<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


雪まみれの天使


------<オープニング>--------------------------------------

「はっくしゅんっ!」

 エスメラルダが身を震わせてくしゃみをすると、隣にいたジークフリートが心配そうに顔を覗き込む。
 ちょうどステージが終わった直後だったため、二人は皆の注目を浴びてしまう。
「大丈夫ですか?なんか突然冷えてきましたけど……」
 そう言いながらジークフリートは外に目を向け、驚いたように声を上げた。
「……雪っ?」
「まさか、馬鹿言ってるんじゃないよ。なんでこの時期に雪なんて……」
 ジークフリートを笑い飛ばしたエスメラルダは、ジークフリートの指す窓に目をやり声を失った。
「でもやっぱり雪ですよ、これは……」
「嘘だろぅ?なんで雪なんて……」
 やっとの想いで口を開いたエスメラルダだったが、異常気象にただただ驚くばかりだ。
「何かあったんでしょうか……」
 不安そうなジークフリートの声。
 その時、黒山羊亭の扉が開かれて雪を頭に積もらせた人物が入ってきた。

「スミマセン……助けて貰えません?」
 真っ白な翼をはためかせた雪まみれの人物がそこにいた。
 緩やかなウェーブの金髪も白い翼も全て真っ白。溶けた部分からかろうじて金髪だということが分かる。
「何があったのか分からないけど……とりあえずその雪をはらったら?」
「はい」
 そう頷いてその人物はばさばさと雪を払ったのだった。


------<タダで呑む酒は美味い>--------------------------------------

 まるで勝手知ったる家の如く。
 バーテンよろしくカウンターの内側に入り込むと、シェイカーを振って自分好みの酒を作る葉子・S・ミルノルソルン。
 ちょうど葉子が作り始めた時バーテンは席をはずしていたが、葉子が、にぃ、と満足そうな笑みを浮かべながらグラスに注ぎ込んでいる時にバーテンが戻ってくる。そして葉子の様子を見てたいそう大きな溜息を吐いた。
「目を離すとこれだから……葉子さん、エスメラルダに怒られるのはですね……」
「俺様、おニィさんの作ってくれる酒大好きだナァ。ちょっとおニィさん居なくなって淋しいから俺様見よう見まねでシャカシャカと…」
 はぁぁぁぁ、ともう一度大きな溜息を吐き項垂れるバーテン。
「見よう見まねでシェイカー使いこなしてオリジナルカクテルを本格的に作る一般人が何処にいますか」
「平気だって、ネ」
 うひゃひゃひゃ、と笑った葉子は黒山羊亭の椅子に座らず、宙を漂いながら酒を美味そうに呑み始める。
 バーテンは諦めたのかそれ以上何も言わず、葉子のためにいつも頼む酒をカウンターに置いた。
「嬉しいねぇ。そういうトコ大好きヨ、おニィさん♪」
「いえ、これは保険です。これ以上カウンター入らせない」
「ヤだなぁ。俺様そんなに簡単にカウンターに入らないって」
 今入ってたじゃないですかっ、というバーテンの鋭い突っ込みはこの際無視だ。
 葉子はそのバーテンの声を背後にし、ふよふよと宙を漂いながら黒山羊亭の賑やかな様を眺めていた。
 すると突然周りから冷気がまとわりついてくる感覚を受け、葉子はぴくり、と少し尖った耳を動かした。
 微かに窓ガラスが凍り付いていく音が聞こえる。
 その時、その異変に気づいたのかホール中央でステージを終えたジークフリートとエスメラルダが騒ぎ出す声が聞こえた。
 葉子は、なんだか面白そうな事が起きた、とにんまり笑うとそちらに向かう。
「エスメラルダが寒いのお嫌って言うンなら俺が温めてアゲルってコトでv」
 そう軽口を叩きながらエスメラルダの隣に降り立った時、雪を頭に積もらせた人物が黒山羊亭のドアをくぐってやってきた。
 葉子はその姿を見た瞬間、ずざざざーっ、と部屋の隅まで勢いよく後ずさる。
 黒山羊亭に入ってきたのは紛れもなく白い翼を背に持つ天使だった。
 下級悪魔である葉子に天使は天敵である。
 太陽の光よりもなによりも清浄な空気を身に纏った天使という存在は、完璧に葉子の許容範囲外だった。
 凄い勢いで後ずさった葉子に気づいたジークフリートがきょとんとした表情で首を傾げてみせる。
 そして、だいじょうぶですか、と葉子の隣へとやってきた。
「ジークくんもネお久しぶり♪俺のコト忘れてナイヨネ?忘れたンならわすれられなくしてあげヨーか?」
 ジークフリートの顎を捕らえ、葉子はニヤニヤとした笑みを浮かべたまま唇が触れるか触れないかのところまで顔を悪戯に近づける。
「えっと……葉子さん大丈夫です、覚えてますから」
 そう言いながらジークフリートは葉子のオッドアイの瞳を捕らえにこりと微笑む。
「ん、それならいいンだケド」
 葉子は、ぱっ、とジークフリートから手を離すと相変わらず壁際にぴったりとくっついたままエスメラルダと話す天使に視線を戻した。


------<天使の階級?>--------------------------------------

 すると丁度エスメラルダが天使から話を聞いているところだった。
 聞こえてくる情報を繋ぎ合わせると、どうやらこの異常気象も良いところの真夏に真冬の光景を作り出したのは目の前にいる天使らしいという事が分かる。
 真夏に真冬の天候。
 それは葉子にとってまさに天の助け。いや、ここは地獄の助けというべきか。
 暑いとろくな事がない。葉子は夏にはよい想い出がないのだ。先日も暑い中お使いに出かけ、途中でくたばりそうになったことがあった。
 そんな真夏の天候が真冬になってしまえば願ったり叶ったりだ。
 このままずっと真冬でもいいではないか、という考えが葉子の中に浮かぶ。

 一通りエスメラルダとの間で話が終わったところで、葉子は部屋の隅から天使に向かって声をかける。
「ハーイ天使っぽい君、天使なら階級とお名前と役職教えてネ。中級以上だったら俺は帰るよ帰るカラネ!」
「なぁに、葉子ってばそれが怖くて壁際まで逃げたっていうの〜?」
 うふふっ、とエスメラルダが意地の悪い笑みを見せる。
「サァ、どうでショ」
 エスメラルダの言葉を気にした様子もなく、葉子は天使にもう一度尋ねた。すると天使はふわりと微笑み告げる。
「中級以上ですか?大丈夫です、ボクは一番下っ端のエンジェルです。名前は莉音です。役職は……貰ってたんですけど、この有様なんで取り上げられちゃいました。ボクおちこぼれなんで無いんです」
 恥ずかしいですけど、と莉音は苦笑した。
「ホントのホントーにタダのエンジェル?」
 確認するように尋ねる葉子に大きく頷いて莉音は言った。
「はい、ホントのホントです。触ってみてくれれば悪魔さんでも平気だと思いますよ」
 葉子は恐る恐る莉音に近づいていく。
 しかし半信半疑の葉子は、ぺったりと触る事はせずに、えいっ、と爪の先で莉音の手に触れた。
 触れた瞬間、すぐにその手を引っ込める。
「ホントみたいダネ。確認完了ー、パチパチ」
 ほらジークくんもパチパチー、とジークフリートの手を取って合わせさせる葉子。
 その光景を眺めていた莉音だったが何処か悲しげな表情を浮かべ俯いた。

「で、助けて欲しいってコトはこの異常気象は莉音くんが関係してるって話?」
 葉子が外からバケツいっぱいに集めてきた雪で雪だるまを作りながら莉音に尋ねると、問いかけられた莉音は小さく頷く。
 出来た!、といかつい気合いの入った顔をした雪だるまを作り上げると更に尋ねる。
「雪自体より冷気トカソッチを操るタイプカナ、雪ダケなら雨になっちゃうカラ気候ソノモノを操ってたり?或いはソーンに関わる夢の番人サンとかネ守護聖獣の眷属かァい?」
 半分泣きそうになりながら莉音は言葉を続ける。
「ボク……さっきも言いましたけど仕事を取り上げられちゃったんです。仕事取り上げられちゃったんですけど……でもこの現象を作り出しているのはボクが原因だからなんとかしてこいって」
 突然、外が猛吹雪になる。突風と共に雪が外にある全てものを覆い隠していく。
「なんか……すごいコトになってますけど。もしかしなくてもその原因って……」
 ジークフリートが呆然と外を見つめながら呟くと、莉音は机に突っ伏し泣き始めた。
 完全に莉音が泣き出した今、外は見るも無惨な程に真っ白だった。窓から外の様子を窺う事は出来ない。
 しかしそんな中一人楽しそうな葉子は、親子の雪ウサギを作り上げエスメラルダに自慢している。
「かんせーいvエスメラルダ、コレ欲しい?」
「すぐ溶けちゃうでしょ。っていうか、葉子真面目に事件解決する気あんの?」
 エスメラルダが呆れた様に、あからさまな溜息を吐いて葉子に告げた。
 しかし当の本人は、あらら〜どしたの?、と横で泣き崩れる莉音の頬をツンツンとつついている。
「葉子ってば聞いてるの?」
「何が?原因は莉音くんにあって……泣き出したら吹雪き出したから感情の起伏激しいかなんか関係してるんデショ。ソノウチ止まるか誰か止めるンジャン?」
 寒いの最高〜、と葉子は再び外へと雪を取りに行くため扉を開けた。
 そして開けた瞬間吹き込んでくる雪と風によって葉子は頭から雪まみれになってしまう。
「うひゃひゃひゃ、俺様雪にも大歓迎?」
 どうせ雪まみれダカラ一緒だし、と葉子は大雪警報の発令されている中、黒山羊亭の庭に大きなかまくらを作り始めた。
 大いにはしゃぎ、雪に足を取られ転びながら一人きりで雪山作りをする葉子。
 もちろん、その様子は黒山羊亭の中からは見る事が出来ない。
 小さな葉子の呟きが聞こえなかったならば、葉子がこの大雪の中一人で事件解決のために出て行ったようにも見えただろう。
 実際、ジークフリートとエスメラルダは目を丸くして意気揚々と出て行く葉子の後ろ姿を見送ったのだった。


「葉子は葉子で頑張ってくれるみたいだから、こっちはこっちで頑張りましょ」
 エスメラルダの言葉にジークフリートは頷くと、泣き続ける莉音に優しく声をかける。
「さっき葉子さんも言ってましたが……キミの感情によって天候が変化してしまうんですか?もしかしてソレが仕事……」
「っく………そうですっ……ボクが感情の制御が出来なくなってしまったせいで雪が降ってるんです」
 やっぱり、とジークフリートは未だ視界を遮るほどの雪が降り続くのを見つめる。
 ジークフリートはこれはまず穏やかな心を持たせるしかない、とジークフリートは腰を上げる。
「それではこれで落ち着くかどうか分かりませんけど……ボクの歌を聴いてくれますか?」
 涙を拭いながら莉音は頷いた。
「それでは……」
 そう言ってジークフリートは歌い始める。
 波のように押し寄せてくる声に莉音は瞳を閉じ、ゆったりと耳を傾けた。
 ヒトが聞き取る事が出来る範囲外の周波数を歌声に乗せるとそれは、知らず知らずのうちに心を癒す音楽となる。
 ジークフリートはゆったりと歌詞の中に思いを込め、そして莉音の心が癒される事を祈りながら歌にする。
 広がっていく歌声はその場にいた人々の心をも魅了した。

 莉音の心の何処かに溜まり込んでいた何かがすっと消えていくようだった。
 焦りやその他の感情が溶け出していく。

 歌が終わると莉音はすっきりとした表情を浮かべ、ジークフリートに一礼する。
「すっごい、なんていうのかな……天界に満ちている音楽よりもずっとボクは心地よかったです」
「そんな……ボクよりも素敵な声を持っている人は外にいます」
 くすり、と笑ったジークフリートは窓の外を眺める。
 すると雪は止んでいたがとんでもない光景が目に入り、素っ頓狂な声を上げた。

「葉子さんっ……???」

 外には雪まみれになりながらも楽しそうにかまくらと巨大雪だるまを作り上げ、胸を張っている葉子の姿だった。


------<雪解け>--------------------------------------

「あーらら。もう真冬の天気はオシマイ?」
「そうよ。あんたは思う存分楽しんだでしょ」
 ずずずっ、とエスメラルダはかまくらの中でお汁粉をすする。
「ちゃんと皆さんまとめてかまくらにご招待したし、無問題v」
 にへらっ、と笑った葉子は、ねー、と莉音に声をかける。
「どぉ?ジークくんの歌声は」
「凄く良かったです。でも葉子さんの方が素敵だと聞きましたよ」
「俺様のは趣味。アッチは本業」
 そう告げる葉子の向かいでジークフリートはすかさず反論をする。
「葉子さんの場合ちゃんとそれだけでも食べていけます。そんなのお客さんの反応見てたら明らかです」
「そうよねぇ、こーんないい加減でヘラヘラしてるのに歌は本当に上手いんだから」
 惚れる?、と葉子が笑みを浮かべつつエスメラルダに問う。
「ふふっ……そうね、歌声には惚れるわね」
 美味しかった、とエスメラルダは空になったお椀をおいて用意されていた温かいお茶を飲んだ。

「ま、心のバランス崩れそうになったらまた来ればいいんじゃない?」
 エスメラルダは莉音に葉子とジークフリートを見ながら告げる。
「此処には癒しに最適な人物が二人もいるみたいだし」
 その言葉に葉子は声をあげた。
「ナニ?俺様天使を癒すの?」
「今日はともかく今度ね」
「……悪魔に癒される天使の図ってトッテモ恐ろしくナイ?」
 逆も然り、と遠い目をしながら呟く葉子を三人は笑いながら見つめる。

「もうこの雪が溶けてしまえば真夏に逆戻りですけど……」
 ぽつん、とかまくらの入口から溶け出した雫が落ちる。
「暑いのは勘弁なんだよネェ。…莉音くん、ものは相談だケド。夏の間中溶けない雪って出せナイ?」
 そんな無理難題を言い出す葉子に苦笑しながら莉音は言う。
「無理ですね。でも、たまにでよければ皆さんのところに大きな氷くらいは持ってこれるかもしれません」
「それでもオッケー。大歓迎♪」
 とりあえず今の葉子は日差しも差し込まないこの中で涼むことが最優先事項のようだ。
「めでたし、めでたし」
 足下の床を掘り返し、雪を掻き出すと葉子は小さな雪ウサギを作って莉音に渡した。
「とりあえず今日の記念に…ネ」
 うひゃひゃひゃと笑った葉子は呆気にとられた表情の莉音を楽しげに眺めたのだった。





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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●1353/葉子・S・ミルノルソルン/男性/156歳/悪魔業+紅茶屋バイト


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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。
暑さに負けそうな葉子さん並に連日の暑さでへたれている夕凪沙久夜です。

雪遊び万歳!ということで、葉子さんには心ゆくまで雪遊びを堪能して頂きました。
雪遊びにはスキーとかスノボとかも入るんだろうか、と思いつつ今回は手軽に出来るところを攻めてみましたが如何でしょうか。
ジークフリートは振り回されてなんぼのキャラなので、どうぞいつでも思い切り引きずり回してやって下さい。(笑)

葉子さんが暑さに負けないように祈っておりますー。
また、機会がありましたらどうぞよろしくお願い致します。
今回は本当にありがとうございました。