<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


幸せへの、花束

<オープニング>

 白山羊亭。
 そこには様々な依頼が張り出されているが、中には
 招待状…もとい、案内チラシのようなものも掲示されていたりする。

 今回はブライダルシーズンに合わせてブーケを作るべく花園へと赴く、と言うもの。
 だが少しばかり違うとすれば。

「……誰かへの想いを書いた手紙を持参の事?」
「そう、それとそのことに対して自分が10年後どうなってるかと言う想いも一緒にね?」
「……この手紙って何処かに置いて来るの?」
「勿論! 想いを忘れないためにするものだから花園の近くに置く場所があるのだけど
その場所にしまって来るのよ」
「へえ……10年後に対してと大事な誰か、への手紙か……」

 良ければ、どう?
 問い掛けた唇が楽しそうに微笑の形へと変わった。


<急く気持ち>

「えっと……」

 どう?と問い掛けられて、リラの口元が僅かに緩んだ。

(6月の花嫁さん……)

 何時かは、と願う願い事。
 まだ気が早いような気がするけれど……、

(それでも、ブーケってどうやって作るのかとか興味があるし……後は…そう)

 手紙を、書きたい。
 大切な人に。
 忘れてしまわぬように、もし忘れても――また、思い出せるように。

「もし…行って大丈夫なら…行ってみようかなあ……」
「大丈夫だと思いますよ? こう言うのは参加した者勝ちだと思いますし……ふふ、でも」
「?」
「どう言う方に贈るんです?」
 花束を。
 ルディアはあえて、其処までは聞かずに楽しそうにリラを見、瞳を細めた。
「それは……内緒です」

 そう、ぽつりと呟いて。
 道に迷う事に絶対の自信が在るリラは、ルディアにしっかりとした地図を描いてもらうことにした。
 一人で、行くのだから。
 これは、きっと、相手の人には言わない唯一の内緒事。

 解る時が来るまでは――せめて、内緒にしておきたいから。


<自宅にて>

 とりあえず――と、白山羊亭から帰り、待っている人に「ただいま戻りました」と告げると、リラは自室へと篭り、考える。
 文机の上に置いてある、一目惚れのように購入した軸が青の万年筆。
 少しざらついた質感の在る――失敗すればすぐにインクが滲んでしまう、けれど書き心地の良い便箋。
 書きたい人への名前を書いて、手が止まってしまうのは。
 言葉が無いからではなく。
 逆に言葉が溢れてしまうから。

 何を手紙に書くべきか。
 伝えたいことも、記しておきたいことも沢山あるような気がした。

"忘れたくないことが、沢山"

 覚えておいて、記しておいて。
 全て引き連れていきたい、大切な。

 この話をした時、不思議そうに友人が瞬いたのを思い出して、リラは耐え切れず小さく微笑む。
 くすくす、くすくすと。
 可笑しくて、ただ笑みが零れ――便箋の横、ちょこんと座るアヒルの置物「村長」を手に取る。
 まるで手に乗せられるのを待っていたように、村長の顔が楽しげにリラへと笑い返す…様に、リラには見えた。
 神様のような人。
 けれど神様が大嫌いな人。
 どの言葉を記しておけば笑ってくれると思う?

 ねえ――……と小さくリラは頭の隅に浮かぶ友人の影を追った。

"何を贈れば喜んでくれるかな"
"それは――僕では参考になりませんよ"

 にこやかな笑みを浮かべながら消える、影。
 参考に、と訊いているのに、いつも決まって言う言葉がこれで。
 本当に重要なことは何時だって上手く言葉にならない。

(きちんと、上手く伝わる言葉があると良いのに)

 どう言っても上手く伝わるような言葉が、欲しい。

 書いては、丸め、書いてはペンでぐるぐると筆跡を消し。
 悩みに悩んで、その手紙が完成した頃には。
 陽が、もうとっぷり暮れていて――「夕ご飯……!!」小さく叫び、焦って、駆け出すと。
 多分、この品目しか作れないのだろう、雑炊が食卓の上に置いてあった。



<花園>

 ルディアに書いて貰った地図の奥深くに、その花園はあった。
 むせ返る様な花の中、立っていた人影にリラは駆け寄る。
 風が、揺らぎ、むせ返るような花の匂いが穏やかな香りへと変じた。

 駆け寄った人影は、随分と背が高く、リラが視線を合わせるためには、背伸びをしなくては行けなかったけれど…何故か、その背伸びをしている姿勢が大好きな人を一瞬思い出させ、リラに晴れやかな笑みを浮かべさせた。

「こんにちは」
「はい、こんにちは今日は何の御用で?」
「えっと……ブーケを造れるって聞いて…あとは手紙を……」

 皆まで言えずにリラは口ごもる。
 が、青年は「ああ」と頷くと、にっこり微笑んだ。

「可愛いお嬢さんに花束を作ってもらえるのなら花達もきっと嬉しいと思いますよ。では…早速ですが作りましょうか」
「え……あ、あの、どうやって造るんですか?」

 きょとん。
 青年は一瞬そんな表情を浮かべたが「急ぎすぎましたね」とリラへ謝罪する。

「まずは花を選ぶ事から、です。料理でも何でもとりあえずは材料探しでしょう?」
「…あ、はい。そうですよね、私も少し気が動転してみたいで……」
 すいません、と謝ると青年はいえいえと言いながら、鋏を差し出した。
 どうやら、これで自分の好きな花を切ってもいいと言うことらしい。
「咲いている花ならばどの様な花を選んでも結構ですよ。ブーケ、と言いますがリースでも花籠でも不思議な事に、ブーケと呼ばれますから」
「へえ……面白いものなんですね…手に持てるのは何でもブーケになるんでしょうか……」
 不思議。
 言葉は同じ筈なのに様々に使われる。
 用途によって変化する、言葉たち。

 …だからこそ、手紙にも、その言葉を書いたのかもしれない。

 花を選びながらリラは考え、苦笑を浮かべた。
 悩みに悩んで、結局。
 一言だけと言う簡素な手紙。

(…もしかしたら手紙なんて言えないのかもしれない…)

 とも思いながら。
 10年の後の事を考えるのも、とても難しいような気がした。
 自分がどうなっているのか。
 背は、伸びているのか、とか。
 少しは……色々なものが見れるようになっているのか、とか……様々な疑問符ばかりが浮かんでは、消えて。

 ただ、その中でも。

 気持ちだけは変わらないような気がした。
 喩え、10の年月が20であろうと30であろうと決して変わらない。
 いや――もしかしたら忘れてしまうことだって無いとは言い切れなくて。

 だが、愛しく思ったことは忘れないに違いないから。

 ブルースターの花を切り、その中へ顔を埋めたい気持ちになりながら、花を選ぶ。
 が、やはり青い花ばかりにに目が行ってしまう心をどうにか抑えながら、次にリラはユーチャリスの花を切り、柔らかな色合いで纏めていく。
 温室でしか見たことのない、白いスイートピー、緑が鮮やかな、アイビー。
 片手では抱えきれなくなってしまった花に、漸くリラは青年へと、花選びが終わったことを告げた。


<幸せへの、花束>

 花園からブーケを作る為、室内へと案内され、リラはテーブルの上にある道具に目を向けた。
 チュール付きのブーケホルダー、ホルダーの中へ差し込むスポンジ、リボンやオーガンジーに、花を飾る為の小道具だろうか、パールやビーズ、フェザーなども置いてあり、それらは夏の陽射しを受け、きらきらと輝いていた。

「綺麗……」
「何を使ってもいいからね。綺麗に配置良く造る事がポイントかな……」
「はい。えと…まずは、これにスポンジを入れて……」

 よいしょ、と花を下ろし、椅子へと座るとリラはブーケホルダーへスポンジを差し込み、作業を開始した。
 まずは、十字型に4方向にメインの花を差し込んでいくとラインが造りやすいと言う言葉を聞き、ユーチャリス、ブルースター、スイートピーなどを差し込んでいく。

(綺麗に造れるかな……)

 一生懸命造れば、綺麗に出来るかと言うとそうでもないし……。
 意外と不器用な自分を、こういう時だけは恨みがましく思ってしまう。
 ふと、落ち込みそうな心を吹き飛ばすようにリラは手を懸命に動かしながら青年へと問い掛けた。

「……手紙って……」
「ん?」
「一言じゃあ手紙って言えないんでしょうか……」
「…そんな事はないと思うけど…ああ、綺麗に造れて来てるね…花だけで物足りないなら、色々差し込むともっと綺麗になるよ?」
「はい……。凄くね、悩んだんです。手紙を書くの」

 ……どう書いて良いかわからず、結局、一言だけ。
『愛しい』――、と。
 古来、この字は「いとしい」の他に「かなしい」とも読み……リラはその時不思議と、
(かなしい、と読んだ人は、誰かを愛おしんで、涙を流したのかもしれない……)
 そう思えた。
 残念なことに、リラは涙を本当の意味で流すことは出来ない。
 だが相手を思い泣きたくなる気持ちは、よく分かる気がするから。

 だから『愛しい』と、彼を見てそう思う気持ちをを10年後の自分たちにも伝えておきたくて。

 花にフェザーを所々差し込み、アイビーへ小さなビーズをぱらぱらと接着剤をつけ、飾る。
 まるで花が何かに向かって飛び立っていくかのようで、ふと、リラは、彼に見せたらどう言う顔をするだろうかと笑みが浮かんだ。
 気付かないかもしれないし、気付くかもしれない、奇妙な所で鈍くもある人。

 リラの笑顔に悩んでた事が過去の事と解ったのか青年が、やっと口を開き、
「それでも10年後の自分たちに手紙を贈りたかったんだね…リボンとオーガンジーは僕がかけようか。貸してもらえる?」
 そのまま、リラの手からブーケを受け取ると青年は慣れた手つきで綺麗にブーケをオーガンジ−で包む。
 慣れた青年の手つきを見、やはりこう言うのも日々精進なのかなあと思いながら、リラはクス、と微笑う。
「…ええ、その時の事を思い出せるように、忘れたくないことが沢山だから」
「成る程ね。はい、出来た」
「わ……。有難うございます」

 ブーケを受け取ると、リラは手紙を漸く青年へと差し出し……、
「また10年後…手紙を受け取りに来ますね」
 と、呟いた。


 幸せへの花束を、何時か投げる日を願い――近くて遠い未来へと思いを馳せながら。




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■   登場人物                  ■
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【1879 / リラ・サファト  / 女 / 15 / 不明】

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■        ライター通信           ■
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こんにちは。
いつもお世話になっております、ライターの秋月奏です。
今回はこちらの依頼にご参加下さり本当に有難うございました(^^)

さて、今回は個別と言う事でリラさんのは、こう言う風に
なりましたが……如何でしたでしょうか?

こちらのブーケは、作りやすい、と言われるラウンドブーケと
なっていますが、花嫁さんが、これらのブーケを持っていると
とても華やいで綺麗に見えますよね♪
今回、種類に付いても調べましたが、リースや花籠、髪飾りやコサージュも
ブーケのその他の種類に入り、吃驚で……花嫁さんを飾る花は「花嫁」の
言葉通り、全て祝福の花なのかもしれません。

リラさんにとっても、祝福の花が天から降り注ぎますように。
では、また何処かにて逢えますことを祈りつつ……。