔力が――集中している」
スラッシュ:「何か来る。避ける用意を……」
ティアリス:「分かったわ。…琉雨、せーので炎を止めてちょうだい」
琉雨:「はい」
ティアリス:「行くわよ…せーのっっ!」
 ティアリスが飛び出し、同時に後ろへ回り込んだ葵が数発連続で背と首へ打ち込み、琉雨が目を見開きながら口を閉じたサラマンダーを制御し――
 ティアリスの剣が、深々と彼女の胸の奥へ突き刺さった。直後、
 バリバリバリバリバリバリッッ
 方向を見失ったその身体が、天井へと激しい雷電を放出した。ぴりぴりっ、とすぐ近くにいた全員にも飛び火し、
ティアリス:「きゃぁっ」
 慌てて剣を放して後ろへ飛びすさったティアリスがぺたりと尻餅を付く。
スラッシュ:「大丈夫か?」
 慌てて近寄ったスラッシュもどこかギクシャクした動きに見えた。
葵:「電撃とは予想外だった…痛つつ」
琉雨:「ティアリスさん、大丈夫ですか?」
 後ろから回ってきた葵が腕をさすりながら顔をしかめ、琉雨も『彼女』が動きを止めたのを見てサラマンダーを帰還させ、とことこと近寄っていった。
ティアリス:「あーん」
 何か泣き声めいた声がティアリスから漏れる。
葵:「どこか怪我でもしたのか?」
ヴェルダ:「――傷は無さそうだが」
 それでも心配なのだろう。座り込んだままのティアリスにぞろぞろと皆が近寄っていき、そしてティアリスがほんの少し情けない顔で顔を上げ、そして手に持った自慢の髪を持ち上げ、
ティアリス:「私の髪がこんなになっちゃったのよーっっ」
 皆にそう訴えた。――なるほど、一番近くで電撃の余波を浴びたせいでか、毛先と表面がちりちりになってしまっている。
スラッシュ:「……ふっ」
琉雨:「戻ったら、お手入れしましょうね」
葵:「何かと思えばそんなことか。いっそ切ってしまったらどうだ?」
ティアリス:「もう、他人事だと思って…皆ヒドイのね」
ヴェルダ:「ほう。面白い結果になったな。記録しておいてやろう」
ティアリス:「やめてやめて、忘れてよヴェルダもっ」
 ぴくりとも動かなくなった『彼女』の傍で、ぷうっと頬を膨らませたティアリスが上目遣いに皆を見てくすっと笑い、そしてさり気なく差し出されたスラッシュの手にすがって立ち上がり、自分の剣を回収するために彼女へと近寄っていった。

***

ヴェルダ:「ここから移動するらしいな」
 案内人の立っていた場所の奥を調べていたヴェルダがぽつりと呟く。
 見るからに簡素な作りの四角い部屋。その奥にも何かあるらしいのだが、ここからは『彼女』が開閉を行っていたのかすべすべした壁だけがそこにある。
ティアリス:「あと少しみたいなのに、行けないのは勿体無いわね」
琉雨:「そうですね。楽しそうな施設があるらしいのに…見てみたいです」
 ぺたぺたと壁に触れて調べながらそんな事を言うティアと琉雨。そして、倒れたままの案内人の内部を注意深く調べていた葵とスラッシュがこちらもぼそぼそ会話を続けていた。
葵:「動力は何を使ってると思う?」
スラッシュ:「…想像通りなら、これだろうな…」
 こつん、といくつもの赤い宝石を叩きながらスラッシュが呟き、葵が同じことを考えていたらしく頷いて外しに掛かる。
葵:「恐らくパワーストーンか何かだろうな。これだけ詰め込んでたってことは延々と動作することを望んでたんだろうが」
スラッシュ:「……動力が切れていた訳じゃ、ないんだよな…どうして途中で止まっていたと、思う?」
 ひとつは直径5センチ程、残り4つが2センチ程の宝石をくりぬいて手の平で弄びながら、ふと外の方向を見つめ、
葵:「あれじゃないか?」
 くい、とあごをしゃくった。
スラッシュ:「あれ…?」
葵:「動作の命令を、どこかから受信していたんじゃないかとね」
 葵の視線の先には、湖が――その底に沈んでいる都市がある。
スラッシュ:「……なるほど。……ん?」
 言いながらも尚色々探っていたスラッシュが、内部に埋め込まれていたカード状の何かを取り出した。表からは見え難い位置にスロット口があり、そこから差し込んだ物らしい。
 そこに刻まれている文字は何と書いてあるのか2人には読めず、
葵:「ヴェルダ、ちょっとこっちに来てくれ」
ヴェルダ:「何だ?」
 寄ってきたヴェルダがスラッシュの差し出したカードを受け取ると、鋭い目付きになり、
ヴェルダ:「――古代文字か。この文字の傾向は…いや、あれは別のものか…」
 何か考え込む様子を見せ、暫くぶつぶつと呟いていた。その様子を見たか、ティアリスと琉雨も近寄ってくる。
琉雨:「何か、分かったんですか?」
ヴェルダ:「はっきりは無理だな。…ふむ…」
 ひらひらっと表裏を見ながら、膝を付いて横たわっている残骸を見つめ、内部にも刻まれていた文字と見合わせて何事かを呟くと、
ヴェルダ:「何かの認証に使われるもののようだ…彼女の身体に入っていたのを見ると、管理側の人間の認証ではないかと思うのだが。――例えば、彼女のようなモノを動かすため、とか…何らかの記録を見るためのもの、とか…いずれにせよ、都市の入り口への鍵、という感じでは無さそうだ」
 そう言って顔を上げた。
ティアリス:「何かって?」
ヴェルダ:「残念ながらそこまでは不明だ。分からない文字が多すぎてな」
ティアリス:「ここまで、かしらね…」
 ふぅ、と小さく溜息を付く。あと少しで都市の内部へ行けたかもしれない、そう思うと悔しさが残るのだろう。
琉雨:「またきっと機会はありますよ」
 前後2つの力を使ったことで力を使い果たしたのか、髪と同じ色の瞳になっている琉雨が取り成すように言い。
葵:「収穫はそれなりにあったけどな。持ち帰って調べてみよう」
スラッシュ:「……駆動部分と、関節の一部も、欲しいな…」
葵:「俺もそう思っていたところだ。こいつには悪いが、全部持ち帰るには重過ぎる」
 都合5つの宝石…らしきものと、謎の文字が刻まれた何かの意味を持つカード。それと、『彼女』の一部を持ち。
ヴェルダ:「帰るか」
琉雨:「ええ。帰りましょう。あまりゆっくりしていると、夜中になってしまいます」
 ぞろぞろと一団が外へ出てきたのは、昼もとうに過ぎてもう暫くすれば夕方になろうかと言う時間だった。
 …不思議なことに、だいぶ薄らいできたものの、琉雨の魔法に反応していた湖はまだ淡い光を水の中に溶かし続けていた。
 その底に、揺らいで見える輝ける都市を包み込みながら。


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ライター通信
ここまで読んで下さいましてありがとうございます。
なにやらとても長くなってしまったのですが、読み飽きませんでしたでしょうか?しかも都市へは行けないままでしたし…。
これに懲りず、またご利用いただければと思います。ありがとうございました。
間垣久実