<PCクエストノベル(2人)>


巨大魚現る! 〜ルナザームの村〜

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【冒険者一覧】
【整理番号/     名前     / クラス 】
【1054/ フィロ ・ラトゥール / 武道家 】
【1265/    キルシュ    / ドールマスター】

【助力探求者】
 なし

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●港町
 ここルナザームは聖都エルザートでも有数の、漁業が盛んな村として有名だ。ここで水揚げされた魚達は、多くが中央都市や近隣の商業都市へと運ばれていく。そのためか村はいつでも活気に溢れており、威勢のいい人々の声がたえることはなかった。
 村のあちこちに日干しされる魚介達とゆるやかな潮の南風が村の空気を支配していた。つんとくる磯の香りに満ちたこの村は今日も多くの漁船を迎え入れていた。
 
 ルナザームへは、昔は封印の塔のそばにある小さな街道しかいく道がなかったが、近年の技術発達化により川を使って物資の運搬が可能になったため、交易が一気に盛んになった。魚の売買を目的とした商人達以外に、新鮮な魚介類をその場で食べようという目的で来た観光客が増えはじめたのもつい最近だ。船の旅ならばそうそう魔物に襲われることもないし、何より移動時間と手間がずいぶんと短縮される。気軽に行ける漁業の村としてルナザームはその名を確立させていた。
 
 キルシュとフィロ・ラトゥールの2人も少し遠出の「ピクニック」と称してこの村に訪れていた。
 北のフェデラ近郊とはまた違う活気に、キルシュは心踊らせて村中を探索していた。

キルシュ「姐様、この干してあるお魚は?」
フィロ「ああ……ミナミイワシだね。南方のはフェデラ近海のよりひとまわり大きいんだよ」
キルシュ「味の方はどうなんだろう……ね、おばちゃんっ、お魚1本チョウダイ♪」

 愛らしい容姿のキルシュの「お願い」作戦は見事に成功し、市場を歩きはじめて半刻すぎた頃には、2人は腕一杯に海産物を手にしていた。
 
フィロ「もらったのはいいけど……くさっちまうから土産にはできないねぇ」
キルシュ「どこかで調理してもらおうよ。今日はごちそうだねっ」

 ふと、視線の先に困った表情の老婆の姿がみえた。
 彼女は2人の姿を見付けるとかすれた声で2人に話しかけてきた。
 
老婆「すみません、お力を貸していただけませんですかのぉ」
キルシュ「どうしたの? おばあちゃん」
老婆「はい……話せば長くなるのですが……ああ、お荷物が一杯のようですな、お急ぎでなければ老婆の話を聞いてもらえませんかのぉ……」
フィロ「それはいいけど……おばあさんのとこの台所貸してくれないかい? こいつらを調理しておきたいんだよ」
老婆「ええ、ええ、かまいませんとも。わたくしの宿場で良ければどうぞお使いください……」

 案内された宿は港にほど近い、かなり大きな宿場だった。
 この辺りでは珍しい、高い真っ赤な屋根の上に、鯱(しゃち)を模した風見鶏(かざみどり)が潮風に揺られて細い音で泣いていた。
 フィロは料理の下ごしらえをキルシュに頼むと、老婆に詳しい内容を聞くことにした。

フィロ「それで、見つけてほしいのはどんな指輪なんだい?」

●巨大魚に奪われた宝
 聖都エルザードより南に位置する海には彼がいた。
 大きく鋭い牙を持ち、ポッカリと開けられた口は何でも飲み干した。
 誰にも負けない強靭でしなやかな体を駆使させて、船よりも速く泳ぎ、罠があろうとそれを突破していた。
 港にすむもの達で彼を知らぬものはいない。皆、何かしらの形で彼に被害を被っており、彼に対して恐れと怒りを抱いているのだ。
 彼の困った癖は何でも口にしてしまうこと。海面に浮く全てのものは彼の食事だった。海面で泳いでいるものはあざらしだろうが、海鳥だろうが、小さな子供だろうがペロリとひと飲みに食べていってしまう。彼の姿が見えた時はただちに海からあがらなくてはならない。そうしないと彼に見つかったが最後、生きて日の目を見ることはできなかったからだ。
 
フィロ「……もしかしてその魚に食べられたとか……いうのかい?」
老婆「はい……ぱっくりと」
フィロ「どうにかしてあげたいけれど、魚の腹の中じゃあね」
キルシュ「お料理できたよー。みんなで食べよ♪」
フィロ「ん? ずいぶんと早いじゃないか」
キルシュ「うん、ここのコックさん達が手伝ってくれたの。お土産用に長期保存がきくお料理も作ってくれるって」
フィロ「へえ……コックの料理なら、ずいぶんと期待できそうだねぇ」
キルシュ「それって私のお料理じゃ不満ってこと?」
フィロ「そんなんじゃないよ。でも、趣味でやってるのとプロが作る味ってやっぱり違うだろう? 海の職人ならではの料理が楽しめるってことだよ」

 フィロにそう言われたものの、やっぱりちょっと納得いかないキルシュだったが、食事に出された料理を一通り食べ終える頃にはすっかり満足していた。

フィロ「どうだい? 一流のプロと家庭料理じゃ違うだろう」
キルシュ「うん、とっても美味しかったよ。でも、私の作ったスープもおいしかったでしょ?」
フィロ「ああ、料理に負けないぐらいに、ね」

 フィロの言葉にキルシュはにっこりと笑みを返す。

キルシュ「それにしても、お礼の指輪探しどうしようか? お魚さん探しなら精霊にお願いすればすぐに見つかると思うよ」
フィロ「見つかったとしても、どうやって取り出すんだい?」
キルシュ「それはやっぱり……さばいてお腹から取り出すのかなぁ」
フィロ「溶けてないといいけどねぇ」

 どこか遠い目でフィロはぽつりとつぶやく。同じことを少なからずキルシュも考えていたのか、小さな声で同意の言葉を漏らした。
 
フィロ「とにかくやってみようか。といっても、今日は難しいだろうね」

 気付けば空は暗くなりはじめ、夜の帳がゆっくりと街全体を覆おうとしてた。
 老婆の好意により、2人はそのまま旅館に一泊することとなった。
 「必ず指輪を取り戻す」
 2人は彼女にそう誓いの言葉を告げ、おやすみなさいの挨拶を交わした。
 
●捕獲開始
 次の日の早朝。まだ霧も晴れやまぬ中、2人は早速港へと向かっていった。
 
キルシュ「おじさん、お願い! ちょっとでいいんです。船に乗らせて下さい!」
漁師「この時間の海はまだ荒れてるぞ? お嬢ちゃんがたにはちょっと辛いんじゃないか?」
キルシュ「大丈夫っ、危ないことがあっても平気だよっ」
漁師「いや、そーじゃなくて船酔いせんか?」
キルシュ「……たぶんだいじょーぶ。だよね? 姐様」
フィロ「ああ、その程度で倒れるほどキルシュは弱くはないよ」

 その後、キルシュは熱心に説得をするものの、まだこの辺りには「女性を漁船に乗せるのは禁忌」という迷信が信じられているためか、港にいた漁師達は首を縦には振ってくれなかった。
 
キルシュ「しょうがないね、やっぱあの手で行こうよ!」
フィロ「……本気だったのかい?」
キルシュ「うん、絶対うまく行くよ♪」

 どこから用意したのか、身長の3倍はあると思われる大きな投げ網をキルシュは用意し、フィロに手渡した。
 
キルシュ「思いっきり投げちゃっていいよ。細かいフォローは精霊がしてくれるから」
フィロ「……目標の姿は見えないようだけど、こんなのに引っかかるのかい?」
キルシュ「大丈夫、今はちょっと離れた沖で寝てるって水の精霊は言ってるよ。今ならすぐに捕まえられるっ……姐様、私を信じて!」
フィロ「そういわれたら……こっちも頑張るしかないね……」

 フィロは腰を低く構え、大きく深呼吸をする。ゆっくりと大きくかぶりをいれると、一気に体をひねり網を放り投げた。
 
フィロ「はあっ!」
キルシュ「よぉーっし、みんなお願いっ!」

 キルシュの声に反応し、突風が巻き起こり、風にあおられて、網は軽やかに水上を駆けていく。
 やがて小さく見えなくなると、じっと目をこらしていたフィロはようやく体の緊張をほぐして、大きく息を吐き出した。
 
フィロ「さて……この後はキルシュ次第、だね」

 キルシュはその場に腰を下ろし、両目を閉じて小さく何やらつぶやいている。網に敵を引っ掛けて運べるのは精霊の協力があってこそ。今ここで気を抜いては、網はあっという間に海の藻屑となってしまうだろう。
 
 暫くしないうちに波間の向こうから何かこちらに近付いてくる気配があった。
 やがてそれは大きな波しぶきをあげて、水上へと顔をあらわした。
 薄い霧もやのかかる朝の海に跳ね上がる1匹の魚。網で包まれてる隙間から、ぷっくらと程よい脂肪を備えた丸いからだが青い輝きを見せている。つややかな流曲線の白い筋が両脇に走り、その青をいっそう鮮やかに見せていた。
 
フィロ「……確かにこいつなら何でも食べていきそうだ……ねっ!」

 強く地を蹴り、器用に宙で体をひねりながら、勢い良く魚を防波堤へと蹴りつけた。
 
 どごぉおん!
 
 大きな音が港中に鳴り響く。
 異変に気付いた漁師達が2人の元へかけよってきたが、何事もなかったかのように、2人はにっこりと彼等に笑顔を向けた。
 
●指輪に秘められた力
 かくして巨大暴れ魚はついにご家庭の食卓へ並ぶこととなった。大物だが味は最高だという噂のおかげで、港はあっという間に人で溢れていた。
 キルシュとフィロの功績をたたえ、朝の漁の後は彼等はふたりをささやかなパーティに招待した。

 皆、踊り、飲み、そして大いに歌った。

 この後に待っている仕事も忘れて、しばしの間、港はにぎやかな笑い声と歌声が支配していた。
 
 宴も中盤にさしかかり、一息ついたところでフィロはキルシュがじっと指輪を眺めていることに気付いた。
 
フィロ「その指輪、まだ渡してなかったんだ」
キルシュ「汚れちゃったままで受け取っても、おばあちゃんも嬉しくないんだろうと思ったの。でも、全然とれないの……」

 指輪に彫られた銀細工の装飾は青黒く変色してしまっている。キルシュは何度も丁寧に指輪を拭いているのだが、乾いた布で拭いた程度では無理のようだ。
 
フィロ「……ちょっと貸してごらん」
 
 フィロはキルシュから指輪を受け取ると、おもむろに傍らにあった吸い殻入れから灰をつまみとり指輪にこすりつけた。
 あっと小さく声をあげるキルシュをさりげなくフィロは制した。
 
フィロ「銀細工はね、灰を付けて拭くときれいになるんだよ。ほら、少しは様になっただろう?」

 艶やかさを少しは取り戻した指輪の上には、すっかり欠けて姿を消してしまった宝石の代わりに、広場の中央に焚かれたかがり火の光を受けて、小さなきらめきがちりばめられていた。
 気のせいだろうか、指輪自体もぼんやりとだが発光しているように思える。だが、それに気付いたキルシュが試しにと指にはめるも、普通の指輪より重く感じられる他はそれ以上変わった様子は起こらなかった。
 
キルシュ「何か魔法かけてあるような気がするんだけど……壊れちゃってるのかな?」
フィロ「食べられた時に壊れたのかもしれないね」
キルシュ「壊れてるって分かったら、おばあちゃんがっかりしちゃうよね……直せないかなぁ」
フィロ「効果も分からないとなると、私達には難しいだろうね……これ以上は私達には無理だ、持ち主に返した方がいいね」
キルシュ「うん、そうだね……」

●約束を誓って
 無事に指輪が発見され、老婆はうれし涙を流して2人に感謝の言葉を述べた。
 老婆の話では、その指輪は家に代々伝わる指輪で「旅のエルフが置いていった魔法の指輪」なのだという。指輪に何かしらの力が秘められているのは知っていたが、それが何の効果を与えるのかまでは覚えていないらしい。
 
老婆「小さい頃、母から聞いた覚えがあったのですが……もうずいぶん昔のことなので覚えておりません……」
フィロ「そうですか……では、はめられていた石の特徴などは覚えてませんか?」
老婆「ああ……そういえば台のところにきれいな紫と青のまざった石が入っていたかもしれませんのぉ。幾重にも層が折り重なって、それはきれいな石でした……」
フィロ「その石に何か刻まれてませんでしたか?」
老婆「そこまでは……」

 困った表情を見せる老婆にフィロはこれ以上質問する無礼はしなかった。
 そのかわりに、老婆から指輪を自分達で直すことを条件に少しの間借りることを申し出た。
 彼女は快く承諾し、家宝である指輪をフィロに手渡した。
 
老婆「その指輪を渡しておけばまた来てくれるのでしょう? 楽しみにしておりますよ」
キルシュ「うん、今度は街のお土産とか持ってきてあげるね♪」
フィロ「それではしばらくの間、お借りします」
老婆「ええ、気をつけていってらっしゃい」

 先日と変わらぬ朝もやのただよう中、2人は聖都への巡航船に乗って帰ることにした。
 にこやかに手を振る老婆の姿が消えるまで、2人は甲板から彼女を眺め続けていた。
 海風は緩やかに2人の頬を撫で、船の作るさざ波へ溶けていった。
 
 終わり
 
 文章執筆:谷口舞
 
ーーー<このお話にでてきた特殊アイテム>ーーーーー
■エルフの指輪
 特殊な力が秘められた指輪。細かい銀細工がはいった芸術品だが、今は台にあった宝石は欠け落ち、その力も分からないほどに失われつつある。