<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


幸せへの、花束

<オープニング>

 白山羊亭。
 そこには様々な依頼が張り出されているが、中には
招待状…もとい、案内チラシのようなものも掲示されていたりする。

 今回はブライダルシーズンに合わせてブーケを作るべく花園へと赴く、と言うもの。
 だが少しばかり違うとすれば。

「……誰かへの想いを書いた手紙を持参の事?」
「そう、それとそのことに対して自分が10年後どうなってるかと言う想いも一緒にね?」
「……この手紙って何処かに置いて来るの?」
「勿論! 想いを忘れないためにするものだから花園の近くに置く場所があるのだけど
その場所にしまって来るのよ」
「へえ……10年後に対してと大事な誰か、への手紙か……」

 良ければ、どう?
 問い掛けた唇が楽しそうに微笑の形へと変わった。


<白山羊亭・午前>

 どう?と問い掛けられ、沈黙で返してしまうのは自分の良くない癖だ。
 問い掛けられ、冷えた水を飲み、今一度チラシをよく見る。

「花束、か……」
「そう花束ですね……6月と言うとジューンブライドの季節でもあるから、幸せのお裾分けと言う所でしょうか」
 成る程、そう言う考えもあるのか、と羽月はホンの少しだけ口元に笑みを浮かべた。
 そして。
「いいな、行くとしようか…年齢制限はないのだろう?」
「チラシを見る限りではありませんね。あ、行く場合は手紙も忘れずに♪」
「ああ。…手紙と言うのが面妖だとは思うが……致し方ないか」

 とは言え、書きたい人物が一人居るのでその点は問題は無い。
 ただ――、

(10年後とは随分長い……)

 3年後なら、思い描ける映像と言うのがまだしもあるのだけれど、10年後を思い描くのは随分と難しく……どうしたものかと思ってしまう。
が、
『羽月さん』と呼んでくれる声に対して。
 記しておきたい言葉はある。
 10年先であろうとも、死して居ないだろう、100年先であろうとも。


<自宅にて・午後>

 白山羊亭から戻り、数刻。
 人形を造るからと言う理由で、作業する部屋へと篭りつつ、これで何度目かになるだろうか溜息と一緒に紙を丸めた。

 纏まらない、と言うより。

「…奇妙なまでに長くなるのは何故だ」

 普通手紙と言えば、3枚くらいの便箋に要領よく綴るものである様な気がするだけに、その倍の枚数行くのが自分でも不可解であり、纏めよう、纏めようとしても如何にも長くなる。
 一冊丸々あった筈の薄紫色の便箋も、枚数は残り少ない。
 仕方無しに、下書き用の便箋はないかと探すが……元々、この世界での知り合いは少ない方である。
 それに大概手紙を書かずとも逢える様な距離に居る為、
「……買い置きの便箋などあろう筈が無かったか」
 ぽそりと呟いた筈の独り言がやたらと、大きく響く。

 溜息。

 東京に居た時分では、感想文の宿題なども規定枚数で充分に書けていた筈が、何故、こうも一人の人物に送るとなると長くなるのか……。
 いや、きっと理由自体は解っている。
 解ってはいるが、今、それでは意味がないのだ。

(どうしたものかな……)

 ごろりと横になりながら、記しておきたい言葉全てを書き連ねるから駄目なのだろうかと、考えつつ瞳を閉じた。


<夢の狭間>

 瞳を閉じると、大抵、くるくると周る風景があり、人がある。
 その様な中である所為か日々と言うのはかなり曖昧で、時折夢が本当で、現実こそ夢ではないかと思う時が多々あり……探している従兄弟に逢えないまま日々が過ぎることも、この世界で楽しく日々が過ぎるのも、全て、全て。

 その中で、唯一、現実だと思えるものがあるとすれば。
 今現在、一緒に住む彼女、ただ一人で。

 不安定さを併せ持つ彼女だからこそ、逆に現実味を持たせてくれるのかも知れない。
 もしくは。
 彼女が話してくれる、夢の中の話こそ、現実を教えてくれる鍵なのかも知れなかった。

(その点でも感謝してもしきれないな……)

 起き上がり、もう一度机へと向かう。
 漸く、簡潔に伝えるべき言葉が見つかり――少しばかりの言葉を、羽月は書き込み、封を閉じた。

 ややあって。
 夕飯だと言うことを告げる少女の声が、襖越しに聞こえ……「今行く」と、声を出すと。

「……どうやら、何をしてたか聞かれることも無いようだ」

 そう、言いながら、机の引き出しの奥、手紙を仕舞い、夕飯を食べるべく席を立った。

 ――庭からは、夏を告げる蛙の聲が、追い立てるように鳴いている。


<花園>

 昨日、書いた手紙と場所を記されたチラシを見ながら、のんびり歩く。
 空は快晴。
 雲も無く、高く青い空が何処までも広がっている。

 花園までの道はそれ程、遠くはない。
 けれど近いという距離でもない。

 微妙な、距離。

 疲れそうでないのに疲れ、また疲れているのに行けそうな…そう言う、距離。

 石畳の道から外れ、草ばかりの道を踏みしめて歩くと、東京では嗅ぐこともなかった――いや、意識することさえなかった、土の匂いがした。

 指定された道を、ひたすら、ひたすら、真っ直ぐ歩くと、前方に。
 白い門と共に、咲き誇る花々が、見えた。

 やや、小走りになるのを抑えられないまま羽月は、門へと急ぐ。
 …別に門が消えてしまう訳ではないのだが、それでも逸る気持ちを抑えられなかったと言うのもあるかも知れないが…とりあえず、門をくぐりぬけると、次は、此処の管理人を探すべくきょろきょろ辺りを見渡す。

 すると。

「いらっしゃいませ。今日は何の御用でしょうか?」
 と言う穏やかな声が何処からか響いてきて。
 きょろきょろしていた羽月は芝の方へと視線を向けると、其処で、のんびり本を読んでいる青年と目が合った。
 …まさか、この人物が管理人だろうかと思いつつ、チラシを見たことを告げると青年は笑い、
「では、作るとしましょうか。…とりあえず材料集めから…ですけどね。はい、これ」
 良く、手入れをされた鋏を羽月へと差し出した。
 これで、好きな花を切ってもいいと言う事なのだろうか、と考えるとまるで青年は心を読んだように
「何でもいいよ。ブーケに使えそうだと思ったらどの花でも、勿論どの緑でも」
 と、言うと手をひらひら振り、再び、本へと目を落とした。

(中々、アバウトな管理人の方のようだ)

 言葉さえも出せないまま、ブーケを作る花を探すべく、羽月は花園の中を歩き出した。



<幸福への、花束>

 結局。
 花々を巡り、羽月が花束を作ろうとして決めたのは。

 大輪の白バラに、やはり白く色づいた紫陽花と、そしてカスミ草に僅かばかりのグリーン。
 本来ならば薄紫の花を探したかったが生憎とそれらは無く――、ならば、と白の花ばかりを選んでしまったのは、ある意味意地のようなもので。

 …まあ、ブーケと言えば白が基本だろう、と考えてる所為もあるだろう。
 その一番の理由はと言うと、従姉のとある一言だったけれど。
 以前に従姉が知り合いの結婚式に呼ばれた時、頑なに白い服を着ようとせず「何故だ」と聞いた自分に「結婚式の白は、花嫁たちにのみ許された色だろう?」――、あっさりとそう返され、成る程、と頷いたものだ。

 当事者のみに許されている、色と、花。
 そう言う物があるのだと。

 そして、先ほどの青年に選び終わったことを告げると、今度は室内へと案内され……「テーブルの上にある道具は全て使っていいよ」と言う言葉に頷き、椅子へと腰掛けると、どうすれば良いのかを聞きつつ作業を開始した。
 ブーケホルダーの中心、十字型で見、上下左右の4方向にメインの花を、見栄え良く差し込み、作っていく。
 意外と、この作業は華道と通じるものがあるな、と考え、更にはもう少し真面目に習っておくべきだった、と苦笑する。

「…中々、こう言うものを作るのは緊張するな……」
「そうだね、特に男の子が花を贈るって言うのは、緊張するものだろうしね……今日仕舞って置く手紙もその子へ?」
「ああ。忘れてしまう気持ちもあるだろうから」

 持って居たくても忘れてしまう。
 時として自分の作業に集中してしまう時、何かを省みることさえ忘れてしまう時も無いとは言えない。
 その度に言えない言葉と、何か痛みのようなものが走る。

 だから、感謝の気持ちと――、
『幾ら月日が経とうとも』と。

 …多分、この一文だけ読んでも解らないに違いない。
 だが、もし、10年後も傍らに居るのであれば。

 感謝の気持ちと、その一文を読んだだけで思い出せる筈だとも。
 そして、二人で手紙を読んで「こう言うのを書いたこともあった」のだと、笑い合えたら良いとさえ、思うのだ。

"不変永久に"

 誓いの言葉を言うよりも早く。
 羽月はその言葉を、菫色と白の二つのリボンへと、込めた。





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■   登場人物                  ■
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【1989 / 藤野 羽月  / 男 / 15 / 傀儡師】

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■        ライター通信           ■
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こんにちは。
いつもお世話になっております、ライターの秋月奏です。
今回はこちらの依頼にご参加下さり本当に有難うございました(^^)

さて、今回は個別と言う事で羽月さんのは、こう言う風に
なりましたが……如何でしたでしょうか?
花束はリボンとかも細かく指定してくださっていたので凄く書きやすかったです。
…にしても、本当にブーケは様々な種類が有って……手作りで、作りやすい
ラウンドブーケは調べていてとても面白く……。

少しでも楽しんでいただける部分があれば幸いです。
花束、喜んでもらえると良いですね♪

では、また何処かにて逢えますことを祈りつつ……。