<PCクエストノベル(1人)>


『ガラスのココロ』

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【 1962 / ティアリス・ガイラスト  / 王女兼剣士 】


【その他登場人物】

 NPC / クロノ

 NPC / パシフィカ


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『ガラスのココロ』


【オープニング】


 夜の街を私は独り彷徨っていた。
 周りの人々が発する雑音の海の中で、しかし彼女のその声が私の耳朶に鮮明に聞こえたのはなぜだろう?
パシフィカ:「お願いします。あたしはパシフィカと言います。誰か、誰か、あたしをフィルケリアの村に連れて行ってください。お願いします」
 人込みに紛れて見た彼女は、右手でぎゅっとペンダントを握り締めて、そう周りの人々に懇願していた。
 フィルケリアの村・・・聞いた事がある・・・・・・
 ――――――数年前では豊かな自然を誇り、共存してきたがエルザードとアセシナートの小競り合いが始まって以来、村は荒れ、自然がなくなってしまった村。



 それはまるで・・・・



 私の傷つきすぎてもはや痛みすらも感じなくなった心がだけどどくんと、大きく脈打った。



ティアリス:「クロノ・・・」



【three years ago T 婚約者】

王:「ティアリス。何だその恰好は? おまえには先日、作らせた緋色のドレスを着るように命じたはずだ」
ティアリス:「嫌です。誰が着るものですか、婚約者と会うために作られたドレスなんて。私は絶対に婚約者にも会いませんし、結婚もしません」
 きっぱりとそう言った私に王である父は口をぱくぱくと動かせると、大きな声で私を叱りつけた。そしてそのまま私と父は口論となり、私の気持ちなどまったくわかってくれない父に苛ついた私はどうせこのまま言い合いをしていても平行線のままなのだから、と、
王:「こら、ティアリス。待ちなさい。どこに行く」
 そう言う父を無視して、謁見の間を出て行った。
ティアリス:「まったくお父様ったら結婚しろしろって、そんなに私が邪魔だって言うの? だいたいどうして身も知らぬ男と結婚なんてできるのよ。冗談じゃないわ。それに私にだって理想の恋とか、男の人像ってのがあるんですぅー。それを無視して勝手に選んだ結婚相手を押し付けようとして。ほんとにちっとも年頃の娘の気持ちを考えてくれていないんだから!!!」
 中庭に退避してきた私は足下にあった小石をてぇい、って蹴った。
 するところころと転がったその小石の先にひとりの男が立っていた。見慣れぬ男だ。
 私は少し警戒をしながら男を見据えた。
 つーんと尖った耳はエルフの特徴だ。
 森に住まうはずのエルフ族の者が一体この城に何の用があって来たのだろうか?
 睨む私に彼は微笑を浮かべると、足下に転がってきた私が蹴った小石を器用に蹴り上げ、まるで曲芸師のようにその小石を何度も何度も爪先で空中に蹴り上げ始めた。しかも彼のその曲芸はそれだけにとどまらず、両の爪先でそれをやったり、両の腿でそれをやったり、小石の数だって一つから三つに増えていて、いつの間にか私はその鮮やかに空中を舞う小石に魅入っていた。
 そしてぽん、と鮮やかに高く空中に舞い上がった小石は弧を描いてまた地上に向って落ちてきて、そのエルフは落ちてきた三つの小石を片手で受け止めると優雅に私に向って一礼をした。
 私はその彼に賞賛の拍手を贈る。
ティアリス:「すごい。すごい。それにしてもどうして曲芸師のエルフさんがこのお城にいるの?」
 そう口にして、私ははっと気付く。
 まさかあの父は、今日、初めて出会う男と娘の式の日取りを決めて、その式の日に城下の街で行われるであろう盛大な民の私への祝いのお礼にとこの曲芸師を呼んだのではあるまいな………
ティアリス:「………あのお父様ならば充分にありえることよね」
 軽く握った拳を口元にあてて私は父がいる謁見の間を睨んだ。
エルフ:「どうしましたか、ティアリス姫。怖い顔をなされて」
 きょとんと小首を傾げたそのエルフに私は視線を変えると、口を動かした。
ティアリス:「せっかく来てもらって悪いのだけど、私は王が選んだ婚約者とは結婚する気はさらさら無いの。だから城下町で私の結婚を祝う民の私への祝いは行われなくって、それでだから王がその民への感謝の印にとあなたを呼ぶ事もなくなるわけで、そういう訳だからあなたはさっさとお帰りなさいな」
 私は一息にそう言うと、
ティアリス:「それではさようなら。曲芸師のエルフさん」
 と、お別れをして、謁見の間に向った。
 ばんと私は怒っているのだぞ、という事を教えてやるために乱暴に扉を開いた。緋色の玉座に座る王はそんな娘の乱暴な態度に渋い表情をしたが、しかし私は構わずに王の前に立って、
ティアリス:「お父様。あなたももう本当に娘の意志を無視して勝手に事を運ぶのはやめてください。曲芸師まで城に呼び寄せてまったく。私は本当に先ほども言ったように結婚する気などさらさら無いのです」
王:「曲芸師? 何の事だ、ティアリス。それよりも丁度良かった。おまえを首に縄をつけてでもこの謁見の間に連れてくる手間もはぶけたのだから。おまえの婚約者であるクロノ殿がここに参られたのだ。ドレスはもう良いから、ここにこうしておりなさい」
ティアリス:「なぁ」
 私は思わず言葉を失った。これだけ結婚は嫌だ、と言っているのに、しかしこの父はそれをまったく聞き入れていない。おそらくは自分の選んだ相手と結婚する事が私が幸福になる一番の道だと信じて疑っていないのだ。
 私はそんな父の自分勝手な思い込みに眩暈を覚えた。胸がものすごく痛くって息苦しい。
 だってそうではないか。つまりそれは私は私の意志で動く限りは幸せにはなれないと言われているのと同じなのだから。
 私は父の膝の上に座って笑っていた幼い女の子ではもうない。
 ちゃんとした自我を持つひとりの女だ。
 自分の幸せは自分の手で掴みたい。
 認められたい。
 どうしてそれをこの父はわかってはくれないのだ???
 気を抜くと瞳から涙を零して、嗚咽をあげてしまいそうだった。だから私は父の顔から顔をそらし、そのまま謁見の間を出ようと想った。しかし私が足を動かそうとした時、謁見の間の扉が再び開いた。
 そこに立っていたのは………
ティアリス:「曲芸師」
王:「おお、クロノ殿」
 重なった私と父の声。
 私は大きく目を見開き、父を見、そして曲芸師…エルフ………クロノを見た。
 ――――――――――クロノ、それは父が私の婚約者として勝手に選んだダークエルフの青年の名前だ。
ティアリス:「あなたがクロノ」
クロノ:「はい、そうですよ、ティアリス姫。先ほどは名乗れなかった無礼をどうぞ、お許しください」
 穏やかに微笑し、優雅に一礼するクロノ。
 その彼の姿を見、
王:「知り合いならば話が早い。それで結婚式はいつにするのだ?」
 この期に及んでまだそんな娘の気持ちを無視した事を言う父。
 私はもう何もかも本当に嫌になって、それで、
 外に飛び出した。
 城の裏庭でお気に入りのやまももの樹にすがりついて私は泣いてしまう。
 ただ幼い子どものように声をあげて。
 もう何もかも嫌だった。
 どうして私は姫として生まれたのだろう。
 城下に住む同じ年頃の娘は夢を持ち、恋をし、愛を語り合っているのに、私にはそのどれもが許されない。
 私だって……私だって………
ティアリス:「私は好きで姫として生まれてきたわけではない」
 そうだ。好き好んでこの身分に生まれてきたわけではない。なのにどうしてこんな……
クロノ:「ティアリス姫」
 そんな時にかけられた声。
 後ろを振り返ればそこにはクロノがいた。彼は私の顔を見ると優しく微笑んで、ハンカチを差し出してきた。しかし私はそれを手で払って、ごしごしと拳で涙を拭った。
 そしてクロノを睨みつけてやる。
ティアリス:「何をしに来たの?」
 どうせ王に何かを言われて来たのだろう!!!
 しかしクロノは…
 にこりとどこか悪戯っぽい笑みを浮かべると、
クロノ:「さぁ……何をしにきたか忘れました」
 と、ボケた。それも大仰に大きく肩をすくめて。そう、曲芸師というよりも道化か売れない三流の喜劇役者のように。
 そんな彼の姿に私は一瞬唖然とし、そしてくすくすと声をたてて笑ってしまった。
 その私の顔にそっと触れるクロノのハンカチ。拭われる涙。
 不思議な事に私はそれを嫌だとは想わなかった。それはきっとクロノの気取らない雰囲気のせいであろう。そう、これは直感であるがクロノは姫としての私、ティアリス・ガイラストに接する他の誰とも違うと想ったのだ。
 それでも今はそれを素直に言う事は出来なくって、
ティアリス:「しょうがないから今は素直に涙を拭かせてあげる」
 と、そんな憎まれ口を叩いた。
 それでも別れ際に、「また来てね」とにっこりと笑いながらクロノを見送れたのは本当に素直になれない意地っ張りの私には本当によく出来た行為であった。



【第一章 目覚めた眠り姫】


 眠り姫は王子様のキスで深い深い眠りから醒めた。
 その童話の彼女はその後王子様と一緒に暮らし、幸せになったのであろうか?
 あの日から3年。私は目覚めた。
 あの日20歳だった私は23歳になっていた。
 それだけ流れた時間。
 だけど、私の中の時間はあの日あの時あの瞬間で止まったまま。静かに静かに落ちる時の砂時計は確かに刻一刻と止まる事無く時を刻んでいくのであろうが、私の中の時の砂時計は落ちる事無く止まっている。



 目覚めたくは無かった。
 いつまでも深いまどろみの海の底に沈んでいたかった。
 深く深く深くまどろみの海に心を沈め、
 貝のように口をつぐみ、
 石のように何も感じずに、
 心の奥底に私を閉じ込めて、
 私は眠っていたかった。



 残るのは何?


 残されたモノ


 私の手に宿るあなたのヌクモリ。
 ――――よく一緒に手を繋いで、歩いたよね。
 私の手に宿る冷たくなっていくあなたのヌクモリ。
 ――――私の手に残っているあなたを殺した感触が……。


 消えていく命。
 透明になっていく私のココロ。
 傷ついていく……
 罅が入っていく………
 ――――――――――――――――――――――――――砕け散れ、ワタシノココロぉ。


 +

 叶えられたい願い事の2番目すら私には叶えられない。
 それはあの時にあなたを殺した私の罰なのでしょうか?
 ならば私は甘んじてその罰を背負いましょう。
 あなたをこの手で殺したという重き漆黒の氷の十字架を背負い、私は独りこの灰色で無機質な世界を生きていく。
宮廷医師:「姫様、お加減はどうですか?」
ティアリス:「・・・」
 宮廷医師の声は私の右の耳から入って左の耳から抜け出て行く。その声は私の心に何の影響力も及ぼさないから。
 そう、私に影響力を及ぼす物なんてもう何も無い。



 例えばベッドの脇にある窓から差し込む光。
 陽だまりの中でアールグレイの体をまるめて眠るその小さな仔猫にはとても暖かな場所。光。
 だけどそれに手をかざしても私はそれをもう温かいとは思えない。
 ――――――――――――だって私の手には残っているから。私が殺してしまったあなたの体の冷たさが。



 例えば差し出された冷たい水。
 それでも私の喉の渇きがもう癒される事は無い。
 ――――――――――――ずっと泣き続けているから心が。私はいつも誰にも聞こえない嗚咽をあげ続けている。だから終わることの無い嗚咽を漏らす私の喉はもうその渇きを癒される事は無い。



 例えば明けられた窓の隙間から入り込んでくる白のレースのカーテンを揺らす風。
 その風は私の肌をそっと撫でていくのだけど、しかし私の肌はもうそれに対して何も感じない。
 ――――――――――――私の肌は私の肌をそっと愛おしげに撫でてくれた彼の優しい指使いを覚えているから。


 そう、もう他の何もかも私に何の影響力も与えない。
 ――――――――――――彼の、クロノのいない無機質な世界に生きる事に果たしてどんな意味があるのだろうか?


 そしてその日、私は城を抜け出して、世界を彷徨い始めた。
 死に場所を探して彷徨う死期の近い猫のように。
 ―――――――――だけど私が辿り着いたのは死に場所ではなく・・・・



【three years ago U 重なる心】



 緑の草原で食べるお弁当は格別であった。
 作ったのはお城のコックたちであるのだから、その味は本当にいつも食べている料理とは変わらないのに、それでもいつも城で食べる料理の何倍も何倍も美味しかった。
 それはきっと私が座るこの草原の命溢れる草の香りに、
 清らかな湖の水の香り、
 心地良く私の髪を空間に遊ばせ、肌を撫でる風の感触のおかげなのだろう。
 それと………
 私は隣に座るクロノを眺める。どこまでも青く澄み切った空から視線を移して。するとクロノも私を見つめていて、
 そして私はそんな彼に微笑んだ。
 彼も私に優しく微笑んでくれて、
 それでクロノは、私の頬にそっと手を添えて、優しい笑顔が浮かんだ顔を近づけてきて、
 私は近づいてくるクロノの顔をじっといつまでも見つめていたかったけど、だけどクロノが一度顔を止めて、苦笑いしながら瞼を閉じて、と言うから瞼を閉じて、
 そして重なったクロノの唇の柔らかな感触と優しいヌクモリを幸せを噛み締めながら感じた。
 まるで海に漂っているようだと想った。
 大きな大きな広い海に漂っているようだと。優しいクロノの愛という海に私は漂いながら、その心地良さに、ヌクモリに、その身を任せる。
 私を包んでくれるクロノというヌクモリ。
 それは陽だまりのように温かく、
 その私への愛情は海よりも深くって、
 だから私は世界中の誰よりも幸せなのだと確信できて、
 私はそんなにも私を愛してくれるクロノが愛おしくって、
 だから私はそっと私の唇に自分の唇を重ねるクロノの体にそっと両腕をまわして、彼を抱きしめた。



 私の心が、大きく温かい光を、受け止めたように。



クロノ:「好きだよ、ティア」
ティアリス:「うん。私も好きよ、クロノ」
 ――――――――――――そうして私達はもう一度お互いにどちらからとでもいうのではなく唇を重ね合わせた。重なる私達二人の心のように。


 その日、私達は結婚を誓い合った。


 しかしその幸せもそうは長くは続かなかった。
 そう、私が20歳の誕生日を迎えたその日に悲劇は何の前触れも無く突然にやってきて………
 …………私からすべてを奪ってしまった。
 クロノも、
 願った未来も、
 思い描いていた幸せも、
 すべて
 すべて
 すべて。



【第二章 心の真実…】



 見ているとパシフィカの周りに三人の男が立った。どの顔にも下卑た表情が浮かんでいて、まるで値踏みをするような目つきでパシフィカの体を見ている。
 パシフィカは怖気づいたように後ろに下がろうとするが、
パシフィカ:「きゃぁ」
男1:「おっと、パシフィカちゃん。どこに行こうっていうのかな」
男2:「そうだぜ、パシフィカ。フィルケリアの村に行きたいんだろう。そうだろうなー。あそこは治安が悪くなっているから、女ひとりじゃ危ねーよなー」
男3:「ってー事で、俺らが連れて行ってやるよ。ただし今夜一晩はじぃーっくりと前料金はいただくぜ。おまえさんのそのいい体でなー」
 男に後ろからがっしりと肩をつかまれている彼女は身動きが取れない。
 そして他の男は彼女がずっと握り締めているペンダントに気がついた。
男3:「なんだよ、これは? お宝なのかい?」
パシフィカ:「い、いや、やめてください」
男1:「ほら、暴れない」
 いひひひひひと下卑た声をあげながら、男の手はパシフィカの肩から手に。
 必死に暴れる彼女の手がそれから剥がされて、
パシフィカ:「いやだ、やめて。やめてぇー」
 彼女の首からペンダントが引き千切られた。
パシフィカ:「返して。返してください、あたしのペンダントをぉ」
男3:「っと、なんだよ、このペンダントは。これはどう見ても男物。ひょっとして彼氏のものか。まさか死んじまった彼氏の物を後生大事に持ってるなんて馬鹿な事を言わねーよな?」
男2:「あははは。こりゃあ、ますます俺らが女のよろ・・・へぶし」
 馬鹿が馬鹿な事をほざいていたから私はその馬鹿の懐に入り込むと同時に体をひらりと一回転させてその回転の威力をたっぷりと乗せた肘打ちをその馬鹿の水月(鳩尾)に叩き込んだ。
 馬鹿はそのままその場に両膝をついて崩れ込み、私はその馬鹿にとどめのかかと落しを叩き込む。
 そして足下に落ちていたペンダントを拾い上げると、それをパシフィカに投げてやった。
男2:「なんだ、てめえは?」
男1:「はん、俺らにお相手してもらいてーってか?」
 仲間のひとりがやられたというのにそれに関してはまったく関心を示さずに、下卑た視線を私の体に投げかけてくるごろつきども。
 そんな彼らを見据えながら私は小さく呟いた。
ティアリス:「……ぃ」
男1:「あ、なんだって? 何って言ったんだよ、お姉さん?」
 そう言った男に視線を向ける。
 そして私は腰の鞘から細剣を鞘走らせる。その澄んだ鋼の音に合わせて私は再度それを口にした。
ティアリス:「くだらない」
男1:「あぁー???」
 そうだ、どうしてこんなくだらない男達が生きていて、クロノが………



 ――――――――――――――――――クロノが死ななければならなかったのだ・・・



 私はその苛立ちをすべて剣に乗せて、男ども全員を切り伏せた。


 +


 安ホテルの客室には質素なベッドが二つと、窓際に古いソファーが置かれているだけであった。
 私が助けた女は名をパシフィカと言った。
 パシフィカはあのごろつきどもとのいさかいで負った私の傷の手当てをしてくれていた。すごく手馴れていた感じであった。
パシフィカ:「はい、これで終わりました、ティアリスさん」
 私は反応しない。
 別に手当てなどせずとも構わなかった。そのまま傷口を晒し、そこから細菌が入って化膿でもして、それが全身にまわって、それで私なんか死んでしまえばよかったのだ。
 そう、私はあの時、別にパシフィカを助けたかったのではない。あのごろつきどもにただ殺されたかっただけなのだ。
 なのに体に染みこんだ剣技は私の体を無意識に動かし、私を生かしてしまった。
 ―――――とは言っても、そんな性根で振るう剣に魂が篭る訳も無く、私の体には格下相手にいくつかの傷ができてしまったが。
パシフィカ:「あの、助けていただいて本当にありがとうございました、ティアリスさん」
 その瞬間に心が悲鳴をあげた。
 ――――ヤメロぉ、私に礼など言うな。クロノを殺した私は生きるに値しない人間なのだ。なのに私はまだ生きていて、それに対して私がどれだけ罪悪感を抱くと想う?
 私は助けるために剣を振るったのではない。
 ――――――――――私は自分が死ぬために剣を振るったのだ。
 もしくは私は助けるという行為で、クロノを殺した罪を、帳消しにしようとしたのだ。
 ずるい。
 ずるい。
 ずるい。
 私はなんとずるく、エゴイスティックで、嫌な女なのだろう。
 心ががんじがらめになっていく、絶対零度の氷でできた冷たく硬い黒い鎖に。
 背負う十字架は重く重く、私の心に重い罪への罪悪感を増させていく。
 囚われていく心が・・・
 暗い昏い夜よりも暗く凍える闇に――――――――――――――。
 引きずり込まれる闇の中で私は・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ティアリス:「いやあ嗚呼ァぁァァァァァァァァァァァァッァぁァァァァ嗚呼嗚呼嗚呼ああ嗚呼嗚呼嗚呼ああ嗚呼ああ嗚呼ああ嗚呼ああ嗚呼ああ嗚呼ああ嗚呼ああ嗚呼ああ嗚呼ああ嗚呼ああ嗚呼ああ嗚呼ああ嗚呼ああ嗚呼ああ嗚呼ああ嗚呼ああ嗚呼ああ嗚呼嗚呼あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
 私はソファーの横に立てかけてあったレイピアを手に取ると、それを鞘から抜いて、刀身をベッドに叩き込んだ。何度も何度も何度も、レイピアを布団や、枕に叩き込んだ。
 そしてレイピアによって切り刻まれた布団や枕から飛び出し、部屋に舞い上がったのは白い鳥の羽根であった。
 その鳥の羽根に私はクロノを思い出した。
 初めてキスをしたデートの時にクロノが私にプレゼントしてくれたのが、純白の羽根飾りだったから。
ティアリス:「うぅぅ」
 ひらひらと純白の羽根が舞い落ちてくる中で私は顔を俯かせて泣いた。
 しゃくりをあげながらその場で地団駄を踏んだ。
 そうだ、私はクロノが好きだ。
 今でも好きだ。
 狂おしいほどに私は彼を愛している。
 自分で彼を殺したくせに。
 そう、私は自分でこの手で心の奥底より愛していた誰よりも愛しいクロノを殺した。だけど本当は彼を殺したくは無かった。
 彼を殺すぐらいなら、
 私は、
 私は彼に殺されてしまいたかったのだ・・・・・
ティアリス:「そう、私はクロノに殺されたかったんだ・・・・」
 その場に私は泣き崩れた。
 そしてその私をパシフィカはそっと抱きしめてくれた。優しい母親のように。
 その優しい温もりは私の心に走った罅に優しく染み込んでいって、
 そしてだからというでもなく私はまるで幼い子どもが自分のやった悪戯を母親に懺悔するように訥々と、クロノとの想い出を語った。
パシフィカ:「それは………それは辛かったですね、ティアリスさん」
ティアリス:「・・・」
パシフィカ:「ティアリスさん、あなたにお願いがあります。どうかあたしをフィルケリアの村に連れて行ってください。そしてどうかあたしの姿を見てくれませんか?」
ティアリス:「え?」
パシフィカ:「あたしの事もあなたにお話します。それからどうするか、お決めください」



【three years ago V 愛の墓標】



 それを目にしても私にはそれが真実だと信じられなかった。
 人狼の森は血の海と化し、その中心には殺した人狼の血を浴びてその全身を朱に染めたクロノが立っていた。
 その彼に私が愛したクロノの面影は無かった。



クロノ:「もしもバーサーカーになってしまったら、その時は君の手で殺してくれ」



 蘇るクロノの言葉。
 そう、彼はそう言っていた。
 一度バーサーカーになってしまったら、そしたらもう元に戻る事はできず、ただひたすら殺人を貪る化け物になってしまうから、とそう私に頼んだ。とても真剣な顔で。
 辺りには凄まじい力で引き裂かれた人狼たちの骸がいくつも転がっていた。
 事の発端は、人狼。
 人狼が殺すつもりでクロノの弟と妹を傷つけ、
 そしてそれに気付いた彼には、
 私の声は届かず、
 怒りの精霊に取り憑かれた彼はバーサーカーと化して、
 使えぬはずの瞬間移動を使って、
 この人狼の森へとやってきた。
 そして事は悲劇へと結びつき………
 森は壊滅し、
 人狼達は皆殺しにされた。
 だけどそこには復讐とかそう言ったモノは無い。
 そう、無い。
 今のクロノは傷つけられた弟や妹のためにその手を血に染めたのではない………



 私という新たな獲物を見つけ、
 歪な笑みを称えた唇の片端を吊り上げる、
 クロノ。



 そう、彼は殺人を楽しんでいるのだ。
 もはやその心は暗き闇に囚われて、
 もう優しかったクロノの心はどこにもなくって・・・



 私は腰に帯びた鞘から細剣を抜きはらうと、レイピアを構えた。
 涙に歪んだ視界の中で、歪に笑う彼は真っ直ぐに私に向ってくる。おびただしい血に濡れ油と刃の損傷によってもはや斬る道具ではなく、叩き潰す道具となった剣を振り上げて。
ティアリス:「クロノ。哀しいよね。苦しいよね。だけどね、大丈夫だよ。約束通りに私があなたを殺してあげるからね」
 ――――――――――そうだ、約束通りにクロノを殺し、
 そして私もクロノに殺されよう。




 私はレイピアを構え、泣きながらクロノに向っていく。
 振り上げられるクロノのロングバスタード。
 それが私の頭を叩き潰すのと、
 私のレイピアがクロノの心臓を突き貫くのと、
 そのタイミングは同じ。
 そう、クロノの呼吸のリズムも、
 心臓の音色も私は手に取るようにわかるから、
 それを間違えるはずは無い。



ティアリス:「クロノ、一緒に死のうね」



 そう笑って呟きながら、私は間合いに入ると同時にレイピアを突き出し、
 そのまま地を蹴って、
 彼の懐に飛び込んだ。
 だけど・・・・
 一番に願っていた衝撃は、
 一行に私を襲ってはこない。
 私はその理由を無意識に理解していた。



 いやだ。
 嫌だ。
 イヤダ。
 そんなのいやだよぅ、クロノ。



 恐る恐る見上げた先にあったのは、怒りに狂い、殺人の感触に酔いしれる歪な笑みではなく、
 私が愛したあの優しいクロノの微笑みで・・・・



 私はレイピアから手を離し、そのまま後ろに後退さる。
 頬に指を突き立ててそのまま爪を立てて指を掻き下ろす。爪が皮を破り、肉を傷つけ、血が溢れる感触がするが、それでもその感触も痛みもまったくリアルさを私に感じさせない。
 私の心は私がクロノを殺した、その感触と痛みに溺れているのだから。
 優しい笑みを称えたままクロノはゆっくりとその場に両膝をつき、
 そして最後に血を溢れ出せるその口で私に「ありがとう」と囁き、
 彼は前のめりに倒れた。



 その彼の横に突き刺さったままの血に染まりどす黒くなったロングバスタードが私とクロノの愛の墓標のように思えて、私はただそれをいつまでもいつまでも見続けていた。



【最終章 きっとあなたは・・・】


 私は初めてパシフィカと会った次の日の朝、彼女と一緒にフィルケリアの村目指して出発した。
 その道中は山賊やら何やらに襲われて確かに大変な旅路であったが、私の体に染み付いた剣技が私がどう想っていようが私とパシフィカを生かしてくれた。
 そうやって私たちはフィルケリアの村に到着した。
 やはり目にしたその村は私にどこかあの人狼の森を思い起こさせた。
 私とパシフィカがこのフィルケリアの村に来た理由は、パシフィカがペンダント…死んでしまった恋人のペンダントをこの村にある彼のお墓に供えるためであった。
 そして私がそのパシフィカについてきたのは、彼女が言ったから。自分の姿を見て欲しいと。
 そう、彼女が・・・


パシフィカ:「ティアリスさん。あたしも恋人に置いていかれました。彼は騎士でした。このペンダントはその騎士団に入る時に王より渡された物なのです。あたしは彼がとても好きで、そして彼も私を愛してくれていました。でも彼はあたしを置いていってしまいました。あたしは悲しみました。とても。そう、そしてあたしは、自殺をしようとしました。でもそのあたしにこう言ってくれる人がいたんです。



 あなたはその愛した人に、愛してくれた人に復讐をするつもりなの?



 って。もちろんあたしは最初、自分が何を言われているのかわかりませんでした。それに頭に来ました。でもその人は優しくあたしを宥めるように言ったのです。



 あなたがもしも彼に置いていかれた事が理由で死ぬのであれば、それはあてつけ以外の何物でもない。
 彼は自分を置いていったのだ。だから死んでやるって。
 それでもしもあなたが魂の世界で彼と出会ったら、その時の第一声は、あなたがあたしを置いていったからだからあたしも死んでやった、ですか?



 なんだか滅茶苦茶な言い分ですよね。でもあたしはそれに反論する事ができなかった。そしてその人はじゃあ、あたしはどうすればいいの? と、訊いたあたしにただ優しく、



 生きればいいのだよ。いつか天命を終えて、それで魂の世界で会った時に、胸を張って彼にお久しぶり、と言えるぐらいに生きればいいのだよ。
 あなたが生きて幸せになる事が、何よりもの彼への供養なのだから、


 と言ってくれたの」


 そしてパシフィカは言った。
 自分はそれから生きて、生きて、生きて、そして優しい人に出逢ったのだと。
 その人は彼を愛する自分ごと愛してくれると言ってくれたと。
 それでパシフィカはこのフィルケリアの村に来た。



パシフィカ:「勘違いしないでね。あたしはあなたを忘れないわ。あなたをこれからも愛し続ける。だけどもうひとり同じぐらいに愛せる人に巡りあえて、そしてその人に愛してもらうだけ。幸せになるために。それをあなたも喜んでくれるよね」
 そう言って彼女は首から下げていたペンダントをそっと彼の墓前に供えた。



 私はその彼女の後ろ姿を見つめて、
 そして私も生きようと想った。
 強くなろうと想った。
 今はまだ私は弱くって、
 この手でクロノを殺した罪に震えるけど、
 それのせいでともすればクロノとの想い出をすべて否定してしまいそうだけど、
 だけど今よりももっともっともっと強くなって、いつかクロノと過ごした幸せな日々を笑って思い出せるぐらいに強くっていい女になろうと想った。
 そうなるために生きたいと願った。
 そう、誰よりも私が愛したクロノのためにも。



 そして現在、私には今ちょっといいな、って思える人がいる。
 その人といると私は笑える。
 その人といると私は幸せになれる。
 そう想う自分をとても嬉しく想えて、
 そしてそう想える自分にやっぱりほんの少し罪悪感を抱いてしまう。


 ねえ、クロノ。あなたはやっぱりそんな私を見て、馬鹿だなーって優しく微笑んでくれているの?
 あの二人一緒に過ごしていた優しい時間が流れる昔のように・・・。



 ― fin ―


++ライターより++

こんにちは、ティアリス・ガイラストさま。いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


今回はフィルケリアの村への冒険に絡めてティアリスさんの過去話を、という事でしたので、
このようにしてみました。^^
いかがでしたでしょうか?

発注をいただいた時にはものすごく嬉しかったです。
初めてご依頼していただいた時からずっとティアリスさんの恋人とのお話がすごく気になっていたので。
こんなにも切なく哀しいお話だったのですね。


でもだからこそ、現在のティアリスさんの強さ、明るさ、しなやかさがすごく魅力的にも思えて、尊くって。
本当に書き手としてこのようなお話を任せていただけて光栄でした。^^


僕自身はラストの描写がすごくすごく気に入っております。
ティアリスさんが現在の想い人さまと幸せになれるのを祈っておりますね。


それでは今回はこの辺で失礼させていただきます。
本当にご依頼ありがとうございました。
失礼します。