<東京怪談ノベル(シングル)>
夢の中の少女
気づけば、カンタは見知らぬ場所にいた。
ここはどこだろう、とあたりを見回す。
あたりはもやのようなものに包まれていて、どうなっているのかよくわからない。
カンタのまわりのほんの少しの場所だけが鮮明になっていて――とはいっても、とくになにもあるわけではなくて、謎の場所であることにかわりはなかったけれど――他は、ぼんやりとした白いもやにおおわれている。
そんな中、もやの中から、すぅっと少女があらわれた。
10歳くらいの、小さな女の子だ。黒い髪は長く、目はぱっちりとしている。丈の短い白い着物からのぞく手足は、ほっそりとしていてはかなげだ。
きれいな子だな、とカンタは思った。
小さいけれど、彼女にはなにか、人の目をひきつけるような部分がある。
「あなたは、過去を見たいのね?」
静かに少女が言った。
「過去? イヤ、別に……」
突然問われて、カンタは思わず首を振った。
そんなことをいきなり言われても、いまいちピンと来ない、というのが本音だ。
過去を見たいなどと、思ったことはあっただろうか。
そんなことを願った覚えはカンタにはなかった。
見たくもない、というわけではないけれど、とりたてて、願うほどではないと思う。
「でも……そうだな。せっかくだから、母上に会いたいな」
だが、しばらく考えてから、カンタはそう口にした。
ほとんどなにも覚えていないけれど、断片的に、ほんの少しだけ、覚えている。
母のほっそりとした身体や、銀色ががった蒼い髪や、それから、やさしい手。
思い出すと、急に、懐かしくなった。
「……そう。わかったわ」
少女がそっと、カンタへと手を伸ばしてきた。
小さな白い手だ。
カンタはその手を優しくにぎる。カンタもあまり手の大きい方ではないけれど、少女の手と比べるとずっと大きいように感じられる。
「目を閉じて、それからまた開いて」
少女が言った。
カンタはそのとおりにする。
すると、視界がぱっと開けた。
カンタがいたのは、懐かしい縁側だった。
かすかに思い出の中に残る、自分の家の縁側に、カンタは湯のみを手にして座っていた。
隣には懐かしい姿がある。
カンタの隣にいたのは、長い蒼銀色の髪をした、ほっそりとした女性――母だった。
白い肌をしているけれど、頬とくちびるは薔薇色で、やわらかな微笑を浮かべていた。
けれども、顔ははっきりとはしない。
なにかしゃべっているようにも思うのだけれど、声も聞こえては来ない。
ただ懐かしさだけがある。カンタは胸がきゅうっとした。
どうして思い出せないんだろう。そう思う。
だって、カンタはずっと、母を独り占めしていたのだ。
双子の兄よりもずっとずっと、カンタは母にべったりだった。甘えていた。
それなのに、どうしてなにも思い出せないんだろう。
微笑んでいる口許は、わかるのに。思い出せるのに。
どうしてほかの部分は曖昧なままなんだろう。
カンタは泣きたくなって、でも、泣きたくなくて、うつむいた。
「……カンタ」
ふと、隣から呼びかけてくる声。
やわらかで優しいその声に、カンタはあわてて顔を上げる。
この声は、もしかして――?
――気づけば、外は既に明るく、鳥の声が聞こえてくる。
一瞬、自分がどこにいるのかわからなくて、カンタはあたりをみまわす。
カンタがいたのは、いつもの自分の部屋だった。
ひとりきりで、あの黒髪の少女もいなければ、母もいない。
「夢……?」
カンタはひとり、ぽつりとつぶやく。
答えてくる声は、ない。
目頭がじんと熱くなる。
誰もいないのはわかっていたけれど、カンタは口もとをおさえて、大きくあくびをするふりをした。
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