<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


悪逆無道な盗賊団!(後編)



■ オープニング

「くそっ!! なんて様だ!!」
 黒髭の男――アルベル・ジャルマは荒れていた。
 山間の岩場に掘られた巨大な横穴、そこに盗賊団「ハーティ」のアジトはあった。
 エーリアでの戦闘は被害が思いのほか大きく、団員はその数を減らしていた。
 残ったのは約二十名余り。
「おら、てめえらしっかり見張ってろよ!」
 アルベルは人使いが荒い。力で捻じ伏せるやり方だけでこの盗賊団を築き上げることができたのは、圧倒的な力と、卑怯な戦法、そして運があったからだ。
「くそぉ、やってらんねーな」
 団員の一人が、アルベルがいなくなったのを見計らって呟いた。
「抜けようにも団員の殆どは、アルベルの奴に弱みを握られてるしな。今回の戦いで命を落とした上の奴らは、根っからの戦争好きだったらしいけどよぉ」
「ったく、面倒なことになっちまったな」
 団員たちは深い溜息をついた。



■ 出発

 エーリアの北出口――大きな門の前が待ち合わせ場所だった。
「遅れてすまない。今回、微力ながら協力させてもらうぞ」
 やって来たのはシェアラウィーセ・オーキッドだ。シェアラ(普段はこの名で通している)は盗賊団のエーリア襲撃の際にはいなかったメンバーの一人だ。シェアラはエーリアの長老に復興の協力を申し出ている。
「……一足違いだったようね。まあいいわ、あたしも協力する」
 建物の影から姿を見せたのはアレックスだ。彼女は前回、盗賊団の撃退作戦に参加していたセフィラスを追ってここまでやって来たのだが、セフィラスはやむを得ぬ用件のため、すでにエーリアを去ってしまった後だった。
「これで五人揃いましたね」
 アイラス・サーリアスが人数を確認する。アイラスはいつもより緊張した面持ちだった。
「……さて、そろそろ出発するか」
 門にもたれかかっていたミリオーネ=ガルファがそう言いながら四人のほうへ歩み寄る。ミリオーネはアイラス同様、前回から引き続いての参加だ。
「盗賊どもに俺の力を知らしめてやるぜ!! ふははは!!」
 意気揚々と歩き出すシグルマは常に強気の姿勢を崩さない屈強な男だ。シグルマも前回の盗賊団討伐のメンバーである。
 五人はエーリアより北に位置する山間部にあると思われている盗賊団のアジトを一路目指す。アジトの位置は追跡部隊と残党の証言から判断したのだが、これはほぼ間違いない情報と見てよい。
「お気をつけて!!」
 門番が五人の背中に向けて敬礼する。
 五人はどこまでも続きそうな平原を進み出した。



■ アジト付近

 風景の変わらない平原をひたすら歩き続け、半日ほどで山道に突入した。木々が生い茂り、太陽の光が差し込まない森は薄暗く、時間の経過を曖昧にさせる。
「アジトはこの近くなのか?」
 シェアラが誰に言うでもなく訊いた。
「高地を越えた山の中にあるようですね。盗賊団の残党から具体的な位置も聞きだしたんですが――これだけ大きな山ですと簡単には見つかりそうにもありませんね」
 そうアイラスが説明すると、
「もう少し、開けた場所ならまだ判りやすいんだけどね」
 アレックスが周囲の鬱蒼と生い茂る木々を見回しながら呟く。アレックスは猛禽類並に遠目や夜目が利く。鷲や鷹のように獲物を逃さんとする鋭さ――彼女が暗殺者である所以だ。
「もう少し登れば木々の数も減るだろう」
 ミリオーネの言うとおり、標高が高くなるにつれて植物の数が減少していった。
「こっちも慎重にいかねえと、逆に見つかる可能性があるぜ」
 先頭を歩いていたシグルマが振り返り言った。
「それもそうだが、こちらは少数精鋭だからよほど気を抜かなければ大丈夫だろう」
 シェアラがそう言うと「確かになー」とシグルマが頷いていた。

「……間違いない、あそこがアジトだね」
 最初にアジトの所在を突き止めたのはアレックスだった。彼女の目はよほど研ぎ澄まされているのだろう。
「どうやって進入しましょうか?」
 アイラスが皆に訊く。
「夜の方が人目に付かないだろう。見張りの人間の数や交代の時間なども考慮した方がいい」
 ミリオーネが遠くに見える岩穴を見つめながら言った。
「人数なんかはあたしが調べよう……」
 確かにそれはアレックスが適任であろう。それについては誰もが納得した。
「しかし、団員の数はそれなりにいるはずだ。何か作戦を考えておいた方がいいかもしれないな」
 シェアラが思案しながら皆に問いかける。
「煙を使って燻り出せばいい。簡単だろう?」
 シグルマが不敵に笑いながら用意しておいた火種を取り出して見せた。
「それならこれを使うといい」
 アレックスが眠りを誘う葉をシグルマに手渡した。
「他に出口がなければ、アジト内の人間については上手い具合に処理ができるかもしれませんね。あと、内部に進入したら……罠に注意する必要があるでしょうね」
 アイラスが眼鏡の中心を人差し指で押し上げた。
「では、詳細な作戦を練って、その後、夜まで待機していよう」
 ミリオーネが提案すると、
「ここまで来るのに、それなりの体力を消費しているから休憩も必要だな」
 シェアラがそう補足した。



■ 作戦決行

「な、なんだー!! 火事かー!?」
 慌てふためく盗賊たち。アジト内にいた者たちはそそくさと出口に向かって逃げ出す。やはり出口は一つしかなかったようで、案の定、岩穴から盗賊たちが飛び出してきた。意識が朦朧としている者も多く、まず最初の作戦は成功と言えそうだった。
「さーて、こいつらは俺が遊んでやろう、中は頼んだぜ!!」
 シグルマが盗賊たちの前に立ちはだかる。
「任せた」
 まずアレックスが中へと駆け出していった。
「行きましょう!」
「……ああ!」
 アイラスとミリオーネがそれに続く。
「罠があるかもしれない、注意して進もう」
 後ろからシェアラが注意を促した。

「やっとお目覚めかい?」
 シグルマが四本の手にそれぞれの武器を構え、盗賊団の一人に話しかけた。
「……き、貴様、何者だ!」
「ふはははは、俺はセコイ真似が嫌いでなぁ――こうしてお前らが正気を取り戻すのを待っていたんだよ!」
 巨大な斧を器用に振り回し、逆の手に持った剣を縦に振る。
「くそ、こいつ……バカにしやがって!!」
「うおおおお!!」
 盗賊たちがシグルマに向かって一斉に飛び掛る。
「温いぜ!」
 シグルマは束になって襲い掛かってきた盗賊たちを一気に殲滅する。バタバタと倒れていく盗賊たち。圧倒的な力で捻じ伏せていくシグルマを止めることができる者はいない。
「いくら束になったところで俺には敵わないぜ!! 屈服するがいい!!」
 四本の手を器用に使い、凄まじい手数で攻撃していく。
 結局、盗賊たちは為す術もなくシグルマの前に平伏したのであった。

 アジト内部へ向かう四人。眠り落ちている盗賊についてはロープで縛って一纏めにしておき、盗賊団「ハーティ」の親玉を探すため四人は更に奥へと進んでいた。
「……ちょっと待ってください」
 急に立ち止まり、三人を片手で制止したのはアイラスだ。アイラスはその辺で手頃な小石を拾い上げると、前方の地面にそれを放り投げた。
 ――シュン!!
 飛び出してきたのは無数の槍。どうやら地面に対する刺激に反応して両側から槍が飛び出る仕組みになっていたようだ。
「危うく、串刺しになるところだったな」
 ミリオーネがふぅと息を吐いて見せた。
「……慎重に進まないといけないね」
 表情を変えずにアレックスが言った。
 その後も、落とし穴や、天井からの落下物などなど、罠のオンパレードだった。
「これは、アジトというよりも要塞だな」
 シェアラが的確な所感を述べるとアイラスが、
「盗賊たちはどうやってこれを回避しているのでしょうね?」
 素朴な疑問――もしかすると他に抜け道のような簡易ルートがあるのかもしれない。しかし、今はそれを探している余裕はない。眠っている盗賊たちが起きれば数に物を言わせて攻撃してくるに違いない。早めにケリをつける必要があった。

 アジトの奥深く、開けた空間で待っていたのは髭面の強面――他の盗賊たちとは見た目からして違う。
「……お前が頭か?」
 アレックスが低い声で問う。
「ああ、そうだ。俺が盗賊団ハーティーの頭――アルベル・ジャルマだ。どうやら、うちの手下どもは眠らされてしまったようだが、煙もここまでは届かなかったようだな」
 男は比較的余裕のある声で言い放った。男の両側には数名の盗賊――側近の者が控えていた。
「年貢の納め時ですよ、観念したらどうですか?」
 アイラスがそう言うと、アルベルは突然笑い出した。
「あはははっ、馬鹿どもが……まあいい。相手になってやろう!!」
 アルベルが怒声を響かせ長剣を引き抜いた。
「俺に任せてくれ」
 前に出たのはミリオーネだった。
「では、私たちは雑魚を片づけよう」
 シェアラが構える。すぐにアルベルの側近たちが向かってきた。
「遅い――」
 アレックスが手甲から出した緋色の刃で側近たちを次々に沈めていく。最小限の手数、その無駄のない動きは一種の芸術のようにさえ思える。
「甘いですよ!」
 アイラスは自らの肉体を魔力で強化し防御力を高め、同じく手に魔力を込めその拳で敵を攻撃する。まるで凶器でも隠し持っていたかのような威力。その凄まじい攻撃力は男たちの体に拳がめり込むほどだった。
「うああぁぁぁ!!」
 盗賊たちは絶叫しながら地面に崩れ落ちる。
「後ろから来たぞ!」
 シェアラが指示を飛ばしながら後方から二人を魔法で支援する。回復魔法で傷を癒し、大気の壁を張り巡らし、敵が同時に襲い掛かって来れないよう配慮する。
「――た、たすけてくれ……」
 弱りきった表情でアレックスに命乞いをする男が一人――だが、アレックスは非情である。
「お前もしてきた事だろう……なのに覚悟も無かったのか? ならば3秒だけやるから、今までを悔いるがいい……」
 数瞬――アレックスは手甲から伸びる刃を振り下ろした。
「なんだ、残ったのは頭だけかぁ?」
 そこへ姿を見せたのはシグルマだった。返り血を浴びたシグルマがニヤリをアルベルに向かって笑いかけた。
「……どこを見ている?」
「くそっ!!」
 アルベルがヤケクソ気味に長剣を薙ぎ払う。
 ミリオーネはそれを剣で受けずに軽くいなし――。
「つああぁぁ!!」
 反撃とばかりに振りぬいたミリオーネの剣がアルベルの脇腹を直撃する。
「うああああぁぁぁ!!」
 流血しながら地面を転げ回るアルベル。剣を構えたまま距離を詰めていくミリオーネ。
「……くっ、わ、わかった。ゆ、ゆるしてくれ、俺が悪かったー!」
 アルベルが脇腹を押さえたまま必死に哀願する。
「そうやって命乞いをした罪もない人々を、お前は笑いながら斬ってきたんだろう?」
 そして――ミリオーネはアルベルに止めを刺した。

「任務終了だな……」
 アレックスが無表情のまま外へ向かって歩き出す。
「多少、後味が悪いですが、彼等の悪行の数々を考えれば妥当な判断ですよね」
 アイラスがそうコメントすると、
「非情な相手には非情な現実を与えてやる……筋の通った結論だろう」
 シェアラがそれに加えて感想を漏らした。
「これでアジト壊滅か、まったく全然、大したことなかったな」
 シグルマが高らかな笑い声を上げていた。
 その後――エーリアは着実に以前の活気を取り戻していった。盗賊団「ハーティ」のような悪逆非道な者たちが再び現われるとも限らない世の中ではあるが、エーリアの長老が自衛団を結成し、各地を取り締まっているとの事だ。
 かくして、非道な盗賊団は壊滅し、世は束の間の平和を取り戻したのであった。



<終>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1649/アイラス・サーリアス/男/19歳/フィズィクル・アディプト】
【1980/ミリオーネ=ガルファ/男/23歳/居酒屋『お気楽亭』コック】
【1514/シェアラウィーセ・オーキッド/女/184歳/織物師】
【2031/アレックス/女/19歳/暗殺者】
【0812/シグルマ/男/35歳/戦士】

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■         ライター通信          ■
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担当ライターの周防ツカサです。
悪逆非道な盗賊団(後編)ということで、見事アジトを壊滅に追いやることができました。
皆さんのプレイングで共通していたのは盗賊たちを徹底的に懲らしめる――さらには非情な選択を念頭においていらっしゃる方が多かったですね。
実は、アルベルが命乞いをして、ニヤリと笑い罠発動(落とし穴とか上から岩とか)みたいなのとか、隠し持った武器で不意打ちとか考えてたのですが、皆さんのプレイングが非常にクールでシビアでしたので一気に片をつけました。

余談ですが、今後しばらくは一話完結を中心にお送りしたいと思ってます。また、そのうちシリーズ物も考えていますが……。
ご意見、ご要望などがございましたら、どしどしお寄せください。
それでは、またの機会にお会い致しましょう。

Writer name:Tsukasa suo
Personal room:http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=0141