＜聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記＞
雪まみれの天使
------＜オープニング＞--------------------------------------
「はっくしゅんっ！」
エスメラルダが身を震わせてくしゃみをすると、隣にいたジークフリートが心配そうに顔を覗き込む。
ちょうどステージが終わった直後だったため、二人は皆の注目を浴びてしまう。
「大丈夫ですか？なんか突然冷えてきましたけど……」
そう言いながらジークフリートは外に目を向け、驚いたように声を上げた。
「……雪っ？」
「まさか、馬鹿言ってるんじゃないよ。なんでこの時期に雪なんて……」
ジークフリートを笑い飛ばしたエスメラルダは、ジークフリートの指す窓に目をやり声を失った。
「でもやっぱり雪ですよ、これは……」
「嘘だろぅ？なんで雪なんて……」
やっとの想いで口を開いたエスメラルダだったが、異常気象にただただ驚くばかりだ。
「何かあったんでしょうか……」
不安そうなジークフリートの声。
その時、黒山羊亭の扉が開かれて雪を頭に積もらせた人物が入ってきた。
「スミマセン……助けて貰えません？」
真っ白な翼をはためかせた雪まみれの人物がそこにいた。
緩やかなウェーブの金髪も白い翼も全て真っ白。溶けた部分からかろうじて金髪だということが分かる。
「何があったのか分からないけど……とりあえずその雪をはらったら？」
「はい」
そう頷いてその人物はばさばさと雪を払ったのだった。
------＜瓜二つ？＞--------------------------------------
だんだんと冷気が足下からやってきたような気がして、無意識のうちにティアリスは膝を手で擦っていた。
なんとなく寒い。
そんな感覚は一気に雪山にでも登っているような感覚を呼び起こす。
今は気温が日中３０度近くにもなるような時期だ。こんな真冬の雪山で吹いているような風などあり得ない。それに一瞬にして温度を急速に下げることなど普通なら出来はしない。
「ティア……」
そう声をかけられて、一緒に飲みに来ていたスラッシュをティアリス・ガイラストは見つめた。
もちろん、ティアリスも外の変化には気づいている。
「雪……」
外には信じられない事だったがすでにうっすらと雪が降り積もっていた。
この積雪量だとあっという間に膝の高さまで雪が積もるだろう。
「ねぇ、スラッシュ。これは一体……」
まるで夢を見ているようだった。真夏に真冬の幻想を。
ジークフリートたちも気づいたようで、エスメラルダがホール中央で騒ぎ出していた。
その声を聞いた周りの者達の間に動揺が広がっていく。
その時だった。
雪まみれの人物が黒山羊亭へとやってきたのは。
俯いている人物は、上から下まで真っ白で、溶けた雪でやっと金髪の髪が確認できるくらいだ。
背にある翼にも雪が積もり、白い翼が更に白く見える。
助けて貰えません？、と尋ねる人物。未だ俯いた顔をあげずにいたが、声で女と分かった。
その人物にエスメラルダが、雪を払うように告げるとばさばさと羽を羽ばたかせ顔を上げた。
そこに見えた顔にスラッシュとティアリスは息を呑んだ。
その人物の顔はティアリスそっくりだったのだ。
「ちょっと待って………」
ティアリスが驚いて声をあげると、エスメラルダ達がティアリスを見つめる。
そしてエスメラルダもジークフリートもティアリスと目の前の人物の顔を見比べ顔を見合わせた。
------＜雪を降らせるもの＞--------------------------------------
「……おや、そっくりだねぇ。ティアリス、姉妹がいたのかい？」
思わずエスメラルダが口走った言葉にティアリスは首を傾げて言う。
「天使の姉妹は居ないと思うわ。天使……でいいのかしら？」
スラッシュとティアリスは近づいていきその人物に問いかける。
するとその人物は頷き、すぐにスラッシュを見つめた。初対面の人物が送るには不自然なほど感情のこもった視線だった。
まるで特別な相手に投げるような熱っぽい視線。それに少し不満げなティアリス。しかしスラッシュの方は同じ顔というだけで特に興味はないようだったので、ほんの少しだけティアリスは安心する。
もし知り合いだったのなら、それはとても悔しい気がしたのだ。
ちらり、とティアリスはその様子に目を留めたが何も言わずに続ける。
その間スラッシュは隣にいるティアリスとその人物の顔を見比べていた。
「こんばんは。ふふふ、天使に会えるなんて嬉しいわ、あ、もしかして…スラッシュも初めて？」
「あぁ」
スラッシュの言葉に安心した笑みを見せ、ティアリスは更に続ける。
「でも、助けて欲しいって一体どういう事かしら？この季節はずれの雪に関係する事？」
天使は小さく頷く。
「季節外れに…雪が降っていたからな…何かと思ったんだが……」
スラッシュはそう呟いて天使を見つめる。
「まぁ、この雪を孤児院の子達は喜んでいるだろうが……流石に…このままにしておく訳にはいかない様だし、な……どんな理由があるのかは知らないが…力を貸そう……」
その言葉にティアリスも頷く。
「そうね。このままになんてしておけないわよね。それに私と同じ顔の人物が困ってるんだし。他人事じゃないみたい」
そう言ってティアリスは天使に自己紹介をする。続いてスラッシュも同じように名を名乗った。
すると天使はやっと口を開く。
「すみません、ありがとうございます。本当に本当に助かります。私では彼女を止められなかったんです」
彼女？、とティアリスとスラッシュは顔を見合わせる。
「はい。私の名は詩音（しおん）と言います。私の相方であり恋人でもある莉音（りおん）は、その……スラッシュさんとそっくりで思わず見つめてしまいました。すみません」
頬を赤らめながら恥ずかしそうに詩音は告げる。
「私と詩音さんが似ているだけじゃなく、その莉音さんとスラッシュまでそっくりなの？」
「そうみたいです。だから余計に驚いたんですけれど。…それでですね、私と莉音の二人は二人一組で雪の制御を行っていたんです。そして制御するのに使用する道具があるんですが……それを片方盗まれてしまったのです」
これなんですが、と詩音は手にスティックのようなものを出してみせる。
「これで雪を制御してるのね」
興味深げにスラッシュとティアリスはそれを見つめる。
銀色に光るそれは金属的で、天使の所有物としては似つかわしくない気もした。
しかし本人がそう言っているのだからそうなのだろう。
それに嘘を付いている様子はティアリスには全く感じられなかった。
「はい、これで積雪量なども変更することが出来るんです。二本あれば。それなのに彼女が莉音の道具を盗んでしまったのです。これはこちらの世界で言う金属のようにも見えますが、全く別のもので出来ていて、私たちにとても密着しているものなのです。同調率が高いというんでしょうか。これが身体から離れていると、私たちの身体は眠りについてしまうのです。だから今莉音は眠ったままなんです。私には彼女を捕まえる事も出来ず、ただ莉音の眠り続けている姿を見ているだけしかできなくて。それでこちらで力を貸してもらえないかと……」
それは困ったわね、と告げるティアリスの言葉に頷くスラッシュ。
「その……彼女というのは何者なんだ」
「ミサと言うんですが、私の従妹です。いつも何かとちょっかいを出してくるんですが……」
「誰が盗ったかのかが分かってるなら、それをミサさんに言ってみたの？」
詩音は俯いて首を左右に振った。
「言えませんでした」
「どうして？」
スラッシュも聞きたかった言葉をティアリスが先に口にした。
「それは……ミサも莉音の事がずっと好きで……だからなんとなく気持ちが分かってしまったから……」
「……それとこれとは……」
スラッシュの言葉の続きを紡ぐティアリス。
「また別の話よね。好きだからって他人のものを盗んで良いって事にはならないでしょう？」
頷いたスラッシュは続ける。
「まずは……莉音が何処にいるのか教えてくれないか。………ミサが莉音を好きだというのならば、詩音が居ない今、ミサが近づける唯一のチャンスだろうから……」
「莉音は私の家にいます。でもカギもかけてあるし……あっ……」
しまった、というように詩音が顔をしかめる。
「莉音の道具で開けられるんでした。ただ……それを使いこなす事が出来なければ意味がないんですけど」
「とにかく、そこに行って見た方が早そうね。そして使いこなせない事を祈りましょう」
よし、と告げるとティアリスはさっさと腰を上げ、スラッシュに手を伸ばす。
「…スラッシュ、いきましょ」
ニッコリとスラッシュに微笑みかけるティアリス。
スラッシュは差し出されたその手を優しく取ると立ち上がった。
------＜雪＞--------------------------------------
「さむーい。本当に真夏よね、今」
「あぁ……そうだと思う」
防寒具を黒山羊亭で借りた二人は詩音に連れられて詩音の家の近くまでやってきていた。
まさか吹雪の中で空中遊覧するはめになるとは思いもしなかったのだが、空の上にあるという詩音の家にいくにはそれしか方法がなかった。
寒さで悴む手は何度詩音の手を離してしまいそうになったか。
手を離していたらとても恐ろしい自体になっていたということに今更気づき、スラッシュは少し背筋がぞくぞくとした。
そんな中、二人は身を寄せ合いつつ、詩音の後ろを歩いていく。
詩音は軽装なのに寒さを感じないらしい。もちろん、空の上には雪など降ってはいないのだが、気温は下界と同じだった。
そして三人は一軒の家の前へと着いた。
そこには案の定、必死になって家の中に入ろうとしている可愛いらしい人間で言えば５歳くらいの少女がいた。
まさかこんなに幼い少女がミサだとはスラッシュは思いもしなかった。言葉を失いただ、呆然と詩音とミサのやりとりを眺める。
隣に立っているティアリスも同様だった。
「ミサっ……」
「詩音姉さま……」
びくり、と身体を震わせたミサは手にした道具を後ろに隠し、ずるずると後ずさる。
「ミサ……謝らないもん。だってだって……ミサも……」
「ミサ……」
悲しい表情をした詩音はミサを見つめる。しかしミサには詩音の心など少しも届いてはいないようだった。
「ミサね、お兄ちゃんと一緒に居たいんだもん。詩音姉さまばっかりいつも一緒で狡いんだもん。だからミサずっとお兄ちゃんと一緒にいられるようにしたんだもん」
だから家開けてよ、と詩音に告げるミサ。
しかしそこまで聞いていたティアリスが間に割ってはいる。
ミサは始めティアリスの顔を見つめ詩音と同じ顔だという事に驚いたようだが、ティアリスを詩音と同じく自分の敵と見なしたのか睨み付けていた。
ティアリスはそれを気にした様子もない。
「あなたがずっとそれを持っていたら、ずっと目を覚まさないそうよ。ずっと目を覚まさなくても良いの？」
「いいもん、だって一緒にいられるもん」
背中に隠し持った道具をぎゅっと掴むミサ。
でも違うじゃない、とティアリスは首を振った。
「一緒にいられるっていう事は、話が出来てそして一緒に笑えて、そんな中怒ったりするようなこともあるかもしれないけど、感情の交流を深めるところに意義があるんじゃないかと思うんだけど。あなたにはそれが無いみたい。まるでお人形を愛でるみたいに……」
ミサは、きっ、とティアリスを睨む。しかしその位で一国の王女であり剣士であるティアリスが怯むわけがなかった。
そのティアリスの隣にスラッシュが立ち、ミサを見下ろした。
「お兄ちゃん……ううん、違う……誰？」
ミサは不安な表情を見せ、スラッシュを見つめそれから詩音を見つめた。
スラッシュはその場にしゃがみ込むと少女の目線に自分の目線を合わせる。
子供と話をする場合には威圧感を与えないためにも出来るだけ同じ目線で話した方がよいということを、よく訪れる孤児院で学んだ。
そしてスラッシュはミサに告げる。
「このままだと莉音はただ眠り続ける……ミサとは何一つ話す事は出来ず、今までよりももっと淋しいかもしれない」
「……いいの。だってミサが側にいてあげるんだもん」
「莉音はそれを望んでいるか？」
「おにいちゃん？大丈夫だよっ！だって……ミサが……」
その瞬間、ぱんっ、という音と共にミサの頬が鳴った。
一瞬、スラッシュは気丈なティアリスが叩いたのかと思ったが、ミサの頬を張ったのは何も言えないでいた詩音だった。
先ほどまでの大人しい表情が一変している。
「ミサ……間違ってると思わない？」
叩かれた事にショックを受けているのか、ミサは何も言わず詩音を見つめている。
「ミサは、ずっと自分のことしか考えていないでしょう？今地上がどうなっているか分かる？真夏なのに雪が降っているの。そして莉音も眠り続けている。それもあなたの我が儘で。なんとなく気持ちが分かるから言えないでいたけれど……でももうそろそろ気づきなさい」
ミサの大きな瞳に涙がたまってきていた。
しかし詩音はミサをじっと見つめている。
スラッシュはミサに手を差し出し、道具を手渡すよう告げた。
「……さぁ、それを返してくれないか」
「これ………でも………」
「今ならまだ間に合うと思うわ。莉音さんにその道具を返して、地上を雪から救って」
ティアリスが微笑みを浮かべてスラッシュの隣に座り込んだ。
二人で少女の説得を試みる。
少女の心も次第に揺れてきているようだった。
好きとかそういうことも確かに大事だが、それよりもミサの場合、少し我が儘がすぎたようだ。
「おにいちゃん……またミサとお話ししてくれるかな……」
「その道具を返したら大丈夫だろう。……まだ返したくはないか？」
小さく安心させるような笑みを浮かべ、スラッシュはミサに尋ねた。
首を振ったミサはスラッシュへ大人しくその道具を手渡した。
スラッシュはすぐに詩音へとその道具を渡す。すると詩音は慌てて莉音の元へと走っていった。
「おにいちゃん……ミサの事嫌わないかな……」
嫌われるのは怖い、とミサが言う。
「大丈夫。ちゃんと心から謝れば許してくれると思うわ。それにね……」
ミサの耳元でティアリスが内緒話をすると、ミサの表情がぱっと明るくなる。
ティアリスはミサに、あなたはもっと良い女性になれるはずだからゆっくりと追いつけばいいのよ、と告げたのだ。
「ティア……」
スラッシュはティアリスに何を言ったのか目で問いかけるが、内緒、とティアリスは笑い少女の頭を撫でた。
「ありがとう」
そしてごめんなさい、とミサはぺこりとお辞儀をしてミサは詩音の後を追った。
行きと同様、帰りも天使に黒山羊亭まで運んで貰ったのだったが、今度は詩音がティアリスを、そしてスラッシュを運んできたのは莉音だった。
莉音は道具が戻った事で無事に眠りから覚め、仕事復帰が出来そうだという。
「今回は本当にお手を煩わせてしまいすみませんでした」
そう言いながらお辞儀をする莉音に、スラッシュとティアリスは微笑む。
「いいえ、別に」
「本当にありがとうございました。それではとりあえず雪を消させて頂きますので」
詩音と莉音は互いの持つ道具を交差させその中心に力を溜め込んでいく。
そしてそれがまばゆいくらいに膨らんだかと思うと、世界にその光が広がった。
その光は何処までも広く広がっていく。
それから暫くして光が消えると、まるで今まで雪があったのが嘘のように跡形もなく消えていた。
そして夏独特の蒸し暑い夜が戻ってきている。
「夏を返して貰ったのは良いけれど……夏ってこんなに蒸し暑かったかしら……」
「雪の中にいたから……余計にだろう……」
防寒具を着込んでいた二人はぐったりしながらそれを脱ぎ、目の前の鏡に映った姿のように瓜二つな詩音と莉音を見る。まるでもう一組の自分たちが居るようだ。そこには幸せそうな二人の姿がある。
スラッシュもティアリスももう一組の自分たちにも幸せになって貰いたかった。
「お幸せに……でいいのかしら」
うーん、とティアリスが言いつつ告げると、詩音と莉音は顔を見合わせ、ありがとうございます、と言って微笑む。
「お二人も」
にこやかな笑みで詩音が言うとティアリスも全開の笑顔で返した。
「えぇ、そうね」
スラッシュはくすぐったそうな笑みを浮かべ、ティアリスの言葉に頷いた。
＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝
■登場人物（この物語に登場した人物の一覧）■
＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝
【整理番号／ＰＣ名／性別／年齢／職業】
●1805／スラッシュ／男性／20歳／探索士
●1962／ティアリス・ガイラスト／女性／23歳／王女兼剣士
＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝
■□■ライター通信■□■
＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝
初めまして、こんにちは。夕凪沙久夜です。
ギリギリ納品で大変申し訳ありません。
今回の依頼へはお二人で参加頂きありがとうございました。
ティアリスさんはぐいぐいと皆を引っ張っていってくれるような部分を感じましたので、全力で物語を引っ張っていって貰いました。
こういう王女だったら良いなぁとほんわかと思ってしまいます。
また、機会がありましたらどうぞよろしくお願い致します。
今回は本当にありがとうございました。
|
|
